取り残心中
三紀が死んだって、聞いたのは仕事明けの朝。しわくちゃに疲れていたからメールも留守番電話も確認する余裕がなかった。ねえ、大丈夫。大丈夫、真琴。というメールでいっぱいで、正直寝ぼけ眼、なんの話か分からなかった。新聞記事に載った三紀の死因、自殺。心中か。隅にちょこんと載った三紀の顔写真は、ニヒルにいつもの嫌な笑顔を浮かべていた。生きている、死んでいる、よく、わからない。どういうことですか。他人だから、私はあくまで三紀じゃないから、なんで死んだのかわからない。死んだ。事実と、周りのひとだけが取り残されて、三紀はさっさと罪を犯して行ってしまった。償う、なんておかしいし、君はもう取り返しがつかないんだよ。もし君が、もしここにいるなら、いくらでも、もし寂しいんなら、私が、なんて傲慢だよね。だって、私は君が良くって君じゃなきゃダメみたいに、君は、ほかの誰かじゃないとダメだったんだね。君の愛撫も眼差しも、ほかの誰かに当てはめて、見ていたのか知らん。じゃなくて、私のことはどうでも良くて、そうじゃなくて、ええとええと。仕方ない。仕方ないけど、よく分からなくて、なんだか熱くなって来た。頰が火照って、ぽっぽする。それでも今日は、学校に向かう。私は、行かなくちゃ、誰かに会わなくちゃ。会って、遊ばなくちゃ。不思議と、思っていたよりしんどくはなかった。そう、なんともないよ。私はめちゃくちゃに遊びたくなった。めちゃくちゃに、言い寄る男を抱いて、お酒を飲んで、記憶を飛ばして、歩いて歩いてどこまでも行きたい。だけれど私は臆病だから、それができない。爆発しそうな球を抱えて、じりじり燻っているだけだ。誘ったりなんてできないよ。ほかの子が、来てちょっと助けてくれたけど、その子はその子だもん。違う。人は人で、ひとりしかいないんだよね、誰も、誰も代わりはいない。
私ははっきり言ってあいつが嫌いだ。三紀が嫌い。嘘じゃないし、負け惜しみでも、懐かしんでハイエナみたいになるわけじゃない。ちゃんと、愛していた、と物語がいうように、ちゃんと、三紀を嫌いだった。あいつは頭がきれる。口が悪くてサイコキラー。ひとが嫌がることが大好きで、しょっちゅうおちょくる。お前は痛いやつだと面と向かって言うのはあいつだけだったから、いつも会うときは構えるし、何て答えても傷つくだけなので半分閉ざす。でもそれでも私はマゾヒズムだから、それを真摯に聞く。遮らないで、血みどろになる。痛さが、日常にはない刺激で、ぴりりきりり、ざくりかぱあと痛くって血がどろどろ垂れるように心が痛い。だから三紀が嫌いなんだ。会いたかないけど、会いたいんだ。傷つきたい。わかるか。一度だけ、三紀と寝た時も、一方的に弄られて、気持ちいいんだか良くないんだかわからないまま終わった。すごく危ういセックスで、そのあと下の毛を剃られたせいで、膀胱炎になった。それはいい。三紀には、私のほかに片手指折りのそういうお友達がいて、私なんて五番手ぐらいだった。この数日、ちょっと会おう、しようと言ってもお金がないと言ったのは、そういうことだったの。死のうと試みていたのね。中途半端に私を遊ばないで。なんて無責任。だって乗ったのは私だもの。でも、置いて行かないで、ひとこと、言ってほしかったのよ、もし死ぬと決めていても、止めるかも止めないかも、きっと止めただろうけれど。それぐらいに死に焦がれていたとしても。ひとこと、言って。ばか。本当に、お前は、ばか。大嫌い。また会ってくれる、私は会いたいよ、ばか。
取り残心中
物事は書かれた時点で全て、ウソになるのよ。