短編集「スピネル」

あたたかくて、いい。

 きれいな音。すごくきれい。お姉ちゃんのお部屋を覗くとバイオリンを弾いていたのです。

 眠っちゃいそうな。今にも、寝てしまいそうな安眠の曲を弾いてくれたの。

 ブルブル震える、音も聞こえるけど大半は上手。お姉ちゃんは、少し素人なのかも。

 きゅるきゅる響くような音もまたきれい。情熱を込めた音が私の心に響くの。

「シイナ。寝たかしら……」

 お姉ちゃんはそうつぶやいた。そう、私はもう寝てるよ。お姉ちゃん、おやすみなさい。

 起きたら、お姉ちゃんは居なかったんだ。ベッドの横には、赤い箱が置いてあったの。

 そうだ、今日はクリスマスなのね。開けてみたら、小さなバイオリンが入っていたわ。

 高級そう。しかも弓まである……あるのは当然だけれど、高級感があるわ。

 試しに弾いてみたけれど、汚い音しか出せなくてとても悩みます。どうすればいいかしら?

「おねえちゃん……」

 下まで降りることにした、だけれどお姉ちゃんは居なかったわ。

「お姉ちゃんは、仕事よ。隣にバイオリンがあったでしょう?それは、お姉ちゃんからあなたへのクリスマスプレゼントよ。大事になさい」

 お母さんは、リビングでぼんやりしながらも、優しい声で、いいました。

「あと、この手紙も。あなたにあげるわ。お姉ちゃんから預かったの」

お母さんから手紙を、受け取った。

読んでみたら、こう書かれていた。

シイナ。メリークリスマス。
バイオリンって綺麗で時にちぎれるような音が出るのよね、わたしの場合だけど。

これは、シイナへのクリスマスプレゼントよ。
バイオリンって綺麗でちぎれるような音色もかえって美しく聞こえるの。私はそう思うわ。

私はバイオリンを習っていたの。今は、コンサートに出るほどだけど。

シイナ。落ち着いたら、私はあなたにバイオリンを教えるわ。ふふ。またね。

            姉のこころより。

 その手紙を読んだ瞬間、心が温まった。ところどころ分からない言葉もあったが、手紙ってだけで愛を感じた。お姉ちゃん、ありがとう……。

               終

遠子(とおこ)

 元気な彼女の遠子。岬遠子。のどかな農村で住む、健気でかわいらしい少女。秘技はおとなだまし。

 遠子は裏手の庭に金のなる木だと存在しない木を植えて、土を踏んで固めて欲しいと大人にお願いをした。それで踏んでもらったが……。それは遠子の罠であった。

 植えた所は、落とし穴だった。手伝ってくれた大人をだましたのです。悪いという考えは忘却の彼方。

「うっひひー!うっひひー!」

 いたずら悪魔の遠子は、のどかな農村の一人娘。都会の人間に興味はない。

 自然に触れあって生きる一人。それでもちゃんと教育はされているから何の心配もない。

「だましおって……」

「あはは!ごめん!」

 今日もいたずらざんまいなのでした。悪魔のような笑い声がする村も何だかんだでにぎやかな村ではあるし、恨む人も居ない。

 健気だ健気だと言われ、愛される遠子。毎日毎日幸せでした。

 今日はお家でお菓子づくりをするようだ。メニューはクッキーらしい。
遠子はニヤニヤ笑みを浮かべながらクッキーの生地をこねて形を作っていた。
ハートや星、遠子が作った意味不明の物体ももちろんある。

「楽しいな!」

「楽しいかい?それはよかった」

 家の周りの人も集まってでの、お菓子づくりはとても楽しいものだ。遠子はアハハと高らかに笑い、大きいクッキーの生地を丸めて形を作ってゆく。

「遠子はお菓子づくりの中でクッキーが一番好きだもんな。パパは好みを知ってるよ」

「うん!正解!」

「遠子。おれのクッキーも作ってくれよな」

 そう言うのは悪ガキ大将の戸川。
 近所の男の子の要求も笑いながら応じる遠子は天使。ただ、あるお年寄りの人は遠子を心配する声もある。それは、遠子を盗まれないか、取られてしまわないかという小さそうで大きな不安。

「わかってるー」

 クッキーの生地をオーブンの中に入れて、焼く。そこからは出来るまでを待たなければならない。

 焼き上がりが近い中、遠子の食欲をそそる。隣の小さな男の子は遠子をまじまじと見ていた。これはまさかの恋心であろうか。

 チン!と音がした瞬間、遠子は嬉しい気持ちで満たされた。隣の小さな男の子も、遠子をジロジロ見ながらも食べたい気持ちを抑えきれない。

「さっきから私のほうみてどうしたのー?」

 遠子は隣の小さな男の子の視線に気づいていた。男の子はニンマリして、何でもないと言った。

「なんでもないんだー。へえー。じゃあクッキーあげる」

 可愛い袋に包まれたクッキー。それを男の子に渡す。

「はーい!ありがとう!」

 男の子は遠子の前から嬉しそうに去っていった。可愛らしい姿があなどれない……。

「遠子ちゃん」

 背後から、タカネおばさんの声が聞こえた。

「なにー」

「さっきの男の子は、遠子ちゃんに恋してたんでないかい」

 タカネおばさんが意地悪く笑うもので、遠子は少し混乱してしまった。私を好きになるの?みたいな感情で。

「こい……?」

「むずかしくいったら、恋愛だが。さっきの男の子は遠子ちゃんが好きってことさ」

「えっ!さっきの男の子が!?」

「いや……実際に聞いてみないと分からないがね。でも、あんなに見つめていたなら、恋愛っぽく見えてしまうものだわさ」

 見ていたのは分かるけど、見ただけで好きになるのはおかしい気がする。

「でももう、行っちゃった……」

「うん……そうだけど、遠子ちゃん」

「ん?」

「あれは運命の出会いだな。おばさんはそう思うぞい」

「うん……そうだね!」

 クッキー作りは、小さな男の子の出会いで、幕を閉じた。遠子は好きな気持ちを理解したまま、その小さな男の子の性格などは分からない。

短編集「スピネル」

短編集「スピネル」

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-16

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  1. あたたかくて、いい。
  2. 遠子(とおこ)