祭りのあと
整った顔立ちの男と寝るのは良い。頭の回転がきく男だったらさらに良いし、クズで煙草を吸っていたらもっと良い。それできざだったら満点だ。全然気持ちの良くない不感症の、私のセックスは、ごめんなさい。それでも反芻したくなるのは、事後に抱かれるのが好きだから。美しいから、顔が。白くて女の子みたいに柔らかくて、ここのつも歳上なのに、少年みたい。萩尾望都の漫画にでてくるような、竹宮惠子の漫画の主人公のような、凛としていて危うい気質。祭りのあとに呑み会で出逢ったばかりの男だったから、ちょうどよかった。私は飢えていたし、ちょっとかなしい事件があって狼狽えていたから、震える手をとめるのに、抱いてくれる手がほしかっただけだ。美しかったから、抱かれた。そういう気配を私も出したし、乗ってくれたから良かった。
教授、ごめんなさい、私たちはお先に失礼します。居酒屋の暖簾、阻む手を申し訳なく払いのける。仕方ないわ、だって私は今夜飲みたい気分なんだもの。連絡先交換しようってああ良いですよ勿論。いい感じ。ほかの女にはそんなこと言ってないからああこれは。それでそのあと一緒に抜け出して飲もう、と言って。ああこれが。これがあの有名なお持ち帰りテイクアウトコースか。新宿ゴールデン街に行きたい。と私は言うけれど、所持金残高千円もないことを思い出して、あ、どうしよう。はは、それなら宅飲みしよ。やったあ。こんなこと、こんな不良なことはたぶん初めて。今までお家が厳しかったから。お母さん、ごめーんうふふ。山手線に乗ってぐるり、最寄りに着いた。十一月の冷気が、私をがたがた震わせる。背中に手を伸ばされて、寒くないかって聞くから寒いと言うと、左手に、右手が伸びてきて掴まれた。握り返す。ひたすら伸びる道を歩いて行けば、二階建てのアパートがあって、玄関に通された。面白い造りで、アパートのくせに、部屋が二階にあるらしく、玄関の横、こじんまりとした階段があった。適度に散らかっている台所、階段の途中に投げ出された洋服、葉書、コンセントが雑っぽくて男だなと思った。震える身体を椅子に乗せて、ちょっとの間、待たされる。寒いなあ。きょう、抱かれなくてもまあいいや。期待してのこのこ付いてきた私もばかだけど、もう、相手はいい歳した大人だしね。
上から降りてきた男が、ウィスキーを片手に抱えている。私は分量どれくらいですか、と聞いてストップと言われるまで指一本分、注ぐ。西友のオレンジジュースを注いでマドラーがわりの箸でかき混ぜる。乾杯して呑む。ウィスキーを呑んだのは初めて。お酒、酔わないんですよね。いつもカルアミルクばっかりで、炭酸とか飲めないから。私は初めて強いお酒を口に含む。すこし熱くて、アルコールの匂いが強い。いまいくつだっけ。十八です。若いなあ、と言って男が顎に手を当てる。目は考えている。はは、来週、ん、あと十日で十九ですけどね。十八か、ついこのあいだまで高校生じゃん。すこし笑って私の目を捉える。キスしていい。良いですよ。顔が近づく。舌が、ああみんなこうなんだ、へえと思いながら目を開けると、男は目を閉じていて、造形が美しかったから、声を漏らしてみた。ちょっと喜んでくれたみたいだから、息漏らしてよかったなと思う。唐突に、流れるみたいに自然で、この歳なのに、慣れてるね、何人の男としたの、なんて言われて恥ずかしくなった。数えるほどもいないのに。上に行こう、と手を引かれて階段を登った。お世辞にも綺麗な部屋とは言えないけれど、汚すぎる部屋じゃない。布団があって、楽器が散らばっていた。楽器を集めるのが好きでね。マンドリンだ。そう、マンドリンもある。ギターと、あとは篠笛、ハーモニカ。ドラムのスティック。私は楽しくなる。ドラムのスティックで、私はロールとスウィングのビートを打つ。あ、できるの。ええちょっと、中学生の頃、打楽器やっていたから。今度セッションしようよ。今度もあるのか、と思って鞘をちらっと見やった。お酒、美味しい、やっぱり酔わないけど。男がギターを弾いて、歌い出す。きざだなあと思う。きざで、くさい、だけど、そういうの大好き。あとは、ロックを聞かせたりするのが、男の子みたいだと思った。男の子って、自分のフィールドの話を熱心に聞いてくれる女の子を、あまり嫌いになれない、というかむしろ、そういう女の子に好感を持つみたいね。昆虫採集している子も、JAZZが好きな子も、みんなそうだったなあ、と思いながらウンウン、と聞いていた。ギターの人が動かないこととか、弦が切れたシーンとか、興奮気味で楽しそうだった。かわいい。そのあと、少年王子館という劇団のビデオも見た。それは本当に面白かったし、男も、竹宮惠子、萩尾望都が好きだと聞いて思わず手を取った。かつてポーの一族のエドガーに憧れて、金のパーマにしていたらしい。美しいから良いね、正義ね。私は美しくないから。謙遜じゃなく、本当に不細工だと思っているから、とっさに出てしまう。卑屈で、それが美しくないよ、と私は思うのだけれど、出てしまったものは仕方がない。綺麗だよ。って、ふいに声をかけられて、視線が透きとおる。ジャズの激しい音が大きく聴こえる。もう我慢できないみたいね、男は私を押し倒して抱きしめた。弄る手が、必死すぎず、でも急いていて、可愛らしかった。ねえ、ちゃんと、剃って来なかったから、お願い、恥ずかしいから、一度いいからお風呂に行かせて。駄目。ん、んん。じゃあ、良いから、電気を消して。あれよあれよ、脱がされ、やわらかに胸をつつかれる。はじめはそっと、そしてはげしく。意外とおっきいんだね、何カップ。え、C、大きくなったの。ふふって、男は笑って前の男に揉まれたからだなと言う顔をする。あのひとには、小さいと言われたのになあ。今までのひとが、小さいひとばかりだったから。ん、ん。慣れてるね、本当に十八、きみ。笑って、男が聞く。じゅうはち。抱かれるのは大好き。ねえ僕も脱がせて、ばんざいして脱がせた。露わになった上裸は、暗闇のなか、白くて華奢で、滑らかで、女の子みたいだった。指先で、私の身体を弄んで、舌が割り込んできて、そして男が私のなかに入った。突き上げる快感、迸る衝動、というものはなく、ああ、またか、まただめだったかと少しぎょっとした。まえのひとと付き合っていたとき、一番最後にしたセックスは、無理矢理なものだった。無感動なやつ。それでから、私は感じられなくなってしまって、ああ、やっぱりかと思った。だけど、相手は精一杯腰を振っているし、気持ち良さそうだから、せめてもの尽くしてあげたいなと思う。女優は嫌いじゃないのかも。あっ、あん、ん、ん。淡々と打撃音と自分の声、そして忙しないジャズが部屋を占めるから、可笑しくなってしまって、吹き出しそうになるけれど。正常位、目の上に垂れ下がった男の前髪、髪と暗さで隠れる美しい顔のことを思うと、ちょっと、気持ちはよかった。はじめてなのに、生でやるなんて。男がいびる。やったのは誰よ、あっ、あっ。動きが早くなる。さすがは弁えているのか、男はそれを外に出して、自分で扱く。口に出しても良い。いいよ。咥えて。放出された白い液を、うっかりごっくん飲んでしまって、舌の上も喉の奥も苦さがずうっと残っていた。
男は、ピロートークが上手かった。それで、美しいからとても楽しい。抱きしめて。肩を寄せてきつく抱かれる。ああ、これ。これがいいの。セックスなんて、どうだっていい。この、事後の、抱きしめられるこの感覚。かりそめだってわかってる。でも、いま、この時必要とされてる、括弧の愛。これが大好き、満たされる、ううん、満たされない。これが良くて、私は遊びをやめられない。君は、目を見つめるね。大体の子が、目を見つめるか、匂いを嗅ぐんだ、ぼくの。だから、ここですごい息の音がする。笑って胸を指差す。私は目を見つめていたなあと思って、布団にくるまる。匂いを嗅ぐと、香水の匂いがした。Peaceの香りと混じっていて、京都のひととは違っていた。なにか付けているんですか、香水。高校生の頃から付けてる。なんで男はかっこつけたがるんだろう。京都のひとも、もうひとりも、きざだった。きざでいいんじゃないの、男は自分を大きく見せたがるんだよ。それは、寂しいからなの。ぼんやり天井を見上げて、男は微笑んで、うんと言った。
祭りのあと
実際、祭りのあとのことだし、ぜんぶ、あとの祭り。