海馬
死んでるのかと思った
昼寝している猫
死んでるのかと思った
そう言ったら睨まれた
猫としか喋らないわたしの、
すぐ、後ろを、あなたが通り過ぎる
あなたが、100歳になって、何もかもが優しい思い出になる頃、多分わたしは死んでるね
わたしは、100歳になんてなれないで、死ぬんだよ
ひなたぼっこする猫を見たら、わたしの後ろ姿、思い出してね
スレンダーになんてなれなかった、丸っこい猫背の、わたしのこと
100歳を過ぎた、あなたが、よく思い出すのが、肉親なんかじゃなくて、全然関係の無い赤の他人のわたしなら、いい、その方があなたらしくて、いい、
わたしの、こと、そうやって、靄がかかったまま、思い出せば、わたし、あなたの記憶の中では、ようやく、きれい、になれるんだって思うの
恋をしてきれいになれる女の子って
誰かの記憶の中でしか呼吸ができないんだよ
80を過ぎたあたりで、わたし、あなたの中で、だんだんきれいになるんだって思う
好き、がキラキラして、あったかくなるのも、きっと誰かの記憶の中だけの話で、スピードが上がって、振り向くことを、断罪する、世界では、きれいなものなんて、なにひとつないよ
わたし、そんなところで、生きてるの
あんまり見ないで、わたしのこと、曖昧になった時、ちょっと思い出して、
そこにいる、わたしが、一番きれいなわたしだから、一番きれいなわたしを、あなたに、あげるね
一番きれいなわたしのこと、好きに扱ってね、
今歩いてるわたしは、きれいになれずに、毎日泣いてるから、あんまり見ないでね、嘘だらけの笑顔のわたし、あなたの瞼の裏でなら、本当に笑っていられるから
わたしを見て、猫が逃げるのは、今のわたしが、汚いから
はやく、わたしを、記憶にしてください
海馬