ジゴクノモンバン(8)
第八章 金龍地獄
これまでの地獄巡りの疲れからか、足取りが重くなってきた赤鬼と青鬼たち一行は、次の地獄へと着いた。
「ここは、何地獄でっしゃろ」
「看板が見えへんし、出迎えの鬼もおらんな。ただ、大きな池があるだけや。別に、池から湯気がでたり、白うなってるようにも見えんけどな」
青鬼は、池に近づいて、水に触ってみた。
「どんなんです、青鬼どん」
「別に、普通の水やなあ。いや、なんや知らんけど金色に光るもんが浮いとるで」
「金箔ですか、そりゃ、縁起がよろしおまっせ。ほなけど、その水、飲めまっしゃろか」
「飲んだら飲めるけど、飲まんかったら一生飲めへんで。とにかく、ちょっと飲んでみよ。今まで、飲まず喰わずでここまでやって来たから、腹もへったし、喉も渇いてしもたわ。せめて水でも飲んで腹をおこしたろ。そうせなこの地獄も越せへんで」
そう言うなり、池の水をすくって飲む青鬼。
同様に、喉が渇いて仕方がない一行は、固唾を飲んで、青鬼の様子を伺う。
「どないですねん、青鬼どん」
「う、うまい、こりゃいけるわ」
どれどれと赤鬼も池の水を飲む。
「ほ、ほんまや。こりゃ、うまいわ」
二人の声を聞いた残りの人間たちは、安心して、一斉に池の水を飲み始めた。
「うまいですなあ、いやー地獄でこんないい目に会うとはと喜びを口にする。中には、池に入り込んで、足をつける者もいる。
「こりゃ、こりゃ、この池は足湯ではないぞ。みんなが水を飲んでいるのに、足をつけたら汚いがな」
怒った赤鬼が、池から引っ張り出す。掴み出された奴は、体はでかいのに顔はまだ年端もいかぬ子供に見える。
いい年こいた若いもんが状況も考えずに我儘な行動をするから地獄に落ちるんじゃい、地獄に来る前にもう一度小学校からやり直せと叱り付ける青鬼。
あっちにも池にはいっている奴がいますよと言い訳をする若者。
人のことばかり言わんと自分のやったこと考えろと青年に一発かます。
その後で、振り返って見ると、白装束を洗面器替わりに、金箔を掬っている奴らがいる。
「こらこら、お前らも勝手に池の中にはいったらあかんがな。それに、その金箔は、ここの池のものやで。勝手に盗ったら、泥棒や」
二人の腕を掴み、池から放り出すと、今度は年端を超えすぎた年寄りだった。
いい年こいた老人が状況も考えずに我儘な行動をするから地獄に落ちるんじゃい、地獄に来たらもうちょっとは物欲を捨てんかいと叱り付ける赤鬼。
今日はいい天気ですねえと横を向いて知らん顔する老人たち。
「どないもこないもならんなこいつら」
「そんな奴らのことより、ええこと考えたで、赤鬼どん」
「なんですかええことやて、青鬼どん」
「このうまい池の水や」
「この池の水がどないかしたんですか」
「この池の水うまいやろ」
「へえ、この池の水うまいおまっせ」
「この水、売ったらええんやがな」
「売るいうてどないして」
「金箔入りの地獄の名水やいうて空のペットボトルに詰め込むんや。どんなに苦しい地獄でも、この水を飲めば元気一杯やいうてな」
「一杯で元気ですか」
「そうや。一杯で、いっぱい元気や」
「そりゃ、おもろいでんな。ほんでも、わしら地獄の門番がそんな副業してもええんですかいな」
「売り上げの一部を寄付したら閻魔さまも許してくれるんとちゃうか。これからは地獄もいろんなことせな生き残っていかれへんで」
「そやけど、水を詰め込む空のペットボトルやいうても、地獄のどこにありますのん」
「ペットボトルがなかったら、どこからか竹を取ってきて、水筒を作ったらええがな。竹の香りがして、よけいに味が引き立つかも知れん。それに、竹やったら、石油製品やないから、自然にやさしいで。これ、名案や」
さっそく、赤鬼と青鬼は、号令を掛け、一行の半分は山へ竹取りに、半分は池の水汲みに行こうとした。
その時、池の中央から水柱が吹き上がり、怒鳴り声が聞こえてきた。
「こりゃ、こりゃわしの池の水をどうする気や」
一行が見上げると、金色に輝く竜とその竜の頭に跨った金色の鬼がいた。
「あ、あれは、伝説の金鬼どんでっせ」
「ほんま、まばゆいばかりの輝きやなあ。後光やのうて、ほんまに光っとるで、金鬼どんのせいで、この池の中に金箔が浮いとったんか」
「あれ、金鬼どんが、背中掻いてまっせ。おまけに龍も背中掻いてまっせ。背中からきらきら光るもんが落ちてますがな」
「なんや、この池の金箔は、金鬼どんの垢と龍のうろこかいな。げっ、ようけ飲んでしもうたがな」
一行の者全員は、金鬼とその竜の目の前で、げっ、げっ、げっとそこらじゅうに吐きだした。
金鬼は、池のほとりにいる一行に向かって
「せっかく昼寝しとったのに、がやがやとうるさい奴らや。おかげで目が覚めてしもうた。それに、わしを見て、げっ、げっ、げっと吐くとは失礼な奴らじゃ。目が覚めたら腹がへってきた。よし、順番に、竜のエサにしてくれる。金龍地獄の恐ろしさを思い知れ」
金竜の攻撃から逃れようと、一行は、ひえーとげえーを繰り返しながら走り回るが、どこにも隠れる場所はない。ただひたすら走り回り続ける。
金鬼どん、金鬼どんと声をかける赤鬼と青鬼。
「なんや、こぎたない背広着た奴とぼろぼろの服を着た奴がわしに用か。それなら、最初におまえらから龍に喰わせてやろうか」
「わしら、喰うたかてちいっともうもうおまへんで。かえって龍の腹が痛うなるだけや」
「ほんまでっせ。それより、金鬼どん、いや、金鬼さん、いや、金鬼さま、ここで取引しませんか」
「取引てなんの取引や」
「わしら、金鬼さまの池の水知らんで飲んだんやけど、知らんかっただけにうまかったんや」
「こんな水わしは飲んだことがない。わしにとっては風呂と一緒や」
「そりゃそうや、あんたの垢と龍のうろこがはいっとん知ったら誰が飲めるか」
「何、わしに喧嘩売る気か」
「青鬼どん、黙っとき。ここわ、わしに任せといて。まあまあそんなに怒らんといてな。さっきの話の続きやけど、この水飲んだらうまかったんや。それでなあ、金箔入りの地獄の名水いうて売りに出したらどうかなあと思っとんや。儲けの半分は、金鬼さまの分や」
「こんな水が売れるのか。わしと龍の垢やうろこが浮いとる水が」
「売れる、売れる、売れまっせ。出所知らんかったらなんでもうまいんや。みんなそんなもんや」
「そうか、それなら売ってもいい。わしもこの池の維持費と龍を喰わせていかんので、お金に困っとたんや。なんにもせんでもええんやったら、かまわん」
「いや、金鬼さまにもしてもらわなあかんことがありますねん。この池のうまみの素は、あんたの金色の垢と龍の金色のうろこの破片や。もういっぺん池の中にはいってもらえんやろか」
「そんなことなら、たやすいことや。徒中で起こされたことやし、もう一眠りするか。さあ、金龍、池の中に戻るで」
うおおんという龍の雄たけびとともに、水柱は、だんだんと下がっていき、金鬼と金龍は水の中に消えてしまった。
「さあ、青鬼どん。龍に喰われんまにさっさと行きまひょ」
「あれ、この水売るんと違うんか」
「こんな水売れまっかいな。味は確かにうまいけど、味の素は金鬼どんの垢と龍のうろこでっせ。原材料にそんなこと書いとったら売れるわけがおまへん」
「そんなこと書かんかったらええんと違うんか」
「何言うてますねん。最近は、食料品の表示が厳しいて、ちゃんと書いてなかったら商品没収されますがな。消費者も賢こうなって、いかがわしいもんは買いません。それに嘘はいきまへん。嘘ついたら地獄に落ちまっせ」
赤鬼と青鬼がさっさと金龍地獄を後にしたので、残りの人間も慌てて後に従った。
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