ジゴクノモンバン(6)
第六章 白池地獄
こうして、赤鬼と青鬼たちの一行は、山地獄でも誰一人減ることなく、次の地獄へと向かった。
「このまま、地獄めぐりしたら、わてら一文無しになってしまいまっせ、青鬼どん」
「何言うとんねん。赤鬼どんが、地獄の中へいっぺん行ってみたいやいうから、一緒に来たんや。今さら,戻れんがな。こうなったら、落ちるとこまで落ちなしょうがないで」
「青鬼どん、急に悟りを開いたなあ。ほんでも、落ちるいうても、金が財布から落ちていくだけでっせ」
「ようこそ、白池地獄へ」
体中、真っ白な鬼が出迎えてくれた。
「今日の、地獄めぐりの連中は、あなたたちですか。よくここまで無事に来られましたねえ。大変だったと思います。ここは、今までの地獄と違って、息抜きみたいなところです。ゆっくり休んでいってください」
「いやに、やさしげにしゃべる鬼やなあ」
「わしも、白鬼どんに会うのは初めてや。わしら鬼よりも体もでかいなあ。やさしくふるまう奴ほどえげつないことしよるからなあ。気いつけなあかんで・財布ちゃんと握っとかなあかんで」
「さあ、みなさん、もっと私の方に近寄ってください。ちょっと風邪で喉を痛めてしまって大きな声がでないのです」
一行は、恐る恐る白鬼の周りに寄った。
「みなさんの、目の前に見えるのが、白池地獄です。ほら、ぷかぷかと池の底から泥が湧いてくるのが見えますか。一見、何の変哲もない泥池に見えますが、この泥は、地の底から湧いてくる高温度の泥です。みなさんが今まで犯してきた罪に対するすべての生き物の怒りが源となっています。みなさんも、経験したことがおありでしょう。何か、他人に騙された時やひどい目に遭った時に、こころの奥底からふつふつと湧き上がってくるあの怒りの感情を。この怒りの感情を集めたのがこの池なのです」
「なんや、白鬼どん、学者みたいなこと言ってまっせ」
「なんかしらんけど、勉強になるなあ。地獄の池の由来を教えてもろたんは、初めてや」
「ですから、あなたたちがこの池に入った瞬間、うらみつらみの感情が取り囲み、体中を喰い破り、あなたたちの心を熱湯にさらすのです。ですが、心配しなくても大丈夫です。このうらみつらみの感情は、個人的なものです。今までのあなた方が人に対してうらみを買うような行為をしていないのであれば、この池から無事に生還することができます」
「なんや、白池地獄よりも、白鬼どんの話の方が恐いなあ」
「ほんまや、熱い池の前でいるのに、こころがぞーっと寒うなってきよった」
「さあ、順番にお入りください。あなたたちがこれまで人にした行為をひとつずつ思いうかべ、祈りをこめて」
先頭の人間が、手をあげて質問をした。
「どうか、この白池地獄に入らなくてもいい方法がないのでしょうか。例えば、記念写真を撮るとか、寄付をするとかして」
「だめです。この白池地獄には、必ず入ってもらいます。ここは、必修コースなのです。ただし、この池にはいっても無事で出られる方法がひとつだけあります」
どうすればいいんでしょうかと神妙な顔で尋ねる。
「簡単です。私と同じように、この白色の泥を体中につけてはいれば、うらみつらみの感情から皮膚を守ることができるのです。それだけではありません。その醜く太った体が私のようにスリムに、しかも、お肌がすべすべにきれいになるのですよ。そうすれば、十歳若返る事も可能です」
「ありゃ、白鬼どんの体の白さは化粧かいな」
「そう言えば、なんやちょっととってつけたような白さやと思うとりましたんや」
赤鬼と青鬼は腕を組んで妙に納得する。
「じゃあ、その白い泥を私たちにも分けてくださいませんか」
髪の毛一本から骨の髄まで他人からうらまれの塊の一行が口々にお願いする。
「お分けしますが、ただというわけにはいきません」
「ほら、なんか怪しいと思いましたは、青鬼どん」
「ほんまや、今までの地獄と同じや、赤鬼どん」
「この一箱で一万地獄円でお分けします。この一箱で体全体を十分塗ることができます。ちょっと体の大きい人なら、二箱は必要ですねえ。ですが、この泥を塗れば安心。白池地獄も泳いで渡れます。しかも、塗った部分の筋肉の脂肪が分解して、若いころの体の姿に戻れますし、肌はみずみずしく、細やかになれますよ。こんなお得な商品はありません」
「体に塗った泥が溶け出す恐れはないのですか」
「大丈夫です。この商品には、絶対の自信を持っています。もし、不良品がありましたら、いつでも交換します。連絡先はここです」
と白泥美容パックと宣伝しているチラシをみんなに配る。もちろんティシュ付きだ。
「あんなこと言うてまっせ。もし、不良品だったら、交換する前に白池地獄でひどい目にあってますがな。電話する暇なんかありゃしまへんで」
「ほなけど、わしらもあの白い泥塗らなあかんのやろか。地獄に来た人間どもはおいておいて、わしらはなんも恨まれることなんもしとらんがな」
「何言うてまっせ。わしら地獄の門番や。地獄に来た奴らは、わしらのこと恨んどんは間違いおまへん」
「そりゃ、逆恨みや」
「何、言うてはりますのや。自分のしたことやのうて、自分がされたことを覚えとんのが人間でっせ。それに逆恨みが一番恐いんですがな」
「なんでや」
「それが人間の性(サガ)ですがな」
「もうええわ。一パック買おか。わしらもちょっとは肌がきれいになるんやろか」
「青鬼どんは、水色鬼どんに、わたしは桃色鬼になるんですかいな」
「そうなると、戸籍から変えなあかんから面倒になるなあ。家族・親戚にも相談せなあかん」
「青鬼どんはよろしおまんがな。水色鬼やいうたら聞こえがええおまっせ。なんやさわやかな風が一陣吹いてきたような名前ですがな。歌でも歌われそうでっせ」
「そうかいな。ちょっと照れるな。そなに言われたらそういう気がしてきたわ」
水色鬼、水色鬼と口ずさみだす青鬼。
「それに較べて桃色鬼ではあきまへん。なんやぼったくりの風俗店のオーナーか、不純異性交遊の元祖みたいで、聞こえが悪おますわ。ピンク鬼にしたらよけいに卑猥ですなあ」「こんなん、あかん、あかん」
赤鬼と青鬼が真顔で相談しているうちに、一行の者たちは我先に白鬼から泥パックを購入すると、体中に塗りたく始めた。
「なんや、この泥気持ち悪いなあ」
「そうでっか。白鬼どんが言うとったように、お肌がすべすべになるような気がしまっせ」。
「それは、泥ですべっとんのや」
「青鬼どん、ちょっと背中に塗ってくれまへんか。手が届きまへんよって」
「よっしゃ、よっしゃ、まかしとき。なんや、昔、風呂で子供の背中洗ってやった時のこと思い出すがな。懐かしいなあ。ごし、ごし」
「あっ、痛い。昔の思い出に耽るんはええけど、せっかく塗った泥流さんとってくださいよ。もう一パックも買えまへんよって。財布は空でっせ」
「顔も塗るんかいな」
「もったいない。白池地獄につかるとこだけでええんとちゃいますか」
「憎しみの湯気が顔にまとわりつくかも知れんがな。耳だけ塗り忘れて、もし引きちぎられたら大変やで」
「体に泥パックをされた方は、さあ、地獄の中にお入りください」
うわべだけやさしくふるまう白鬼にうながされて、体全体に白泥パックを塗りたくった一行は、順番に、泥が溶け出さないようにひと足、ひと足、慎重に白池地獄に入っていった。
「ええ、湯やな」
「ほんま、ええ湯でっせ。地獄にもええとこありまんな。日ごろの疲れを癒すためにも、ゆっくり白池地獄に浸かっていきまひょ」
「ほんでも、あんまり、ゆっくりしてたら体に塗った泥が溶けてしまうで」
「ほな、はよ出まひょ」
赤鬼、青鬼たちの一行は、せっかくの白池地獄を十分堪能する間もなく、池からあがった。ふと、自分たちの体を見ると、全身から白い泥がすべて洗われていた。
「なんや、この泥パックせんかて、この白池地獄大丈夫やったんと違いますか。白鬼どんに、一杯喰わされましたで」
「喰わされてはないがな。白池にわしらのダシが出ただけや。ほら、見てみい、今は、昼飯時かいな。ぎょうさん鬼たちの行列ができとるで。ここがあの有名な地獄ラーメンやったんや。あの池の水をどんぶりのいれて、ラーメンとして喰いよるで」
「わたしら人骨スープかいな」
「金どころか、骨までしゃぶられてしもたわ」
「はよ、次の地獄へ逃げまひょか」
ジゴクノモンバン(6)