天使か悪魔か死神か。
「早くきなさいよ。」
その天使は、買い物を強要した。
「はいはい。」
その天使は、悪魔だった。
「まったくノロマね」
その天使は、いつか、どこかでみたのと同じ用な、穏やかな笑い顔をうかべていた。
いまでも、思い出す。その臨死体験について。
「植物状態ですね」
「わっ、いやだ、お父さん、嫌だ、ワアアアアア」
「……」
しずかな病室の、泣きわめく両親、抱き合うすがた。
そして、兄の、無表情な兄の、いつものくまが、さらに深く刻まれている様子。
デイトレ―ダーの兄の部屋からは、
小さいころから、ずっと
パソコンのタイプオンが聞こえていた。
両親の理解はなく、兄は、孤独を深めていった。
両親は、自分達の孤立に気付かず、子供たちに八つ当たりをする。
僕は、幾度となく臨死体験をした。
その辛さといえば、この現世にとどまる事も許されず、
かといって、あの世や、天界にあがっていくでもなく。
生前の状態のようで、
ただ天使の、穏やかな表情の天使の訪れをまった。
それは、5か月も前の事、20歳を過ぎてから、毎年毎年、時間が過ぎるのが早くなり、
ふるい記憶は、かさぶたのように、自然に治癒していった。
だけど、それに支えられていた事もあったのかもしれない。
僕は、“思い出せない”記憶に悩まされていた。
その状態のせいか、その“何か”を思い出せずにいた。
それは、僕が作家人生をはじめたきっかけでもあった。
僕はこの植物状態の間中、半分意識があり、ときたま、臨死状態の花畑を見て、ときたま
幽体離脱のような症状に悩まされていた。
病院は、僕の家の自室のように、雑多にものがおかれているわけではなかった、
だから、幽体離脱のとき、自販機のある休憩室や、たばこ用の部屋、ナースステーション。
駐車場、どこにも、自分の居場所がないと感じていた。
それから、2週間ほど何もなく、ある日、死神の格好のあの人があらわれた。
「こんにちは」
深夜だった。
「明日から、あそびにくるから、できるでしょ、幽体離脱」
「意図的にはできないよ」
そういうと、その死神だから、コスプレイヤーだかわからない格好の人は、
僕のひたいに、ひとさしゆびをピッとあてた。
そして
“私は天使です”
といってのけた。
僕はなぜか、目をそらしてしまった、
彼女が美女だったからか、
この状況が、どこか懐かしいかんじがしたのか。
それから、幽体離脱の状態で、近くのデパートへ、買い物に、荷物持ちをやらされた。
コンビニや、ゲームセンター、彼女は何でも面白がった。
そして僕は尋ねる。
「あなたは何なんですか?」
彼女は答えなかった。
彼女がルンルン気分で、低木が整然とならぶ、駐車場と駐車場の間にある、
病院の庭の、噴水のあたりをくるくるとまわっているとき。
僕は一人、生前の事と、
今日あった出来事をおもいだした、思い出したかった。
「大切な何かを忘れているような。」
兄はいつも、クマで目をまっ黒にして、
泣き顔のような表情。
投資や、株の話ばかり、ノイローゼ気味だ。
両親は今日、親戚の人たちと喧嘩していた。
兄が仲裁しなければ、近所付き合いはできない。
両親は、そんな兄をせめたことがあった、
お互いの両親に兄がもっと、目立つ仕事をするように勧められた
兄はとても頭がいい。
けれど両親はしらない、
親戚や、近くに住む人々に、
自分達がモンスターだと思われている事を。
そして、僕は、春の静かなかぜの中で、
彼女の、変な生物の鼻歌を聞きながら目を閉じた。
彼女がくるのは、いつも突然で、
僕は、その間、彼女がこない間、ずっと空をみていた。
もう、何日たったかわからない、
脳が眠り続ける僕のとなりで、
ベットよこの手すりに腰を掛け、妙な体勢で、腰をひねって空をみていた。
自室が懐かしく、反面、その詳細な形がおもいだせない。
小さいころのお気に入りのおもちゃや、いろいろなノート、
くさるほどある文庫本。
お気に入りの辞書類。
いつも、兄の部屋から、すさまじいタイプ音、
かれがキーボードを壊すときは、いつもわらえる、キーボードの文字は摩耗している、
タッチタイピングで、こなしてしまうから重大な問題にはならない。
だが、キーボードの耐性は、工場の試験をパスしても、
兄の狂気じみたタイプ速度には勝てないだろう。
彼は、いつからか僕と目をあわせなくなった。
大金持ちなのに、楽しいことが何もなさそうだ。
なぜ、金を使わないのだろう、
なぜ、休まないのだろう。
そうだ。
その日、僕らは有名な温泉に泊まりにいった、
お金なんていらない、魂を盗むのは自由だ、
一日たてば、魂は元の持ち主のもとへ帰っていく。
僕らもまた、同じなのだと思う。
彼女は、実際、天使だろうか、悪魔だろうか、死神だろうか、
そう尋ねると、彼女はいう。
“私は記憶”
その時だけ、たった一度だけ真面目な顔をした。
それは、彼女とあってから、1週間後の事だった。
次の日は、父が僕のはらの上で号泣をしていた。
「これでは、死体とかわらんじゃないか、結婚もまだだ。」
そういって、兄の悪口をはじめた
その瞬間、丹田に力が入るのをかんじて、なぐってやろうとおもった。
すんでのところで手を止めた。
意識は、実態をもっていた。
僕はその時、全てを思い出した。
植物状態になる前のスランプのこと、
それまでずっと作品を書き続けてきた理由の“ある少女”のこと。
少女は、最後に、さよなら、といった。
もっと昔の、小学生のころ、
僕には、幼馴染がいたんだ。
彼女は事故でなくなった。
それは、僕のせいかもしれなかった。
台風の日、彼女は学校へいくか迷っていた。
電話をかけてきた彼女に、僕は、何もえらべなかった。
彼女はひとり学校へ、強風でとばされてきたかわらがあたって、彼女はそれきりもどらなかった。
天使の笑顔は、彼女に似ていた、
今日も僕は、家族によってあらされたデタラメな冷蔵庫の中身を覗いた、
兄の変わりに、僕が実家によるようになった、
兄は恋人をつくって、元気にしている、
両親にものをいう勇気は、兄にはなかった。
僕は、ずっと封印していたかさぶたをやぶる覚悟をして、
机の小さな引き出しの、小さな手がみをあける。
それは、幼かった彼女からの手紙。
「優柔不断で、いいと思う。」
僕は、苦しくて涙を流した。
天使か悪魔か死神か。