終わりに寄せて

どうしてこうも、さびしいものなのでしょうね。
奥底にひからせた目を細めながらあなたは問うのです。気配はすぐそこに漂っていました、窓際にかけてある風鈴ですとか、最近めっきり涼しくなってきた夕暮れの感じとか、いつのまにか声高に鳴きはじめた鈴虫ですとか。薄暗い夜の湿った道の上にも、通り過ぎていく人々の袖口から覗く手首からも、もう寂の音を聴き取ることができるのです。
わたしがそれを言うと、あなたは決まって薄く笑むのです。

蜩の声が残響とともに禍々しい橙に飽和していきます、先ほど見かけた樹の根元には、自身の生きる意味さえ見いだせずに死んでいった蝉のひそやかな遺骸がぱたぱたぱたと転がっていました。踏むと、妙に軽い、さりさり、しゃりしゃり、という音がします、まるで氷を踏んでいるようです。骨を踏んでいるようです。どこかの家からまた風鈴の音がします。りいん、と、それは弔いの鐘の音に似ている気がします。



何かの終わりというのは、定規で計ったようにきっちりと、きっぱりと終わるものではございません。むしろ水彩のぼかしのように、青と赤の官能的な交わりのように、どこから始まってどこから終わるのかもわからないことが多いのです。今だってほら、この始まりと終わりの重なる季節において、いったいどれが本当でありましょうか。混沌はしばしの間降り立ちます。気休めの小雨のように、点々と足音を付けて、しかしそれもやがてすぐに乾いていくのです。

きっと、輝いていた分、消えてしまうときのあっけなさが目立つのだろう。
あなたはそうつぶやきました。
では、消えなければよいのに。
なんて幼稚で我儘な願いであろう、わたしはそれを自覚しながらも言ってしまいました。あなたはそれを見透かした目でこちらを見、おかしそうにくすくすと笑うのです。
それは、できないね。
なぜ。
なおも食い下がるわたしを、あなたは静かに諭します。
終わらないものなどここには存在しない。ここ、には。
あなたがあまりにもうつくしくその言葉を吐き出すので、私はなぜだか泣きたくなってしまいました。ただただ、泣きたくなってしまいました。

悲しみでもない、絶望でもない、この透明になんと名前を付けましょう。

あなたの言葉によって、わたしはいつも「わたしたち」ではないことを思い知るのです。
それは冷たく凝る氷でできた、薄い膜でした。わたしとあなたを決定的に隔てるための。
あなたは終わることができない。すでに終わってしまったから。
ではわたしはどうすれば終わることができるのでしょうか。その術を聞いてみたい気もしましたが、あなたの横顔を見るうちにそのことは忘れてしまいました。

終わらないことは苦しみでもある。ぼくは常に苦しみを吐き出しながら歩いている。
どうかそれがきみの上にも降らないように、ぼくの苦しみをきみが受けることの無いように。
ぼくはきみをずっと、

一瞬ののち顔を上げ、振り向いたらあなたの姿はどこにもありませんでした。
それはしるしです。終わったことのしるしなのです。
腰を下ろした縁側に、わたしは一人佇み、何をするでもなく虚空を見つめているだけなのでした。
蜩は鳴くのをやめていました。その代わり、今度は足元で鈴虫が鳴きはじめました。りいりいりいりい、響いていきます。風鈴も風に揺られてりいりい鳴ります。ふたつのりいりいが響いて、私の耳に流れ込んでいきます。

それはちょうど、弔いの鐘の音に似ている気がします。

私の目からは涙があふれてきました。
透明で濁りのない涙があふれてきました。

終わりに寄せて

終わりに寄せて

夏が終わる。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-01

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