ラストシーン

ラストシーン

もう、何も得るものがねぇよ

気持ちのいい風が吹いている。ここは荒野のど真ん中。荒野と言っても、ここはかつて日本最大の空港だった。いろんな飛行機が飛んでいた。その下で働いてる人もいた。
確か俺も、その1人だった。

廃れに廃れたその場所を、風に吹かれながらゆっくりと歩いた。
「よう。久しぶりじゃねぇか」
その場所に立っていたお前に声を掛けた。
「………」
だがもちろん返事はない。ただの屍のようだは言いすぎだが、限りなくそれに近い。
「まぁいいさ。行こう。少し話そうぜ」

何も喋らないお前を連れて、かつて形あった様々なものに想いを馳せながら歩いた。
ここにはあれがあったよな。
ここではこんなことがあったよな。
そこ、覚えてるか?
なんとか言えよ。

「いやぁ、でも久しぶりにあっても、俺らも、ここも、あいつらも変わんねぇな」
「………」
「そうだろう?どうだった?お前が過ごした1年半は」
「………」
お前は何も語らない。ただ、俺の横をついてくる。それでいい。それだけでいいんだ。

「さっきの話に戻るんだけどさ、俺、いろいろ分かってきたよ。この世界のこと」
「………」
「恥ずかしいこと言うだろ?世界のことだってよ。でもいいんだ。もうここには俺とお前しかいねぇ。そうだろ」
春と夏の間。人間が1番心地いいと感じる温度の風が俺らを撫でる。
「まぁ、長くなるんだが聞いてくれよ。俺は最初に謝らなきゃいけねぇと思うんだ。今まで起こった現象に意見してきたことに対してな」
「………」
「例えば、いい大人が信号待ちもできない。車が来てないと見るや否や赤信号のまま横断する。あるサービスに対して自分の意見が通らなければ叫び散らかす。そう言う平気でルールを破るような社会不適合者。そう言うやつらを哀れだと見下し、笑い、意見したあの頃の自分。それもまた1つの形。社会不適合者どうこうなんて俺ら個人が決めるもんじゃねぇ。なんせそれも……言い換えれば個性。突出した個性が、大勢に認められずらいだけ。そうだろ。意見なんか出さなきゃいい。はっはっは。俺らしくないだろ?」
「………」
「まずそこに謝るんだ。しっかりな。律儀に」

「なぁ、人生において、最大規模で難しいことはなんだと思う?」
「………」
「俺が思うに、“自ら命を断つこと”だと思うんだ。はっきりいえば自殺だな。それが1番難しい」
自分で言っておきながら、その通りだと思い、何度か頷いた。
「でもそれは、ある一定の年代になってからなんだ。18…あるいは20より上。それぐらいになると、死に辛くなる」
「………」
「なんでかって思うだろ?それはな『生きる逃げ道』がそれなりにあるからなんだよ」
「………」
「結局振り返ってみれば、18超えてから俺らどうだった?惰性で生きてただろ?将来の夢があると語ったよな。こんな仕事したくねぇとか、ここは単なる通過点とか、その場その場で都合のいいように逃げてきただろ?結局俺らは、夢を追うのが遅すぎたんだ。やりたいことをやるためには金がいることだって知ってるし、金を得るためには時間がかかるってことも知ってた。でも、やってこなかっただろ。そうして逃げ続けて、2年が立って、俺らバラバラになったよな。相棒」
「………」
「まぁでも、今話したことが、さっき言った逃げ道じゃない。ここで言う逃げ道っていうのは、惰性で生きたはずの2年の中にいた、お前らとの記憶なんだよ」
自然と涙が溢れてきた。泣くのなんて7年ぶりぐらいだ。親を恨みに恨んで泣いたあの夜以来。当に枯れたと思っていたが、まだ残っていた。
「例えば、俺が死にてぇってなるだろ?で、いろんなこと考えるんだ。でも、案外死んでもいいなって思うんだ。親もいねぇし、恋人もいねぇし、仕事もそうでもねぇしさ。でも、俺の勝手な思考なんだけど、お前ら、元気にしてるかなとか、そういえばまたみんなで飲み行こうとか言ってたなって思い出すんだよ。そんなこと考え始めたらもう頭の中はお前らとの思い出で溢れてんだよ。死を前にして、セルフで走馬灯を見るんだ。おもしれぇだろ?」
「………」
「だから結局死なない。まだ生きる理由がある。まぁ、勝手な思考なんだけどさ。そしてそれは、叶うことはないんだろうけど」
涙は相変わらず溢れ続けている。このまま一生分の涙を使い果たしてしまいそうだ。
「あぁ、言ってて思ったわ。やっぱり俺は、弱い人間なんだ。最初で言った逃げ道と同じ。結局はまた惰性で生きる。いろんなことを諦めながらそれでもやっぱり生きていく」
「………」
最大級に悔しくなって、流れてくる涙を袖で拭った。ここまでだ。だめだ。うまく言葉にできない。できてはいるんだけど、やっぱり薄っぺらい。俺が生きたこの20数年間じゃ、何も悟れてなんかいない。結局死ぬ間際、何も喋れないほど歳をとってやっと分かるんだ。この段階で何を分かった気になっているんだ。それだって分かってる。だけど───。

「…分かるよ」

振り返ると、あの頃の作業着を着た“お前”が、ポケットに手を突っ込んだまま、口を開いた。
「おつかれっ」
適当な挨拶も相変わらず。軽く伸びをした後、無精髭を生やしたお前は後ろの荒野に向けて、親指と人差し指でレティクルを作った。その姿に笑ってしまった。
「はははっ…なんだそれ。だっせ」
「だせぇだろ。でも見えるんだ。ここから」
お前はよく分からないことを言った。さっきまで何も喋らないはずだった“架空のお前”が、今は確かに存在していた。
「なんだよ。さっきまでだんまり決め込んでた奴が」
「わりぃ。でも、仕方ねぇだろ。俺も、この場所も、さっきまで存在してなかったんだ」
この場所というワードが引っかかったが、俺は慌てず後ろを向いた。
やはり。
さっきまで荒野だったその場所は、元の場所に戻っていた。そういうもんだ。こういう不思議系の話では、時系列を追うごとに場面が展開していく。
「まどろ、今更いう話ではないんだけどよ、俺はお前のこと、何1つ分かってなかったぜ」
俺は頷いた。
「でも、多分だけど、1番よく分かってるんだぜ」
あぁ、薄っぺらい。なんて薄いんだ。軽く撫でるだけで破れそうな薄さ。この距離感、空気、安定感。
ノスタルジーな雰囲気に押されて、幼い自分が一瞬でてしまった。そうなってはもう隠しきれない。溜め込んだ感情が、曖昧な形を保ちながら吐露される。
「なぁ、聞いてくれよ。正直俺は、中途半端に頭がいいんだ。だから、中途半端にこの世のことを分かった気でいる。人のことを分かった気でいる。社会のことを分かった気でいる。自分の匙で測ったことに対する疑いや見直しができないんだ。自己中なんだ。それは分かってる。でも許せないんだ。本来あるべき形でないことも、間違ったことが蔓延(はびこ)る現状も、金やルールの中で生きている事も、善も悪も、神も仏も、カスもゴミも、全部が汚く混ざったこのクソみたいな世界が『綺麗』だと思うことも」
涙ながらに吐いた真剣な言葉だったが、お前はあっけらかんと笑ってみせた。
「わかんねぇwww。難しいわ」
それでいい。仮にお前にこの言葉、思いが伝わってないとしても、なんでかはマジでわかんねぇけど、分かってもらえる気がするんだ。

「ま、もう難しいことはいいわ。一旦飯行こうぜ」
突っ込んでいた手を出したお前は、俺に560円をみせた。
「これで焼肉食おうぜ」
「どこにそんな焼肉屋があんねん」

それからどんな会話があったのか、それはもう誰も知ることはできない。煙立つ荒野の中を、2人の青年が歩いて行った。
その歩みが止まることはない。時折大きく笑い合いながら、いつの間にかどこか遠くに消えて行った。

ラストシーン

ラストシーン

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-06

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