発砲(秋雨真鹿)
掌中にヌメヌメと光っている拳銃のグリップと、潰さないようカマキリを握る感触は似ている。不快な汗がとめどもなく肌を滑り落ち、ブルーシートにぽたぽたと黒い蟲に似た斑点を生む。息を吐き、吸い込んだ熱気が鼻孔を抜け、唾を飲み込むと、胃から湯気が沸くような熱が体内を駆け巡る。
薄暗い倉庫の隅に、トラクターの陰に隠れた男児が尻を小刻みに震わせながらしゃがんでい、摺り足で静かに後ずさろうと試みている。買ってもらったばかりの靴が、コンクリートの床を鳴かせないかと恐れながら。
かつ、かつ、と歩き回る音が聞こえる。暗室の底に反響する足音が耳朶を震わせ、激しく、大きくなっていく鼓動と、ぴち、ぴち、と落ちる汗もやけに大げさに聞こえる。
かれのすぐ左手側にはシャッターがある。僅かに開いた隙間から光が差し込んでい、数歩摺り足で寄れば辿り着ける距離だ。そこまでいくためにはこのトラクターの陰から身を晒さなければならない。しかし、ほんの一瞬でも、敵はその隙を見逃しはしないだろう。これでは、まるで誘蛾灯に誘われて身を焼かれる蛾のようだな。足元へ伸びている光明を苦々しく睨みつける。
砂埃の匂いは密室に立ち込めていった。むせ返りそうな熱気が身体を蝕み、かれの思考をだらだらと落ちる汗玉へと変えていった。ぼくはいつまでこんなところにいなければならないのだろう。出口はすぐ目の前にあるというのに。あいつは今どこにいるのかは分からない。でも足音の距離を考えるとそう近くではなさそうだ。シャッターを通り過ぎた向こうにはトラックが一台ある。ここからさっと抜け出し見晴らしのいい視点から敵を探りたかった。
かれは、ほんの少し腕を伸ばした。その瞬間、蛍のような光が走ったかと思うと「いたっ。」
小指の先に鋭い痛みが走り、瞬時にトラクターの陰へ身を引っ込める。小指を見る。いつもと変わりないが、痺れがじんと抜けていない。蛍、いや弾が指を掠めたのだ。敵はぼくがここにいることを知っている。ずっと遠くからぼくの一足挙動を監視しているのだろうな。あの光で誘い出し、ぼくをハチの巣にするために。死角から囚人を冷たく監視する看守のように。
右手に銃がある。そういえばこの前のカマキリは優しくつつみこんでいたらいつのまにか冷たくなってしまったな。つれて手も冷くなったっけ。今も冷えたままだ。かれは勢いよく立ち上がった。
見ると、敵は数メートル離れた農工具の山、段ボールが密集する地帯を挟み、かれを銃口で捉えていた。
敵は茄子の肉のように白い肌に切れ長の一重瞼。瞳を妖しく光らせにやにやと笑っている。唇を歪める角度が幼稚でもなくいやらしくもなく、彫像のように美しいとかれは思う。敵は引き金を引く。乾いた発砲音がこだまする。かれのうすい胸に当たり落ちた玉が、暗闇へと転がっていく。この手の冷たさは銃のものなんだろうかぼくのものなんだろうか。黄色い弾を装填し、敵の額に照準を合わせ、引き金をギッと引いた。
「お前負けてただろ。何で撃ったんだよ。」
透哉の家からかれの家までそう遠くない。歩けそうなくらい藻がびっしりと繁殖した川を沿い五分も歩けば着く。勢いよく飛べば超えられる程度の幅だが流れは遅くない。向こう岸には田んぼが広がってい、どれもこれも破裂しそうなくらい稲穂を厚かましく膨らませ、夕影を激しく反射させ油のように散らし、眩しかった。
「聞こえてる?」
透哉がかれの脛をげしげしと蹴りながら睨んでいる。生え始めたすね毛が逆向きに引っ張られ痛むので、透哉から距離をとろうとすると手首をがっと掴まれる。かれはこくこくと頷くが、無表情のまま蹴り続ける。皮がごりごりと擦り剝け始める。
「三回当たった。」透哉が言う。「始まってすぐ、俺がお前に当てたのが、一回。お前が逃げて、トラクターの裏に回り込む背中を撃って、二回。そんでお前が出てきたのを当てて、三回。俺勝ってんじゃん。当てた時点で終わりなのに撃ったらルール違反だろ。インチキしようとしただろお前ふざけんな。」
蹴りが一層勢いを増し、爪先に込められた力をまともに脛で受け止め、うっと呻きかれはうずくまった。階段を踏み外し思い切り打ってしまった時の方が痛みは激しかったが、それと違うのは呻いていても新しい痛みが付加されてゆくことだった。かれは頭を平手でばしばしと叩かれながら脛を観察する。擦り剥き傷なのか砂利なのか、真っ白になっていてよく分からない。
「立てよっ。」
肘をぐいと引っ張られ強制的に立たされる。
「一発ごまかそうとした。」
透哉が怒るとき顔は青紫色に染まり、表情は乏しくなる。聞く耳も持たなくなるので怒りが収まるまで刺激しない方がいいということをかれは知っていた。
「ごめんなさい。」
「何が?」
「撃ってごめんなさい。」
喉笛を思い切り掴まれる。息が出来ない。離そうともがく。
「ズルしてごめんなさいと言え。」
言いたいが気管が締まり言葉も息も出ては来ず、きゅううという風船を絞り出すような奇妙な音だけが漏れる。手が緩められ、がほがほとむせこみながら、
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
「嘘つき!」
どんと胸を突き飛ばされる。よろよろと千鳥足で後退し踵で踏ん張ろうとしたが耐え切れず尻もちをついた。透哉は一瞥もくれず歩き出していた。大袈裟に上下する肩と緊張した膝の動きでひどく苛立っているのが分かる。かれは砂を払い、後をとぼとぼと付けた。向かっているのは透哉の家じゃない。ぼくの家だ。そう分かっているのにまるで自分が鎖に繋がれて出荷される家畜のようだと思った。夕陽が牛と牛飼いを紅く染め上げていた。
透哉はかれが玄関に着くのを見届けてから去った。ずっと口を利いてくれなかった。扉を開ける。エプロンの母が出迎える。そこで待っていたというよりたまたま通りかかったという感じだった。
「ん、おかえり。」
「うん。」
「いつも遅くまで遊んでくるねえ。」
「うん。」
「もうごはんだよ。」
「うん。」
「手ェ洗ってなさい。」
「うん。」
返事をする前からかれは洗面所に入っており、細く出した水からハンドソープを泡立てていた。手がちりりと染みた。尻もちをついて地面を叩いた時手の平が擦り剝けていた。血も滲んでいた。綺麗に洗い流した後、泥と汗で匂う半袖を脱いだ。
鏡を見る。鎖骨より下、胸の真ん中あたりに、ごく小さな丸い痣が、影のように浮かんでいる。一つは一番赤赤として僅かに右胸に寄っている。もう一つはそこから真下に鎖骨と臍の間にぽつりとある。かれは胸のそれを人差し指で押さえる。そして、ゆっくりと腹の痣までなぞっていく。腹のそれを捉える。しばらくずっと押さえたままでい、鏡を眺める。腹を指で突き刺している子どもが立っている。腕は添え木のように細く顔は青白い。腹に比べ胸筋に厚みがないため餓鬼に似ている。自分の身体で星座を描いているようで面白いとかれは思う。
「正樹?」
急に声が背後よりかかり、振り返ると母が立っている。母は鏡に映っていただろうか。
「どうして服脱いで…どうしたのそれ。」
「服?」
「痣? ちょっと見せなさい。」
母がかがみこみ私の胸をぺたぺたと触診する。手が冷たかった。炊事をしていたのだろう。ずっとカマキリを握りこんだせいで冷たくなってしまった訳じゃないだろうから。
「虫刺されじゃないね、これ…玉? BB弾? ねえ、誰かに撃たれたの?」
「遊んでたとき。」
「透哉くん? やられたの?」
「最後に撃ったのはぼくなんだけど。」
「ずっと撃たれた?」
「うん。ううん。遊んでただけだし。」
「…」
母は立ち上がり、洗面所から出た。階段を上がる音が聞こえた。かれは鏡に向き直り、胸から腹まで引かれた星座線を再びなぞった。母に似て指先が冷たく、こそばゆかった。
母は新しい服をかれに着させた。洗剤の匂いがし、温かった。夕飯は既に出来ていた。父は仕事が遅くなるのでいつも母と二人きりで食べた。
「正ちゃんは嫌な思いしなかったのね?」
「ん。」
「そう。」
味噌汁にさやいんげんが入っている。嫌いだと言っているのに母はいつまでも止めない。虫を生で齧っているような青臭さが汁に混じって気持ち悪い。
「いつも何して遊んでるの? 透哉くんと。」
「何して?」
「今日みたいなこと?」
「透ちゃんちは畑広いし倉庫持ってるから。そこで秘密基地作ったり、撃ったりしてる。」
「他の子とは遊ばないの?」
かれはさやいんげんを箸先で椀の底に沈める。すぐに浮かんでき面を波打たせる。
「下地くんとは最近どうしたの。」
「塾だって。」
「ああ、どこか受けるんか。」
「話してないから知らん。」
「仲良かったのに。また誘ってみたら。」
「何で?」
母は黙った。かれはさやいんげんをを掴み、茶色い雫を垂らすそれを母のアジの開きの皿に置いた。母はちゃんと全部食べなさいと静かに言った。
通学路は透哉と一緒だ。夏の間は帰りに透哉の家へ遊びに寄ったが、寒くなり始めると二人ともそそくさと家に帰り、ランドセルを置いてから遊んだ。暑くも寒くもない秋は、お互いにどうするか決めかねるようにちらちらと見合ったりした。透哉が口を開いた。
「お前自転車通学?」
「多分。」
「俺の家J中に近いから歩きかも。」
どちらの家も同じ地区なのだからきみも自転車だろう、とかれは思う。
「お前さあ。」
「ん。」
「中学入っても友達作れる?」
遊びに誘える友人はかれには透哉以外居ない。小学校一年生からずっと一緒に遊んでいる。4年生から透哉がモデルガンを持ち始め、倉庫で撃ち合った。5年生になってから、下地を交えて遊んだが、透哉が下地の頭を叩いてから、親同士が激しく揉めたということがあって付き合いは消えていた。夏休みが始まってすぐ、透哉の家でテレビゲームをしていた時、どやどやと大人たちが上がりこんできたことがあった。禿げあがった大柄な中年と、眼鏡をかけ神経質そうな女だった。透哉の父が応対した。地主とは思えないサラリーマン風の気の弱そうな男だった。あんたの家の子がうちの子に怪我させたんだよ。ろくに躾もしてないのか。はっきり言ってあんたんとこの子どもは地域に悪影響与えてんだ。土地持ってるからって何してもいいとか思ってんだろうが。透哉の父が、子どもの前で何を言うんだと顔を青紫色にして声を荒げた。怒る顔は親子とも似ている。かれらは怒声の応酬から逃れるため倉庫に集まった。透哉はかれの目をじっと見つめた後、急にしゃくりあげた。誰もいじめてないし俺、と叫びモデルガンを床に叩きつけた。バネは弾け飛びBB弾が散らばった。虫の卵に似ていた。かれは隣に立ったまま離れなかった。透哉に涙を拭っていた手で急に腕を握られた。強い力だった。痛かった。しかし顔をぐしゃぐしゃにして涙ぐむかれに何も言えなかった。二人は日が暮れるまでそこにずっと立ち尽くしていた。
「俺の他に友達いたっけ?」
「いや。」
「あそう。」
かれは胸に指をやった。するすると指の腹で服の表面をなぞる。
「何してんの?」
「いや、何も。」
「隠し事すんのかよ。」
透哉が脛を蹴った。それほど強い力ではない。
「何か、お前の親言ってた?」
「何かって、何が。」
「何でもない。」
透哉はかれの手首を掴んだ。
「家に来い。」
トラクターの向こうには敵が隠れている。それは分かっている。ただ自分から向かって行って返り討ちにされるのが、怖い。しかしあいつは臆病だ。迫りくる相手を冷静に迎え撃つほど肝は据わってない。近付きざまに撃てば早々に決着は着く。自分はまだ一発も受けてないんだから。銃をぎゅっと握る。それにしても何故あいつはいつもあそこに隠れるのだろう。倉庫の隅に逃げてしまえば退路が消えてしまうのに。出口と言えるものはシャッターだけだがそこから逃げるのはゲームの放棄を意味する。あいつは自ら自分を袋の鼠にしている。きっとひどく臆病なのだ。そういう風に生きるしかないのだろうな。たまには立ち向かえばいい。文句があるなら言えばいい。嫌いなら嫌いと言えばいい。
床を蹴り駆け出していく。トラクターの裏へ物凄い勢いで滑り込み、銃を構える。そこに敵の姿はない。気配を感じ、首を回すと、敵が暗い銃口で自分を捉えていた。運転席だった。シートの底にかがんで隠れていたのか、やられたと歯噛みし、身体を硬直させた。
敵は発砲しなかった。
「撃たないのか。」
「撃つと痛いと思って。」
「何言ってんの?」
腕を掴み運転席から引きずり下ろした。段差でバランスを崩し無様に転んだ。仰向けになった額をめがけ、引き金を引いた。パンと乾いた音がし、黄が一閃したかと思うと敵が「いてっ」と呻き額を押さえた。
「お前さ、何で俺と遊んでんの。」
「何でって。」
敵がゆっくりと立ち上がった。
「何でって、別に。」
「俺と遊んでて嫌じゃない?」
「嫌じゃない。」
自分は今、どんな顔をしているのだろう、と思う。
「透ちゃんの他に友達いないし。」
「下地は。」
「口利いてないよ。それに塾だし、いつも。」
「だから仕方なく?」
「違うよ。」
敵は自分の目をじっと見つめた。銃口よりは明るい瞳の奥が薄く瞬いた気がした。自分の顔だったかもしれない。額に赤い痣がぼんやりと浮かんでゆく。
「ねえ、これも透哉くんにやられたんだよね。」
「ぼくは撃たなかったけど。」
「ちゃんと答えて。正ちゃん、いじめられてるんじゃないの。」
「何で?」
「顔にやられたんだよ。目に入ってたら、見えなくなってたんだよ目が。友達同士ではこんなことしないでしょ。正樹、本当に正直に言いなさい。」
「言ってる。」
「言いなさい。」
味噌汁にさやいんげんは入っていなかった。味噌汁そのものが無かった。食卓はまっさらだった。全部お母さんに言うまでごはんは出さないと言われていた。
「お母さんね、あんたが嫌いで、いや、透哉くんが嫌いでこんなこと言ってんじゃなくて。正樹も知ってるだろうけどあまりクラスの子も透哉くんとは付き合わないようにしてる。あの子はすぐに暴力を振るうでしょ。下地くんの家の人とも揉めてたよね。あんまりね、ちゃんとそういうこと教えられてないと思うんだよね。人の気持ちを考えるのが苦手な子だと思う。そういうことだから透哉くんとは遊んだら駄目。もうすぐ中学入るんだから。もう子供じゃないよ。大人になるの。ね。これからは友達を大事にする子と付き合いなさい。」
「透ちゃん、友達だけど。」
「友達は顔に向かって撃ったりしない。大体小学生でエアガンを持ってること自体おかしい。」
かれは黙った。
「お母さんもあの家の人と関わりたくないから、もうこれ以上心配させないで。お願い。」
口調は懇願ではなく、命令だった。
かれはようやく「はい。」と頷いた。
J中学校に入学した。透哉とはクラスが別になった。不良が多いと評判のクラスだった。廊下ですれ違えばかれから手を振った。透哉は笑みを返そうとするが隣の金髪の生徒がにやにやと笑いながらあいつ誰? と訊いてくるので、いや別に知らない奴と答え、目を合わせないようにして去っていく。その後ろ姿を見送りながら考える。そういえばぼくと遊ばなくなったな。新しい友達が出来たらしい。随分恐い奴らとつるんでいる。顔立ちだけは無垢な透哉がグループの中だと浮いて見える。ライオンの群れに猫を放り込んだみたいだ。実際は上手くやっているのだろうか。ぼくよりも彼らと居た方が楽しいのかもしれない。
かれはポケットに手を伸ばす。黒いさらさらとした生地の奥に、冷たい感触が感じられる。ぎゅっと握る。いつだって準備はしている。誘ってくれればこの場でだって撃てる。チャイムが鳴り、教室に戻る。
授業中、教室は水を打ったように静まり返っている。時々隣から獣に似た笑い声と教師の怒声が飛んでくる。ここでは静けさだけをやり取りしている。喋っているのは目の前の若い女だけだ。かれは教師を見る。黒いスカートに包まれた形の良い腰が黒板に向かう度生徒に突き出される。くぐもった笑い声が隣の席から響く。かれは身体の底から奇妙な感覚が込み上げてくるのに気付き、ポケットをまさぐる。固い感触。冷たくはない。先端にじっとりした熱を孕んでい、熱さを今にも噴き出しそうだ。これは何なのだろう。固く握ると、震えそうなほど気持ちが良かった。
じゃあスキルアップのP20からやってきてね。
女が教室から出、息を吹き返したように喧騒が始まる。剥がれ落ちた沈黙のことを誰も気にしない。卵からぶわっと孵化するカマキリのようだと思う。
前かがみになりながら教室を出る。トイレに行こう。本来ポケットに入るのは冷たいものだけでいいはずだ。
男子トイレに入った。男子生徒4人がたむろしている。こちらをじろりと見られる。隣のクラスの不良グループだった。
透哉もいた。
かれは個室に入ろうとする。その時金髪に、おいと声を掛けられる。
「お前透哉とつるんでたろ。」
「え?」
「なあ透哉このクソチビと仲いいの?」
「は?」
透哉が眉をひそめる。かれを見る。何を言うべきか、どういう表情をすべきか、分からない、という顔だった。かれは少しだけ、悲しみの色を目に浮かべる。
「仲、別に。まあちょっとだけ遊んでたけど。」
「ふーん。」
かれは個室に入るのも諦め、トイレから出ようとした瞬間、急に腕を引っ張られる。金髪が愉快そうに笑っている。
「なあ、お前勃起してるだろ。」
胸を突き飛ばされ背中を壁に打ち付ける。一人が右腕、もう一人は左腕を押さえ付ける。金髪が歯を剥き出して笑い、かれのベルトをカチャカチャと外しにかかる。ズボンとトランクスが引き摺り下ろされ、桃色に火照った性器が顕わになる。それは激しく硬直し上を向いている。目の無い亀の首のような先端から透明な液が垂れてい、つうと涙に似た温かさが肉をつたう。男子生徒たちは息が出来なくなるほど笑い転げている。透哉は笑っていない。
「おい。透哉。」
目に涙を浮かべた金髪が透哉の手を引き、かれの性器に近づける。指先が先端に触れる。冷たい。冷たい手を持っているのはぼくだけではなかったのか、それともぼくのこれが異様に熱いだけなのだろうか。
金髪が透哉に耳打ちをする。ひどく顔が青ざめる。
「やれよ。」
透哉はかれの性器に手をやる。ひどく手は震えている。しかしそれを抑え込むように強く性器を握り締める。かれが苦悶の声を上げる。金髪がぶっと噴き出す。透哉の手はまだ冷たい。しかし少しずつその純粋な冷ややかさは失われていくような気がする。かれの性器だ。焔を肉に閉じ込めたような熱さが透哉の白い手を侵していく。透哉が息を荒くさせながら、涙を零している。
ゆっくりと手が前後の動きを繰り返す。かれが太腿に力を込め崩れ落ちないように踏ん張っているがどうせ二人に支えられているので必要ない。頬を膨らませ、声が漏れてしまいそうになるのを必死に堪える。紅潮した顔を見て彼らがまたげらげらと笑う。性器はしごかれる度にびくびくと嬉しそうに跳ね、透明な液体が徐々に量を増していき、手が蛙の卵のようにべとべとで覆われている。何か考えるべきだった。しかし何も考えることはできなかった。凄まじいものが身体の一部に集まっていくのが感じられた。透哉がぐいと引っ張る。性器が小刻みに震え、膨らんだその暗い隙間から、白濁した液が勢いよく放出された。
かれらは何も言わなかった。透哉の黒髪にかかったそれを、笑うことなくじっと見ていた。数峻の後、腕を押さえていた一人がかれの背中を蹴り、二人を連れトイレから出ていった。後に、透哉とかれが残された。かれらは何も言わなかった。目を合わせなかった。水色の床に落ちた己をぼんやりと見つめていた。
「ねえ、制服汚れてたね。やられたんでしょう、透哉くんに。」
食器の擦れる音が物寂しい中、母が口を開いた。かれは何も答えなかった。
「背中蹴られたの? だから、あの子とはね……あのね……」
母が何というべきか言い淀んでいるようだった。だから自分が言うべきだとかれは思った。
「もう遊ばないよ。」
「うん。」
母は沈黙した。
部屋に入り、机の引き出しを開けた。カマキリの死骸が入っている。ずっと前に、透哉と畑で遊んだ時捕まえてくれたものだ。殺すなよと透哉は言った。優しく、潰さないように握れ。かれはそれを守り、家に帰るまで優しく握っていた。夜、手を開いたら潰れてはいなかったが動かなくなっていた。冷たかった。
かれはズボンから銃を出し、引き出しに入れた。弾は入ったままだ。
引き出しを閉め、ベッドに横になった。目を閉じる。ひどく熱い。何かが、足の先から先端へと忍び寄ってくる。かれはズボンを脱ぎ捨てた。既に固く屹立していた性器を、右手で握った。そして、熱のこもっているそれを、誰にも渡したくないかのようにゆっくりと力を込めしごき始めた。
発砲(秋雨真鹿)