ジゴクノモンバン(7)
第七章 カマド地獄
「はーい、こちらは、カマド地獄です。今、カマドに火をつけたばかりですから、もうしばらくお待ちください。湯が煮えたぎったら、入りごろです。一人ずつお呼びしますので、それまで整理券を持って順番にお並びください」
今度の地獄で、一行を出迎えてくれたのは、紅鬼。てきぱきと整理券を渡していく。カマドには、木切れがどんどん追加され、火がどんどんと大きくなっていくが、カマドからは、まだしょぼしょぼとしか湯気があがっていない。
「紅鬼どんやで、赤鬼どん。あんた、知っとんのか」
「うーん、じいちゃんのじいちゃんのじいちゃんと元をたどれば親戚かも知れんけど、あいつは知らんわ」
一番の整理券を手にした人間が紅鬼に尋ねる。
「あのカマド地獄にはいるとどうなるのでしょうか?」
「いやー、見たとおりです。沸騰した湯に入っていただくと、あなた方の体中の水分も一緒に沸騰して、湯気となるのです。ほら、煙がたなびいているでしょう。あれは、先程やってきたあなたたちの仲間のなれの果てです。でも、水蒸気のままではありません。空気中で湯気が冷やされると水滴となり、再び、カマドの中に落ち、また、沸騰して、湯気となります。それが、未来永劫続きます。これがカマド地獄の宿命なのです」
「湯気やて、わしら水になるんかいな」
「そりゃ、生きものの体の七十パーセント近くは水やいうから、水になるいうても不思議やおまへんで。水になるいうよりは、水の戻ると言う方が正しいんと違いますか」
「これがほんとの水の泡や」
なんとかならないんでしょうかと哀願する一番の整理券を握りしめた男。整理券が手の汗でしおれている。
なんともなりませんといきなり紅鬼が泣きついている男を鷲づかみにすると、カマドの中へ放り込んだ。じゃぼーんという大きな音が立ち、あっちっちっち、助けてくれという叫び声。男があんまり騒ぐものだから、釜のお湯が外で順番に待つ者にも飛びかかる。
「うわー、なにすんねん。ほんまにこの湯熱いで、ほんまもんの熱湯でっせ」
「当たり前やがな、ここは地獄やで。それにしても熱いで。ほら、わしの青い肌が真っ赤になってしもた。この肌の色から言うと、九十九度は間違いない。その点、赤鬼どんは、ええなあ。赤色のままで。ひょっとしたら、お湯が熱うないんと違うんか」
「青鬼はんの皮膚は、温度計かいな。なんぼ、肌の色が変わらんいうたかて、熱いんは一緒ですがな」
釜の外の人間が熱い、熱いと騒いでいるうちに、釜の中の男は、紅鬼がいったとおりにあっという間に蒸気となって消えてしまった。
「さあ、次の人の出番ですよ」
こ、ここにこれだけのお金がありますから許してくださいと尻込みし、替わりに他の奴を押し出す次の男。
前に押し出された男は、私を、水にして飲んでも、おいしくありませんよと、次の男を前に押し出す。
「いやに、謙虚な方々ですね。下界では、あんなに、俺が、俺がとでしゃばっていたはずなのに。まあ、誰からでも構いませんよ。どうせ、みんな、釜茹でにされるのですから」
と、互いに譲り合っていた二人の男の手を引っ掴むと同時に釜の中に放りこんだ。
またしても、熱湯のしぶきが、今度は二倍分立ち上がり、外で待つ者たちにも津波のように襲い掛かる。
「あっちちちや。紅鬼どんも強引やなあ」
「ここにおるだけで十分、釜茹でになってしまうがな」
紅鬼が、一行の者を次から次へと釜の中へちぎっては投げ、ちぎっては投げていると、釜の湯かげんをみていた子分の鬼が紅鬼の元に駆け寄ってきてこう告げる。
「紅鬼様、あまり続けて人を放り込んだものですから、お湯の温度が下がり、人間が半ゆでになっております」
「青鬼どん、半ゆでやて、なんか気持ち悪おまっせ」
「わしは、半熟たまごがあかんのや。あの中途半端にどろっとしとるやろ。生やったら生、固いんやったら固いんとどっちかにしてくれなんだら、口の中に入れた時、歯を強う噛んだらええんか、そのまま飲み込んだらええんか、迷ってしまうやろ。いっぺん、半熟たまご食べよって、喉詰まらしたことがあるで」
「青鬼どん、あんたが食べるんやおまへんで。あんたが半ゆでにされるんでっせ」
「そやから、半ゆではあかんちゅうことや。どうせやったらすぱっと蒸気になったほうがましやがな」
釜の中の湯の温度が下がっていると聞いた紅鬼は、
「それじゃあ、のれんを下ろしなさい」と部下の鬼に命令し、一行に向かって、
「残念ながら、今日は、カマド地獄はお終いです。お湯をもっと沸かす必要がありますので、まきを買いに行って来ます。みなさん、すいませんが、まき代を貸してくれませんか。続きはまきを購入してからです。そのまま待っていてください」
貸すも貸さないも、人々は急いでお金を紅鬼に渡した。紅鬼はそのお金を掴むと子分と一緒にどこかに行ってしまった。
カマドの火は小さくなり、勢いがなくなった。カマド地獄に放り込まれ、湯気となっていた人間たちは、水滴から、元の姿に次々と戻った。
カマド地獄に入ることから難を逃れた者、湯気から人間に生還できた者、互いに抱き合って、無事を喜んでいる。
「なんや、あいつら。急に、昔からの親友だったみたいな行動しよるで。さっきまで、カマド地獄に入る順番を押し付けあっていたのに」
「お湯に入って、これまでの悪行のすべてを水に流したんでっしゃろ。それは、ともかく、紅鬼どんが戻ってくる前に、次の地獄へ行きまひょか」
一行は、これ幸いと、カマド地獄を後にした。
「それにしても、なんやようわからんまま終わってしもうたなあ、カマド地獄は」
「まあ、それにしてもよかったでっせ。なんぼ、結果的に、元の姿の戻れたゆうても、自分が蒸気になるのは勘弁して欲しいですわ。ひょっと、自分の水がすべて集まらんかって、他人の水と混じったりしたらどないなりますねん」
「そりゃあ、他人の顔が自分の体にひっついたりするんやろ。例えば、わしらやったら、顔が赤鬼で体が青鬼のまだら鬼になるんかいな。顔が貧乏くさくて、首から下が背広姿かいな。そりゃあ、この際、その方がよかったかも知れんな」
「いやいや、それでは中途半端ですがな。それにしても、地獄もまきが不足しとるんですな。里山の手入れがゆきとどいとらんのと違いますか」
「今時、カマドにまきをくべるやなんて、珍しいなあ。灯油や電気ではいかんのかいな」
「カマドの方がふっくら炊けるんとちゃいますか」
「わしら、ご飯やないで」
「ご飯いうたら、なんやお腹がすいてきましたな。なんか食いもんか、飲みもんかないんでっしゃろか」
ジゴクノモンバン(7)