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 彼と久しぶりに会った。彼の自宅の最寄り駅で待ち合わせをして、そのまま彼の家へ向かう。24時過ぎのことである。彼の自宅付近で飲み会があり、終電を逃してしまった、と表向きにはそう伝えている。本当は寂しさを紛らわすために彼と寝るためであった。
 相変わらず物数が少ない部屋であった。懐かしいと感じるほど時間が経っていたことに驚く。彼と私はときどきセックスをする仲だった。私に恋人ができてからは彼の元を遠のいていたが、一か月前にその恋人と別れた。恋人がいなくなった途端にまた彼の元に帰ってくる私を彼はどう考えているのだろうか。鼻歌混じりにフェイスブックを更新する彼の横顔を見つめる。能天気だ。セックスのチャンスが増えてラッキーくらいにしか思っていないように思う。ちょっとメール送りたいからその間にシャワーを浴びておいでと彼に言われた。
 浴室を出て髪の毛を乾かす。入れ替わるように彼はシャワーへ入った。他人の家でひとりになる時間が好きだ。ここのあるもの全てが私の物ではない。持ち主はどこかに行ったが、物は私を主として受け入れない。部屋に馴染まない肌と彼の私物から浴びる抵抗感が気持ちいい。髪の毛をいつも以上に丁寧に乾かして、彼に抱かれる準備を整える。恋人と別れてから男性の身体に触れていない。少し緊張していた。
 彼に腕を引っ張られて彼のベッドに入る。二人並んで、幼稚園のお昼寝の時間のようだ。今日の飲み会の話や、最近の恋愛事情について簡単に話す。彼はいつでも人気者である。人気者ゆえの悩みがあるらしいが、友だちが少なく地味な暮らしをする私には縁の無い話だ。彼は話すのを辞めて、私の瞳を見定めるように見つめる。そして私を抱き締めた。
 彼の腕の中はいつも女の匂いがする。そこに収まると私を剥ぎ取られる。今日も私は私から脱落した。彼の隣には女の肢体という概念が横たわる。彼は他の人よりも背が低い身体を珍しがって、女の頭に顎を乗せた。小さい子の方が好きだよ、などと言われても比較された誰かが裏に見えて嬉しくない。女は忘れていた彼のセックスについて思い出していた。
 彼の唇が静かに女の唇に重なった。情緒のない硬いキスだ。吐息が少し漏れたら、次には規則正しく舌が顔を出すだろう。上唇を舐め、下唇を舐め、お互いの舌と舌を絡ませる。興奮してきたように、彼は女の頭を右手で抱える。左手は女の乳房を目指す。女の肢体はただ為すがままに彼の動きを甘受する。彼の舌の使い方も手の運び方もルールに決められた通り。安全で無難。予測可能。きっと少し乳房の柔らかさを堪能した後に、その頂上に鎮座する場所をそっと触れるだろう。最初はゆっくりと表面を撫でるように、徐々に緩急を付けて摘まんだり弾いたりするかもしれない。キスに飽きた彼の唇が下降してそこを口に含む。彼の場合は赤ん坊のように吸うことはしない。愛おしむように舌で転がすだけだ。彼は女の顔を見上げて、どんな表情をしているか確認する。女はちょうどいいタイミングで声を出し、彼の望む顔を作る。安心した彼は微笑んでまた女の身体を愛撫し始めるのだ。
 彼に抱かれた何人もの女の感情を想像する。バーで誘われた女。合コンで出会った女。同じサークルで仲良くなった女。会社で知らぬ間にそういう関係になっていた女。初めては彼がいいと願った女。偶然クラブで知り合った女。誰でもいいから抱かれたかった女。全ての女は彼の腕の中に残留している。そして全ての女は統合される。今日の私もひとつの女にされてしまった。彼が女を同じ顔に作り変えるのだ。拙い指は同じ形の器しか作れない。きっと彼自身も女と差分変わらない顔をしている。嬉しい時に笑い、いやなときに眉をひそめる。彼はこの先もずっと安全で無難なセックスをし続ける。無個性の女を作り続ける。天井も照明も変わらずに彼を放っておくだろう。誰にも変化することを願われない哀れな存在なのかもしれない。
 そもそも恋人と付き合う前に、彼と出会っていたのだから彼と付き合ったってよかった。なぜ付き合わなかったか。私は女にされるのが不愉快だったのだ。嗚呼、そうだ。女は更に思い出していた。彼は疑いもせず、私を女として扱う。どんな相手でも女という鋳造に流し込み、彼が女の形を決定する。女は何も考えずに彼に身体を委ねればいいから楽だ。自分の意思を持たない女にはぴったりである。目先の孤独の苦しみを癒すには誰でもよいから寝たらいい。今日の私だ。そして彼と初めて出会ったときの私でもある。私は彼から絆創膏を貰いに来ただけだ。
 だが、不満が出る。型通りにしか動けない女は窮屈で息が出来なくなる。治療方法が間違っている。言葉にならないもやもやとして彼を物足りなく感じてくる。女に統合されていく中で、彼の腕の残る女の欠片に触れて彼を通過していった女たちの気持ちが見えてきた。女を同一のものに作り上げてしまうのは彼が愚かだからではない。ここに収まる女が馬鹿なのだ。彼はいつも真摯に女と向き合うが、女は自分を放棄しているから彼の形通りにしか動かない。彼はそれが女だと思い込む。彼は「彼にとっての女」以外の女を知らない。全ては彼に抱かれてきた女たちの教育の賜物だ。女は彼は不幸なのだと初めて気付いた。
 考えごとをしている女に気付かず彼はテキパキと次の動作に移る。キスをしながらさりげなく避妊具を装着し、女の足を開かせた。熱と湿り気のある場所へ彼は触れる。そして奥へ挿入しようとした。が、それは阻まれた。女が突如として彼を蹴り飛ばしたのである。女は女であることを拒絶し、卵の殻を破るように私を現した。
 私は突発的な自分の行動に驚きながらも、状況を理解していない男の困惑した表情に優越感を覚えた。「帰る!!」私はそう叫んだ。何を言ってるんだ電車も無いし、ヤリたくないなら構わないからうちに泊っていきなよ無理させてた?ごめんね等々、彼の言葉が聞こえてきたが無視して服を着て荷物を持って彼の部屋を出た。
 走った。私は抱かれたときに乱れた髪の毛をそのままに走った。彼の匂いを身体に残したまま走った。夜風は私の身体を洗濯することもなく素通りしていく。星が笑う。つまらないセックスしてきた女だ。寂しさからセフレの元に戻っただらしない女だ。そうだ、それがなんだ!だが私は逃げた。私は女にさせられるのを黙っていなかった。息が上がる。何をまた喘いでいるんだ。走るのも抱かれるのもお前にとっては同じなのか。違う、そうではない。これは勝利の吐息だ。私は女に負けなかった。女を克服した。偽りの喘ぎはもう嫌だ!
 コンビニへ向かい、ポテチや板チョコ、発泡酒を買う。駅の近くにあるネットカフェへ入店して私はシャワーを浴びた。LINEを開くと彼から謝罪のメールが入っていた。どう考えたって私が悪いのに彼は真面目だ。彼に対する罪悪感が少し生まれたが、私はすっきりした気持ちになっていた。私は謝罪の連絡を入れた。そして今度はご飯に行ってちゃんと私として話そうと決めた。こんな酷いこと、彼は飲み会でネタにするだろうか。それも面白いかと思いながら買ってきた酒を飲んだ。
 

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  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-18

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