悲しみの青い花8

うん、まあ

そうして十二月が過ぎ、中学も休暇になった。やがて新年が過ぎ、四日から学校に登校となった。
僕は一つの決心を胸に抱いていた。僕はかなり緊張していた。その決心とは四日に咲と屋上で会い、告白をするということだった。
そうして僕は学校に早めに来て、咲が来るのを待った。でも彼女はなかなか来なかった。やがて朝のホームルームの時間になった。それでも彼女は来なかった。僕は彼女のことを心配した。
やがて朝のホームルームが始まった。
「今日はみなさんに悲しいお知らせをしなければなりません。相田咲さんが今年の一月一日に事故で亡くなりました」
 教員はそんなことを言った。僕は深い穴に落ちたように激しいショックを感じていた・・・・・・



 やがて学校も終わり、僕は一人で下校した。僕の胸には彼女との思い出があった。去年、彼女と交わした言葉の一つ一つ、彼女の見せた表情の一つ一つが僕の胸に湧きあがった。
 彼女はもう居ない。どこにも、どんな場所にも・・・・
僕は彼女に告白をしなかったことを後悔した。『まだ言っていなかった言葉があったんだ。僕はまだ君に好きって言ってなかった。咲、またいつかどこかで会えるよね、きっとまたいつかどこかで・・・・』
 そんなことを僕は思った。一人、涙を流しながら・・・・
 そうして家に帰り、僕は一人、部屋で泣いた。それは誰にも見せられない涙だった。やがて夜が訪れた。
 その晩、僕はなかなか眠れなかった。でも眠ると、また夢を見た。



 気が付くと、僕は一人、青い花の草原に居た。それはまるで、幻のようで・・・・一つ一つの花が僕に何かを語りかけてくるようだった。
 やがてしばらくするとまたあの妖精が現れた。けれど、彼女は一人では無かった。彼女の隣には咲が居た。
「咲。君はどうして死んでしまったの?僕はまだ君に言っていないことがあったのに・・・・」
「うん。ごめんね。突然、居なくなったりして・・・でも仕方がなかったの。私はもうあれ以上、地上に居てはいけなかったから」
「地上に居てはいけないって?」
「私はもともと・・・・人間では無かったの。妖精だったの。あなたの夢を司る・・・」
「じゃあ、なぜ生まれて来たの?」
「それは、あなたに会う為よ、勿論。私、人間になりたかったの。妖精じゃなくて。そうしてあなたに会って、楽しく話がしたかった。あなたと一緒に居たかった。ずっとそのままが良かった。でもそれはしてはいけないことだったの。妖精が人間になるには、試験を受けなくてはいけないの。私は特別に試験を受けないでちょっとの間だけ人間になっていたの。でももう時間切れ、私は試験を受けなければいけない。でもそれに受かれば、もっとあなたと一緒に居られるから。それには何十年もかかるけど・・・」
「試験にそんなに時間がかかるの?」
「試験っていうより仕事かもね。何十年も一人の人間の夢や現実をサポートしなければいけないの。私は勿論、あなたの現実をサポートする。でも待っていてね、次の人生で。私、またあなたの側に生まれてくるから・・・・・」
「次の人生、そんなの僕は耐えられない。僕はもっと君と話をしていたい。もっと一緒にいたい。何十年・・・それまで僕は待っていなくてはいけないの?」
「ううん。誰か好きな人を見つけて、幸せになって。きっとそれは、できることだから・・・・」
「でももう咲にしばらく会えないのはさみしいよ」
「うん、でも夢では会えるから。それは忘れなくてはいけないけど・・・」
「・・・・・・・」
「また会いに来てね。そうしてこのお花畑みたいな場所に二人で行こう。きっとそれは楽しいよ。その後はきっとずっと一緒だから・・・さようなら。あなたに会えて嬉しかった」
 そこで僕は目が覚めた。僕はいつのまにか再び涙を流していた・・・・



 咲が死んだあとの学生生活を僕は死んだような気で送っていた。咲がいない。もう彼女が居ない。そんな周りの風景の全てが、僕には許せなかった。
 僕は斜め前の席を見ると、いつも悲しくなった。そこにかつて座っていたのは、咲だった。僕の大好きな彼女だった、咲だった。
 そうして僕の学生生活も矢のような早さで過ぎていった・・・・・


 やがて僕は中学、高校と順調に進み大学入試に一度落ちた後、浪人し、再び試験を受け、大学に入り、やがて大学での生活を終えると普通の商社に就職した。
 そこからの生活も僕は死んだように生きてきた。僕は表面上には何も変わっていなかった。誰も、(両親も)僕に心配してきたりはしなかったし、僕も誰にも咲のことや夢のことを話しては、こなかった。
 僕は毎日、忙しく会社で働いた。新入社員だった僕は当然、重要な仕事はまかせてはもらえなかったが、雑用や簡単な仕事で僕は毎日、忙しく働いた。そうしていれば、咲のことも忘れていられた。そうして時に先輩の社員と飲んだり、学生時代の仲間と集まったりしたりして僕は、表面上は陽気な演技をして生きていた。
 でも毎晩、眠る前になると必ず、僕は咲のことを思った。
 彼女の言った、何十年・・・・それがいつになったら終わるのか、それだけが僕の気がかりだった。



 やがてある夜、僕は久しぶりに咲の夢を見た。
「久しぶり、ごめんね、私のせいで苦しんだりして」
「ううん。別に苦しくは無いんだ。でもなにもかもにやる気が出なくて・・・」
「それは苦しいの。あなたは強いから、それを苦しみと感じていないだけ。本当はあなたは苦しいの。それも他の人には耐えられないくらい」
「そうか。そう言われればそうなのかもしれない・・・・・それで君はまだ試験を受けているの?」
「うん。あなたが死ぬまで、私はあなたの現実の生活をサポートするの。あなたはいずれ結婚し子供もできる。そんな幸せな人生を送る権利があなたにはあるんだよ」
「・・・・でも僕は現実の世界で君に会いたいんだ」
「それは・・・無理なの。ごめんね」
「僕はまだ生きていかなければいけないの?」
「うん。あと六十年くらいはね。それもあなたの宿命だから」
「そうか・・・・・僕は頑張るよ。そうしていつか絶対、君に会う。いつかどこかで、絶対に君と幸せになる。それまで僕は僕のこの苦しい生活を続けていくよ。もう心配しないで」
「うん。だったら私も心配しなくなるよ。頑張って」
 そうしてそこでいつものように僕は目が覚めた。




 それから月日は流れ、僕は会社の合コンで知り合った女性と付き合うことになった。そうして色々な苦労をしながら、僕は彼女と結婚した。
 式の日は大変だった。華やかな行事なのに、僕はどこか冷めていた。
 それでも僕は結婚し、やがて子供もできた。そうして僕も彼女も年を取り、僕は五十を超えた・・・・・



 そんな日々を送っていたある夜、僕は再び彼女、咲との夢を見た。
「久しぶり、陽二君、元気にしてた?」
「元気だよ。でもずっと君に会いたかった。もっと君と夢の中でもいいから話をしていたかった」
「うん。ごめんね。たしか前に話したのは、三十年近く前だよね?」
「ああ、そうだ。僕も結婚し、子供もできた。僕はもうすっかり年寄になってしまった」
「うん」
「でも君との思い出は今も、この胸にあるよ。まだほんの子供の頃、君と話したことをまだ僕は覚えているよ」
「そっか。それは嬉しい」
「またいつか会えるかな?」
「うん。きっとまた、いつかね・・・・・」
「そうか。僕はそろそろ現実に戻るよ。僕ももう五十過ぎだ。生きるのにも飽きた。あと十年したらきっと君の元へ行けると思う。変なことだけど、不思議と僕には確信があるんだ。僕はあと十年で死ぬ、きっと」
「・・・・・・」
「だから君に会うのも、もうすぐになるよ」 
 そこで僕は目を覚ました。まだ夜明け前だった。僕の隣には年老いた僕の妻が居た。僕は懐かしい思いで今見た夢を思い出していた・・・・・・・



 そうして五十を超した僕の一日、一日は余りにも穏やかに過ぎていった。
 僕は毎日、仕事が終わると、大きくなった子供達(僕には二人の子供が居た。両方とも女の子だ)や妻との遅い夕食や晩酌を楽しんだ。そうして時は過ぎ、僕は六十に近くなっていった・・・・・



 ある日のことだった。僕は休日の日に公園を散歩していると突然、胸のあたりが苦しくなった。そうしてそのまま僕は倒れた。次に意識を取り戻したのは、病院のベッドの上でだった。




 そうして僕は死んだ。死んだ瞬間のことを僕は覚えていた。それはどこか安らかで、一瞬の出来事だった。僕は空中から僕の体やそれに寄り添う人々を見ていた。そうして僕はそのまま空高く舞い、天国らしきところに行った。
「やっとここで会えたね」
 会ったとき、咲は僕にそう言った。
「うん、長かった。本当に長かった。途中で何度か僕は自殺をしようかと思った。それくらい長かった。でも本当に良かった。頑張れて。僕はやっと君に会うことができた。このままここで僕と一緒に居て欲しい、出来る限りずっと・・・・・」
「うん十年は一緒に居れると思う。でもまた一緒に生まれてこようよ。そうしたらもっと楽しい時間を過ごせるよ」
「ああ、それで僕は満足だ」
「そうして次もその次もずっと一緒にいようよ・・・・世界が終わるその日まで・・・・」
「ああ、勿論」
 そう言って僕は咲を強く抱きしめた。

悲しみの青い花8

悲しみの青い花8

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-21

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