勇者か魔王

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・序章

クレイドル819年

俺は魔王になった。
現魔王であった親父が老衰でこの世を去ったのだ。

親父が死んだことは一部の幹部と唯一の肉親である俺しか知らない。

幼い頃から戦闘訓練や軍事教育を受けさせられエリート街道まっしぐらな俺に恐らくこの世に敵はいないであろう。

だが、しかし…

未だに人間と魔族がいがみ合い、戦争をする世の中だ。
こんな世の中もう沢山だ!
人間を滅ぼし全てを終わりにしてやろう。
そう考えた事もあったが俺の中には半分その「人間の血」が流れている。

親父は元々人間と魔族の協和を目指していたらしい。
そこで人間と魔族の国を作り、互いに平等であると訴え、その国の王として尽くしたそうだ。
人間の嫁を貰い、そして150年前俺が生まれた。

しかし、平和はそう長く続かず様々な抗争や策略に国は傾き。
人間と魔族の中に溝が生じ、人間の醜さを嫌というほど親父は味わったらしい。
人間である妻を人間によって殺される。
人間からすれば「魔族に加担したものは人間ではない」その言葉通り母は捕らえられ火炙りにされ処刑された。

それから親父は魔族を率いる「魔王ギデアス」となり人間と戦争をして、こうして150年の年月が流れた。

ただ、俺は見てみたい。

親父が過保護だったせいで外の世界の事は知らない。
自分で感じて触れてみたい。
その欲望が渇望に変わり我慢できず、俺は城を抜け出した。

こうして、新米魔王の冒険が始まりを告げた…。

・1章

城を抜け出す前夜。

俺は予言の石版に浮き出た文字から目を離せなかった。
「三日後、トールギアの剣術大会にて「勇者」が誕生する」
この内容には驚かされた。
勇者なんて者はこの戦争が起きている150年の間、一度も現れたことがない存在。
ただ、昔話や古文書によると1000年以上も前に勇者によって魔王が倒され世界が平和になった。という
話は結構有名である。人間魔族亜人世界共通で勇者=絶対王者という認識がある。

これは魔王である俺が誕生する前に引導を渡してやるしかない!と思ったがよく考えた。

俺は前々から人間に興味がある。
そこで半魔族である俺なら外見人間とほぼ同じだし血の色さえ見せなければ魔族だとはバレない。
つまり勇者が誕生したらその勇者の行く末を見つめる為、仲間になって世界をまわってみようと。
「こ、これは面白くなりそうだぞ!?」
こうしちゃいられないと誰かに見られる前に予言の石版の文字をかき消し、荷造りを終え俺は城を抜け出した。


城からくすねて来た転移魔法が記載されている魔道書を読み上げゲートを開く。
次の瞬間、人間の街に繋がり俺は感動した。

魔族は地味に暮らしているが人間というのはとても素晴らしいじゃないか。
露店では賑わう人々、開放的な酒場、そして行く末には吟遊詩人の奏でる音楽。
「こういうのだよ!俺が目指している国造りってのは!!」
思わずガッツポーズを取ると横切る子供に指を指され、その母親に「見ちゃいけません!」などと白い眼で見られた。

…親父よ、人間社会ってのはツライな。

さて、転移魔法に入力された街に飛んできたがここはトールギアという街では無さそうだ。
まずは第一難問、街の人と接触する。だ
衛兵らしき男が突っ立っている。丁度いい、聞いてみよう。

「すいません、ここはなんていう名前の街ですか?」
ゴクリっと俺は唾を飲む。
人間と会話したことなんざ生まれてこの方150年間一度もない。

すると衛兵らしき男は
「ハァ?ここはグランエールという街だろうが!入り口の看板見なかったのかよ?これだから田舎モンは…」

何故か怒られてしまった。
人間はなんて短気な生き物なのだ…。
魔族なら大らかだから街の名前を教えてくれるついでにユール(アルコールの入った飲料)でも屠ってくれるのだが。

「すいません…。トールギアというところに行きたいのですが…」
恐る恐る聞いてみた。また怒られるかもしれない。

「トールギア?ああ、剣の国か。オマエさんもしかして剣で名を売りたいのか?やめとけやめとけ、
オマエみたいなよわっちそうなのは田舎で薪でも割ってるのがお似合いだ。」

この野郎、今すぐこの場で血祭りにしてやろうか!?
大らかな性格のこの俺がここまで下手で相手してやってるのに!
我慢という沸点が消え去り俺は衛兵の頭に爪を食い込ませ宙に浮かせる。

「いいから教えろよ、オッサン?食うぞ、アァ?」

衛兵らしき男から生気が失せた顔になる。

「ちょ、ま、わかったわかったからはなしt、はなしてええええ」
幸い、路地の角であった為人目に触れずに穏便に話を進められたようだ。

衛兵らしき男の話によるとここから東の方へ五日歩けば着くらしいとの事。
人間の足で五日なら俺なら一日かからないな…。

「ありがとよ、オッサン」
極上の笑みで礼を言ったつもりだが衛兵らしき男は「ヒィ」と短く悲鳴を上げ股を濡らしていた。

さて、情報もわかったことだし腹ごしらえでもして宿を探そう!

ドンッ

「きゃ」

何かにぶつかったようだ。
地面に目線を下げると一人の少女が尻餅をついて「いたた…」と言っていた。

「大丈夫か?」

転んだ少女に手を差し伸べた。
「ありがとうございます」
礼をいい少女は俺の手を掴み起き上がる。
「魔族…?」
その時ぼそっ少女が何かを告げた。
「ん?なんだって?」
俺は怪訝そうな顔で聞いてみたが
「い、いえ!なんでもありません!」
少女はそう言うと走って去っていった。

なんだったんだろう、今の子は…?
魔族人気小説にあるオタクという用語で言えば「フラグが立つ」というのであろうか。
少し残念そうに思ったがもうすぐ日も暮れる。宿を探しに行こう。


宿を探し食を楽しみ観光する。
それだけで退屈だった日々がバラ色になったようだった。

あっという間に二日が過ぎようやく忘れていた目的を思い出した。

「あっ!?俺トールギアいかないといけないんじゃん!?」

露店でリグル(赤い甘い果実)を選別してる最中、稲妻が脳天に落ちたように思い出した。
俺の大声を聞いてか露天のおばちゃんは眼を丸くしている。
ここ二日で俺の会話スキルは群を抜くよう上達し今や日常会話も難のその。

急いでリグルを購入し、ダッシュで街を出る。

「うおおおおおおおおおおおおおお」

雄叫びを上げ全速力で東へ走る。
途中、キップア(巨大な兎)が運ぶ荷馬車の人間と眼が合いぎょっとされたがそれどころではなかった。

「ハァ…、ハァ……。」

なんとか着いた。死ぬ気で着いた。

闘技場らしき場所の付近には様々な露店が連なっていた。
誘惑を振り払い俺は闘技場の入り口で何やら書き込みをしている男に聞いてみる。

「すいません、大会観戦したいのですが」
ふふん、知ってるぞ。人間はこういう戦わせる場所を観戦出来るシステムがあるということをな!
書物に書いてあった知識ならだいたい覚えているから自信があった、がしかし

「いやぁお客さんチケットの方は昨日完売しちゃいましてね。いやぁー残念ですね」

な、なにぃいいいいいい!?
じゃどうすればいいんだよ!勇者見れないじゃん!?

「じゃ、どどどど、どうすればみ、見られるんですか!?」
思いっきり童謡した俺は係員の肩を全力で揺さぶっていた。

「ちょ、お、おちついてお客さん!」
そこで俺がピタッと腕を止める。
「方法はあるんですか!?」
「えぇ、ないこともないんですがその方法とは…」
間髪いれず俺は聞く。
「その方法とは!?」
係員が心なしかニヤリとしたように見えた。
「貴方も出ればいいんですよ」



妙な事になった。
俺はただ試合を見たいだけなのに参加する事になってしまった。
まぁ試合参加者は勝ち続ければ試合をいつまでも見ていられるという事なので
出来るだけ勝ち進んでコイツが勇者だ!と思った奴にわざと負ければいい。
うんうん、こうして勇者の仲間にして貰って世界を見てまわろう。
そうすれば人間の良し悪しがわかり戦争が無い世界を築けるかもしれない。
そんなプラス思考でいた俺の名が呼ばれる。
第一試合の開始だ。

(第一試合)
…こんな貧弱な野郎が勇者な訳ないだろ。
ガキン!バゴッ!ズゴッ!

(第二試合)
…こんな顔が悪人の勇者はイヤだなぁ…。
ビシィ!グサッ!バギン!

(第三試合)
…こんなマッチョな勇者は断る!
ズギィ!ガシィ!アッー!

第四、第五、第六とロクな奴に当たらぬまま気づけば決勝戦まで進んでいた。

次が絶対勇者だ!じゃないと俺がここまで来た意味が無い!というか予言の石版の力は絶対だ。
だから次が絶対勇者でなければこの世の本質法則自然摂理というものが壊れる。それほど石版の力は偉大なのだ。

ドクン、ドクンと俺の心臓が鼓動するのがわかる。
俺とした事が緊張しているのだ。
俺より強かったらどうしよう。とか本当に俺より強かったら魔王である俺がいつかその勇者に滅ぼされる日が来るであろうかと
いらぬ妄想で頭がいっぱいになっていた。
しかし勇者はなかなか決闘の舞台に姿を見せない。
次第に会場もざわつき観客がなかなか始まらない試合に罵声を浴びせる。

何故だ…?
俺の強さに恐れを成し逃げたのか?
ふ、勇者なんてのは腰抜け野郎だな!ハーッハッハッハ!と心の中で安堵していたが

「待たせたわね!」

甲高い声がどこからか聞こえる。
どこからよじ登ったのか闘技場の天井とも言える高い場所から一直線に落ちてくる。
あの高い場所から落ちてノーダメージという事はかなりのやり手、期待しても間違っちゃいない。が
うん…?
待たせたわね…?

一直線に落ちてきて砂埃を巻き上げ姿が認識出来ない中、俺は妙な違和感に探りを入れるよう手を突っ込んだ。
何かやわらかいものが砂埃の中にある。これはなんだろう…?
ふたつの手に収まるまるでこれは…?

「いやああああああああ」
と悲鳴じみた叫びが会場に木霊する。
次の瞬間、俺の頬にはビンタ。
普段なら避けられるハズだが砂埃のせいでジャストミートに当たった。

俺は妙な違和感の正体を直感で感じ取った。
「お、お、お…」
まわらぬ呂律を必死に正し今度は俺が叫ぶ番だった。
「おんなぁアアアアアアアアアアアアア?」


ひょんなサプライズもあってか女が遅れてきたことをすっかり忘れている観客達。
そして左頬にくっきりビンタの後が残っている俺。
そして会話じゃない会話の罵声を俺に浴びせる女
今から決勝戦が始まる雰囲気じゃないよなぁ…。

しかし審判は「ゴホンッ!」と大袈裟に咳をし「いいかね?」と
ジロリと俺と女を睨む。…流石プロだ。

「では、決勝戦、始め!!!」

審判の合図で俺は間合いを取る。
勿論、この女が勇者と確信したからだ。

勇者であるのならばこの俺の実力に近いものを持っているに違いない。
もしかすると、この俺より実力が上かもしれない。
まずは力の探りあい、といったところか。

しかし女はまっすぐ俺に剣を構え突進してくる。
「やぁぁぁぁぁぁぁ!」
くっ、探らせてもくれないのかよ!?
俺は辛うじて突き技を避け、左に飛ぶ。
「そこ!」
女は剣を振り上げ剣圧だけで空気を振動させカマイタチを発生させる。
これは魔族の間でも上級の技だ。人間がそう易々と出来る技ではない。

「だが…甘い!」

俺はそう言葉に発するとカマイタチを片腕でねじ伏せ怯んだ女の武器に重い一撃を放つ。

ガキィィィイイイン!

女の剣が折れる音がした。
「まだまだ小手先が甘いんだよ………ん?」

やっちまってから気づいた。
俺はわざと負けるつもりだったのだ。

「わあああああああ」
っと観客席から拍手と祝福するように花が舞う。
そしてVIP席にいた王らしき初老の男が残酷な一言を俺に告げる。

「御主こそ勇者じゃ!勇者クロムじゃ!!!」


…えっ?

………えええ?

「今こそ魔王ギデアスを倒し、世を平和に導いてくれ!勇者よ!!!」


……………ハァ!?
ハァアアアアアアアアアア!?

こうして俺の名前が初めて語られ、勇者と魔王の二束の草鞋を履くことになってしまった。

勇者か魔王

勇者か魔王

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-02

Copyrighted
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  1. ・序章
  2. ・1章