アイサクラSS①


「忙しいのにごめんね!」
「あ・・・いえ」
「入って入って!妹さん大丈夫?」

キャバクラに出勤するために準備をしていたきらびやかな格好の深雪が恭哉を家に迎え入れた。

「あぁ、知り合いに預けてきたんで。」
「私が仕事休めたらよかったんだけど、どうしても出勤になっちゃって助かったわ」

彼女の部屋の扉をそっと開けながら深雪は恭哉にお礼を言う。
部屋の中を覗けば、彼女は冷えぴたをおでこに貼っておとなしく眠っていた。
深雪は扉を閉めると、リビングへ向かって歩き出す。
恭哉もその後をついていく。

「締め切りが近くて這ってでも仕事しようとするから絶対阻止して」
「はい」
「あとご飯におじや作ってあるから一緒に食べてあげて。じゃあ私仕事にいくからあとお願いね!」

鞄を手に取り、台所においてある小さな土鍋を指差すと恭哉に言った。
足早に、仕事に向かった深雪をうかがうと時間がギリギリだったのだろう。
恭哉もどんじりの閉店時間を少し早めに切り上げさせてもらった。
その辺はお互い様か。そんなことを思いながら、土鍋のふたを開けてみる。
鶏ガラスープの良い香りが鼻に入ってくる。
深雪は料理がうまいことがわかる。
小腹が空いていたが、彼女と一緒に食べた方が良いのだろう。
先程の深雪の言葉を思い出し、グッとこらえてふたを閉めた。
そのままもう一度彼女の部屋へ向かう。
クローゼットとベッドと机と本棚。シンプルに某家具メーカーの品で揃えられた部屋は、女の子らしいというか、彼女らしい部屋だった。
抱き枕を抱えてる彼女の顔を覗き込むと、眉間にシワを寄せて、息が荒い。
相当熱が高いのだろう。恭哉は、ベッドサイドに投げられている体温計を出すと、彼女の脇に挟み込んだ。
体温計が鳴るまでの間に、首もとの汗をタオルで軽く叩いてやる。
それでも彼女は目を冷まさない。
ぴぴぴと音がなって、恭哉は体温計を引っ張り出すと、彼女は寝返りを打った。

(38.8℃・・・抱き枕に頭のせるんだ)

ケースに体温計をしまい、彼女の肩まで布団を掛けると忍び足で部屋を出た。

(暇だな)

リビングに戻ると、人様の家のテレビをつける勇気のない恭哉は辺りをチラチラと見回した。
机の上に束にされている何日か分の新聞の一番上を取ると、ソファに座ってめくり始めた。


「何してるの?」

新聞も半分くらい読みきった辺りで、彼女はリビングにやって来た。
さっきは布団に潜っていたからわからなかったが、高校の時のジャージを寝巻きに活用しているようだった。
恭哉を見るなり、ボーッとしたままの思考を必死に働かせているようだった。

「深雪さんから連絡あった。から来た。」
「そおう・・・」

彼女は、半分返事をすると、廊下の方に方向転換する。
恭哉は、新聞を畳ながら彼女に優しく話しかける。

「ご飯は?」
「いらない・・・」
「おじや、うまそうだから食おうよ。」
「恭哉・・・食べてないの?」
「食べてない」
「じゃあ、少しだけ・・・」
「ん」

恭哉に振り向いて、彼女は食べる意欲を見せた。
きっと一人なら食べたくなかったのだろう。
誰かが一緒に食べてくれれば、食べてみようと言う気が起こる。
恭哉はにっこりと笑って、台所にいくと適当なお皿を取り出して二つに分ける。
もちろん。恭哉8の彼女は2の分量だ。
彼女はチマチマとそれを食べ、小さな口をモグモグと一生懸命に動かす。
あまり食事をとらない彼女を心配しながらも、食べてくれるだけ良いかと恭哉も熱々のおじやを食べた。


食器を洗っていると、リビングで、彼女はノートパソコンに手を伸ばしていた。

「仕事はダメ」

恭哉はピシッと口で制止する。彼女は、恭哉の方を見た。

「・・・締め切り近いから」
「ダーメ」

パソコンを開かないように、上から押さえつけると、彼女は不服そうに手を引いた。
恭哉は隣に座って、彼女から遠い位置にパソコンを移動させた。

「・・・恭哉のバカ」

しょんぼりと、体育座りをしてそういう彼女がかわいく感じる。

「知ってる」
「バカバカバカバカバカ」

仕事にプライドを持っているだけに、仕事ができないことが辛いのだろう。
そして、熱を出しているせいか、いつも以上に柔軟な判断力はなく、恭哉に当たるのだった。

「知ってる。寝るよ」

彼女の手を引いて、リビングを出る。
彼女の部屋のベッドに彼女を潜り込ませると、布団を掛けてやる。
顔を半分隠して、彼女は恭哉に言った。

「締め切り間に合わなかったら恭哉のせい。」

すね方がどうもかわいい。恭哉はクスリと笑って、

「良いよ。」

そう言った。

「恭哉、どこで寝るの。」
「リビング」
「・・・はい」
「貸してくれるの?」
「ん。」
「じゃあここで寝る。」
「ん。」

彼女が、抱き枕を貸してくれた。
甘えているような顔が、寂しいと訴えているように感じ、恭哉は、抱き枕を枕にして床に寝転んだ。
彼女は安心したように寝息をたて始め、恭哉も軽い眠りに入った。


夜中の2時くらい。名前を呼ばれている気がして体を起こす。

「恭哉…」

案の定彼女が、泣き顔で恭哉を探していた。

「なに?」
「・・・どこ?」

手探りする彼女の手を握ってやる。

「俺ここにいるよ」

力の抜ける彼女の手を支えるように両手で包み込む。

「死にたい。」
「・・・・」
「死にたいよ」
「・・・生きて」

いつも、彼女はこうやって一人頑張ってきたのだろうか。
彼女は、泣きながら朝が来るのを待ったのだろうか。
どこからともなく襲ってくる不安を抱えて、彼女は、一人で頑張り続けたのだろうか。
どうして、死にたいのかわからない。
どうして、生きているのかわからない。
そう言いながら彼女は泣いた。
声をあげるような泣き方ではない。
目尻から頬に1本の線を何度も何度も伝う涙。
恭哉は、彼女の手を握って、うなずき続けた。

「死にたいよぉ」
「生きて・・・。俺のために。俺と一緒に生きて。由香」

死にたい。
そう言った彼女を強く抱き締めた。
君がいなくなったら、俺はもう耐えられない。
細い細い彼女をおれるんじゃないかと思うくらい抱き締め、大丈夫と言い聞かせた。


「35.2℃。もう大丈夫だな。」

太陽がすっかり上りきった頃、やっと目が覚めた。
深雪は帰っているだろうが、今はきっと寝ているだろう。
由香の体温と顔色を確認する。前髪を手のひらで避けてやると、白い肌が見えた。
由香は、恭哉に飛び付いた。

「ぎゅー・・・」

お腹の辺りにしがみつき、口に出していた。

「やっぱり熱あるか?」

恭哉はおでこに手を当てる。

「なーい」

上目で恭哉を見ると、由香は不満気に頬を膨らせた。

「そっか。」
「うん。」

由香が甘えることもあるんだなと恭哉は思いながら、由香の頭を撫でて笑った。
もう、由香が自分を追い詰めてしまうことのないように。
恭哉はスッキリしたような由香の顔を見つめながら願った。

アイサクラSS①

アイサクラSS①

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted