メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第四話・上

メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第四話「ディエンビエンフーの戦い」・上

 宿営地からの移動は先日の襲撃もあり、装甲車に乗り、精鋭部隊の護衛がついて移動した。相手の魔法少女が来たらいくら精鋭部隊でも撃退できないと思うけど。彼らよりも青く澄み渡った青空の方が僕の心を落ち着かせてくれた。
 一時間ほど移動すると装甲車が止まった。目的地に着いたようだった。
 目的地には多くのテントがあり、軍人たちの他に新聞記者らしき人々やカメラを持った人々の姿が見えた。彼らは装甲車を降りた僕らの姿を見ると、インタビューをするために、映像を撮るために近寄ってきた。そこは軍人たちが防いで、僕たちは奥へと向かった。
 陣地の奥へと向かうと、将校らしき人物が待っていた。彼は自己紹介もあっさりとして僕らをテントの一つに案内する。ひときわ大きなテント。その前にはいくつかの旗が立っていた。国旗のようだ。
「ようやく到着だな」
 女の子の声が聞こえた。口調からして随分と強気な印象だ。
 黒い髪の先を燃えるように赤くした少女がテントから出てきた。身長は僕よりも低い。目の色は赤く、鋭かった。
「四魔侯、鈴 春燕」
 思わず言うと、鈴は僕を見る。
「ん、なんだあんた」
「あっ、僕は桜さんのパストラルの天羽 遼斗といいます」
「あもう……? 阿蒙? お前、お馬鹿ちゃんか」
 と言って鈴は笑い出した。僕は困惑しながら彼女を見る。女とは思えないほど失礼な奴だな。チビなのに態度がでかいというか。
「メイチュン、失礼なことを言わないでよ。私のパストラルなんだから」
「桜、そうは言うけどさ。阿蒙なんだろ?」
「天の羽で天羽。名前は遼斗ね」
「ああ、分かったよ。まあ、中に入れよ、今回の仲間があと三人、いやパストラルも入れると六人か」
「パストラルがまだ気に入らないの、メイチュン」
「周雪は別だけどな。お前こそ、さんざんパストラルを交代させていたのにどういうつもりだよ。そいつ、そんなにすごい奴なのか?」
「うん、すごい人だよ」
 桜が笑顔で言った。傍で言われると照れてしまう。鈴は僕の顔を凝視する。
「そうは見えないんだよなぁ。まあいいや、入れよ」
 鈴はそう言って中に入った。僕と桜も中に入る。
 テントの中にはいくつかの椅子とソファーがあり、十数名ほどの軍人やスーツ姿の男女の他に三名の少女とその傍に三名の男性がいた。
「お前ら、最後の一人が来たぞ。自己紹介しようぜ」
 鈴が大きな声で言うと、三名の少女たちが僕と桜を見た。肌の色も目の色も、それぞれ違う。日本にしか住んでいなかった僕には新鮮な風景だった。
「隊長さん、私は桜さんのことは知っていますよ」
「ばーか、お前のことは桜が知らないだろ」
 小麦色の肌をした少女と鈴が話す。
「はい、はい。私はグエン・ティ・スー。スーでいいよ。ランキングは一二八位。まあ、魔法少女歴が短いから順位が低いだけだから」
「私は彼女のパストラルのリー・ヴァン・ミン。彼女と同じベトナム人だ。パストラルになる前は貿易系の会社にいたよ」
 小麦色の肌の少女が威勢よく言うと、隣に座るスーツ姿の男性が続けて言った。
「やれやれ、普通最後に来た人が言うところじゃない? まあいいわ。私はパク・バンシル。ランキングは九八位。ギリギリ中堅クラスってところね。出身は大韓民国」
「彼女のパストラルのキム・ジェド。大戦時代から兵士として戦っていたよ。よろしく、若いパストラル」
 ソファーに座っている韓国人の少女と男性が自己紹介した。
「私はチャンパサック・ミャン。ミャンでいいですよ。実は桜さんとは一緒に戦ったこともあるんですよ。覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんだよ、ミャン。一緒に敵の母艦を何隻か撃墜させたね」
「ああ、そういう覚え方されているんですね」
 育ちが良さそうなきれいな黒髪の少女が困惑しながら言った。
「グェン・アレック。ミャン様のパストラルです。ちなみに軽んじられると困るので、ミャン様の順位を言っておきますが、彼女は四五位。この陣営では紅狼娘に次ぐ実力者です」
 自分のことよりミャンの紹介をする男性はなにやら古めかしい兵士の格好をしていた。みんなから自己紹介を受けたから、今度は僕らの番である。
「桜 彩花。ランキング外のウィッチで、日本人です。よろしくお願いします」
 あっさりとした自己紹介には少なからず警戒心が感じられた。桜は少し緊張していると思った。一年ほど日本の研究施設で引き籠もっていたのだから当然かも知れない。
「僕は彼女のパストラル。天羽 遼斗と言います。彼女と同じ日本人です」
「天羽さん、あなた、若そうに見えるけど何歳だね?」
 キムが尋ねてきた。
「十四歳です」
 答えると、キムは口笛を吹いた。
「若いな。俺の国でもそんな若いパストラル候補生はいない」
「資質はあるということさ、ミスター・キム」
 リーが冷静な口調で言った。
「ランキング外ということは、先鋒は彼と桜さんですか、紅狼娘」
 ミャンが穏やかな口調で鈴に言った。彼女は頷く。
「まあな。んで、あたしは五番手、大将さ」
「あとはランキング順ですか?」
「相手のメンバーからすると、それで問題ないとあたしは思う。向こうも雨竜を大将に置かなければならないからあたしやあんたが二番手に就く必要はない。そもそも、今回の戦い桜とリョウトで決めてもらうつもりだ」
「三人抜きさせるんですか?」
「へぇ、私たちは楽で良いけど」
「まあ、元一位ならね」
 ミャン、スー、バンシルの三人がそれぞれ言った。
「ところで、相手のメンバーは知っているの? 雨竜さんがいるのはシュェさんから聞いたから知っていたし、昨日戦った『南洋の重騎兵』ミアも参加するだろうね」
「へぇ、ミアと戦ったか。あいつはおそらく三番手か二番手に配置されるほどの実力者だ」
「因縁ありなら三番手でしょうね。そうすると、順番が推理できそう」
 アレックとシュェがそれぞれ言った。
「残る三人は、ランキング一四八位のパドナ・ルギ、一〇六位のジェシカ・シーランド、九四位のオリヴィア・イヒマエラ。この場で一番戦闘経験がある、桜さん、鈴さんの読みとしてはどうですか?」
 アレックが少女二人に尋ねる。服装こそ古風だが、パストラルの中では僕の次に若い容姿だ。鈴が腕を組んで、一考する。
「……パドナ、オリヴィア、ミア、ジェシカ、雨竜だろうな」
「理由は?」
「近接戦闘が得意な人選だ。桜と中距離でやり合うような奴は相手にいない。というか、太平洋連盟のウィッチ連中でそんなことに挑戦できるのは上位の一部だろうよ」
「メイチュン、そうは言っても今の私は魔力が落ちているんだよ」
 今は味方とは言え、そのうちライバルになるような相手がいる前で話して良いんだろうか。どうにも桜には天然的なところがある。
「それでも、だ。『光砲の御子』と謳われたお前相手にガチの撃ち合いなんて挑むのはかなり勇気が必要だ」
「大げさだなぁ」
「「大げさじゃない!」」
 その場にいた魔法少女たちが一斉に大声で言った。確かに最盛期の彼女の活躍を考えるとそんな感想が出てもおかしくはない。
 しかし、一年間の軟禁とナノマシンによる毒は彼女の力を弱め、四段階ほど能力を下げている。撃ち合えば勝てるなどとは僕でさえ思っていない。桜が「大げさだ」と言うのもそれほど謙遜しているわけではないのだ。
 僕はふと桜の横顔を見る。
 いつものように平然としている彼女はどうやって三人の魔法少女相手に勝つのだろう。魔力の格もそうだが、貯蔵量だって最盛期ほどじゃないはずだ。僕も出来るだけサポートしないと。
 相手の名前は今聞いた。五人の顔や特徴はファンブックで知った情報を頭の中から引っ張ってきている。あとは。
「シュェさん」
「ん、なんだい?」
 突然僕に呼ばれてシュェは少し驚いたようだった。
「戦いが始まる前に五人、いや、三人の詳細情報を教えてください。僕の知識は民間レベルですので」
 すると、シュェは白い歯を見せた。
「もちろん、いいよ。君は客将だからね。力を貸してくれる相手を支援するのは当然のことだ。私のデバイスコアから情報を送ろう。人民解放軍の収集した情報だから質も問題なしだ、期待してくれ」
 などとシュェが言っている間に僕のデバイスコアに情報が転送された。魔法少女の他にも相棒のパストラルの情報もあった。僕がはっとして、シュェを見ると、彼女はウインクした。
「君の戦いに興味を持ったから、サービスさ。三勝して先輩方を楽させてくれたまえ」
 シュェの言葉を聞きながら、僕は食い入るようにウィッチとパストラルの詳細情報、特に戦闘面での情報を読んだ。作戦なんてろくに考えられないかも知れない。それでも、僕は僕に出来ることをしたかった。

 大戦以来ベトナムに来たのはこれで五度目だった。プライベートで来たのは一度だけだ。
 私は今、セイレム機関からの要請で来たウィッチでありながら、太平洋連盟側の大将を務めることになった。
「雨竜よ、どうした?」
 パストラルであり、師でもある尾上が傍に来ていた。
「師匠、私は大将という立場にありますが、出来れば先鋒を務めたく思っております」
「ならん。それはお前の使命ではない」
 当然ながら反対された。知っていたからそれほど落胆はしていない。
「世界で四番目に強くなってしまったからな。軽々しく振るうことは許されないのだ、雨竜よ。分からぬお前ではあるまい」
 師匠はそう言って私をなだめる。
「桜 彩花が」
「ん?」
「桜 彩花がかつての強さを保っていたら私は先ほど取り決めた順番を無視しても戦ったと思います」
「ほう……しかし、魔法少女同士の殺し合いを望んでいるわけではあるまい?」
「私と桜の対決はその程度のことではないのです。私は世界で一番強いウィッチになりたいのです」
「では、なぜそうしなかった?」
「今の彼らの実力を見てからそれを決めることにしました」
 自分でも大将らしくない勝手なことを言っていると思う。所々はげた芝生をふと見た後でなにやら懐かしい魔力の流れを感じたので、視線を動かす。近くにいるのは魔法が使えない軍人たちと各国政府の役人たちだけのはずだが。
「イザベラ、どうしてここにいる?」
 感じた魔力のまま言った。かつて私や相手方にいるメイチュン、レアンドラとともにあの方のもとで四魔侯と呼ばれた者の一人だ。ふと、どこにでもいるような女性の役人を見る。
 魔力からして彼女がイザベラだろう。というのも、彼女は滅多に素顔を見せない。大戦時代でも私は彼女の素顔を二、三度見たくらいだ。基本的に彼女は変装した姿である。用心深い、というより彼女が工作活動を得意とするウィッチだからだろう。
「ちょっと野暮用よ。次の活動まで時間があるから一緒に見ていてもかまわないかしら?」
「かまわないが」
 私は視線を上に向けた。魔法を使って視力を上げる。今、上空ではこちらの陣営のパドナ・ルギと桜が戦っている。二人のパストラルは直接戦わず、支援に専念している。
 パドナは白兵戦を得意とする魔法少女で、デバイスは二本一組の短剣の形状をしている。近づけば桜と良い勝負になるとは見ていたが。
「さすがね、光砲の御子は」
「ああ、力が弱っている分、技術が研ぎ澄まされているというべきか」
 近づこうとするパドナを桜は中距離からの誘導弾と速射弾で封殺している。パドナのパストラルであるティルタは援護射撃や幻を起こすことで桜の注意力を削ごうとするが、桜のパストラルである遼斗がことごとくそれらの作戦をつぶしている。幻が発動すれば直後に打ち消し、援護射撃もティルタが手薄になったと見るや狙い撃つ様子で、桜とパドナがほぼ一騎打ちになるようにしている。
「パドナは年齢こそ十六歳だが大戦の経験がないウィッチだ。ティルタはセイレム機関でも教育を受けたエリートパストラルで、彼女の補佐としている」
「パドナと桜の技量差が致命的ね。ティルタの援護も遼斗に潰されている」
「あの遼斗という少年、なかなかの試合巧者だ。ティルタと遼斗を比べればティルタの方が能力的に上で、戦闘技能も高い。しかし」
「ティルタはパドナをバックアップしないと桜に負けてしまう。だからいろいろと手を打たなければならない。いくら能力が高くてもすることが見抜かれていれば不利にもなる」
 自分で言っておいてなんだが、理屈はそうでも、あそこまで的確に次の手を読めるものだろうか。あの少年、隠れた才能があるのかも知れない。
「彼を知り己を知れば百戦して危うからず」
 尾上がふと言った。孫子の言葉だっただろうか。ふと、尾上を見る。
「力が強いから勝つわけでも、技術があるから勝つわけではない、ということだ、雨竜よ」
「……分かりにくいことですね。どうにも私はそれが出来るかどうか」
「ふっ、お主らしい」
「……そろそろ終わるみたいよ」
 尾上に続いて、デバイスの投影したモニターで戦況を見ていたイザベラが言った。
 再び上空の戦いに目を向けると、中距離からの多様な軌道を描く魔法弾の攻撃で満身創痍、疲労困憊となったパドナの姿が見えた。ティルタが回復魔法を使うも、遼斗は執拗にそれを邪魔する。桜は着実にパドナを追い込んでいく。
 私はウィッチ戦の主審の傍へ行き声をかける。スーツ姿の中年男は私の顔を見る。
「太平洋連盟側のウィッチ戦大将として言おう、パドナ・ルギの敗退を認める」
「本当に良いのか? 彼女とそのパストラルはまだ戦っているぞ」
「勝負は決まった。このまま続けてもパドナが追い詰められるだけだ。彼女も良い戦闘経験になっただろうし、もし大けがでもされたら私の責任だ」
「……本当に良いのか?」
 審判はなにか気にくわない様子だった。
「これ以上遅延させるつもりなら、お前の審判としての対応をセイレム機関に報告するがそれでもいいか?」
「分かった。宣言する」
 私は振り返って、待機しているオリヴィアを見る。小麦色の肌にちぢれた黒い髪の毛を丁寧に編んだ髪型が特徴的な少女だ。ランキングは九四位と実力者であり、大戦に参加していた経験もある。
「オリヴィア、準備は良いか?」
「はい、魔剣士様。光砲の御子、倒して見せましょう」
「オリヴィア」
「はい」
「今の彼女は光砲の御子ではない。相手を過小評価することもないが、過大評価することもない。今のお前とベンジャミンで勝てない相手ではない」
 私が言うと、オリヴィアと彼女のパストラルであるベンジャミンが頷いた。ベンジャミンも大戦に兵士として参加している。経験の面では問題なし。パストラル適正は高いとは言えないが、遼斗に後れを取るとも思えない。
 間もなく、パドナ・ルギ敗退の判定が出て、オリヴィアたちが次鋒として出撃していく。ルールで中華同盟側も桜を退かせることが出来るが、メイチュンはそんな判断をしないだろう。彼女だって、今の桜の実力が知りたいはずだろうから。

 どうにか、一人目の相手を退けた。桜とパドナの実力差があり、相手のパストラルの動きも想定内だから良かった。
 次の相手はどうだろうか。オリヴィア・イヒマエラ。相手のランキングが一気に九四位まで上がってきた。
「桜、まだいけそうか?」
「遼斗こそ、まだ大丈夫?」
「僕は大丈夫だ。桜は次の相手のことを知っている?」
「知っているよ。大戦中に何度か一緒に戦ったよ」
「接近戦が得意な相手か?」
「うん。盾と剣で構成されたデバイスを使う子。とても勇敢なウィッチだよ」
 知っていたが、確認のために聞いた。盾と剣を使って後退知らずに戦う彼女はマオリ族の魂が戻る場所ケープ・レインガに因んで『レインガの勇者』という二つ名を持つようになった。本来なら次鋒で出てくるようなレベルではない。勝負の踏ん張りどころである中堅に置くのが彼女の典型的な起用法だろう。それを次鋒に持ってくるということは接近戦が得意であることから対桜用に当てることが狙いだろう。
 そうしているうちに盾と剣を持った小麦色の肌の少女が現れた。彼女の傍に胸に小さくニュージーランド国旗が刺繍されている白いパストラル用のローブを着た男がいた。立ち居振る舞いを見るに戦い慣れているように見えた。
「パストラル、ベンジャミン・キレン。太平洋連盟軍次鋒だ」
「同じく太平洋連盟軍次鋒、オリヴィア・イヒマエラ」
 ウィッチ戦の形式はスポーツマン的というか意外に形式的である。対戦者がお互いに名乗りを上げて、距離をある程度開けて(特に決まりはなく、ここの距離の取り方も戦術の一つになる)、審判から信号弾が上がると開戦となる。
「中華連盟軍に助力しているパストラル、天羽 遼斗……です。連盟軍の先鋒です」
「桜 彩花。同じく、中華連盟軍の先鋒」
 そわそわしながら名乗る僕に対して桜は堂々としたものだった。とりあえず礼をして、オリヴィアたちから距離を取る。
『どの程度離れるつもり?』
 桜が尋ねてくる。魔法を使った思念通信だ。
『前と同じく五十メートルほどかな』
『もう少し遠いかなと思ったけど』
『離れすぎても良くないよ。遠距離砲撃は軌道が読まれやすいから、距離が縮められやすい。まずはさっきと同じく中距離で戦いを支配してやろう』
 そう伝えると、桜がふふっと笑った。なにか変なことでも言っただろうか。
『あっ、ごめん、ごめん。いつの間にか戦術の相談までするようになったからね。なんだか君って、面白いなって』
『桜、戦いの最中だよ』
「分かっているよ。バックアップ、よろしくね」
 サーチ魔法でオリヴィアたちとの距離が五十メートルほど離れたことを確認するとそこで止まって開戦準備が整ったことをアピールする。一分ほどしてから下から信号弾が上がってきた。それが開戦の合図だった。
 桜の動きは速かった素早く小さな魔法弾で弾幕を張ったかと思えば、彼女得意の誘導型魔法弾を四個、自分の周りに展開した。剣にも盾にもなる攻防一体の魔法弾。誘導型をあそこまで自在に扱える魔法少女は他にいないだろう。多くの魔法少女の戦闘記録を見てみたが、彼女以上の使い手はついに分からなかった。セイレム機関の見解も同じらしい。
 しかし、それでもオリヴィアは盾を構えて弾幕の中に飛び込んできた。
 勇者と呼ばれるだけある、と思いながら僕は相手のパストラルの動きを確認する。気づくと姿が見当たらなかった。
 しまった、と思って考えたのはパストラルがするとしたらどういうことか。接近戦をさせるにはどんな補助をするかどうか。
 すると、自動防御魔法が発動した。射撃された? 魔法弾が飛んできた方向を見るとベンジャミンが右手を僕へ向けて突き出していた。
 直接攻撃を仕掛けてきたか。オリヴィアの能力ならば、接近戦に持ち込めば桜に勝てると踏んだのだろう。パストラル同士による直接対決を仕掛けるとはそういうことだ。魔法少女同士の一騎打ちに勝算があると踏んだのだろう。
 ベンジャミンと魔法弾を撃ち合うが、技量差は思ったより大きかった。それはそうだ。僕より優れたパストラルなんていくらでもいる。とすると、出来るのは時間稼ぎだろう。防御魔法を展開しつつ、相手の動きをよく見て、倒されないようにしないといけない。パストラルがやられても敗北ではないが、桜一人だけで戦わせるようなことはさせたくない。
 彼女の負担はできる限り減らしたい。ベンジャミンをどう倒すか、考えなければ。僕は魔法弾を撃ちつつ、防御魔法も展開しながら対戦相手の観察をすすめた。

 さすがはかつて世界最強を誇った魔法少女だと思った。ベンジャミンからは彼女の魔力のランクは数段も下がっていると聞いていた。けれど、威力こそ低いが、弾幕の展開にも妙技を感じる。可能ならば、弾幕ごと避けようとも思ったが、サーチ魔法で弾幕の広がりをデバイスのケレルに分析させると、巧みに撃たれた魔法弾には避けるパターンというものがない。いや、理屈の上ではあるのだが私の技量では非常に困難だ。リスクがある。しかし、それが桜の罠だということも分かっている。
だから、私は盾を前に出して、突き進む。空中戦の特徴は、地上では上半身を隠す程度の大きさの盾でも空中では盾に対して垂直になれば全身を隠せる。五十メートルなんて飛べば一瞬の距離のはずだが、桜も後退しているのかそれよりも少し遠い気がした。
『敵との距離、五メートルを切りました』
 ケレルの声を聞くと、姿勢を変える。目の前には不敵に立っている桜の姿が見える。周りには誘導弾を展開している。体勢を変えた瞬間にその誘導弾が襲いかかる。感触的に二発は剣と盾で弾いた。それで桜の前に立つことが出来た。
 これでようやく私の戦いを始めることができる。
「桜 彩花。久しぶりですね。私のこと、覚えていますか?」
「覚えているよ。何度か一緒に戦った仲間だからね」
「それは光栄ですね。……一度戦いたいと思っていたのも事実です。覚悟を」
 桜 彩花と対峙することは恐ろしい。たとえ、数段能力が落ちているという事実を知って、こうしてケレルで能力を測定しても確かに大戦時よりもずっと弱くなっていることを確認できても、手の震えが止まらない。
 しかし、戦わずに臆することは勇者の名に値しないだろう。そう自分に言い聞かせて剣と盾を構えて、斬りかかる。振り下ろした一太刀は桜にあっさりと避けられる。
 ミアが言うには、桜はデバイスに触れただけでも魔力パターンを分析して、ウィッチドレスの防御力を無効化するという。接近戦の時にできる彼女の攻撃ヴァリエーションが空手しかないからだろう。逆に言えば、解析するまでは戦車の走行よりも分厚いウィッチドレスに打ち込むことは出来ない。解析される前に倒すのが、ベストだろう。
 数度太刀を振るが、桜にはかすりもしない。さすがは桜というところか。ならば。
 左手に持った盾を桜に押しつけるように前に出した。桜はそれを受け止めたようで、盾の動きが止まった。デバイスである盾に触れて分析するつもりだろう。
しかし、これならばどうだ?
 右手に持った剣を構える。突き刺す体勢、一撃で仕留める。
 盾を思いっきり引いた。桜 彩花はかつて最強を誇ったと言っても年齢は十四歳。私は十九歳だ。力としては私の方が上に決まっている。盾を引いた瞬間、体勢を崩した桜の姿が見えた。間髪入れずに構えていた剣を彼女の心臓に向けて突き出す。
 殺すつもりに決まっている。かつての戦友と言っても今は敵。そして、この戦いには祖国の利益がかかっている。一人の命を犠牲にするには十分すぎる大義名分だ。
 しかし……さすがはかつての最強。心臓への一突きを左腕で防いだ。あの細い腕でよく防ぐ。しかし、間髪入れずにもう二、三太刀入れようと容赦なく剣を引き抜いた瞬間、視界がぼやけた。
「えっ……」
 そして、次の瞬間、二、三回殴られたようで痛みが覚え、さらに視界がぐらついた。
 ふと気がついた時には私は桜から距離を取っていた。左手の盾を見るとボロボロになっていた。いったい、なにが。
『気がつきましたか、オリヴィア』
 ケレルの電子音声が聞こえてきた。
『五秒ほど意識がありませんでしたよ』
 五秒? いったい、なにが? すると、魔法弾が飛んできた。見ると、桜が杖形状のデバイスを構えて魔法弾を連射していた。ボロボロになった盾でそれを防ぎながらじりじりと距離を詰める。
『桜 彩花の右拳があなたの顎をかすり、続いて左側頭部への一撃と顎を打ち抜くアッパーカットで意識が飛びました。緊急事態と判断し、復帰するまではこちらが緊急対応で防御魔法を展開しながら後退させました』
 右腕で? ちょっと待って、あの娘の左腕は?
 視線を彼女の左腕へと向けると、刃の傷は塞がれず、痛々しい傷口から血が流れていた。
 ああ、これがこの人の強さ、だと私は痛感した。私が恐れていたのは魔力とか肩書きではない。傷だらけになっても戦う。聞いたことがある、彼女は腕や足を何度か失っていると。『聖女』アンネリーセに腕や足を再生させてもらったという噂も聞いたことがある。異星人たちの兵器の威力を考えれば当然のことだ。魔法の盾で防ぎきれるものばかりではない。
 こちらも負けていられるか。
 ボロボロの盾を中心に防御魔法を展開しつつ、桜との距離を縮める。剣の間合いに入ると盾を投げ捨て、斬りかかる。桜はデバイスを腰に付けて、両手を構えていた。右手を高く上げ、左手は腰よりも低い位置まで下げていた。さながら、口を大きく開けたワニのようだった。相手がワニと思えば、レインガの勇者に相応しい相手だ。
 桜が呼吸をする音が聞こえた気がした。次の瞬間、桜が自分の懐に飛んできた。
 考えてみれば当然のことだった。
 接近戦を素手で行う桜としてはクロスレンジで戦うことを選ぶだろう。なぜなら、ぴったりくっつけば私の剣の脅威が減るのだ。
 とはいえ、私も退くつもりはなかった。安易な後退は相手を調子づかせる。空いた左手で近づいてきた桜へ左ストレートを叩き込む。よろける桜に対して半歩ほど後退し、剣の間合いに入れると思いっきり剣を振り抜いた。
 空を切った感覚はない。しっかりと当たっている……しかし、切り裂いた感覚ではない。同時に腹に鉄球をたたきつけられたような感覚がした。呼吸が一時的に困難になる。何を受けたか、マオリ族の民族衣装をアレンジしたウィッチドレスは機能しなかったのかと冷静に分析する。勇者にとって動揺は禁物だ。いつでも冷静に、勇敢に戦わなければ。
 しかし、続いて鳩尾に穿たれた一撃で意識が一瞬とんだ。
 これが十四歳の打つ拳か。いや、魔法少女なのか、こんな風に殴って。
「負けるか!」
 ほとんど気合いだけで剣を振った。すると、桜が目の前から退いた。
 彼女を退かせた。私の戦意は彼女を上回ったのだ。ここから挽回してやる。見ていろ、桜 彩花。
『危険、魔法弾!』
 ケレルの電子音声が聞こえた時、私ははっとした。

 桜 彩花は戦闘の天才だと僕は思う。ベンジャミンの相手をしながら、僕は爆音がした方向をサーチ魔法で確認した。ベンジャミンは苦い表情を見せていた。
「お前、こういう局面になると予想したのか?」
 右手を向けながらベンジャミンが言っていた。防御魔法を展開しながら、僕は彼の動向を警戒する。僕が展開しているのはただの防御魔法ではなく、反射効果の付いたものだ。相手もそれを警戒しつつも僕が別の魔法を発動させた瞬間に先制するため、攻撃の構えを解かないようだ。
「どうかな」
 駆け引きではなく、正直に言った。いくら桜といえどももう少し苦戦すると思った。いや、下手をすれば負けるとも思った。だから僕は早く桜のもとに駆けつけようと攻撃的な
傾向のあるベンジャミンの行動を逆手にとってカウンター効果のある防御魔法を展開した。
「オリヴィアさんは倒されたかな」
「まだ、彼女の反応はある。まだ負けていない。お前を捕らえれば我々の勝ちだ」
 しかし、戦場慣れしているベンジャミンは迂闊に攻撃しない。あくまで駆け引きの中で言っているだけだ。桜が有利な戦況を作ってくれたおかげで僕は主導権を握ることができている。ベンジャミンとしてはオリヴィアの援護に向かいたいはずだ。
「……その防御魔法、リフレクト・シールドさえ張っていれば俺の攻撃を全て反射できると思っているのか」
「……えっ?」
 不意に言われた一言で僕の警戒心に空白が生まれた。その隙をベンジャミンは的確に突いてきた。一瞬で距離を詰められ、手に持ったナイフで切りつけられる。コンバットナイフと呼ばれる全長三十センチほどはある武器だから迫力もあれば、刺されば思った以上に痛かった。ベンジャミンはそのまま容赦なく深く差し込んでいく。右肩に深々と突き刺さっているナイフを見た後でベンジャミンを睨み、奥歯をかむ。
「取り乱さないとはなかなかの胆力だな、少年」
 ベンジャミンは言った後、鼻で笑った。
「もっとも、君はこのまま負けを宣言しなければならない。理由は分かるな? このまま差し込み、君の腕をずたずたにすれば、もう、君は右腕を使えない。利き手が使えないのは不自由だぞ。子供のうちからそんな不自由な身体になりたくないだろう」
 不安感がこみ上げてきた。右腕が使えなくなる……? そんなのは嫌だ。ここで負けたとしても戦績としては及第点だろう。相手の先鋒を倒し、次鋒も相手のパストラルの戦力分析も十分に出来ただろう。魔法少女にしたって……。
 僕は桜たちの様子をデバイスの機能を使って確認する。視界の中にモニターが投影される。桜と交戦しているんだ、無事ではないはず。
 交戦している様子を見た時、僕は降伏するつもりがなくなった。
「……吹き荒べ」
「なんだと?」
「烈風」
「正気か! ならば」
 ナイフがさらに深く刺さっていくが、関係ない。僕が頑張らないでどうする。桜の覚悟を無駄にするつもりか。
「疾風の刃、ウインドカッター」
 次の瞬間、ベンジャミンの右腕が斬り飛ばされた。
 ベンジャミンは悲鳴も上げず、ただ僕を凝視していた。肘から先が切り飛ばされ、血が吹き出ていた。
「……なぜだ……?」
 なにがなぜなのだろうか。デバイスの自動防御魔法が発動しなかったことだろうか。それならば、彼と僕の距離が近すぎた。デバイスの自動防御システムは中遠距離からの防御には良く反応するが、近接距離ではデバイスに入念な学習をさせておかない限り素早い反応は出来ない。
「なぜ、いきなり、変わった……」
 ? 呑気に何を言っているんだ。このままだとベンジャミンは死……ふと、僕はベンジャミンの切り離された右腕を見た。僕の右肩に右を突き刺したままの右腕。その甲にはデバイスコアが付いていた。まずい。飛行魔法の効果が切れたら、彼は地面へ落下する。
 僕は慌てて、ベンジャミンの傷口を魔法で癒す。次の瞬間、ベンジャミンが落ちそうになったので僕は彼を支える。とはいえ、傷を負った身で大人を支えるのは至難である。
「無理をしないで!」
 桜の声が聞こえると、僕の隣に桜が来ていた。いつの間にか僕のことを桜が支えていた。ベンジャミンの方はオリヴィアが支えていた。負担が軽くなった。というか、妙な構図だ。ベンジャミンを支えているのは僕とオリヴィアで、僕のことを桜がさらに支えている。
「というより、悠長に協力していて大丈夫なの?」
「大丈夫。私たち二連勝したから」
「二連勝?」
 すると、視界に出ているモニターに戦況情報が出ていた。
『ディエンビエンフーの戦い、第二戦は中華同盟側先鋒の桜、天羽組の勝利』
 二連勝……いや、それよりも、ベンジャミンが死んだら意味がない!
「桜、オリヴィアさん、早く彼を運びましょう」
 いきなり大声を出したせいなのか、二人は驚いたが、すぐに頷いて一度地上まで戻った。
 両軍の大将である雨竜さんとメイチュンが一時休戦を申し入れてくれたおかげで安全かつ迅速にベンジャミンを救護部隊に引き渡し、緊急手術をしてもらうことが出来た。ついでに僕と桜の怪我についてもどさくさに紛れてある程度回復させることが出来た。
 次の一戦、勝利すれば中華同盟側が勝利し、あの作戦をいよいよ発動させることが出来る。青い空に、すでに待機している『南洋の重騎兵』ミア・リー・グリーンと歴戦のパストラル、ガルシアを見ながら僕は左の拳を強く握った。

メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第四話・上

今回は魔法少女がたくさん出てきました。しかし、魔法少女だというのに通り名が「南洋の重騎兵」や「紅狼娘」とか物騒なのが多いですね。まあ、実際物騒だからいいかな、と思います。投稿はもっと早くしていきたいです。

メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第四話・上

ついに始まった魔法少女同士の戦い、ウィッチ戦。遼斗と桜のコンビは先鋒として太平洋連盟側のウィッチたちと激突する。遼斗と桜は初陣とは思えないほどの活躍で両軍の注目を集めることになる。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-13

CC BY-NC-ND
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