冬営

孤独は狡猾だ


ひとりで行くと決めたとき、きみはなにをしていたのだろうか

誰に告げることもなく、はるか遠くへ行くのだとその透明な心を決意で満たしたとき
きみはどこでなにをしていたのだ

きみが大切にしていた人間は、きみが気に入っていた場所の名前をいくつもあげた

年中花が咲く温室 眺めの良い街の通り 人のいない午前中の水族館

わたしは彼らが言うことはどれもそうだと思うし、違うとも思うことが申し訳なかった 
きみが好きな服と料理の味はくわしく知っているが、思えば、心の動きはすこししか知らなかったのだ

わたしが知るきみはわがままで、人とはかなり違っている 
普通の人にも見えるけれど、きみの内側にあるものはなにものよりも美しく透き通っていた

まばゆく光り、ときには他人を鋭く突き刺すほど強烈な光がきみの内側では燃えていた
皮膚を焼く炎にも、温もりを与える炎にもなりうる光が

あんなに光っているのだから すこし遠くへいったくらいでは見失うことはないだろうと油断していた
光の持ち主が自分から光らなくなってしまっては 探すことも出来ないのだ

わたしはきみが、いつものように、ソファに腰かけ難しい顔をしていたと思う

夜の青い雫を溶かした目を瞼の下に隠しながら
冬の息がかかった白い窓辺のカーテンをひくこともせずに 白い指先まで、じっと動かさずに

寒い部屋の中、わずかに前に傾いだ背中は、すでに孤独を背負っていたのだろう
背の高いきみと、ちょうど同じ大きさの、深く、濃い青色の孤独を

孤独は きみに愛想の良い猫のようについて離れない 喉を鳴らしながら君を包み、遠くへさらっていった 
わたしも、きみが大切にしていた人も手の届かぬほど遠くへ

きみについてまわる孤独は、わたしにきみの後ろ姿を残していった
幻のように、わたしの目の前に現れてはきみの真似をした 街角、バス、あるいは、きみが腰かけていたソファ

前を歩くより 隣を歩くより わたしはきみの後ろを歩くことが多かった

背丈の違う人間を追いかけることは大変だと教えたのはきみだ
人間の後ろ姿は目の奥まで焼きつくものだと教えたのもきみだ

こちらに教えるばかりで わたしの欲しい答えはくれない
じつにわがままなきみらしい

孤独はきみの味方だった
きみが受け入れた孤独は わたしをもっとも傷つける方法を知っていた 

孤独は狡猾だ
きみにはいい顔をしておきながら 周りを容赦なく傷つける冷たいやつだ 冬よりもずっと

それが最善だと君は孤独を受け入れた 誰に告げるわけでもなく孤独を選んだ 

孤独は、きみの手を決してあたためてやれはしない
わたしは、きみの手をあたためることが出来る

孤独は、きみを遠くへ連れていける
わたしは、きみを遠くへは連れていけない

今もそこかしこで きみが残していった孤独が歩いている
わたしはきみが残した孤独を追いかけながら孤独になれず またひとつ冬を迎える

冬営

冬営

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-22

Copyrighted
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