ドロップボックス
俺の頭の中でコンプレックスが爆発している。足が遅い、ニキビが多い、足が臭い、だらしない、足が太い、彼女がいない、職がない、センスない、負け組確定。この前読んだ本に自意識の高いサブカル青年の物語は今時流行らないと書いてあった。俺はついに時代からも置いてけぼりになってしまったらしい。インスタントコーヒーの酸っぱい匂いが鼻を刺激する。
会社を辞めてから4ヶ月が経つが、未だに希望を見いだせずにいる。それどころか日に日に状況が悪化している。もともと無かった行動力が今ではゼロだ。何をしているのか自分でもわからない。昔から好きだったバンドのCDを一日中リピートして聞き続け、ニコニコ動画のランキングを一位から順番に見ながら文句のコメントを打ち込んだり。
じだらく−{自堕落} [名・形動]
①人の行いや態度などにしまりがなく、だらしないこと。また、そのさま。ふしだら。「―な生活」
②雑然としていること。また、そのさま。
何もかもが手遅れなような気がして、二十五歳にして人生の袋小路に迷い込んでしまった。前の会社はつまらなくて辞めた。何が楽しくてバネの配送管理なんかやらなければいかんのだ。
「就職活動に失敗したからでしょ?」
友人からのLINEにひどく傷ついた昨年の夏。それからなんとかやりがいを見つけようとしたが見つからなかった。そもそも働いている上司も先輩も普段から愚痴ばかりこぼしているのである。こちらはなんとか希望を見いだそうとしても出てくるのは後ろ向きな言葉ばかり。それでいて人にはモチベーションが低いんじゃないの?と自己責任論を押し付ける。
「その思考回路もどこかで読んだ文章から引っ張り出してきてるだけだろ?自分の都合のいい思考回路を探して、納得させて、その現状がこれ?その文章を書いた人も救われないよね。」
俺の爆発した頭にはもう一人の人間が住んでいる。俺はこいつにまぁちゃんと名付けている。特に意味は無い。思いつきだ。ちゃん付けしたいのは少しでもかわいいやつだと思いたいという気持ちの表れだろう。
「前向きに活用しろよ、その思考回路を。」
昨日見たテレビでは同い年の青年がSNSを駆使したビジネス&ライフスタイルを確立し、お金を稼いでいた。正直かっこよかった。そのせいで、コンプレックスが爆発している。俺にも彼女はいた。職もあった。でも今は何もない。
「とにかく動き出せばいいんです。とにかく何でもいいから社会にコミットする場所を探す。それからでいいじゃないですか難しいことを考えるのは。」
はは、笑えるね。俺は4ヶ月前まで社会とコミットしていた。バネを通して、人に怒られもしたし喜ばれたりもした。ただ俺の会社の人達は常々こう言っていた。
「どんな職業であれ、差別はいけない。」
俺もそう思う。
「ただ、世の中きれいごとだけではどうにもならないんだよ。初めてあった人にバネの発送管理をしています。って言うだろ?ほぼ100パーセントのやつらが苦笑いする。そんなやつのFacebook誰が見る?そんなやつがツイートしたオススメのイタリアンの店に誰が行く?もう決まってんだよ、俺らは社会の端にいる。俺もお前も。受け入れろ、そしてそれ相応の楽しみを見いだせ。人生それからだ。」
俺はそれを受け入れられなかった。そして社会からドロップアウトした。SNSは仮想現実ではなく拡張現実らしい。今社会からドロップアウトしている俺は拡張する現実もない。ぺらぺらの人間付き合いを嫌悪するがあまり一人になってしまった。生きづらい世の中なのか、俺はどの世に生まれてもそうなっていたのか。
「生きてるの?お前。」
まぁちゃんが俺の脳みそでツイートする。俺はただ黙ってインスタントコーヒーを飲むしかできなかった。今、この国に俺のようにドロップアウトした人間がどれだけいるのだろう。ドロップボックスと化したこの国に救いの道があるのだろうか?
「生きてるの?お前。」
まぁちゃんがご丁寧に自分の発言をRetweetした。俺はただただ黙っているだけだった。
ドロップボックス