ある兵士からの手紙

敵国の国で迎える冬はこれで何度目だろうか。妻よ、子供たちよ、元気にしているだろうか。こちらはベルリンと比べ物にならないくらい寒い。朝から晩まで表を歩いて何か異常がないかと見張っている。夜になると当直の兵に変わるが、kar98kを握っていた手は凍てつきなかなか離せない。うっかりすると引き金を引いてしまいそうだ。
戦況は日を追う毎に悪化している。この街も数日前に空爆された。両翼とボディに赤い星がプリントされた戦闘機が上空を通過したかと思えば、真っ青な空に無数の点が散らばりそれらが私目掛けて落ちてくるのだ。慌てて地下に潜り頭を抱えた。バリバリと地面を揺らし、建物を倒壊させ、営みをひとつ残らず破壊していく。今にも発狂して外に飛び出していきそうだ。休まることのない極度の緊張状態。そして殺るか、でなかったら殺られるかというサバイバル。どこからか赤軍が私のことを殺すんじゃないかという恐怖で夜もおちおち眠れないから連日の寝不足。あぁ、ここで死んでしまいたい。
爆撃が止むまで、異様に長く感じた。1分が1時間、1日に感じるくらいに。仲間が顔を出しているから私も出してみた。砂埃ではっきりとは見えないが、街は原型を留めていなかった。嵐がそこを通過したかのように全てなぎ倒され、そこで生活していたとはとても思えない。こんな時に総統閣下は何をしているのだ。軍隊長からの噂によると、総統閣下は自らの執務室に籠って愛人のエヴァ・ブラウンと愛犬ブロンディと共に過ごしているのだという。さらに閣下は精神病を患っておられ、部下の誰をも信用しないのだという。
だからか。最近総統閣下が現場の慰問にいらっしゃらない理由がわかった。現場にいる我々兵士は皆見捨てられたのだ。そう思うと怒りや呆れを通り越して何も出てこなかった。
この街も近々赤軍の手に落ちる。名ばかりの同盟国である日本の兵士の様に玉砕か、はたまた捕虜となるか。選択を日一刻と迫られている。
どうしたらよいだろうか。国のためにと命を二度捧げた身だ。しかし私はお前たちを置いて死ねない。しかし捕虜になるくらいなら……。


これが届く頃には俺は死んでいるだろう。
子供たちよ、いつまでもお前たちを見守っている。母さんと仲良く協力して戦後の我が国を立て直してくれ。
妻よ、家を頼む。私はお前に会えてよかった。
ひと目最後にお前たちの顔を見たかった。しかしそれはもう叶いそうにない。
さらばだ。



1945.1.25. Stalingrad, USSR

ある兵士からの手紙

ある兵士からの手紙

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-28

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