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皮膚科で出された薬を食後に飲む。

ある日、どうして僕は身体がいつも痒いのだろうと母に言った。
母は私が悪いのよと目に涙を浮かべていた。
あれだけ父に女の子は大切にしないとだめだと言われたのに
僕は母を泣かせてしまったのだった。

毎晩お風呂に上がってから処方された塗り薬を身体に塗り込む。
明日は痒くなりませんように。
何度もそうお祈りして塗り込む。

薬をチューブから全て絞りだす技術は誰にも負けない。
もったいないでしょうと祖母に言われて
僕はこの技術を何年も思考錯誤して生みだしたのだ。

母が僕の背中に薬を塗ってくれようとする。
母の手が暖かく大きく思えたのは、もう何年も前のことだ。
最近はやせ細り、カサカサとして、僕の背の皮膚を傷つける。
母はそのことに気付いていないらしい。
毎日、前よりマシになったわねと笑うのだ。
母が背に薬を塗ってから、僕は背中が痒くてたまらくなる。
でも僕は母の行為を無駄にしたくなくて
歯を食いしばり耐える。痒みに耐える。耐える。

布団に入って眠るときもお祈りをする。
どうか母を幸せにしてほしい。
そして僕の身体も、みんなと同じにしてほしい。
何年も同じ夜を過ごす。
同級生のみんなにはとても理解されない。
祈れば救われる、努力は報われる、思えば叶う?
全てがもう僕にはよくわからない。

僕の背に傷をつける母を、僕が惨めだと泣く母を、
お前の薬代が馬鹿にならないと怒鳴る父を、海に行きたいのに諦める父を、
薬を最後まで使えと言う祖母を、こっそりケーキをくれて母に怒られる祖母を、
僕はどうすることもできない。
いつも痒い身体が僕から離れることを知らない。

同級生のみんなは僕を見て笑う。
みんなと違うと言われたって、僕が好きでこの身体を持っているわけじゃない。
でも、そう言い返すといつも母が記憶の隅から現れて
私が悪いのよと泣き出すのだった。
違うよ、違うんだよ……と言いたいのに僕はいつも黙ってしまう。

父の帰りが遅くなったのはなんでなのだろう。
いつも早く帰ってきて、みんなで夕ご飯が食べられていたのに
母の手はますます乾燥がひどくなり、ボロボロである。

お母さん、皮膚科で薬もらった方がいいと思うよ。痛そうだよ。
母は自分の赤くなった両の手を丸い目をして見つめる。
あら、こんなのどうってことないわよ。

母が今日も僕の背中に塗り薬を塗る。
どうしてもその手で塗らないといけないのだろうか。
本当は知っているんじゃないか。
僕は痒くてたまらなかった。もう我慢も限界だった。

背中、もう塗らないで。
お母さんの手が皮膚に引っかかって痒い。

母がビクッとした後に動きを止めて、
ごめんなさいねと小さく謝った。
知らぬ間に白髪がたくさん増えていた。

学校から帰ってくると祖母が突然家にやってきた。
母はまだパートに出てるよと伝えると
祖母はまたこっそりケーキを買ってきていた。
お前は我が家の跡取りなんだから、しっかり勉強をしなさい。
耳にタコができるほど祖母は言う。

母と父と祖母が何やら話し合いをしているらしい。
僕はお風呂上がりだったから別の部屋で全身に塗り薬を塗っていた。
背中を自分で塗ってみた。痒いところに少しも届かなかった。

母と父と祖母が別室からなかなか戻ってこない僕を心配して様子を観にきた。
僕はひとりで手を薬塗れにしたまま泣いていた。
背中、塗って。背中を塗って。痒いよ、痒いよ。
母と父は僕を抱き締めて泣いた。祖母は言わんこっちゃないと言っていた。

それからも母は深刻そうな顔をすることが多かった。
父は早く帰ってくるようにはなったけれど、僕にどこかよそよそしかった。
祖母は相変わらずこっそり甘いものをくれるけど、
僕はもうそれらを受け取ることはなかった。

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  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-10

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