真夜中こっそり屋上に登る話
今度晴れたら髪を切りに行こう。風に煽られて前髪がぶわりと裏返った。思わず目を伏せる。それからほんの少し遅れてグレーのメッシュ地のシートがばたばたと揺れる音が聞こえ、金具が足場にぶつかって軽い金属音が鳴る。カン……カン……カン……近く、遠く、止むことなく聞こえてくる。それで今更高さを思い出して怯んだ。強く手すりを握りしめ、ぐらつきそうな思いで立ち尽くすと、また強い風がびゅうと吹きつけて足元と耳元と、鉄骨の中を轟音が走る。
足がすごく冷たい。足の冷たさに比例して手が痺れるように熱かった。飛び散ったペンキのこびりついた手すりと、青白く筋の浮いた手の甲とを見た。なんだかぼんやりしている。そんなことを思いながら再び階段を1歩、2歩と上を目指した。
息切れで辛くなってきたころ、銀色とグレーの景色から紺色と白色の景色に変わり風の音も変わった。
足の感覚がなくなってきた。いつの雨の名残だろうか、屋上の隅には濁った大きな水たまりが残っている。
なるべく真ん中を歩くようにしよう。ぶわりぶわりと髪があっちこっちへ動くのを右手で押さえつけて、次の晴れた日には絶対に髪を切ってやると決めた。
この建物は外から見ると灰色一辺倒の寡黙な風情でひどく近寄りがたいが、中はゴツゴツとして色々な音がして生きているみたいに見える。よく分からない愛着が芽生え足元の建物をじっと見たら風雨と鳥の糞で存外汚いことがわかって、鳥肌がたつ。速やかに見えないふりをしてそれから少しだけ眉をしかめた。それだけでは足りず、いいいと呻いた。
ごおんごおんという音が足元で響くのに気づき、万能感を思い出して気を取り直した。
今この音を聞いているのは、私一人だろう。隣の建物にも濃いグレーのシートがかかっており中の人が起きているのか寝ているのか分からないけれど。
グレーが中も外も遮断する。昼なのか夜なのか、晴れなのか雨なのか、気づけないまま布団のなかで冷たい足を重ね瞼をゆっくり閉じた。
真夜中こっそり屋上に登る話
最近頭の中にあった風景を授業中に書きました。家がこんなだから毎朝9時に工事の音で起こされます。小説ではない気がする。