シナリオ「廻恋(りんね)」

よしの かい


「自問」

覚悟はあるか
この世に産まれ出て
生き抜いてゆく 
覚悟はあるか

例えば母の( むくろ)
例えば父の骸を

踏み越えてゆく 
覚悟はあるか

どうしようもない
どん詰まりの悲しみを 
苦しみを

乗り越えてゆく 
覚悟はあるか

恥じながら 
それでも快楽を求め 
我が春を
謳歌(おうか)するお前が

求めて
試練に身を投じるほど 
決して強くもない
お前が

それでも突然 
あまりにも突然 
振り分けられるやも知れぬ
生と死とを
乗り越えてゆく 
勇気はあるか

力も金もない 
けれども奮い立つ
勇気はあるか

何をも乗り換える 
覚悟はあるか

せめて愛する 
あの人を守り抜く
そんな確かな 
自信はあるか─


「シナリオ・廻恋(りんね)」

通学電車の車内 
  ─楓弥(あきや・二十歳)つ  
   り革につかまって揺られて
   いる。
・車内にいる人々のそれぞれの様
 子。
・同年くらいの可愛い女の子。
     にちらちら眼が行く。

楓弥の声「二浪したが念願は叶っ
     た─」

翔風大学・キャンパス内
  ─多くの若者たちが行き交
   う。
遠くから、
声「おい、アキヤッ、早く来いよ
  ッ─」
楓弥。手を上げる。走り出す。

楓弥の声「そう、早くしないと
     ─。多分人生なんて、
     ましてや若さなんてあ
     っという間だ。世間の
     大人たちも言ってる。
     あっという間に過ぎち
     まう─」
・講義を受けている楓弥。眠そう
 に眼をこする。
・サークルで愉しげに笑っている
 楓弥。
・居酒屋で仲間たちといる楓弥。

ショウ「─ったく集団的自衛権だ
    と?ゆくゆくは俺らを戦
    争に駆り出す手段じゃね
    えか。冗談じゃねえぜッ
    ─」
エイジ「オウッ徴兵制反対、ぜっ
    てえ反対ッ!」
ケン「(笑って)んな、なるわけ
   ねえだろ。お前ら極端なん
   だよ」

・路地
 ─吐きそうになっているショ
  ウ。楓弥が懸命に背中をさす
  っている。
  通りかかったサラリーマンの
  男。眉間に皺を寄せ、
男「─ったくガキはしょうがねえ
  な。酒の呑み方も知らねえ」
 ─言いながら楓弥たちを避けて
  通る。
エイジ「ああ。スンマセンネ。俺
    らまだ若くって、何でも
    ベンキョウチュウなもん
    すから、先輩ッ、サーセ
    ン、先輩ッ」
─言いながらフラフラ敬礼する。
  

楓弥「(笑って)止めろよ、も
   う」
エイジ「お?お?さすが、平和主
    義者ッ」
 ─苦笑してショウを介抱する楓
  弥。

楓弥の声「そうだ─。俺らは若
     い。胸を張って言え
     る唯一の特権だろう」

駅ホーム
 ─最終(さいしゅう)電車が滑り込んでくる。
 ・乗り込む乗客たち。憔悴(しょうすい)した
  様子のサラリーマン。泥酔し
  た男女。
 ・週刊誌の中吊り広告
   ─中東での戦争。内紛の記
    事。
電車内 
 ─楓弥。酔眼でぼんやり広告を
     見ている。  
  
楓弥の声「─争いごとは嫌いだ。
     例え小さな争いでも。
     俺は、平和を唱える弁
     護士になる。法規は必
     ず正義を超える─」
アパート(楓弥の家・かなり旧
     い)
  さびた階段を昇りかける楓
  弥。
  手摺りに捲れ上がった塗装の
  破片が指に刺さり思わず眉を
  (ひそ)める。
楓弥の声「─法規を超える正義は
     ない。心からそう信じ
     ている」─突然、
声「危うい、な─」

楓弥。ドキン、と振り向く。真後
   ろに立っている雲水(うんすい)
雲水「─危うい、ぞ。お主」
  ─背を向けてそのまま立ち去
   る。
楓弥。怪訝(けげん)にじっとその背を見つ
   める。

  ─チリーン、と鈴の音。
楓弥の部屋
   ─机に向かっている楓弥。
楓弥の声「─だから、勉強。積み
     重ねは決して怠らな
     い」
   ─六法全書をめくる。
楓弥の声「─俺には寄る辺がな
     い。両親ともとうの昔
     に死んでしまった。施
     設で育ち中学、高校へ
     通い自立し、必死で働
     き勉強を重ね自力で名
     門大学の門をくぐっ   
     た。本当に自力で─」
 ─レポートを書いている。
楓弥の声「もちろん協調性は大事
     だ。孤独だが誰しも独
     りでは生きて行けな
     い。だから付き合いは
     ないがしろにはしな
     い。だが、やはり皆と
     は違う。怠り怠惰に流
     されてしまえば、恐ら
     くその先は望めない
     ─」
 ─うつらうつらしている。指か
  ら、
  ペンが滑る落ちる。その時、

─トントン、とドアをノックする
 音。
 ハッ、と目を開ける。少しの間
 を置き、
─トントン、と再びノックの音。
 ─立ち上がりドアを見る。

掛け時計 
 ─午前二時を少し回っている。

楓弥。首を傾げもう一度ドアを見
   つめる。
─ドンドン、と今度は少し強い
 音。

楓弥。足音を忍ばせてドアに近づ
   く。
 ─そっと覗き穴に目を寄せる。
穴─向こう側に見えている大きな
  眼。
  思わず後ずさる楓弥。
  ドン、と尻餅をつく。同時
  に、
声「(男の子・か細い)あけて
  ─」
楓弥。動けない。
声「ねえ、あけてよ─」

楓弥。ごくん、と唾を飲み立ち上
   がる。
 ─恐る恐るドアを開ける。
─小さな男の子が立っている。
  楓弥を見て、
男の子「(笑顔)よかったァ。こ
    んにちは」
  ─深々と頭を下げる。
楓弥「─あ、ああ?こ、こんにち
   ─いや、こんばんはって、
   誰?こんな夜中に」
男の子「(笑って)いいの。会え
    たから。またこんどくる
    から─」
 ─もう一度深く頭を下げると、
  くるっと背を向けて帰って行
  く。
─カンカン、と階段を下りてゆく
 音。

楓弥。急いで靴を履き後を追う。
 ─階下を見る。既に誰もいな
  い。
  辺りを見回すが人影はない。

布団 
 ─天井を見上げポッカリ眼を開
  けている楓弥。
楓弥「(呟く)何かどこかで見た
   ような顔だったな─」

イメージ・男の子の笑顔。

楓弥「─どこかで会ったんだっけ
   な」
 ─いつ間にか眠りに引き込まれ
  ていく。

目覚まし時計─六時。けたたまし
       く鳴る。
  ─ぼんやり起きる楓弥。

・宅配センター倉庫内
 ─荷物を仕分けしている楓弥。

声「真柴君、もう少しピッチあげ
  てッ」
楓弥「(振り返って)はいッ─」
 ─懸命にピッキングする楓弥。

・弁当屋(まだ朝の早い時間)
 ─笑顔で接客しレジを打つ楓
  弥。

大学構内・食堂

─大口でカレーを頬張るエイジ。
 食いながら、
エイジ「─何それ?心霊体験
    か?」
ショウ「(笑って)幻覚だよ。飲
    みすぎて見た、幻覚」
楓弥「そうかな─」
エイジ「分かんねえぞ結構。幽霊
    ってかそう言うのは絶対
    にあるぜ。なあ、ケン」
ケン「(笑って)どうかな。仮に
   も法律家を目指して唯物論
   を信仰してるからな、俺
   は。今時だ、別に子どもが  
   真夜中に出歩いていたって
   不思議はないさ。結構同じ
   アパートの住人なんじゃな
   いのか?」
楓弥「そうかな─。そうかもな」
ショウ「そうに決まってら。よ
    し、そうと決まったら今
    夜、合コンどうよ?」
ケン「何だまたかよ。また出会い
   か?」
ショウ「イイジャナイノ、イイジ
    ャナイノ」
エイジ「わあ。いつのギャグだ。
    俺はダメだ、バイト」
ケン「悪い、俺もだ」
ショウ「(ムッとして)いいよ別
    に。イケメンのこいつさ
    えいれば場はシラケねえ
    からなあ、アキヤ?」
楓弥「─ゴメン。俺もダメだ。レ
   ポートまだ上がってない」
ショウ「んだよ、いいじゃねえか
    そんなの。何なら俺が代
    筆してやるって」
ケン「(笑って)止めとけ止めと
   け。コイツの法規の感性は
   かなり曖昧だ。恥かくぞ」
エイジ「あ、実はそれ俺も思って
    た」
ショウ「んだよそれ、ひでえな。
    怒るぞ本気で。俺は怒る
    と泣くぞ?いいのか?」
ケン「大体お前法規に向いてない
   ぜ?パチスロに女、どっち
   も犯罪の温床(おんしょう)じゃねえか。
   近い将来が見えるようだ  
   ぜ」
ショウ「あ、アッタマキタ、くん
    のヤロ」
 ─じゃれ合っている三人。笑っ
  て見ている楓弥。その耳に突
  然、

 ─轟音。思わず耳を押さえる。
ケン「(様子に気づいて)どうし
   た?」
楓弥「─いや、─何でもない」

楓弥の声「その日の夕方、ちょっ
     とした事件があった
     ─」

楓弥の部屋 
 ─西陽が射し始めている。カー
  テンを閉めレポートに向かう
  楓弥。
 ─ドアをノックする音。

楓弥「─はぁい。今出ます」
 ─立ち上がりドアに急ぐ。ノブ
  を回す。
声「(元気良く)こんにちはッ
  ─」
 ─昨晩の男の子が立っている。隣にいる清楚な身なりの美しい婦人。
楓弥「─あ、」その美しさに思わ
   ず息を呑む。

婦人「こんにちは。今日からお隣
   に越して来ました。葛西と
   申します」
 ─深いお辞儀。
楓弥「─あ、ど、どうも」
 ─も慌てて頭を下げる。
男の子「あ、ボクね、タイチ。よ
    ろしくね」
楓弥「─あ、タイチ、君か。こち
   らこそよろしく」
タイチ。笑って手を差し出してく
    る。
楓弥「─あ、うん」
 ─も手を差し出す。握手をした
  瞬間、その冷たさに驚き思わ
  ず手を放す。
タイチ。ニコニコ笑っている。
─もう一度頭を深く下げ、隣室に
 入って行く二人。
楓弥。確かめるように自分の掌を
   見つめる。

学食(翌日)
 ─コーヒーを飲んでいる四人。
エイジ「─何だ、ただの隣人か」
ショウ「(笑って)な、だからそ
    んなもんだって」
ケン「親子二人だけか?旦那さん
   いないのか─」
ショウ。身を乗り出して、
ショウ「いい女か?その人」
ケン「(うんざり)まぁた、お前
   は。病気だなホントに」
ショウ「んだよ、いいじゃねえ
    か」

楓弥の声「きれいなひとだった
     ─」
イメージ・清楚な美しさの婦人。

楓弥の声「ある晩のことだった
     ─」
 ─ノックの音。
楓弥「─はい」
 ─ドアノブを回す。立っている
  婦人。
婦人「(にっこり)あのこれ─ち
   ょっと作りすぎちゃったも
   ので」
・布巾をかぶせてある鍋。
婦人「お野菜の煮物なんですけ
   ど、お嫌いかしら─?」
楓弥「(慌てて)あ、いや、い
   え、とんでもないです。い
   ただきますッ」
 ─深々と頭を下げる。

婦人。その魅力的な笑顔。
楓弥の声「やっぱりきれいなひと
     だ。声も可愛らしい
     ─」
 ─テーブルにつき鍋を開ける。美味そうに湯気を上げた煮物。一口食べる。
 
楓弥「美味い─!」

夜─目を開け、天井を見ている。

イメージ・婦人の顔。
楓弥「(呟く)美味かったなぁ、
   煮物。何だか懐かしい味が
   した。いいなあ、あのひと
   ─、ホントに素敵なひと
   だ」
 ─目を閉じる。その耳に突然、

轟音。同時に、
イメージ(一瞬)・飛行機のシル
         エット。
楓弥。思わず両手で耳を塞ぐ。

ケンの声「─そうかぁ。いいな、
     手料理の差し入れか」
キャンバス内・ベンチ
 ─に腰掛けているケンと楓弥。
楓弥「─うん、何だかひどく懐か
   しい味がした─」
ケン。タバコをくわえ、火をつけ
   る。煙を吐き出しながら、
ケン「(笑って)惚れたな」
楓弥。ドキッとケンを見る。
ケン「─いいじゃねえか。恋愛は
   自由だ」
楓弥「(紅潮して)な、何言って
   んだよ。俺はまだ二十歳だ
   ぜ。あのひとには子どもも
   いるんだ─」
ケン「関係ねえよ─」
楓弥「え─」
ケン「そのひとが今どんな環境
   で、例えば子どもがいよう
   とそんな事は関係ねえ」
楓弥。暫くケンを見つめるが、立
   ち上がり、
楓弥「(笑って)無理だよ、俺な
   んかにはまだまだ─」言い掛けた時また、

轟音。楓弥、耳を押えてその場にうずくまる。
ケンの声「アキヤッおい、どうし
     た─」
 ─遠のいてゆくケンの声。

─白い光。

楓弥。ぼんやり目覚める。
タイチの声「─あ、目をあけた
      よ!」
─タイチの顔。
楓弥。半身を起こそうとする。力
   が入らない。
・腕に刺さっている点滴のチュー
 ブ。
声「─ダメですよ。無理しちゃ」
声の方に顔を傾ける。
 ─心配そうに立っている婦人。
タイチ「丸二日も、ねてたんだか
    らね」
楓弥「─あ、二日も。どうして─
   なんであなたたちが、ここ
   に─?」
婦人「学校のお友達が知らせてく
   れたの」
タイチ「しんぱいしたんだから
    ね、すごく!」
婦人「─お身内の方、いらっしゃ
   らないんですって─?」
楓弥「─はい。両親とも昔、事故
   で亡くしてますから」
婦人「─そうなの。お気の毒に。
   ごめんなさいね。知らなか
   ったものだから」
楓弥「(笑って)いえ、─」
タイチ「ボクの父さんも、ずっと
    前に死んじゃっていない
    んだ─」
楓弥「─そう、か」
タイチ「なんかね、にてるんだ
    よ、死んだボクの父さん
    に、オジサン」
楓弥「お、おじさん?」
婦人「コレッ、タイチ。お兄さん
   でしょ」
タイチ「あそうか、ゴメンね、オ
    ジサン」
婦人「コレッ─」
 ─小さく手を上げる。慌てて頭
  を(かば)うタイチ。笑顔で見てい
  る楓弥。

─回診に来る医師と看護師。 
 ─スッと隅に避ける親子。
楓弥「─あ、先生。俺は一体─」
医師。カルテを見ながら、
医師「─うん。まだ検査を重ねな
   いと分からないけどね。後
   二、三日入院してもらうよ
   ─」
楓弥「─そうですか」
 ─心配そうに見ているタイチ。
楓弥「(笑って)だいじょうぶだ
   よ─」
 ─タイチに向けてVサインを見
  せる。
看護師。タイチの方を見てふと首を傾げる。
楓弥の声「その日は晩い時間まで
     賑やかだった─」
・頭を下げて帰って行く親子。笑
 って手を振るタイチ。

─小鳥のさえずり。
病室(翌日)
 ─見舞いに来ている悪友たち三
  人。

ケン「平気か。具合はどうだ」
ショウ「ヤバかったんだぜお前。
    一時は意識がなくってよ
    ─」
楓弥「ああ。悪い悪い、面倒かけ
   たな」
エイジ「長引きそうだって?入
    院」
楓弥「うん─。何か検査を重ねる
   って」
ケン「─そうか」
楓弥「体はだいじょうぶだよ、多
   分。バイトの掛け持ちもあ
   ったりで過労だ。けど、
   ─」
エイジ「けど、何だよ?」
楓弥「─入院費が、金が、ヤバ
   イ。バイトも無断で穴あけ
   ちまったからな。多分クビ
   だ、な─」
ケン「(笑って)バァカ。そんな
   事心配すんな、お前と違っ
   てスネかじりの俺らが何と
   でもしてやる」
ショウ「オウ、俺がスロットで
    ─」
ケン「(被せて)ハイハイ。君は
   いいからね」
楓弥。笑う。
楓弥「(ケンに)あ、それよりわ
   ざわざ悪かったな。その、
   お隣さんにも連絡してくれ
   たりして。見舞いに来てく
   れたよ」
ケン「ン?─何のことだ?」
楓弥「いや、お前が知らせてくれ
   たんだろ?お隣さんに」
ケン「─いや?知らない。俺じゃ
   ないぞ?」
 ─二人を見る。
エイジ「え?俺でもないぜ」
ショウ「俺も知らん。あ、そう
    だ。けどお前の話にそそ
    られてよ。そのキレイな
    奥さん見にお前のアパー
    ト行ったんだけどよ。誰
    もいなかったぜ」
エイジ「ったく、スケベだなお前
    は」
ショウ「やかましい。つうかお前
    の部屋の隣って、ホント
    に誰か住んでんのか?表
    札も出てねえしよ。何か
    人が住んでる感じがしね
    えんだよな─」
楓弥「(笑って)バカ言え。そん
   なことあるか─」
エイジ「そーだよ。スケベ君」
ショウ「エイッ、ホンマにやかま
    しわッ」
ケン「あ、アキヤ、お前それ─鼻
   血」
楓弥「あ?え─?」
 ─ふと拭った手の甲についた
  血。
楓弥の声「─どういう、こと、で
     すか─?」
  
診察室(翌日)
 ─カルテを見ている医師。淡々
  と、
医師「─血小板が極端に減少して
   いるのが現状です。ご親族
   の方もおられないみたいだ
   から、あなたに直接話すし
   かありませんが─急性の骨
   髄性白血病かと思われま
   す」

楓弥。ぼんやり医師を見ている。
医師「もっと詳しい検査をしなけ
   れば何とも言えませんが、
   どちらにしろ改めて入院加
   療の必要があります」
タイチの声「ホント?もう、なお
      ったの?」

病室(個室から一時、大部屋に移
   っている。)
 ─見舞いに来ているタイチ。

楓弥「─うん。明日退院するか
   ら。心配してくれてありが
   とう、な」
タイチ「よかったァ─!」
楓弥「─あれ、お母さんはどうし
   た?」
タイチ「もうすぐ、くるよ」
楓弥「そうか─。なあ、」
タイチ「ン?」
楓弥「─何て言うんだ?その、─
   名前、さ。お母さんの─」
タイチ「トウコ、だよ。なんだっ
    けな、あ、そうだ。ヒト
    ミってかんじに、こども
    のコってかくんだ」
楓弥「瞳子、さん。か─」
タイチ「うん。あれ?兄ちゃん、
    もしかしてすきになっち
    ゃった?かあさんのこ
    と」
楓弥「(慌てて)ば、ばか。な、
   何言ってんだよ、─」
タイチ「いいじゃん。ボク、兄ち
    ゃんだったらいいよ」
楓弥。紅潮した顔を背ける。
   ふと、同室の老人と目が合
   う。首を伸ばしてこちらを
   覗き込むようにした後、首
   を傾げる老人。
楓弥の声「その日はそれから一時
     退院の検査があって、
     あのひと─瞳子さんと
     は会えなかった─」

夜─病室の常備灯を見上げている
  楓弥。

楓弥「(呟く)白血病─。血液
   の、癌─」
 ─急にガタガタと体が震え出
  す。その眼から、
  涙が溢れ出す。
楓弥の声「怖い─!」布団を被
     り、漏れそうになる
     嗚咽(おえつ)を必死に耐える。その耳に突然、
─けたたましいサイレンの音。

楓弥の夢 
─誰かを背負い。また誰かの手を
 取り、喧騒の中を必死に逃げ惑
 っている。
・周囲から崩れ落ちてくる壁。
 柱。飛び散るガラスの破片。
─耳をつんざく爆撃音。

夜空─を覆い尽くす飛行機の群
   れ。

・向かう先のあちこちで上がる火
 の手。
 突然、
・目の前に上がる火柱。
・繋いでいた手が一瞬、離れる。
叫び声「幸太さんッ─」
楓弥、振り返り手を差し伸ばし、必死の声で、
楓弥「(叫ぶ)瞳子ッ、太一─!!」

現実・病室(深夜)
 ─楓弥。ガバッと跳ね起きる。

楓弥「(口の中で)瞳子、さん
   ─?」
 ─辺りを見回す。大きく息をつ
  き額ににじんだ汗を手の甲で
  拭う。
楓弥の声「─確かに、あのひとだ
     った。瞳子さんに、違
     いなかった─。幸太、
     ─?」
 ─汗ばんだ手を見つめる。
ケンの声「心配しすぎなさんな。
     今は完治する病気だよ
     ─」

キャンパス・芝生
 ─腰を下ろしている楓弥とケ
  ン。
楓弥「(笑って)ああ。俺もそう
   信じてる」
ケン「─いつからだ。入院」
楓弥「月曜、だ。今日は休学届け
   出しに来たんだ」
ケン「そうか─。あれだぞ、金の
   事はホントに俺らが何とか
   する」
楓弥「うん。すまない─。あいつ
   らにもよろしく言っておい
   てくれ」
ケン「見舞いに行くからな。しょ
   っちゅう。早く、─早く戻
   ってこいよ─」
楓弥「ああ。じゃ、─」
 ─手を上げて立ち上がり、背を
  向ける。
ケン「待ってるからな─」
楓弥の声「─軽い病気じゃない。
     誰もがそのことは知っ
     ている。─怖い。死、
     に対峙する恐怖─。怖
     い─」
楓弥の部屋
 ─入院の準備をしている。タン
  スの引き出しを開ける。小さ
  な額装の写真を見つける。

・写真─笑っている両親。
楓弥「─母さん。父さん。─助け
   て─」
 遺影を胸に抱く。その時、
─トントン、とドアが叩かれる。
・笑って立っているタイチ。
瞳子の声「─ごめんなさいね。急
     にお誘いしたりして」

親子の部屋
 ─緊張した面持ちで座っている楓弥。
タイチ「ボクが言ったんだよ。兄
    ちゃんよんで、ごはん食
    べさせてあげよう、っ
    て」
瞳子。台所で煮付けた魚を皿に盛
   りながら、
瞳子「ご迷惑だからって言ったん
   ですけど」
楓弥「い、いえ、そんなことない
   です。あの、この前の煮物
   もすごく美味しかったです
   ─」
瞳子「(振り返り笑って)そう?
   良かった。お若い方に煮物
   なんてと思ったんですけど
   ─」
楓弥「いえ、ホントに美味しかっ
   たです」
瞳子「お身体、いかがですか?」
楓弥「あ、また病院には行くんで
   すけど。あ、何度もお見舞
   いありがとうございまし
   た。お礼も出来なくて─」
タイチ「またすぐ、にゅういんし
    ちゃうんでしょ う?」
楓弥「あ、ああ─。うん。検査が
   残ってるからね。誰かに聞
   いた?」
楓弥の声「─心配かけたくなかっ
     た。特に、この人たち
     には─」
瞳子。じっと楓弥を見ている。

食卓
 ─煮魚を食べている楓弥。
楓弥「─美味しい!」
瞳子「(笑って)そう?よかっ
   た」
タイチ「かあさん、りょうりじょ
    うずだろう?」
楓弥。笑って頷く。
・トランプで「ババ抜き」をして 
 いる一同。
 ババを掴まされる楓弥。笑い転
 げるタイチ。
 狭い部屋に響く笑い声。
・いつしか疲れ果て眠っているタ
 イチ。

瞳子。楓弥にお茶を入れている。

楓弥「─あの、」
瞳子。笑顔でお茶を勧めながら楓
   弥を見る。
楓弥「あの、どうして─どうして
   俺なんかにこんなに親切に
   してくれるんですか?」
瞳子。俯いている。暫くの間の
   後、
瞳子「─ごめんなさい。それはま
   だ、答えられないの」
 ─優しい眼差しを上げる。
 ─無言で見つめ合う二人。やが
  て、
楓弥「(どぎまぎと)あ、じゃ俺
   はこれで─。ホントにご馳
   走になりっぱなしで」
 ─立ち上がる。
 ─つと、楓弥に近づく瞳子。不
  意に楓弥に顔を寄せて耳元
  で、
瞳子「(囁く)大丈夫。あなたの
   病気は、きっと治ります。
   必ず─」
楓弥。思わず振り向き、瞳子の肩
   を抱きしめる。

窓外─裸電球の橙色の灯りに重な
   り合う二人のシルエット。

楓弥の声「入院するとすぐに検査
     を兼ねた楽ではない治
     療が始まった。だが、
     もう(おく)さない。闘い抜
     くと決めた意志の向こ
     うにかけがえのないひ
     とが、待つ人がいる
     ─」

病室(個室)
 ─ベッドで六法全書を開いてい
  る楓弥。
  だが眼は宙を見ている。その
  眼に、

イメージ・瞳子。
楓弥の声「俺は、必ず還る─」そ
     の時突然、
声「屍人(しびと)の匂いがする
  のう─」
─バン、とドアが開く。

楓弥。ビクン、と振り返る。
 ─立っているいつかの雲水。
楓弥「─何だ、誰だよ、あんた」
雲水。スッと近づき、楓弥を見下
   ろして立つ。
雲水「─憑かれたな。物の怪はお
   前を冥途(めいど)へと引き込もうと
   しておる」
楓弥「何?何のことだ、勝手に人
   の病室に入ってくんなッ
   ─」ナースコールを押そう
   とする。
雲水。その手を後ろにひねり上
   げ、懐から何かを取り出し
   押えたその手に握らせる。
雲水「─護符じゃ。枕に敷いて置
   け」
楓弥「─ふざけんなよッ、出て行
   けッ─!」
 ─渾身の力で雲水の手を払いベ
  ッドから立ち上がると、札を
  投げつける。

雲水。振り返ることなく病室を出
   て行く。
 ─チリーン、と鈴の音。
楓弥の声「その翌日、皆が見舞い
     に来た」
・じゃれ合っているエイジとショ
 ウ。
ケンの声「─ちょっと、話がある
     んだ」

エイジ「また来るからな」
─手を振って病室を出るエイジ、
 ショウ。
─向き合っているケンと楓弥。
ケン「─お前の隣部屋、だけど
   な」
楓弥「─ん?瞳子さ─いや、葛西
   さんがどうした─?」
ケン「うん。─アキヤ、あの部屋
   にはやはり誰も住んでない
   ─」
楓弥「─え?(笑って)何言って
   んだよ」
ケン「─空き部屋、なんだよ。大
   家にも確認した─三年も前
   からずっと空き部屋だと
   ─」
楓弥「─何バカなこと言ってんだ
   よ、ケン」
ケン「お前が入院した後、街で雲
   水に遭ってな─」

ケンの記憶─街の雑踏を歩いているケン。
 ─突然肩を叩かれ振り返る。立
  っている雲水。
雲水「危うい、ぞ。お主の友人
   が、危うい。アパートの隣
   人、─」
 ─背を向けて立ち去る。
    ─間。
ケン「(慌てて追いすがり)お
   い、待てよ。おい、あんた
   ─」

─雑踏に紛れ遠ざかる雲水。

現実・病室
 ケン。じっと楓弥を見つめる。
ケン「─俺も行ったんだよ。お前
   のアパートに─。中も見せ
   てもらったんだ。家具もな
   く、誰もいなかった─」
楓弥「(笑って)そんなこと─」
ケン「(被せて)住んでねえんだ
   よ、誰も隣には─」
 ─間。ぼんやりケンを見ている

楓弥。

ケン「─ここに来てるのか。その
   奥さんと子ども─」

楓弥。頷く。

ケン「知り合いに霊能者がいて 
   な。俺はそんなの眉唾(まゆつば)もん
   だと頭から信じてなかった
   んだが、試しに見てもらっ
   たんだ、アパートのその部
   屋情報は何も伝えずに、た
   だ住む予定があるからっ
   て、─そしたら母子の未成
   仏の霊が彷徨(さまよ)ってるって。
   かなり強い思念を持ってる
   から危険だと─」

楓弥。

ケン「アキヤ。俺は唯物論者だ。  
   そんなことがあったからっ
   て言ってバカらしい現象を
   信じる訳じゃねえ。だが、
   俺の言ってることは事実を
   重ねたものだ─。得体の知
   れない事実だが、現実の事
   象だ。あの母子が来てか
   ら、お前は大病に(かか)ったん
   だ。─これ以上、関わり合
   いを持つな」

病院受付
 ─見舞い客の名簿を見ている楓弥。受付に、
楓弥「─あの、名簿はこれだけですか?」
受付「そうですけど─」
楓弥「あの、ほとんど毎日俺の病
   室に来る母子なんですが
   ─」
受付「─さあ?記録もありません
   けど」
楓弥。

病室(夕刻)
 ─雲水に投げつけた護符を探す
  楓弥。
 ベッドの下に見つける。枕に敷
 く。同時に、
─ドアをノックする音。
タイチの声「─兄ちゃん」
 ─トントン。

ドア─見えている瞳子とタイチの
   シルエット。
タイチ「ねえ、兄ちゃん。ドアが
    あかない」

楓弥。息を殺してじっとドアを見
   つめる。
 ─トントン。

楓弥。ベッドから起き上がる。少
   し躊躇(ためら)うが窓を開け、護符
   を外に捨てる。
─タイチの笑い声。
タイチ「─そうか。じゃ、兄ちゃ
    んはせいぎのミカタにな
    るんだね。カッコいい
    ッ」
瞳子「でも大変ね。試験も難しい
   んでしょう?」
楓弥「(笑って)はい。でもそれ
   が俺に与えられた使命だと
   考えてますから。何て言う
   か、今の世の中の立場の弱
   い人たちの為に、例え微力
   でも出来ることをしたい。
   役に立ちたい、と思ってま
   す─ホントに、病気なんて
   してる場合じゃないんで
   す」
瞳子「(にっこり)その通りね。
   でも素晴らしい志だわ。頑
   張って下さいね。心から応
   援してます」
楓弥「あ、─ありがとう」
楓弥の声「ほとんど毎日、彼女た
     ちは見舞ってくれた
     ─」

病室─談笑している母子と楓弥。

楓弥。明らかに憔悴してきている
   その様子。
楓弥の声「例えば、そうでもいい
     ─」

病室(深夜)─苦しげに喘いでい
       る楓弥。
楓弥の声「俺をどこかへ誘おうと
     しているのなら、それ
     でもいい─。理由は分
     からない。けどあのひ
     とがそう望み、望まれ
     ているのが自分である
     のなら─」

・容態の急変に気づき駆けつける
 看護師。

・ストレッチャーで運ばれて行く
 楓弥。

イメージ・瞳子との口づけ。
楓弥の声「初めてかも知れない。
     愛という感情を、想い
     を─。俺は間違いな
     く、彼女を─愛してい
     る」

・緊急措置をとられている。慌し  
 い医師の指示。

楓弥。その耳にまた、
─轟音。

薄い意識の中の夢(断片的に蘇る
         楓弥の前世の
         記憶)
・赤紙
・駅構内
 ─万歳で見送られる前世の楓弥
 (坊主頭)。
  敬礼で応える。
・そっと見送っている美しい女
 性、瞳子。
 その悲しげな表情。
・戦地
 ─喧騒の中飛び交う銃弾。爆
  風。
 ─あえなく倒れてゆく仲間た
  ち。
 ─楓弥、も。
・右足を負傷し復員してきた楓
 弥。
・嬉しさを隠さず出迎える瞳子。
・形だけの貧しい祝言。
・赤子を抱き上げた楓弥。微笑み
 合う二人の幸せ。
・星空を埋め尽くす爆撃機のシル
 エット。
・投下される(おびただ)しい数の焼夷弾(しょういだん)
・焼き尽くされていく家々。
・わが子を背負い瞳子の手を握り
 締める
楓弥。
・猛火の中、足を引きずりながら
 必死に逃げる。突如、
・目の前に上がる火柱。繋いだ手
 が一瞬離れる。
瞳子「(叫ぶ)幸太さんッ─!」
─振り返り、懸命に手を伸ばす楓
 弥。
楓弥「(叫ぶ)瞳子ッ、太一ッ 
   ─!!」
 ─必死に二人に覆いかぶさる。同時に、
─爆風。

現実・処置室
─楓弥、ガクン、と身体が揺れ目
 を醒ます。
楓弥「(口の中で)瞳子─」
ケンの声「─どういうことだよ」

病室─憔悴した眼でケンを見る楓
   弥。何本もの点滴。鼻に通
   されたチューブ。
ケン「お前、分かってんのか。見
   てみろよ自分の顔。病状は
   明らかに進行してんだぞ。
   信じられねえけど悪くなる
   要因を、わざわざ自分から
   受け入れるのか」
楓弥「─守れなかった、んだよ」

楓弥の記憶(前世)
・爆風に倒れた楓弥(幸太)。懸
 命に眼を開け、身体の下の二人
 を見る。動かない二人。─懸命
 に身体を揺する。
・楓弥(幸太)を襲う猛火。
ケンの声「何?何言ってんだよ。
     これ以上、ホン
     トにあの母子に関わり
     を持つな」
楓弥「─思い出したんだ。昔を」
ケン「(訝しげ(いぶかしげ)に)昔─?」
楓弥「遠い、昔さ─俺の家族」
ケン「何だよ。何のこと言ってん
   だよ─」
楓弥「─皆はいい。帰る場所があ
   る。待つ人がいる─。俺は
   いつも探してたんだ。帰る
   場所を─。小さい頃から施
   設で育って─いつもキョロ
   キョロしててさ、ずっと探
   してたんだ─自分の家族を
   ─」
ケン「アキヤ─」
楓弥「─待ってればいつか、─い
   つかきっと誰か迎えに来て
   くれる気がしてさ」

イメージ・養護施設

幼い頃の楓弥─窓から夕暮れの外
       を見ている。
楓弥の声「いつも、外を見てた
     ─」

イメージ・雨の窓外
楓弥の声「何でいつも独りなんだ
     ろう─どうして誰も、
     いつまで待っても迎え
     に来ないんだろう、っ
     て─」
ケン「おい、アキヤ─」
楓弥「思い出したんだよ昔、家族
   だったんだ。俺たちは─や
   っと遭えた─」
ケン「(遮って)しっかりしろ
   ッ、屍人なんだよッ、お前
   に憑いて引きずり込もうと
   してるんだッ─」
楓弥。ふと笑ってそのまま意識を
   失う。
 ─つと流れ伝う鼻血。
ケンの声「アキヤッ、おい、アキ
     ヤッ─」

・ICU
 ─酸素マスクの下、苦しげな呼
  吸。
楓弥の声「もう、いい─俺はも
     う、いい」
ドア─の隙間から、忍び寄る漆黒
   の影。部屋全体を覆い尽く
   そうとしている。

・心電図
・医師が何か叫ぶ。慌しく動く看
 護師。
楓弥の声「─瞳子、太一。お前た
     ちの元へ」
闇の中から、
 ─伸びてくる手。楓弥、手を伸
  ばす。突如、
瞳子の声「違う!その手に触れて
     はダメ!」

楓弥。薄く目を開ける。
楓弥「─瞳子。─太一、も」同時
   に、
声「邪魔をするな─」

闇─楓弥に向かって迫ってくる。
  その前に、
 ─立ちはだかっている瞳子。と
  タイチ。
声「屍人ごときが、何故邪魔だて
  する」
瞳子「このひとにはまだ天寿が残
   されているはず。まだ使命
   があるはずです」
声「ふん、戯言(ざれごと)を。こやつは既に
  諦めておる。抗おうとはせ  
  ず、生を捨てこちらを求めて
  おるではないか。自らの天寿
  を放棄するものに、もはや使
  命などない」
瞳子「それはただの迷い。人の持
   つ人としての弱さ、愚かさ
   の故─、どうか、どうか見
   逃して下さいッ─」
タイチ「父さんをゆるして、たす
    けてッ」
声「ならぬ。天命じゃ、そこを退
  けッ」

─迫る闇。楓弥を包み込もうとす
     る。
瞳子「(叫ぶ)幸太さんッ─!」
 ─楓弥に覆いかぶさる。タイチ
  も。
楓弥「─瞳、子、太、一」
声「よいのか?思念と共に、おぬ
  しらも永劫(えいごう)に消え去ってしま
  うぞ─」
瞳子「これで、(つい)の望みを果たせ
   ます。あの日、このひとは
   命に代えて私たちを守ろう
   としてくれた。今度は私た
   ちが─」
声「─ふん」
影─ブワッ、と音を立てて消え去
  る。

(まばゆ)い陽射し

楓弥の声「俺は一命を取り留めた
     ─」
・賑やかに見舞いに来ている件の  
 三人。
・医師。目を丸くしてカルテを見
 ている。
楓弥の声「驚いたことに蝕んでい
     た癌細胞は跡形もなく
     死滅していた─」

病室─夕暮れの陽射しが射し込ん
   でいる。ドアをじっと見て
   いる楓弥。
楓弥の声「一番会いたい大切なひ
     とたちは、あれから来
     ない─」
楓弥「瞳子─、太一」
 ─布団に顔を埋める。その耳
  に、
瞳子の声「幸太、さん─」
楓弥。ガバッと顔を上げる。

─窓の隙間から吹き込んでいる風
 音。
 ─悄然と項垂(うなだ)れる楓弥。

病室(深夜)
 ─コトン、と音がする。
 ─ぼんやり目を開けドアを見る楓弥。
・立っている二つの影。
楓弥。慌てて立ち上がりドアに急
   ぐ。ドアノブに触れた時扉
   の向こうから、
瞳子の声「開けてはだめ─」
楓弥。ビクン、とその手を止め
   て、
楓弥「どうして─?」
瞳子の声「幸太さん、私たちを探
     して─」
楓弥「─え?」
瞳子の声「慈悲を受け私たちは転
     生を許されました。ど
    うか、私を探して─」
タイチの声「父さん、ボクはその
      あとだよ─」
─フッと影が薄れ消える。

慌ててドアを開ける。が、誰もいない。

─雲水。落ちている護符を拾い上 
 げる。
  ─楓弥の病室を見上げて、
雲水「─ふむ。愛する者の大事を
   予見し、救わんがための思
   念であったか。わしもまだ
   まだ、修行が足らんのう
   ─」
 ─鈴を鳴らし立ち去る。

街の雑踏

─しっかりした足取りで歩いて来
 る楓弥。
 スーツの襟につけられた弁護士
 の紋章。
 自信と正義感に満ちたその表
 情。
─若者の乗った自転車が楓弥の横
 を猛スピードで通過する。
見咎(みとが)めたが注意する間もない。
 ふと、
・盲人用の指標の上を白い杖をつ
 きながら歩いている老人。

自転車─斜めに盲人用通路に突っ
    込む。
老人。気づかない。
楓弥「(叫ぶ)危ないッ─」次の
  瞬間、
─スッと現れた人影が老人を庇
 う。
─ガシャンッ!、と激しい音を立
 てて転倒する自転車。

楓弥。慌てて駆け寄る。
楓弥「大丈夫ですかッ─」
 ─振り返る。自転車は逃げてし
  まっている。

背を丸め、老人を庇っている女性。
女性「(老人に)大丈夫です
   か?」
老人「(笑って)はい。ありがと
   う─」
女性「─よかったぁ」
楓弥「あの、─」
女性「はい?」
 ─振り返る。瞳子と瓜二つの女
  性。

楓弥「(思わず息をのみ)─あ、
   あの」
女性「(にっこり)あ、私は平気
   ですよ」
 ─老人の手を取って、
女性「途中まで、ご一緒しましょ
   う?」
老人「ありがとうございます─」
 ─深々と頭を下げる。
楓弥「あ、あの俺も、─その、途
   中まで」
女性。にっこり笑う。
楓弥の声「─第二次世界大戦。俺
     たち家族は、戦火の犠
     牲になった─」

雑踏
 ─思い思いのファッションで愉
  しげに闊歩する若者たち。
楓弥の声「俺たちだけじゃない。
     数多(あまた)の尊い命が多分、
     この足許に今も眠って
     いる─」

・よちよち歩きの女の子。笑顔で
 手を引く母親。
楓弥の声「あんなに悲しい(はらわた)が引
     き裂かれるみたいな苦
     しみは二度と、本当に
     二度と繰り返されては
     ならない─」
・互いに手を(たずさ)え、庇い合う様に
 歩く老夫婦。
楓弥「─あの、何かその、奇遇で
   すよね」
女性。楓弥を見てさも可笑しそう
   に笑う。
楓弥の声「人間は愚かだ。悲しみ
     や苦しみの深さを知り
     ながらそれでもまた、
     愚行をなぞってしまう
     のかも知れない。けれ
     ど、そうならないため
     に─」

楓弥。老人の荷物を持ってやる。
楓弥の声「─真柴楓弥。二十五
     歳」
─先回りして歩道の障害物を退か
 す。
楓弥の声「今懸命に正義を、平和
     を唱え生きる。そのた
     めに生かされてる─」
楓弥。懸命に女性に話しかける。
 ─笑顔で応える女性。
楓弥の声「─ずっとずっと、切な
     いほど愛する大切なひ
     とのために、たった今
     を─生きる─」

楓弥。しきりに頭を掻いている。



     了

 
   

シナリオ「廻恋(りんね)」

シナリオ「廻恋(りんね)」

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 時代・歴史
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-07

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著作権法内での利用のみを許可します。

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