Fate/defective c.23

◆新宿御苑 地下

 

 荘厳な大聖堂の一角が、砲弾を受けたかのように爆発する。
 バーサーカーはその一撃をひらりとかわし、宙返りをして床に着地した。その直後、曲剣を右手に握り、反対側の壁の天井付近に向かって大きく跳躍する。その剣の切っ先がアーチャーの長髪の一本にかかった時、既にアーチャーの姿は高い天井に頭をつけんばかりに跳んでいた。
「野鼠のように忌まわしく素早いな、君は」
 バーサーカーは壁の装飾に足をかけて蜘蛛のように壁に留まり、床に降り立ったアーチャーを高い位置から見下ろす姿勢を取る。アーチャーは一度弓を霧散させ、何も持たずにバーサーカーを見上げた。
「あなたは神代の英雄だというのに、野鼠一匹仕留められないようだ」
 アーチャーの挑発に、バーサーカーはわずかに顔を引きつらせる。
「そんな大口を叩けるのも今のうちだ。すぐにその貧相な弓、へし折ってくれる」
「貧相で結構。しかしこの弓矢を切り折れるのは我が下野の国の神のみと心得よ」
 言うや否や、アーチャーは目にも止まらぬ速さでその手に濃紫の弓矢を構え、バーサーカーに向かって放った。バーサーカーは横に飛びのき、その勢いで壁を走る。それを追撃する様に矢が爆撃となって聖堂に降り注いだ。
 その間も、ひしひしと指先の感覚は失われていく。アーチャーと対峙し、勝利するために戦えば戦うほどに寒さは厳しくなっていく。身の内から湧き出るような冷気に、剣を握る指先は氷漬けにしたかのようだった。
 最初はアーチャーのマスターの魔術か何かかと思ったが、大体あの魔術師が神代の英雄たる自分に行使できるほどの呪いを持ち合わせているとは思えないし、第一あのマスターの女も酷く顔色が悪い。飄々と動いているのはアーチャーだけで、アーチャーが防護系統の魔術で細工された気配は全く無い。
「わからないな。君はどうして『寒くない』んだ?」
 アーチャーは切れ長の目をこちらに向けた。
「寒い? サーヴァントに暑いも寒いもありますか。狂言でしたら付き合うつもりはありませんから、黙ってください」
「違う、お前のマスターだって感じているはずだ。まるで―――内臓に氷を当てられているような寒さを」
「――――黙りなさい。あなたは敵だ。私のマスターは関係ありません」
「お前だけが違う。この聖堂で、何か―――」
「黙れ!」
 アーチャーの双眸が明確な殺意を持った。義務や命令に準じる姿勢から、敵を倒したいという本能にも似た感情がバーサーカーに向けられる。
「戦の途中で無駄話を語るな。集中しろ。それとも私を侮辱しているのか?」
 少年の姿かたちをしているのに、バーサーカーにはそのアーチャーが老年の兵のように錯覚された。それほどまで雰囲気を一変させ、凛とした立ち姿でバーサーカーを睨むアーチャーは、更に言葉を続ける。
「真剣勝負の相手を軽視するなど、決して雪がれぬ罪。―――マスター、宝具真名解放の許可を」
 バーサーカーは一瞬狼狽えたが、すぐに体勢を立て直す。あのマスターだってもういくら持つか分からない。サーヴァントならともかく、ただの魔術師に過ぎない人間が、ここで宝具を展開させるほどの魔力を使えば―――甚大な負荷がかかる。そこを狙って、マスター共々討てばいい。
「―――御意」
 アーチャーが小さく呟いた瞬間、彼は今まで弓を握っていた両手から弓矢を霧散させ、両腕を頭上に伸ばす。空の両手が、中空で何かを掴んだ時、鮮烈な紫光が閃いた。


「其は祈りし、下野の国の神々、日光権現、宇都宮、那須の湯泉大明神。
 ―――――赦され給え。
 ―――――護り給え。」
 
 アーチャーの藤色の目がこちらを見据えていた。中空から顕現した光り輝く弓矢は、弦が切れんばかりに引かれている。清廉な青の光が、瓦礫に塗れた聖堂の内部を神々しく照らす。アーチャーが右足を後ろに引き、力を込める体制を取った。
 
「そして傲を穿て――――――『一条一穿(いちじょういっせん)』!」


 指が矢羽を離した、と思ったら、それは音速すら越える速さでバーサーカーの心臓へ一直線に向かっていく。バーサーカーは壁の装飾を蹴って天井に飛んだが、時はすでに遅かった。
 ドッ、と重い音を立て、深々とバーサーカーの腹部に銛のごとく矢が刺さる。冥界の衣も、神代の鎧も砕いて、その矢は聖堂の壁とバーサーカーの体を繋ぎ止める楔になった。
「カ、ハッ―――――」
 バーサーカーの口の端から黒い血が滴る。その翡翠色の双眸が見開かれる。内臓に刺さった矢を抜こうと手をかけたところで、両肩に衝撃が走る。目をやると、油断も隙もなく、二本の矢が両肩を貫いていた。両脚でもがいて矢を抜こうとしたが、アーチャーの矢は余りにも深く突き刺さって、微塵の抵抗も許さなかった。
「次はその、天を闊歩する傲慢な脚か。それとも、遍く睥睨する愚鈍な両眼か? 選ぶがいい、殺人鬼に成り下がったサーヴァントよ」
 アーチャーが弓矢を構えたまま厳しく問うた。バーサーカーは磔のまま、それでも薄く笑った。
「殺人鬼と呼ばれようが構わない。それどころか、君の望みが、僕の望みより崇高で、叶えるべき価値のあるものだというなら、聖杯をくれてやっても構わないさ」
「――――何?」
「君が聖杯に懸ける望みは、何だと聞いているんだよ」
 バーサーカーは暗い笑みでアーチャーに問いかけた。アーチャーは素早く矢をバーサーカーの両膝に叩き込んでから、弓を下ろす。
「貴様の両脚を代償に教えてやろう。私の望みは―――――」

「私の望みは、私自身が辿ってきた歴史を未来永劫、肯定することだ」

「源平の争い。源氏の勝利。私の人生。命を懸けて戦い、敗れた者の望みは踏みにじられ、勝者の思うままの世になった。
 けれど私が辿ってきた道は、余りに人が死にすぎた。理想と理想を競い合い、命と命を戦わせ、世を己がものにするために他者の生命を、人生を、斬って捨ててきた。私は――それをずっと悔いていたのかもしれない。自分が敗者側に回らなかったのは、ただ運が良かっただけだ。もし平氏に敗れていたら、その時、私は彼らに踏みにじられたまま、その歴史を許すことができるだろうか、と」
 アーチャーは少しの間、唇を噛んでから言葉を紡いだ。
「源平の争いを。私の人生を。そして更に遥か太古の歴史から、全ての人に、全ての世界に、私は、歴史は、許されなければならない。争った過去も、敗れた理想も、遍くすべてを許されていたい」
 そう言って、彼は顔を上げてバーサーカーを真っ直ぐに見据えた。
「貴様の願いと比較する余地も無い。貴様がどんな崇高な願いを持って戦っているのか、私には計りかねるが、私の願いは稚児の泣き言と変わらない。
 私は私の願いの為に戦い、貴様は貴様の願いの為に戦う。それでいい。
 だから――――――今ここで、倒れろ、バーサーカー!」

 アーチャーは叫ぶのと同時に、矢を思いきり引き絞った。バーサーカーはそれを見て、薄笑いを嘲笑に変える。
「最後まで残ったからどんな英傑かと思えば、そんな稚拙な思いつきの願い事しかなかったなんて本当に残念だ、アーチャーのサーヴァント」
 口からひときわ大きな血塊が零れた。
 ああ、だけど―――
 僕はここで敗れるのだから、何、あの弓兵の言う事も、或いは―――――――
 
 救いになるのかもしれない。何せ、あの子の願いが叶えば、敗者である僕は、勝者である彼を肯定できるようになる、らしい――――







「此処まで来て折れるとは、キミという英雄も、存外その程度のモノだったんだね」







 
 ハッ、と顔を上げた瞬間、眼下でアーチャーの体が真横に吹き飛ぶのが見えた。
 アーチャーは聖堂の遥か端の方まで飛ばされ、壁に突き当たったのか、ガラガラと石が砕けて崩落する音がしばらくの間、響く。
「なに腑抜けてんのさ。困るよ、キミが聖杯に辿り着いてくれなきゃ、ボクは勝者になれない」
 声の主の方に目をやると、そこには見覚えのある背の高い老魔術師が、平然とした様子で立っていた。
 彼が右手を上げると、体に突き刺さっていた矢がボロボロと朽ち果てて崩れ落ちていく。それを待っていたかのように、エーテルが自分の内臓や肩や膝を編み直す感覚が体の上を這いまわった。
「お前は…………!」
「やあ、遅れてすまなかった。キミの『マスター』、アーノルドだ」
 地面に降り立ち、彼と対峙する。相変わらず塔の様に背の高いその老人は、バーサーカーの様子を一瞥した後、口を開く。
「しかし人が朝のコーヒーを楽しんでいるのに、それも待てないとはワタシも―――――――――」
 アーノルドの言葉はそこで途切れた。
 一本の剣が、背後から寸分違わず彼の心臓を刺し貫いたからだ。
 その剣の柄を握ったバーサーカーは、仮面のような無表情で剣をさらに押し込む。
「ハ、ハ、ハ…………油断、した、かね………」
 アーノルドの乾いた声には答えず、自分に言い聞かせるようにバーサーカーは呟いた。
「死ね、愚者」
 心臓から剣を抜く。
 仰向けに倒れたアーノルドの体の上に馬乗りになり、どす黒く重い血で濡れた剣の刃を、更に頸動脈、内臓、胸骨に叩き込む。一心不乱に。返り血が溢れ聖堂の床を汚しても、先ほどまで傷を負っていた自分の胸元に血を浴びても、彼の細い体の急所が余すところなく潰れるまで、バーサーカーは無言で剣を刺し続けた。
 ―――その身体が半壊し、原型が分からなくなってきたところで、彼はようやく手を止めた。
 自分のマスターを名乗るものは、あの人以外、全て壊さなければ。そして今、聖杯の前でその目標は達成された。
 令呪を使い、自分を侵略したこの男に相応しい報いだった。
 バーサーカーはフラフラと立ち上がり、剣を霧散させて、聖堂の奥へ歩き出す。
 一歩。また一歩。その一足ずつが重い。けれどその一足ごとに、バーサーカーは聖杯に近づく。
「やっと」
 一歩。
「やっと―――会えるね、マスター」
 また、一歩。
「もう誰も邪魔する人はいない」
 瓦礫を越える。
「マスター。待ってて、すぐに」
 石につまづく。
「すぐにそこから呼び戻すよ」
 砂利を踏みしめる。
「大丈夫、僕がついてるから」
 その目は聖杯だけを見つめている。
「一緒に、普通の、当たり前の、そういう人生を―――――――」

 その目は、既に願いの先へ向けられている。
 無垢なほど透き通った水晶の器は、眼前に。

Fate/defective c.23

to be contenued.

Fate/defective c.23

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-11

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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