時の足跡 ~second story~29章~31章

Ⅱ 二十九章~本音~

何時だって繋いでくれるその手は迷い込んだ手を繋ぎとめてくれるから、見えないこの先だって歩いていける・・・、
いつでもその暖かい手で包んでくれるから、泣き顔も笑顔に変えていける・・・、ずっと繋いでいてくれるから、不安な夜も
一人じゃないってこと、その手の温もりが教えてくれた・・・。


ずっとうちの手を握り締めて離さないヒデさん・・・、どれくらいこうして居るのか、もう分からなくなってた・・・、
でも、まだ、心の何処か諦めきれない自分に戸惑ってる・・・、でももう諦めるしかないことも、うちは知ってる・・・、

泣くだけ泣いて、自分で自分に言い聞かせて、それでも自分の中で自問し続けて・・・、やっと見えた応えに、うちはそれでも、
泣くしかできない、もう諦めるしかないのに・・・。


そんな時ヒデさんが、
「亜紀、お腹空いてないか?好かったら飯でも食べないか?靖も呼んでさぁ?お腹空いたろ」って、苦笑いしてた、


「ああっそうね、アンちゃん、お腹空いてると思うし・・」って言うと、ヒデさん「亜紀は空いて無いのか?何も食べてないだろう?」

って言われて
「ああ、それじゃ、少し食べようかな?」って言うと、ヒデさん「少しと言わずいっぱい食べてくれよ、な?」って、笑った、

その後ヒデさんは、アンちゃんの部屋へと声をかけた、するとアンちゃんが顔を出してきて、
「おっ、そうこなくちゃね?俺もさすがに腹ペコなんだ、それじゃさっそく作りますか?ねヒデさん?」って笑顔を見せると、

ヒデさんは、
「ああ、そうだな、それじゃ亜紀?居間の方で待っててくれよ、な?それじゃ靖?行こうか・・」って言うと、

アンちゃんが
「亜紀ちゃん待っててね?」って言うと二人店にと駈け降りて行ってしまった・・・。


何も言えなかった、これ以上、ヒデさんの苦しむ顔は見たくない、そう思えたら、これでいい、そう自分の中でいい聞かせてた・・・、
ほんとはまだ、何処か諦める事に戸惑ってる、でもそれはうちが欲張りなだけっだって思う、だからたとえどんな言葉を言いつくして
みても、多分気持が晴れる事なんて無い、それがたとえヒデさんでも・・・、そう思えたら、これでいいんだってもう考えるのは辞めにした。

うちは窓際に寄りかけて両膝に顔を埋めて眼を閉じた・・・。

それからしばらくするとアンちゃんが部屋に顔を見せて、
「亜紀ちゃん?できたからさ、降りて一緒に食べよう?・・・亜紀ちゃん?調子悪い?」

って聞かれて、ちょっと焦った、
「あっごめん、何でも無いの、ちょっと寝ちゃってたみたい、ごめんね、今行くから・・・」

って言ったら、アンちゃんは
「ああっそう・・・、分かった、それじゃ一緒に行こう、ね?」って言われて、ちょっと戸惑ったけど笑顔作ってアンちゃんと居間へと降りた、

居間に行くとヒデさんは、食事の支度もすませてテーブルの前に腰を降ろしてた、するとアンちゃんが
「亜紀ちゃん?ほら、坐って?」って言うとヒデさんは「亜紀?大したもんは無いけどさ、食べてくれよ、な?」って苦笑いしてた、

「ああ、ありがと?」って言って坐ると、ふたりは食べ始めた・・・。

その後、食べ終わった頃にヒデさんは、急にニコニコしだしてアンちゃんの顔を覗き込むと、
「処で靖?結婚の話し、ほんとに決めたんだよなぁ?本気にしていいんだろ?」って聞いた、

するとアンちゃんは、
「ああ、あれ?嘘、そんな簡単に決められる訳無いだろう?あん時はああでも言わないとさ・・・、まあ気にしなくていいよ」だって・・、

ヒデさんは、
「おい、そりゃないだろう~なんだよそれ~本気にした俺がバカだったのか~?・・」

って言うと、アンちゃんは、クスクス笑って、
「そう言わないいでくれよ?大丈夫だって、いつかするからさ?だからそんながっかりしないで、ねヒデさん?」って笑って見せた、
でもヒデさんはかなりショックだったようで返事もせずそっぽ向いて、しばらく口も聞いてはくれなかった。



それから二日後、うちはお父さんに会いに出た、ヒデさんは一緒に行こうって言ってくれたけど、でも無理を言って独り出てきた・・、

そしてお父さんの部屋の扉を叩いて中へと入った、「お父さん?カナです、忙しいのにごめんなさい・・」

って言うと、お父さんは、
「おお、カナ?よく来たねえ、どうしたんだい?カナ、独りで来たのか?ヒデさんは・・」って聞いた、

「今日は、お父さんとお話がしたくて、独りで来たんです・・」って言うとお父さんは少し戸惑っているように見えた、

「そうか、でも来てくれて嬉しいよ、さっ、かけなさい・・」って言われて腰を下ろすと「カナ?あれからヒデさんとは・・」
って言って言葉を詰まらせてた・・、

「ごめんなさい心配かけて、ヒデさんとは話し合って、あたしは・・・、でもその前にあの、あたしの・・・」
ってその先がどうしても言葉にするのが怖くて戸惑ってたら、

お父さんは、
「ヒデさんから聞いたんだね?手術の事・・」って言って黙ってしまった、

「はい、聞きました・・・、お父さん?あの、もし受けずにいたらあたしは長く持たないのかなって、教えてほしいんです、どっちの
選択をしたらいいのか、このまま何もせずにいてもあたしは大丈夫なのか、お父さん?教えてお願い・・」

って言うとお父さんは
「・・カナ、その選択は・・・五分五分だ、お前の病気は、他にも重なってしまっているようなんだ・・・」
そう言って手を握り締めた・・、
お父さんの言った言葉にうちの生きていられる確率なんて望みが無いようにも聞こえて、どう理解していいのか頭の中が真っ白で、
何も考えられなかった、ただ、受けなくても、受けても確率は同じだってことだけ、理解できたように思う、

「ありがとう、あたし、自分がほんとにどうしたらいいかよく考えてみます、その応えが出たら、その時またお父さんに会いに来ます
ごめんなさいこんな娘で、いつも心配ばかりかけて、でもあたしは、お父さんに会えて幸せだって思ってます、ありがとお父さん・・」
って想いを口にしたら涙が溢れた、

するとお父さんがうちの隣に腰を下ろしてうちの手を握り締めた・・・、
「カナ?それは私も同じだよ、お前に会えて本当に好かったと思ってる、お前が私の事で気に病む事は無い、私は嬉しいんだよカナ?
私は五分五分だと言ったが、それは手つかずでいるよりは少ない可能性でも受けた方がいい事もあるんだよ、その為に私はお前に
話したんだ、だからけして諦めたりしないでおくれ?いいね、カナ?・・」って、涙ぐんでた、

「ありがと、でもあたしにはお父さんがついてるものね?それにヒデさんが居るから、大丈夫ね?ごめんなさい、それじゃあたしは
これで帰ります、また来ますね?・・」

って立ち上がったらお父さんはうちを抱きしめて、
「カナ・・お前はいい子だよ?私にとって最高の娘だ、何時でもおいでカナ?・・」って、うちの頭を撫でた・・、

うちはまた泣きそうになるのを必死堪えて「はい・・」それだけしか言えなかったけど、それでも笑顔を作って部屋を出た・・。


帰りの道を歩きながら、ふとあの樹を思い出したら少し寄り道したくなって、うちは樹の幹に腰を下ろした・・。
優しい風が樹の葉を揺らして空を見上げたら青空に綿菓子のような雲が気持ち好さそうに浮かんでた・・、

まだ頭の中は真っ白で、自分のこれからをどうしたらいいかなんて分からない、お父さんの言ってた事、何度も思い反しながら考えた
でも、考えが追いつかないままで、情けないって思いながら、でも何処か人ごとのように思えてしまう自分が、何処か可笑しく思えて、
そしたら笑みが零れてた・・・。

そんな時、前から歩いて来る人にちょっと驚いた・・・、「ヒデさん、どうして此処に?店は・・」

って聞くとヒデさんは、
「ああ、靖が迎えに行ってこいだってさ、此処は靖が教えてくれたよ、亜紀が寄るだろうからってな、あいつ変に気い遣うから・・・、
亜紀?お父さんには会えたのか?」って聞きながらうちの隣に腰を下ろした、

「うん・・」って言ってからなんて応えていいのか戸惑ってしまったらヒデさんは「そっか・・・」そう言ったきり何も言わなくなって、
何処かぎこちないまま二人空、仰いでた、

するとヒデさんは、
「それじゃ、そろそろ帰ろうか?靖も心配してるからさ?そうしよう、な亜紀?・・」って言うと立ち上がってうちに手を伸ばした、
その手をうちが握ったら、ヒデさんは引き起こしてくれて、帰り道を交す言葉もないまま店に帰りついた・・。

店に入るとヒデさんは、
「今帰ったよ?ありがとな靖?・・亜紀、少し休みなよ疲れたろ?」って言われて、「ああ、ありがと・・」

って言ってたらアンちゃんが、
「ああ、亜紀ちゃんお帰り?お父さんには会えたの?」って同じ事聞かれて「うん・・」ってちょっとそっけない返事をしてしまって、
気にしなきゃいいなって思いながら居間に入りかけたら、

アンちゃんに、
「亜紀ちゃん?ヒデさんとは話し出来た?」って聞かれて「まだ、でも後で話しするから、ね?ごめん心配させちゃって・・」

って言うとアンちゃんは、
「そっか分かった、それじゃ、ゆっくり休みな、ね?」って言うとうちの肩を軽く叩いて店へと戻って行った・・。


うちは居間に腰を下ろして、壁に寄りかけて膝に顔を埋めた、でもいつの間にか眠ってしまって、目が覚めた時にはもう、ふたりは
腰を下ろしてた、

するとヒデさんが、
「亜紀?まだ寝てていいんだよ?あっお腹空いてないか?」って聞かれて「あ、あまり食欲ないから、あたしはいい、ありがと?」

って言ったらヒデさん、「そっか、でも後で食べれそうなら言ってくれ、な?」って笑顔を見せた、

でもその笑顔が何処かぎこちなく思えて、
「ヒデさん?今日は無理言ってごめんね?でも行けた事好かったって思ってる、だからありがと?お父さんと話し出来たから・・」
その後の言葉がどう話していいのか、うちは迷ってた、

するとアンちゃんが、
「亜紀ちゃん?何話したのか好かったら教えてくれないかな?頼むよ、ね?・・」って言われて、ついうちはヒデさんの顔を見た、

そしたらヒデさんは、
「俺も知りたい、聞かせてくれないかな?・・」って言うとうつむいてしまった、

分かっててもそんなヒデさん見るのは、やっぱり辛くて、でも言わなきゃもっと辛くなる気がして・・・、
「あたし、このまま手術受けなくても大丈夫なのかって聞いたの、そしたらお父さんは五分五分だって・・、でも少ない可能性でも受けた
方がいい事もあるって、そう言ってた・・・」

自分のこと話してる筈なのに何処か人ごとのようでうちは感情がもてなかった、だから涙も出て来ない、如何してって自問してたら、

その時アンちゃんが、
「亜紀ちゃん?亜紀ちゃんの気持ちはもう決ったの?手術のこと・・」って聞いた、

「それは・・・そんなこと・・・、分からない、そんな簡単に・・・、そんな簡単になんて、決める事、あたし・・・」
そう言ってる自分の言葉に、嫌覆うなく現実が今になって自分の事だって理解できた・・・、そしたら涙が溢れて・・・、
手に落ちた涙に、うちは辛さも不安も、恐怖に思えてきたら震えが止まらなくて、怖くて思わず顔を覆ってた・・・、

するとアンちゃんが、
「ごめん亜紀ちゃん?・・・ごめん?・・」って謝ったらヒデさんが「亜紀?いいよ、そんな急がなくて、な亜紀?いいんだよ・・・・」
ってうちの肩を抱いた、

でもその時、気分が悪くなってうちは洗面所に掛けこんだ・・・、
何とか少し治まりかけた時、不意に自分の顔を鏡に映してみた、情けない顔、なんて顔してるの・・・、そんな自分にまた涙が溢れだして、
その場に坐り込んでしまったら止まらない涙にうちは泣きだしてた・・。

その時、そんなうちの背中をヒデさんに抱きしめられて、うちは何も言えないまま泣き崩れてた・・・。


あと一周間もすれば、もううちのお腹の子は四週目に入る・・・、その為にうちは踏ん切りをつけなきゃいけない限界に迫られて・・・、
うちは病院へと入ってしまったら、子種は容赦なく取り除かれて、うちはなんの苦しみも痛みも感じる事もないまま、終わってた・・・、
そしたら空っぽになったお腹と一緒に心の中のあちこちが穴ぼこだらけになったみたいできりきり痛み出したら、うちはまた泣いてた・・。



そして二日が過ぎた夕暮れ・・・、
店の方から聞こえてくる賑やかな声に、うちは店へと降りて覗いてみたら、景子さんがヒデさんに絡んでるのが見えた・・・、
ヒデさんは、
「景?お前かなり飲んで来たみたいだけど、何か有ったのか?」って聞いた、

すると恵子さんは、
「あったわよ?有り過ぎよ?ねえヒデ~?またデートしようよう?あたしいいとこ知ってるのよ?ねえヒデちゃん!」
って絡んでた。

なぜか見たくなくて覗くのをやめて居間に坐り込んだ、もう考える事も煩わしく思えた、ヒデさんの周りには女の人ばかりで、
心がその度に揺れてる自分が、何処か惨めに思えて、うちは聞こえてくる声に耳を塞いだ・・。

そんな時アンちゃんが、居間に入って来て、
「あれ亜紀ちゃん?どうしたの?まだ休んでなきゃさ、部屋に戻ろう、ね?そうしよう・・」って言うとうちの手を引いた、

言われるまま部屋に戻ってきたら、アンちゃんが、
「亜紀ちゃん?聞いてたのか?気になる?けどヒデさんなら大丈夫だよ?あんまり考えすぎるなよ、な?それより何か食べようか?
俺、なんか持って来てやるよ、なにがいい?それとも飲むものがいいかな?・・」って言った、でも、

「もういいの、ごめんあたしの事はほっといていいから?独りにしてほしいの、お願い、ごめんね?・・」
って言ったらアンちゃんは、なにも言わずに店へと降りて行った・・(アンちゃん、ごめん、・・)・・。



それからひと月が過ぎた頃に、うちは店に出させて貰うようになった、
時々お客さんの見せてくれる笑顔が、何気ない優しい言葉が、うちを笑顔にさせてくれる、だからうちは忘れた、失った辛さも、
見えない先に怯えてた事も、時折頭の中を掠める事もあったけど、それでも今が幸せと感じられたらそれでいいように思えた、
だから今はこれでいいんだって自分に言い聞かせた・・・。

そんな中、景子さんは飲んできた帰りに、独りでよく店に顔を見せるようになって、店を閉める頃まで帰る事をしなくなった・・・、
そんな彼女の笑い声が、はしゃいでる姿が、何処かうちには煩わしく思えて、それが次第に苦痛でしかなくなってしまったら、うちは
居間へと逃げ込むようになった・・、
彼女が帰るまでの時間を居間に腰を下ろして膝の上で腕組みしながら遣り過ごす事が、うちには当たり前になった・・。


そんな今日もうちは居間に坐り込んでた、その時、まだ店を閉める時間でもないのに、何故かヒデさんが居間に来て腰を下ろした、
でもうちは、ヒデさんに何も聞けなくて、黙ったまま膝の上に顔を埋めてたら、ヒデさんが、「亜紀?調子悪いのか?」って聞いた、

なんて言っていいか返す言葉に戸惑ってしまったら、ヒデさんは、
「今日はこれで店閉めるからさ?亜紀、疲れたろう?部屋へ戻って休みなよ、後はかたずけだけだし靖とで大丈夫だからさ、な亜紀?」
って言うと、また店に戻ってしまった、

その時になって気づいた、景子さんが帰ってたこと・・、うちは言われるままに部屋へ戻って窓際に坐り込んだ、
外から吹いてくる風が気持ち良くて、窓枠に腕枕してもたれかけたら、いつしかうちはうとうとしだして何時の間にか瞼が落ちてた・・、

その時不意に目を開けたら、目の前に慎兄ちゃんがうちの顔を覗き込んで「カナ?身体をいたわりなさい、このままじゃお前が・・・」
って言いかけて消えた・・・。

気づくとヒデさんが傍でうちの髪を撫でながら、
「亜紀?此処に居たら風邪ひくぞ?もう寝た方がいい床に入ろう、な?」って言った、

でもうちはお兄ちゃんの姿を探した・・、確かに居た、そして聞こえたお兄ちゃんの声、「ねえお兄ちゃんは?今そこに居たでしょう?」

って聞いたら、ヒデさんは困ったような顔して、
「亜紀?お兄ちゃんって誰の事だ?」って聞かれて、「えっ慎兄ちゃん?・・」って言ってから、自分でも自分の言葉に驚いた・・・、

するとヒデさんが、
「亜紀?夢でも見たんじゃないのか?此処に居る訳ないし、もう居ないだろ?・・」って言って苦笑いしてた・・、

返す言葉も無くて、空に眼を向けたら、ヒデさんは、
「なあ亜紀?亜紀は無理してないか?たまに店から居なくなるだろう?それって俺も一度見かけて分かった事なんだけどさ?つい
店の忙しさに、俺も声もかけてやれなかったけど、でも店に居る時の亜紀は楽しそうに見えたから、俺、何も言えずに来たんだよ、でも
辛いんだろう?どうしてそんな無理するんだ?近頃の亜紀見てるとなんか違うんだよ・・・、なあ話してくれないかな?な亜紀?」

「あたし無理なんてしてないよ?店に居ると楽しいし、店に出てお客さんの笑顔見てるのが嬉しいの、だからあたしは無理なんて
してない、だから心配しなくても大丈夫よ?ありがと・・」

って言ったらヒデさんは、
「そうか、それじゃ、景子の事は?あいつ最近、よく顔出すようになったよな~?亜紀はあいつが来た時は・・・、なあ亜紀?・・」
って切り出したその名前をうちは聞きたくなかった、だから無意識にヒデさんの口元を押さえてた、聞きたくない・・・、

「もういい?その先は聞きたくない、お願い、聞かないで、言わないで、あの人はヒデさんの事好きで来てくれているんでしょう?
あたしの事は、気にしなくても大丈夫よ、だから、もう聞きたくない、言わないで!・・」って咄嗟に出てしまった手をひっこめて、
目を逸らした、

そしたらヒデさんは、
「亜紀?どうしたんだよ?なんでそんな事言うんだ?俺はなにもやましい事してないぞ?なあ亜紀?・・」

「ごめんね?でもヒデさんの事疑ってなんてないから、そんなんじゃないの、だから気にしなくて大丈夫よ?もうこの話は辞めよう?
もう寝よう、ね?」って立ち上がったら、鼓動が速くなってまた坐り込んだ・・、

その時ヒデさんに「亜紀?」って声掛けられて、「・・ああ、あっ大丈夫?・・・」って言いながらも、動けなかった・・、
夢なのか分からない、でもお兄ちゃんが言ったあの言葉が、急にうちを不安にさせて、耳元まで聞こえてくる自分の鼓動はなぜか酷くて
治まるまでを窓に寄りかかって待った、そしたらヒデさんはうちの隣に腰を下ろして、うちの肩を抱いた・・。

「ありがと、でも大丈夫、あたしはヒデさん信じてるから、だからヒデさんが心配するような事何も無いの!ただ見たくないだけ、
今は何も考えたくないだけだから、ただそれだけよ、ごめんなさい・・」

って言ったらヒデさんは
「そっか分かったよ、けどそれってさぁ、なあ?亜紀は俺にやきもちやいてくれてるのかな?だとしたら俺は嬉しいな?」
って言いながら、なんかニコニコしてた、

何を言い出すのかうちには理解できなくて、
「ヒデさん?どうしてそういう事になっちゃうの?そんなんじゃないから?変に気をまわさないでよ!」

って言うと、ヒデさんは、
「そうなのか~?俺は嬉しいのにな~?けど嘘でもいいからさ?そうだって言ってくんないかな?ね亜紀?」って笑顔になってた、

普段のヒデさんとは何処か違う、あどけないような顔がなんだか嬉しいようで、何処か可笑しくて、つい噴き出してしまったら、
「なに笑ってるんだよ~、コラ亜紀?笑うな~?ほんとのとこ教えろよ?なあ亜紀?!」って抱きつかれた・・、

「だからそんなこと?自分で分かる訳無いでしょう?分かっててもそんな事・・、あっもう分かんないの~!」

って言ったら、ヒデさんが笑い出して、
「そっか、嬉しいよ、ありがと亜紀?」って、また抱きつかれた(えっどうして喜ぶの?)って訳がわからないけど、でも、
それでも満面な笑顔で抱きついてきたヒデさんに、何も言えなくなったら、何時の間にかうちも笑みが零れてた・・。



翌朝、まだ店も開けない時間から店の扉を叩く音が聞こえてきて、ヒデさんと二人飛び起きた、

その時アンちゃんが、部屋の向こうから、
「ヒデさん、俺が出るからいいよ?・・」って声をかけてきた、

でもヒデさんは、
「亜紀は、此処に居ろよ、な?ちょっと行って来るからさ・・」

そう言って店へ駆け降りて行った、そう言われて戸惑った、でも気になって、様子だけでもってうちは居間へ降りて覗いて見た、

すると入口に見えたのは、勇次君・・・、
「あの~昨日、景ちゃん此処に来ましたよねえ?」って聞いた、

するとヒデさんは「ああ、来たけど、それがどうかしたのか?景に何か有ったのか?」

って聞くと勇次君は「えっ?あっあの、昨夜から帰ってないんです・・」って言った、

するとヒデさんは、
「ああ、昨夜も飲んでたみたいだったからなぁ?もしかしたらどっかで休んで帰って来るんじゃないのか?一晩ぐらいじゃな、
そろそろ帰って来るんじゃないか?もう少し待ってみたら?それでも帰って来ないようなら教えてくれよ、な?あんまり騒いでも
本人が帰ってきたら、景の事だ、大目玉だぞ?・・」

って言われた勇次君は、
「あっそれもそうですね?すみません、こんな朝早くからお騒がせして、帰って少し待ってみます、ほんとすみませんでした・・」
そう言って頭を下げて帰って行った・・、


すると、彼の帰る後ろ姿を見ながらヒデさんが、

「あいつ景に惚れてたみたいだから、まっ気になっても仕方ないけど・・、けどこんな朝早くは簡便だよなぁ?」って苦笑いしてた・・、

するとアンちゃんが、「えっ、それってどういうこと・・・」

って聞くとヒデさんは、
「ああ、あいつ、景にあっさり振られたみたいなんだ?景の奴が、笑って話してたからさ?けどあいつは本気みたいなんだけどな・・、
あいつの方が歳が若いのも有ってか、景はどうしてもその気にはなれないらしいんだ、まっ色々だって事だな?」
って言ったら、アンちゃんは、その後、なにも聞かなくなった・・。

それから、お昼にさしかかった頃に、景子さんが顔を見せた、それも三人が揃って・・・、
すると景子さんが、
「こんにちわ、ヒデ?色々世話になったけど、そろそろこの街から退散する事になったのよ?それで今日は、挨拶とお礼を兼ねてね?
亜紀さん?色々厄介掛けちゃったけどありがとね?楽しかったわ、靖君?色々世話になっちゃったわね?ありがと!
ヒデ?また会う機会があったら、今度はみんなで飲みにでも行きましょう?それじゃヒデ?みんな元気でね?じゃ~ね・・」
って独り喋り終えると、一方通行なまま、手を振って行ってしまった、

ヒデさんは「ああ、元気でな!」って、ただそれだけ・・・・。


忙しなく過ぎてく一日は、呆気なくも感じて、うちは店の入り口で空を見上げた・・、
そんな時、不意にヒデさんが「亜紀?そろそろ店閉めるよ?」って声を掛けられて慌てて店の中へ戻った、

その時、店にお客が入って来て、見るとサチが店の入り口から、
「こんばんわ?遅くにすみません!」って、大きな袋を抱えながら入って来た・・・、

「サチ?いらっしゃい?・・」って言うとサチは、「カナ?久しぶり?また来ちゃった?いいかな?」って苦笑いしてた、

「何言ってるのよ?あたし、すっごく嬉しいんだからそんなこと言わないで~?」って言ったらもう涙が止まらなくなってた、

するとサチは、
「カナ?ありがと!来て好かった?もう~泣かないでよ~私まで泣いちゃうじゃない・・」って言いながら、目を真っ赤にして笑った・・、

その時、アンちゃんが出てきて、
「よう?サチ、いらっしゃい!よく来たね?あれ?ねえ旦那は?・・」って聞くと、入口の方を覗いてた・・・、

するとサチが、
「ほんとは一緒にって言ったんだけどね?せっかく久しぶりに会うんだから、自分が居ない方が募る話しも出来るだろうって、だから
私独りなの?久しぶりねアンちゃん?ああ、ヒデさん?久しぶりです?・・」って声をあげた、

するとヒデさんは、
「お~久しぶり?よく来たなぁ?いいから、そこに居ないでさ?中入んなよ、な?」って言った・・。


どれだけ遠回りして来たか分からない、それでも繋いできた手も想いもいつまでも変わらないでいられると信じられる、あの時
ふたりでずっと友達だよって繋いだ手は、今もこれからも変わらずに繋いでいけると信じられる、だからもう寄り道なんかしない、
ずっと繋いでいたい、それだけでいいって今はそう思える・・。

居間にみんなが揃ったら、みんなの顔に笑顔が溢れた、サチは居間に腰を下ろすと、
「うわ~久しぶりねえ此処、でも気の所為かな、ねえカナ?少し痩せた?何だか会うたび痩せてきてるように思うんだけど、ねえ
ヒデさん?そうでしょう?」って聞いた、でもその言葉に誰も応えなかった・・・、

「サチ?気の所為だよ、あたしちっとも変わんないよ?そんなことはどうでもいいでしょ?ねえそれよりどう?新婚生活の方は
どう?サチ、アトリエもまだ、続けてるんでしょ?大変じゃないの?」

って聞いたら、
「そんなこと無いよ、だって私の趣味の店だから、暇な時に書いたりするだけだし、それを言うならカナの方が大変でしょ?
店のことは私の趣味とは違うんだから~あっそう言えばカナ、身体の方はもういいの?ヒデさん?あれから・・・」
って聞きながら、サチは言葉を詰まらせてた、

するとヒデさんは、
「亜紀?話した方がいいんじゃないのか?俺はその方がいいと思うけど、な~靖?・・」って、聞いた、(どうして、そんな事・・)
でもアンちゃんは考え込んでた、

そしたらサチが、
「何、何か有るの?なに話して、ねえアンちゃん?カナ?」って聞いた、「あのねサチ?そんな大した事じゃ・・」

って言いかけたらアンちゃんが、
「亜紀ちゃん?どうしてそんな大した事ないって言えるんだよ・・・」って言うとつむいてた、

その言葉にうちは何も言えなくなった・・、するとヒデさんは、
「亜紀、ごめんな?亜紀が言いたくないのは分かってたんだ、でもさ?もうそういう関係は続けてほしくないんだ・・、友達だろ?
俺はそう思ってるよ?後で知るのってやっぱり亜紀も嫌だったろ?だからさ?もういいよな?話しても・・」

ヒデさんの言う事に返す言葉なんてない、ただ知られるのが怖かった、まだ自分でも信じたくない気持が何処かに残ってる・・・、
何も話さなければもしかして現実じゃない気がして楽になれた、でもそれは、逃げたいだけかもしれない、信じたくないだけ・・・。

するとアンちゃんが、
「亜紀ちゃん?亜紀ちゃんが話しずらいなら俺から話すけど、いい?」

って、うちの顔を覗き込んだ・・、
「えっあっそれは駄目、これはあたしの事だから、あたしが話すよ・・」

そう自分に納得したら涙が零れた、でも・・、
「サチ?あたしね?身体可笑しくなっちゃってさ?治るか分かんないんだって、それで・・」って言ってたら、全てが頭の中で
渦を巻いて駆け廻った、そしたらもう涙が溢れてうちは言葉にならかった、するとヒデさんが、その先を話し始めて・・・、

話しが言い終わるとサチは何も言わずにうつむいて、何時の間にか誰もが言葉を失ったかのように黙り込んだ・・・。
こんなあたしの所為でって息がつまりそうで、うちは涙を拭いた、もううつむいてたくない、こうしてみんなが居るのに・・・、

「サチ?驚かせちゃったよねごめんね?でもあたしは大丈夫よ、先は分かんないけどあたしにはみんなが居るから、だから今は
うつむいていたくないなって思ってる、こんなんで後悔したくないってそう思えるようになったから・・・、今まで逃げてばっかりで、
みんなの足引っ張ってきたでしょ?だからきっとこれはあたしの罰だって思う、だからね?もううつむきたくない、ずっとみんなと
居たい・・、だからさ?そんな顔しないで?やっとまたこうしてみんなで会えたんだし、だからこんな事で暗くなんないでほしいの、
あたしは大丈夫だからさ、ね?」

うちは泣きたくなるのを必死に堪えた、うつむかないようにって笑顔を作った、これがうちのサチへの精一杯の想いだから・・。

そしたらサチは眼にいっぱい涙をためて、
「カナは、やっぱりカナだよね?昔っから変わってない、そういうとこ?・・・、まったく敵わないよね、カナにはさ!」って笑った、

するとヒデさんが、「そうだな・・」って言って笑った、

うちには訳の分からない納得の仕方に、全然嬉しくなれなくて、
「ねえ?それって悪いけどあたしには全然嬉しくないんだけど?なんかあたしが強人のように聞こえるじゃない?辞めてよね~?」
って言ったらみんなが顔を見合せると笑い出した。


少しづつみんなの気持ちが解れだした頃、サチが思い出したように、
「あ~そうだ、これ・・、ああ、ちょっと重かったのよね?これ一つはアンちゃんね?もう一つは、はい、これはカナとヒデさんによ?
気に入って貰えたらいいんだけど、私からのお返しの贈り物、受取ってくれると嬉しいな?・・」

って渡されたのは、サチが来た時もってた大きな袋の中身で、サチが画いてくれた、みんなの似顔絵・・・、アンちゃんには
うちとサチとアンちゃんの三人が山にいる絵・・・、同じ山を背景に描かれた絵は、みんなが笑顔で、大木にもたれかけてみんなの顔は、
凄く穏やかで、生き生きしてる・・・。

「サチありがとう、凄く嬉しいよ、もうこれで寂しくないね?ありがと!」って言ったらヒデさんが「亜紀?誰が寂しくないんだ?」

って不意に聞かれて、ちょっと焦った・・、
「それは、あたしに決ってるでしょう?どうしてそんなこと聞くの?」

って言ったら、ヒデさん、
「それならいいんだ、悪い気にしなくていよ?あっさっちゃん、ありがとな?それじゃさっそく部屋に掛けて来るかな・・」
そう言うとヒデさんは絵を抱えて部屋へと行ってしまった。


するとサチが、
「カナ?ヒデさん、ほんとカナの事好きなんだね?此処に居させて貰ってた時から感じてたよ?何時だってカナの事だけだってさ・・・、
今だから言えることだけどねカナ?私の本音を言うとね?少し好きになってた・・・ヒデさんの事、ごめんね?こんなこと聞いてカナ、
私嫌いになっちゃうかもね、でも、ヒデさんはずっとカナだけだよ?それは間違いないから、私は・・・、ごめんね?
今さらって思われても仕方ないよね、でもカナが私に教えてくれたから大切なこと、だからカナに嫌われても正直に話そうって
思ったの、ほんとにごめんね?カナに、もう嫌われたね私・・・、ごめんね・・」
って言って泣き出した・・、

「サチ?ありがと、でもあたしは嫌いになんてなれないよ、嫌いになれるんならこんなに苦しんでなかったって思うから、かえって
あたしの方がサチに嫌われたかなってずっと苦しかったの、それにね?こんな事で壊したくないって思ってた・・・、
あの時はほんと言うと自分の気持ちが何処向いてるのかも分かってなくて、ただヒデさんの笑顔が消えないでいてくれるならそれで
いいって思ってたの・・・、
サチが居たらヒデさんいつでも笑顔見せてくれたから・・・、サチ?あたしはサチの事大好きよ?それはこんな事で壊れたりしないって
今でもそう思ってる、そう信じてた・・・、ねえサチ?そうだよね?あたしはいつもの二人に戻りたいの、駄目?」
って聞いたらサチがいきなり抱きついた、

そしたらサチはまた泣きだして、うちは今まで堪えてた涙が溢れたら、うちも一緒になって泣いてた・・、
その時、何時の間にか部屋から戻ってたヒデさんは、階段下の柱に腰を下ろしてうつむいてるのが見えた・・。(聞いてたんだ・・)

そんな時、ずっと黙ったままだったアンちゃんが、
「もう終わった事だよ、それにこうして集まったのは皆友達だからだろ?あっそうだ、ね?どっか行かない?友達のやり直しっての
どうかな?サチ、カナ?・・・、ああっ居たっ?ヒデさん、ねえどう?行かない?」
って言うとみんなの顔見まわしてた、


「ねえ、ヒデさん?サチ?あたしはいいって思うんだけど、どうかな?」って聞いてみた、

するとヒデさんは、
「ああ、そうだな、いいんじゃないか?俺は構わないよ、けどさっちゃん、行けるか?」って聞いた、

するとサチは、
「カナ?わたし行っていいの?許してくれるの私の事?また昔のように友だちでいてくれる?・・」ってうちの手を握ってた・・、

「何言ってるのよ、嫌だサチ、それあたしが聞いてたのよ?それじゃ、行ってくれるのよね?ああ好かった?サチ、大好き・・!」
って思わずサチに抱きついてしまったら、

ヒデさんが、
「おい亜紀?そういうことは俺にだって・・・、ああ、まあいいけどさ、それじゃ決ったのか?おいどうした?何か変な事言ったか俺?
おい、なに笑ってるんだよ?」っていいながらも、アンちゃんの笑いに戸惑ってた・・、

するとアンちゃんが、
「もうヒデさんってほんと子供みたいだよね?まあそこが憎めないとこだけど、ほんと楽しいよ、亜紀ちゃん?たまにはして遣んなよ?
そうじゃなきゃその内ヒデさん泣いちゃうかもしれないからさ?」
って言いながらまたクスクス笑い出してた・・、

するとヒデさんは、
「おいコラ?何言いだすんだよお前は?人をガキ扱いすんじゃないよまったく、まあいいや、それで?行先は決めたか?」
そう言って頭を掻いてた、

するとサチが、
「山はどうかな?無理?カナ・・、」って聞かれて、うちは返事に戸惑ってたら、

そしたらヒデさんが、
「亜紀?大丈夫だよ俺がついてる、それにもうみんな、分かってる事だし、な?なんたって頼もしい仲間が居るだろ?こういう時は
仲間を頼ってもいいと思うよ俺は?なあ?・・」って言ったら、サチもアンちゃんも、二つ返事で、納得してた・・。


そして辿りつた故郷の町、空は少し雲が広がってあまり晴れ間は見えないけど、それでも隣を歩くサチを見たらなんだか嬉しくて
うちはサチの手を握ったら、サチもうちの手を握り返して笑顔を見せた・・。


それから山道を登りだして、あの目印にした木に辿りついた、するとサチが、
「此処~懐かしい~カナ覚えてる?なんだか思い出すね?あの時の事・・・」って言いながら、笑みを浮かべてた、

「サチ、覚えてたんだ?ほんと懐かしいよね?ねえサチ、行こう?」って言うと「うん・・行こう・・」って言うと今度はサチが、
うちの手を握り締めた。

そして登りだした山の奥、何とか見えてきた大木にうちは思わずかけだして、大木に触れて頂上を見上げて見た・・・、
変わらないままの樹の感触に、自分の姿を重ねたら涙が零れた、でもそんな時また息苦しくなって樹の幹に坐りこんで眼を閉じた、
そしたら何時の間にか眠ってた、

ふと目を開けると、お兄ちゃんがうちの顔を覗き込んで、
「カナ、此処に居ちゃ駄目だ、帰りなさい、分かったね?帰るんだよカナ、もっと身体を大事にしなさい・・」
って繰り返した、

でもうちには訳が分からなくて、
「お兄ちゃん、それどういう意味?どうして居ちゃ駄目なの?ねえお兄ちゃん?」

って聞いてみた、でもお兄ちゃんにはうちの声は聞こえてないのか、ただ笑ってうちの髪を撫でてた・・・、
そんなお兄ちゃんの手をうちは掴んだ・・・、そのはずだった・・・、でもお兄ちゃんの手は空気を掴むようにすり抜けて、
うちは自分の手と手を握り合わせてた「お兄ちゃん?・・・」・・・。
するとお兄ちゃんは笑顔を見せてうちの前から消えた・・・、うちは慌てて起き上がろうとした時、目が覚めた(今のは夢?・・・)

すると、サチが
「カナ?ああ、好かった、大丈夫、起きれそう?」って言われて、うちは起き上がろうとしたけど力が入らなくて、
「あっサチ?ああごめん、ちょっとまだ起きれないかも、ごめん・・」

って言ったら、その時ヒデさんが、
「亜紀?俺に掴まれよ、な?」ってうちの手を掴んで肩に担ぐと、うちを樹の幹に坐らせてくれた、

するとアンちゃんが、
「亜紀ちゃん?お腹空いてない?俺お腹空いて来ちゃったんだけどさ?どう此処で、そろそろ飯にしない?」って笑顔になった

アンちゃんの空腹にサチもヒデさんも納得してるのか、反論もせずに、この場所で食事をする事が決った・・。

アンちゃんの食欲は、いつもながら驚かされて、そんなアンちゃんにサチが苦笑いしながら、
「アンちゃん、相変わらずよく食べるよね~?私感心しちゃうよ!処でさ~?アンちゃん彼女は居ないの?」って聞いた、

アンちゃんは、
「ああ、居るって言えば居るし、居ないって言えば居ないかな?けど俺は別にいいよ、今はその気ないからさ・・」って言った、

するとサチが、
「なんか曖昧だね?それって居るけどその気がないってことなの?」って言ったら、「まあそんなとこかな・・」だって・・・、

アンちゃんのその気の無さにヒデさんが、
「お前のその気になるのは、いつの話しだよ、まったく~、ほんと爺ちゃんになっちまうぞ~?」

って言ったらアンちゃん、ちょっとムキニなって、
「ヒデさん?だからそれは無いって言ってるだろう?もう俺のことはいいんだよ~、その気になったら言うからさ!・・」
そう言ってまた食べ始めてた、
そんなアンちゃんにサチもヒデさんも、呆れたように顔を見合せると、噴き出して笑った・・。


その後、空腹が満たされたアンちゃんが、
「ねえサチ?また競争しないか?サチとはもう気軽には登る事出来ないからさ、どう?」

って聞かれたサチは、
「そうね?中々それもできないか、そうだね、登ろうっか?それじゃ行こうアンちゃん?」

そう言って二人立ち上がるうと、サチが、
「カナ?ちょっと登って来るね?それじゃ、行こうアンちゃん?・・」

って言うと、アンちゃんは、
「ああ、亜紀ちゃん、ちょっと行って来るね?サチになら負けないからさ・・!」ってサチを横目に苦笑いしながら駆けだして行った・・。

こうしていると、昔と何も変わらないって思う、あの頃はうちの方がいつも、アンちゃんに声をかけて登ってたように思う、
サチは綾が何時でも隣に居たから、それでも声をかければ何時だってサチは、「いいよ行こう」って言ってくれてた、

それでも、うちと競い合うのは、いつでもアンちゃんとだったように思う、それに比べたらサチとは、競い合うって言うより一緒に登って
頂上でお喋りする事が多かったかも・・・・、でもそんな二人ともいつの間にか一緒に登る事随分と減ってしまったように思えた・・・。


ヒデさんと二人だけになった樹の下で、ヒデさんは樹の幹に寄りかかって空を仰いでた、その視線の先をうちも眼で追ってみたら、
樹の合間から零れる日差しが少し眩しくて、うちは目を細めて見た、

するとお兄ちゃんの顔が浮かんで見えて、つい「お兄ちゃん?」って声にしたら、ヒデさんに「亜紀、お兄ちゃんってまた見えたのか?・・」

って聞かれて、
「ああ、うん、眠ってた時も、あたしに帰りなさいって繰り返して、此処に居ちゃ駄目だって・・・、ねえヒデさん?どういう意味なのか分かる?
あたしよく分からなくて、此処に何かあるのかな、ちょっと気になっちゃうよね?・・」

って、ため息ついてたら、ヒデさんが、
「そうだな?意味までは俺も分かんないけど、けどお兄さんは、亜紀の事気にしてくれてるのかもな?あの空の上からさ、亜紀?少しは
動けそうか?無理させたかなって俺はちょっと後悔してるんだ、軽く行こうなんて言ってさ、もう少し考えるべきだったな?
けど俺は、亜紀の行きたいとこは此処しかないって思ったんだ、ごめんな?もし何なら帰ろうか?」って言った・・、

「ありがとヒデさん?でもヒデさんが行こうって言ってくれなかったらあたし、もう来れなかったかな?ほんとは凄く来たかったの・・・、
でもね?もうそんなお願いはできないって思ってたから、だからあたし嬉しくて、ちょっと興奮しちゃってたみたい、でもその所為で
またみんなに余計な心配掛けちゃって、ごめんね?だからヒデさんが後悔なんて言わないで?そん事言われちゃうと、あたしの方が
後悔ししそうだら、ね?・・・身体の方はもう大丈夫だけどね、でももう少しだけ居させて貰っていい?ちょっとだけお話ししたいから・・・」

ってつい余計な事まで言ってしまって後悔したけどでも遅かったみたいで、ヒデさんが、
「そっか、それは構わないけど、亜紀?話って誰と?」って、やっぱり聞かれた、少し恥ずかしい気もしたけど、
「・・うん・・笑わないでね?大木とよ?此処へ来ると話しかけてるの、返事は返って来ないの分かってるんだけど、でもね・・・」

って言ったら、ヒデさん、
「そっか?それでどんなこと話すんだ?なあ亜紀?俺にも教えてくれよ?」って言われた、

でもいくらヒデさんでもそんな事・・、「ええ?そんなこと、いくらヒデさんでも、それは内緒!」

って言ったら、ヒデさん、余計に知りたがって、
「俺にも言えないってことは、それってもしかしたら俺の事だろう?違った?なあ亜紀、教えてくれよ、なあ?気になるだろ?」

諦めてくれそうにないヒデさんに、なんて誤魔化そうかって思案してたら、その時アンちゃん達が帰って来た・・、
「ああ、お帰りアンちゃん、サチ?どうだった?」

って聞いたら、アンちゃんが
「んん~悔しいけど勝負つかなかったよ?残念だよサチには勝てると思ってたんだけどなあ・・」って言いながら頭掻いてた、

するとサチが、
「アンちゃん?私なら勝てるってそれどういう意味よ?それってちょっと、酷くない?・・」ってすねた、

その時ヒデさんが、
「まあ、いいじゃないか?引き分けだったならさ、な?」・・・・・。
そんな三人が盛り上がって話してるのを横目にうちは大木に両手で触れて眼を閉じた、

風の音が小枝の葉を揺らしてざわめきが聞こえてきた、また来れた、でももうこれで来る事もないかもしれない、でもいつもうちの中に
あるから忘れない、今日はお別れに来たの、今までありがと、これでさようならするね、でもずっと忘れないから・・・、
そしたら涙が零れえて目を開けた、泣くのは寂しいから悲しいから大好きだから、でもずっと一緒、これで来れないって思うのは、
何処か諦めてるからなのかもしれない・・・、そう思いながら不意に木の頂上を見上げて見たら、

その時陽の光が薄れて見えなくなった、
「ねえ?もう山を降りた方がいいかも、雨が降りだしちゃうかもしれないよ?・・」って言ったら一番に驚いたのはヒデさんだった・・、

その時アンちゃんが、
「ああそう言えばいつになく雲が多かったような、なあサチ?」って言うとサチが「そう言えばそうね?曇ってたし、でもよく分かるね?」

って言われて、
「えっ?でも誰でも分かる事でしょ?ああ、それより降りた方が・・・」

って言いかけたらヒデさんは「そうだな、帰ろう、ほら、行くぞ?」って声をかけた、

それからのヒデさんは、急ぎ足になって
「亜紀、大丈夫か?おんぶしてやろうか?」って言い出して、「あっいい、いいよ、あたしは大丈夫だから・・」

って言うとアンちゃんが、
「それにしてもヒデさんの雨恐怖症は、かなりのもんだよなぁ?どうしてそうなっちゃったのかヒデさん覚えてるの?」って聞いた、

するとヒデさん、少し考えてたけど、
「んん、まあ、今は降りるのが先だよ、さっさと降りよう・・」って言うとうちの手を握り締めて、急ぎ足になってた・・、

それからなんとか山を降りた入口辺り迄来たら、雨はぽつぽつと降り始めた、
するとヒデさんは、
「とりあえず近くの旅館に行くぞ・・・」そう言うと自分が着てたシャツをうちの頭にかぶせてくれて笑って見せた、
そんなヒデさんに「ありがとう・・」って言ったらヒデさんは「さあ急ごう、なあ?」ってうちの手を握って早足で歩き出した・・。

Ⅱ 三十章~ただいま~

山から降りて、雨宿りで入った旅館に、ほっと溜息を洩らしながら、みんな部屋のテーブルを囲んで腰を下ろした・・・、
部屋のガラス戸越しから見えた雨は、次第に強さを増してしばらくは雨宿りするのかなって、空見上げてため息ついてたら、

そんな時サチが、うちの隣の椅子に腰を下ろして、
「カナなに考えてるの?ねえカナ、子供、下ろしたんだってね?アンちゃんが話してくれたの、今までさ~カナはどんな時でも
諦めたりしなかったよね?私ね?そんなカナが少し羨ましいって思ってたのよ?だから私はいつもそんなカナに励まされてたの、
でもね?今度は私がカナに出来る事をしたいの、だからこれからも今までと変わらないカナでいてほしいって思ってる、ねえカナ?
私達ずっと親友だよね?あの時言えなかったけど私もカナが大好きだから、ね?」
そう言ってくれたサチの目から涙が零れた・・・。

サチの言ってくれた、親友って言葉にうちはどれだけ励みになってきたんだろうって思う、サチが居たから・・・、
「サチ、ありがとう?・・」そう言うのが精いっぱいでうちは、サチの膝で泣いた、

そしたらサチは、
「嫌だカナ、なに泣いてるのよ?私まで泣けちゃうじゃない・・、あっ、あのね、カナ?私の彼、まだ知り合った頃にね?私が画いた
カナの絵、真っ先に気に入ってくれたのよ?でもその時、彼、カナの絵を見て最初に、なんて言ったと思う?
「この絵は、君の空想の絵なのか?」だって?酷いよねえ?だから私、聞いたの「どうしてそう思うの?」って、そしたら彼・・、
「凄く絵になる人だなって思ってね?」って、見入ってたのよ?その後、結婚式でカナに会わせたじゃない?そしたらその後に、
彼ったら「俺も画いてみたかったな~」だって、ちょっと焼けちゃったわよ・・・、あっそうそう、彼も絵を画いてるのよ?
いやあね、結婚したばかりだって言うのに・・・、あっ嫌だ、私余計な事、ごめん、気にしないでね?ねえカナ?」
ってなんだか焦ってた・・、

「気にして無いから平気よ?でもサチ好きなんだね旦那さんの事?いいね同じ趣味持ってるなんて!でも旦那さんがサチの絵を
気に入ってくれたのは、あたしだからじゃ無いって思うよ?それってさ~サチの絵だったから気に入ったんじゃないかな?だって
そうでなきゃサチを選んでないって思うの、きっと旦那さん照れくさかったのかもしれないね?だってサチの好さはあたしの方が
一番よく知ってるもん?だから分かる!な~んてね?・・」

って言ったら何時の間にかヒデさんもアンちゃんも笑い出してた、するとサチが、
「な、なに?二人とも聞いてたの?まっ別にいいけど、ね?・・」って言いながら、サチは顔を赤くしてうつむいてた、

するとヒデさんが、
「ずっと聞こえてたよ?けどさっちゃん?亜紀の言うと通りだって俺も思うよ?なあ靖?」

って言うとアンちゃんは、
「そうだよ!俺も、サチの絵好きだよ、サチが画いてくれたみんなの絵さ?みんなの事よく見てるなってちょっと感動しちゃった
んだ?サチの絵はなんて言うか形じゃなくて、その人の個性を生かしてる絵だって思ったんだ?それってつまりサチの好さが
生きてるって事なんじゃないのかなって思うよ?だから亜紀ちゃんが言うように、旦那さん、そんなサチの絵を見て言ったんじゃ
ないのか?だからサチ選んだんじゃないのかなってさ・・・」
って言いながら頭掻いてた、

そしたらサチは「ああっ、あ、ありがとう・・」って言いながら顔を真っ赤にして笑顔見せてた・・・。


翌朝、昨日降らせた雨はすっかり止んで、空を見上げて見たら、雲の切れ間から青空が広がってるのが見えた・・、
帰り道をみんなと歩きながら、だんだん遠ざかる山を少しだけ振りかえって見上げた山にうちは(さよなら・・)って心に呟いた、
そしたら涙が零れて慌てて拭って前を向くと、ヒデさんが、
「亜紀?今度は登ろうな?俺は諦めないからさ・・」って言った、その言葉には、うちは何も言えなかったけど、笑顔を返した。

そして帰って来た、ヒデさんと暮らす街・・・、それからやっと店に帰り着いたらポストに手紙が差し込んであった、
するとヒデさんが、
「おい、靖、お前のお袋さんからかな?手紙が来てるぞ、ほれ?」って言ってアンちゃんに手渡した、

アンちゃんは、
「ああ、ありがとう・・」って受取ると見もせずにポケットに突っ込んでアンちゃんは、「さて中に入ろうよ、ね、ヒデさん?」
って言うとヒデさんは、ちょっと、間があったけど、「ああそうだな・・」そう言って扉を開けて店の中へと入った、

その後みんなで居間に腰を下ろすとアンちゃんは、ためらいなく手紙を開いて読み始めた・・、

そして読み終えるとアンちゃんは、唐突に笑い出して、手紙をヒデさんに手渡した、
するとヒデさんは少し驚いた顔で「いいのか?」って聞くと、アンちゃん、何も言わずに頷いて見せたら、ヒデさんは読み始めた、

それからしばらくして読み終えたヒデさんが急に
「へえ~、凄いな、でも好かったじゃないか?なあ靖?・・」って二人だけで納得し合ってた、

すると、ずっとふたりのやり取りを息もついてないんじゃないかくらいの勢いで見入ってたサチは、さすがにシビレを切らせて
「ねえ、なんなのよまったく?どうしたかぐらい教えてくれてもいいでしょ?もう~二人だけで~・・」って怒りだしてしまった、

するとヒデさんが、
「ああ~悪いな?靖?いいかな・・」って聞くとアンちゃんは頷いて見せた、

するとヒデさんは、
「靖のお袋さんに子供が出来たそうだよ、早く知らせたくて書いてくれたんだろうな?ただお袋さんは、歳もあるから大変だろう
けどな・・」
って、少し苦笑いしてた、
(アンちゃんのお母さんが赤ちゃん、凄いな~元気な子、産んでほしいな・・)って、そう思えたらうちまで何だか嬉しくて、

「アンちゃん、好かったね?アンちゃん、妹か弟が出来るんだもんねえ?何か楽しみ?おばちゃん、嬉しいだろうなぁ?」
って言ってたらみんなが黙り込んだ、

ちょっと心配になって、
「ねえ、どうしたの?あたし何か悪い事言ったの?アンちゃんごめんね、あたし気がきかなくて・・・」って言ったら、

みんなクスクス笑い出してアンちゃんが、
「亜紀ちゃん?そんなんじゃないよ?俺は凄く嬉しいんだ、これも亜紀ちゃんのお陰だよ、ありがとな亜紀ちゃん?」
って笑顔を見せた、

「ええっ?なに?そんな、あたしは何もしてないよ?でも好かった!なんか悪い事言っちゃったのかと思っちゃったから・・」

って言ったらサチが
「相変わらずだねカナは!まっカナのいいとこなんだから、いいけどね?・・」って言葉を濁らせてた。


その後は、話しも雑談になって話題にも尽きてきたら、それぞれが自分の部屋へと戻って床へとついた・・・。



その夜、床について数時間もしない内に、うちは突然襲った痛みと苦痛に、予想外にもうちは病院へとまた来てしまった・・・、
病室に入ってすぐにお父さんが顔を見せて、
「カナ、まだ痛むか?もう決めようカナ?このままではお前の身体がもたんよ、ヒデさん?もう限界じゃないかと私は思うが、
これ以上弱ってしまっては助かる可能性だって失うんだよ、私はそうなってほしくはない・・・」

お父さんの悲痛な声に自分でも感じてた可能性は無理があるかなって、それでもヒデさんの傍に居たくて、でもそれも、もう
お父さんの言う限界なのかもしれない、そう思えたら、
「ヒデさん?あたし、受けようと思う、いいかな?あたし、もう限界かも・・・」

って言ったらヒデさん、
「亜紀?お前やっぱり・・・、亜紀がそう決めたのなら俺は・・・、けど諦めるなよ?絶対だ、なあ亜紀?・・」

「分かった、ごめんね?でもあたしは、諦めたりしない、ありがとヒデさん・・」

って言ったら、少しだけ笑顔を見せてヒデさんは、お父さんに向き直ると「亜紀の事、宜しくお願いします・・」
って言って頭を下げた、

そしてうちの顔を覗き込むと
「亜紀?明日また来るよ、ゆっくり休みな?」そう言ってうちの髪を撫でてヒデさんは手を振って帰ってしまった、

その後、お父さんが、
「カナ?大丈夫だ、私が必ず治すからね?ああ、日が決ったらまた知らせに来るから今日はもうゆっくり休みなさい、カナ?」
そう言って部屋を出て行った・・。


それから一周間後に決った、手術の日の朝に、お父さんが顔を見せた、
「カナ?心配しなくても大丈夫だ、きっと治すからね?私を信じてくれるか?」って言ってうちの手を握ってた、
「そんなこと聞かなくても、あたしはお父さん信じてるよ?宜しくねお父さん!」って言ったら、笑顔を見せくれた・・・。

その後うちは、手術室に入る前にヒデさんと顔を合わせて、「ヒデさん?行ってきます?・・」って声をかけた、
ヒデさんは、「あ~行っといで?待ってるよ・・・、俺は、待ってるからな亜紀?・・」って、うちの手を握り締めてた。


手術室に入ったら、もう、うちの意識はそこで途切れた・・・。

長い長い眠りの中でうちは暗闇を彷徨ってた・・、此処は何処かな、そんなうちに何処からか声が聞こえて暗闇の中声を探した・・、
その時、薄っすらとお兄ちゃんの顔が、見えて声をかけたらお兄ちゃんはうちの顔を見ると、

「カナ、どうしてお前はそうなんだ?俺は何度も忠告したろう?まあいい、おいでカナ?」ってうちに手を伸ばしてた、
嬉しくなって、駆け足でお兄ちゃんの手を取った、けどお兄ちゃんの手はなんだか凄く冷たい気がした、でもお兄ちゃんの顔を
見たら、お兄ちゃんは笑ってくれた、だからうちはお兄ちゃんの手を握り締めた、

するとお兄ちゃんが、
「お前とこうして手を繋ぐのは、はじめてだったかな?カナ?お母さんに会いたいか?」って聞かれた・・、

「えっほんと?お兄ちゃん?ほんとに会えるの?・・」
って聞いたら、お兄ちゃんが「ほらあそこだ、あの家に居るよ、呼んでみるといいよ」

って言われて、お兄ちゃんの指さす方を見上げて見たら、今まで見えなかったのに、何時の間にか山が・・・、そしてその奥に
ポツンと家が建ってるのが見えた・・・、

お兄ちゃんの言われた通りうちは大声で「お母さ~ん・・!」って呼んでみた、すると家の中から、誰かが出てきた・・・、
でも誰だかよく見えなくて、うちは顔が見たくて必死に山を駆け登った、その時、山の奥から声が聞こえて、登り途中だった
足が止まった、まだよく見えないけど、家の外で女の人が立って、そしてうちに叫んだ・・、

「駄目よ~、此処に来ちゃ駄目~!帰りなさい、此処は貴方の来る所じゃないのよカナ~、貴方の帰る場所に、帰りなさい・・」
って言った、

今うちの事カナって呼んだ、嘘じゃないお母さんだ、そう理解出来たら、うちはお母さんの言ってた言葉を無視してまた
登りだした・・、でもどんなに登っても、登っても辿りつけない、その内に疲れて立ち止った時、何時の間にかうちの隣に
お兄ちゃんが腰を下ろしてた・・・、

どうして、どうしてお母さんの処に辿りつけないの、分からなくなってしまったら、悲しくて悲しくてうちは泣いた、
するとお兄ちゃんが、
「カナ?どうした?お母さんに会いたくないのか?・・」って聞かれた、

「お兄ちゃん?お母さんが・・、お母さんが来ちゃ駄目だって、それに登っても登っても辿りつけないの、どうして?ねえ
お兄ちゃん?どうしてなの?お母さんの処に行きたい・・・・」っていいながら、うちはまた泣いた・・・、

するとお兄ちゃんが、
「それはねカナ?お母さんはもう死んじゃったからだよ、だから会えないんだ、分かったろうカナ?だからもうお前は
帰りなさい!ヒデが待ってるよカナ?ほらヒデが呼んでるだろう?もう此処には来るな、いいね?カナ!」って言った、

するとお兄ちゃんが・・・、うちは背中を押されて倒れ込んだら、そのはずみにやっと登ってきたはずの山を転げ落ちた・・・、

またうちは闇の中にいた、ただ脱落と沈んでいく身体の重みに、身体の自由が利かなくて、ただそこに佇んでた・・・、
もう起き上がる事も、叫ぶ事も、出来そうになくて、心も、身体も疲れてた、ただ、もう眠りたかった・・・息苦しさからも
解放されたくてもう楽になりたくて、うちは目を閉じた・・、

どれだけの時をさ迷ってたのかな、身体が闇に落ちてくような意識の中、
不意に誰かの呼んでいるような声にうちは目を開けた、でも聞こえてたはずの声は、闇の中に消えてしまったのか、何も
聞こえなくなった、気の所為だって諦めかけた時、また聞こえてきた・・、
今度は、はっきり何処か懐かしい声・・、でもまた気の所為・・、ほんとは誰なのか何処に居るのかも何も見えない分からない、

折れてしまいそうな闇の中・・・、その時また誰かが、不意に誰かの手がうちの顔に触れた、すると声が聞こえてきて、だれ、
って叫んだ・・、
でももう声にならい、ただ、うちはもがいてるだけ・・・、でもその、うちは手を握り締めらるのを感じた・・・、

そしたら・・・、
「亜紀?頼むから目を開けてくれよ、なあ亜紀?」って言った・・・、だれ・・・、でも・・・、亜紀・・って、だれ・・亜紀・・、亜紀・・、
何度もその名前を繰り返した、そしてやっと辿りつけた自分の名前に、亜紀って呼んでくれるその声に、握られたままの
手のぬくもりをうちは握りしめた・・・・。

頬に触れたその手のぬくもりに会いたくて・・・、沈みかけてく意識を必死にもがいて、うちはやっと眼を開けた・・・、
そしたら薄明かりの中、やっと見えてきた、やっと会えたその笑顔に、うちは言葉よりも先に涙が溢れた、
やっと会えた笑顔が、涙で曇りだしてぼやけた・・・、

その時・・・、
「亜紀・・亜紀・・?好かった・・、やっと会えた・・・、ほんと、好かった・・・、亜紀、お帰り?・・」
って握り締めたその手に、涙の雫が零れ落ちた・・、
その涙にうちはやっと言葉にして言えた・・・、「ヒデ、さん・・」って・・、でもまた涙が溢れて、とめようのない涙に
うちはまた目を閉じてた・・。



それから、次に目が覚めた時は、隣でお父さんが、うちの手を握り締めてた・・・、
「カナ?気分はどうだい?何処か辛いなら言っていいんだよ?よく頑張ったねカナ・・、ほんと好かった・・・」

そう言ってうちの髪を撫でて涙を見せた、そんなお父さんの涙が、想いが嬉しくて、
「ありがと・・」って言ったら、うちの手を自分の頬にあてて、涙を零した、そしたらうちまで涙が溢れて・・・、

するとお父さんは、
「すまないね?カナまで泣かせてしまったようだ、カナ?もう大丈夫だよ、疲れたろ?すまなかったね、少しお休み?」
ってうちの手を軽く叩くと病室から出て行ってしまった・・。


窓越しから射し込んできた陽ざしに目を向けたら、今はじめて気づいたように思えた・・、
空の色も見慣れてた景色も、窓越しからは、吹いてる風も外の空気も感じる事はできないけど、でも今うちが、此処で
こうして見てる景色も空の色もけして夢じゃない・・、確かだってことに今、うちはそう実感できたように思う。

沈みだした夕日を眺めている内に、いつしかまた眠にりついてた、何時の間にか暗闇に包まれた街に明かりが輝きだして
、部屋の明かりが点きだした頃、うちは目が覚めた・・。

そんな時、部屋のドアが開いて視線を向けたら、ヒデさんが顔を見せて「亜紀、遅くなったな?どうだ、気分は?」
って笑顔を見せた、

「もうあたしは大丈夫よ?それよりお店有るのに、来てくれてありがと?・・」

って言ったら、ヒデさんは、
「なに気を使ってるんだ?俺はちっとも苦にしてないよ、むしろ亜紀の顔見られるのが嬉しいんだよ?だから気にするな」
って言って笑って見せて傍にあった椅子に腰を下ろすと、うちの手を握り締めた・・・、

「亜紀・・、お帰り?亜紀が三日も眼が覚めなかった時は正直俺、諦めかけてた、もう駄目なのかってさ?けど俺は信じた
かったからな、亜紀は必ず帰って来るってさ?だから亜紀?ほんと、お帰りなさい?・・だな・・」
ってらしくないヒデさんの言葉は、何処か切なくなるけど、なにより暖かくて、どんな言葉より嬉しい、だから・・、

「ただいまヒデさん?遅くなってごめんなさい、それから待っててくれてありがと!」って返した、
でもやっぱり何処かぎこちない二人の会話になんだか可笑しくて、つい笑みを浮かべたら何故だか二人顔を見合せて笑った、

するとヒデさん、
「久しぶりに亜紀の笑顔見た気がするな?亜紀?俺は待っててよかったよ、ほんと嬉しい、もう何処にも行かないよな?ずっと
一緒だよな?なあ亜紀?」って言うとうちの顔の傍で自分の顔を埋めて涙を零した・・。

想いが溢れてしまったら、もう言葉になんてできない、何も言えない、でも想いはずっと変わらないままでいるから、想いは
ずっと繋がっているって信じられるから、だから言葉にしなくても、想いは繋いでいける、これからも、この先までずっと・・・、

「ありがとうヒデさん?ありがと・・」ってそれ以上言葉に出来なくて堪えてたつもりの涙がまた溢れだした、

するとヒデさんは顔を上げて、
「俺には、やっぱり亜紀が居ないとな?疲れたろ、ごめんな?もう休んだ方がいい、亜紀?愛してるよ、また来るからさ・・」
って言うとうちの髪を撫でておでこにキスしたらそのまま帰ってしまった。



それから二カ月、すっかり慣れてしまった此処での生活も未だ帰れないまま過ごす病室で当たり前のように窓の外を眺めてた、
そんな日の夕暮れ、うちの不安を打ち消してくれるかのように、ヒデさんとアンちゃんが顔を見せた、

アンちゃんはうちの顔を見るなり駆けよって来て、
「亜紀ちゃん?どう調子は?でも顔色も好さそうだし、少し安心かな、早く帰れるといいね?あっそだ、驚くなよ?サチがさ?
どうもおめでたらしいんだ?驚きだろう?正直俺も驚いたけどね?・・」って言って笑ってた・・、

「それほんとアンちゃん?!サチが・・・、そう言えばサチにはあれから会ってなかったんだ、でもサチ、嬉しいだろうね?そう?
出来たんだ~楽しみだねえ?・・」って言ってたらなんだか自分に出来たように嬉しくてつい笑みが零れた。

でも何故か二人ともうかない顔になって、
「ねえ、どうしたの?あたし何か余計な事言った?何か気に障ったのなら謝るから、そんな顔しないで?ごめんね・・」

って言うとヒデさんが、
「ああ、悪いな、亜紀は何も余計な事は言ってないさ、だから気にしなくていいんだよ、実はさ?亜紀の入院した日にさっちゃん
体調悪くして、無理はさせられないから靖に頼んで家まで送って貰ったんだよ、本人は亜紀の傍に居たかったみたいだけどな?
そしたらその二日後に、さっちゃんの旦那がお礼にわざわざ店に来てくれて、その時にさっちゃんがおめでただって聞いたんだ、
亜紀?此処、退院したら、今度さっちゃんの顔、見に行こうな?」って言った、

「そうね?でもサチ驚いただろうね?サチの嬉しそうな顔、なんか目に浮かぶね?ありがとう教えてくれて・・ほんと嬉しい!」
ってそう言葉にしたら、いまだ此処に留まってる自分に不安が過ぎって・・・、
「ねえヒデさん?あたし、何時退院出来るのかな?ヒデさん、何か聞いてない?聞いてたら教えて?・・」

って聞いたけど、でもヒデさんはうつむいたまま何も応えてくれそうになくて・・・、
「あっごめん、あたし余計な事言っちゃってごめんなさい、気にしないで?あたしどうかしてる、大丈夫よごめんね?・・」

って言ってたら、ヒデさんは、
「帰れるよ!もう帰れるから亜紀が帰りたいなら、今すぐにだって帰ろう?なあ亜紀?・・」って言った、
するとヒデさんは急に何か思い立ったように「ちょっと待っててくれ・・」って言うと思いつめた顔で出て行ってしまった。

うちは訳が分からず呆気に取られてたら、アンちゃんが、
「亜紀ちゃん?心配しなくても大丈夫だよ、ヒデさん亜紀ちゃんを連れて帰りたいだけなんだからさ?待ってような?」
って笑顔を見せた、

その言葉に少し気持ちも和らいで、
「ありがとアンちゃん?ねえアンちゃん?一つ聞いていい?アンちゃんが結婚に踏み出せないのってもしかしてあたしの
所為なの?あたし、うぬぼれてるつもりはないの、ただね?あたしがこんなんだからかなって、それともお母さんの事なの?」

って聞いたらアンちゃんは、
「それは、亜紀ちゃんの考えすぎだよ、ただ、今は俺がほんとにその気がないだけだから、亜紀ちゃんがそんな気にすること
無いんだよ、確かに亜紀ちゃんの事は気になってるのも嘘じゃないよ、けどさ?今の俺はヒデさんが居て亜紀ちゃんが
居てそれだけで十分なんだ、だから、結婚なんて考えられないんだよ、別に結婚したからってこの関係がなくなる訳じゃ
ないけど・・・、けど今の俺には結婚の意味がよくつかめないからな、だから俺の事は気にしなくても大丈夫だよ!でも?
心配してくれてありがとね?亜紀ちゃん!」って笑ってた、

「そう?分かった、ごめん余計なこと聞いちゃって、でもあたしもこの関係はずっと続いてくれたらいいなって思ってるの、
ずっと一緒に居られたらって、でもそれってあたしのわがままみたいなもんだからね?やっぱりアンちゃんには自分の幸せ
見つけてほしいなってあっいやだあたし、なに言ってるんだろ?もう辞めよう?ね、ごめん・・」
って毛布すっかぶりしたらアンちゃんに笑われてしまった・・。

そんな時、ヒデさんが、少し張り詰めたような表情で戻ってきた、するとうちの顔を見て
「亜紀?帰ろうか?お父さんと話してきたよ、だから帰ろう?それとももう嫌かな?」って聞いた、凄く驚いたけど、

「うそ、帰れるのあたし?嫌な訳無い、あたしは帰りたい、ありがとヒデさん?!」

って言ったらヒデさんは笑みを浮かべて、
「そっか?好かった、そうと決れば、帰るとしますか?ねえ亜紀?・・」って笑ってた・・、
どうして帰してくれたのかって、訳は聞かなかった、帰る事ができただけで、それだけで今のうちには十分だったから・・。


しばらく感じる事も出来なかった外の空気も風も、季節を飛び越してしまったかのような冷たさで、何処か時の移り変わる
早さを感じさせて、見上げた空についため息が漏れてた・・。

そんなうちの両脇にいつの間にか、ふたりが肩並べて歩き出して笑顔を見せた、
嬉しくなってうちはふたりの手を取って笑顔を返して歩きだしたら何も言わない内からみんな一緒になって笑い出してた。

それからやっと帰り着いた店の前、なんだか懐かしく思えてうちは思わず「ただいま~!」って声をかけてしまったら・・、
ヒデさんとアンちゃんが、一緒になって、「お帰り~!」って返してくれた、

なんだか可笑しくなってうちが笑ったら、ヒデさんが、
「待ってたよ亜紀、お帰り?・・」って言うと、アンちゃんが「ほんと好かった、お帰り亜紀ちゃん?・・」
って顔を見合せると誰からともなくまた笑い出してた・・。

店の中、居間に三人が腰を下ろすと何故だかふたりは黙り込んでた、
でもうちは、やっと帰って来た店を見渡してたら思い出した、はじめてこの店に来た時の事、そしたら何処か懐かしくなって、
「やっと帰って来たんだねあたし?ヒデさん、アンちゃん、ありがと?それでねヒデさん?お願いしていいかな?・・」

って言ったら二人とも驚いて、ヒデさんが「なに?どうした?」って言われた、

「ああ、あのそんな驚かないで?久しぶりになんかヒデさんのおにぎり食べたいかなって、あっでもいいよ、ごめんね」

って言ったら、ヒデさん、
「なんだそんな事?お安い御用だよ?待ってな?今作ってやるからさ、靖、お前は?」

って聞くとアンちゃんは、
「ああ俺もほしいな?それじゃちょっと手伝いますか?ヒデさん早速作ろうよ、ね?」
って乗り出して、二人は店へと入った・・。

別に今じゃ無くても良かったようにも思う、でも懐かしくも思えたおにぎり、この店に初めて連れて来られたあの日
ヒデさんが作ってくれた・・・、あの時初めて食べたおにぎりの味は今でも覚えてる、
特別な物でもないけど、ただヒデさんとの出会いはこのおにぎりだから・・・、実感したかったのかな、
ヒデさんのいるこの場所に戻ってこれた事・・・、噛みしめたかっただけなのかもしれない・・・。

二人が作ってくれたおにぎりを食べたら懐かしさも、店に帰って来たって実感も、うちは生きてるって思えたら嬉しくて
また涙が零れた、その時ヒデさんが、
「亜紀?おにぎり、まずかったか?」って聞かれた、うちはちょっと焦った、

「えっあっそんなこと無いよ、美味しいよ凄く、ありがと?あたしね?あの時が初めてだったのヒデさんのおにぎり・・・、
それでつい思い出して、そしたら何だか嬉しくなっちゃって・・・、ごめんね・・」っていいながらまた涙が零れた・・、

するとヒデさんが、
「そっか?そう言えばあの時も亜紀、おにぎり食べて泣いてたな?あの時の亜紀・・、けどまっそう言ってくれると嬉しいよ、
おにぎりはさぁ?好くお袋が作ってくれてたんだ、俺はお袋ほど上手く作れないけどさ?けど俺はお袋のおにぎりが好きでさ、
だから、その内待ちきれなくなって自分でも作ってみたくなってさ?お袋の見よう見まねだったけどこっそり自分で作り始め
たんだよ、けど、中々上手く作れなくてなあ?そんな時お袋に見つかって、そしたら見兼ねたのかお袋が、作り方教えてくれた
んだ、やっと作れるようになった時は、ほんと嬉しかったなぁ?とは言ってもこんなの店に出すようなもんでもないんだけどさ、
それでも俺は今でも好きだよ、おにぎりがさ・・」
って言いながらも、何処かお母さんの事思い出してるように見えた、

そんな話しにアンちゃんは、
「そうなんだ?俺は教えて貰った記憶は無いんだけど、よく妹に作ってたよ、自己流だったからあんまり人に出せるもんじゃ
無かったけどさ、それでも、食べてくれてたから、まあ、あの時はこんなもんかなって自己満足してた気がするな?けど妹は
まずくても無理して食べててくれてたのかもって、今になったらなんかかわいそうな事したなって思うけどな・・」
って言うと苦笑いしてた・・、

「アンちゃん?そんなこと無いって思うよ?きっと喜んでくれてたよ?そうじゃなきゃ、食べてくれなかったって思う・・・」
って言ったら、アンちゃんはニコッと笑って「ありがと・・」って言った・・。


記憶の片隅に残ってた思い出の欠片は、過ぎ去った記憶のほんの一部にしかすぎなくても、そこに有った想いは、そこに
詰まってた想いは、かけがえのない想い出の中の一つに確かにあったこと、自分の存在が確かにそこにあったってこと、
振り向いたら、改めて気づいたように思う、かけがえのない存在が、大切なものがそこにあったこと・・・。



まだいつもの生活に戻るには、身体は言う事を聞いてくれなくて、病院では気づかなかった身体の変化にどこか戸惑ってた・・、
思うように動けない、そんな自分に焦りを感じ始めて、気がついたら何時の間にか、ひと月が過ぎてた・・、

何もできずに、ただ此処に居るだけしかできないって思えたら、窓から外を眺めて、ため息ついた、
そんな時ヒデさんに、
「どうした?そんなため息なんかついて?」って言われて、ふいに思い出したあの日の事・・、

「ヒデさん?ちょっと聞いていい?」って言ったらヒデさん少し驚いた顔して「ああ、なに?」って聞いた、

「あのね?あの日病院からどうして帰して貰えたの?お父さん、あたしが聞いてもまだ駄目だって、聞いてくれなかったの、
なのに、ねえ?好かったら教えてくれないかなって?駄目?・・」

って言ったら、ヒデさん少しためらってたけど、
「・・・まだ完全じゃないからって、そう言ってた、それを聞いた時は正直、俺も迷ったけど、亜紀の気持ちに応えたかった、
あっいや違うな?俺がもう、一緒に帰りたかっただけかもしれないな、ごめんな?・・」ってうつむいた、

「ヒデさん?謝ったりしなくてもヒデさんと気持ちはあたしも一緒だから、きっとあの時、聞いててもあたし帰ってた、
だからありがと?、ただあたしは自分に納得したかっただけ、今さらこんなこと聞いてヒデさん困らせるつもりっじゃ
なかったのに、ごめんなさい・・あたしどうかしてる、ごめんね?・・」

って言ったら、ヒデさんは、
「亜紀が謝る事ないよ?不安にさせた俺が悪かったんだからさ、けど亜紀?帰ってきて辛いか?・・」って聞いた、

「あたしは帰って来れた事、後悔もしてないし辛いなんて思ってない、ただね?身体の調子が戻らなくて何もできないのが
ちょっと辛いかな、その分アンちゃんにもヒデさんにも、また負担かけちゃうからね?それが一番つらい、ごめんね、
返って負担かけてるね?・・」

「それは、今まで亜紀が頑張りすぎてたからそう思うだけだ、亜紀を負担に思った事なんてないよ、それは亜紀の気苦労だよ、
身体の事は少しずつ取り戻していけばいいんだよ、な亜紀?焦るなよ?俺はもう亜紀にそんな気遣いはしてほしくない
もっと自分を大事にしてくれよ、な頼むよ?そうでなきゃ同じ事、繰り返すだけだろ?俺は亜紀が好きだ?だから無理は
してほしくないんだ、分かってくれるか?」
って言って抱きしめた・・、

「分かった、ありがと?あたしも大好きよ?・・」って抱きついたら「あ~、俺は、もっとだよ?!」
っておでこにキスして笑ってた。



時折吹く風は日ごとに冷たさを感じさせて、何時の間にか小枝の葉も散りはじめたら、早くも二か月が過ぎた・・、
長かったあの苦しみからも解放されていつもの生活に少しずつ調子も取り戻してきた、でも、それでもまだ店には出られない
けど、でも今は独り過ごす時間も何もできない苦痛もそれも幸せに思えるから、こうして此処で暮らせる事はあたりまえじゃ
ないって思えるから、苦じゃないってそう思える。 


いつものように、店のかたずけを終えて居間で顔を見合せたら、アンちゃんが改まったように、
「あのさ?今度、俺のお袋に会ってやってくれないかな?どうもヒデさんと亜紀ちゃんに会いたがってるみたいなんだ?
ついこの間、手紙が届いて知ったんだけど、どうも子供、生まれたらしいんだ・・・、それで、無理言ってるのは分かってるんだ
けど、駄目かな?」
って聞かれて、凄く驚いたけど、でも嬉しくもなった、

するとヒデさんが、
「何、気を遣ってるんだよ?いいに決ってるだろう?考えたら靖のお母さんにはまだ挨拶もろくにして無かったんだよなぁ?
そう言う訳で靖?喜んで行かせてもらうよ?亜紀、いいよな?」

って聞かれた・・、
「もちろんよ、アンちゃんのお母さんに会えるなんて久しぶ、そう、もう生まれたんだね?なんだか今から楽しみだな?」

って言ったらアンちゃんは、
「ああ、なんでも女の子らしいよ?名前までは書いてなかったけど、でも好かった、ヒデさん、亜紀ちゃん、ありがと?・・」
そう言って苦笑いしてた・・。



そして一周間が過ぎた頃に、アンちゃんのお母さんの住む町へ、それはうちの故郷、あれからもう五カ月、随分久しぶりの町、
でも何も変わらない、町もそれから見上げた先に見える山も、もう来れないかもってさよならしたけど、帰って来れた、

ふと気づいたらアンちゃんもヒデさんも、うちの両脇に立って、うちの手を握った・・、
「え~?どうしたの二人とも?まさか、また可笑しな事考えてる?そういうの無しだからね?」
ってちょっと不安になって尻ごみしたら、

ヒデさんが、
「そんなんじゃないよ?たださ?またこうして三人で来れたなってなんだか嬉しくなったらつい亜紀と手を繋ぎたくなった
んだよ?」

って言うとアンちゃんが、
「俺もだよ、亜紀ちゃんが元気になって、こうして帰って来れたって思ったら、なんか嬉しくなってさ?ほんんと好かったよ」
そう言って笑顔を見せた・・、

そんな二人に、うちは言葉に詰まった、そう感じたのは、うちだけじゃ無かったってそう思えたから、
「ありがと~?いっぱい心配かけちゃったね?今だから言えるけど帰れるのか正直不安だった、でもあたしにはみんなが
いつでもこうして繋いでてくれるから、だからあたしはこうして来れたんだって思える、ほんとありがと?・・」


って言ったら、ヒデさん、
「それじゃ、行きますか?」って言うとアンちゃんは「そうだね?ね亜紀ちゃん?」って言われて
「はい!行きましょうか?」って言うと、みんなで顔を見合せて笑い出してた・・。

アンちゃんのお母さんが住んでいる家に行くのは、もと居た家でさえ行った記憶がなくて、少し緊張してるのかな、
何故かドキドキして、二人に気づかれたくなくてうちは少しはなれて歩いた、

それからやっと着いた場所はサチの家とうちの住んでた家の丁度中間あたりにあった・・・。

玄関の前まで来たらアンちゃんは、ノックを二三回すると扉を開けて「母さん~今帰ったよ~!さあ入って、ね?」
って言って、中へと通された、

おばちゃんはうちの顔が見えると駆けよって来て、
「あらカナちゃん、好く来てくれたわね?嬉しいわ、カナちゃんに貰ったお守りのお陰よ?あたし沢山、幸せ貰ったのよ、
ありがと?靖も顔を見せるようになって・・・、ああ、あのヒデさん?でしたねえ?いつもうちの息子がお世話になって
ほんとにありがとうございます・・」って言うと頭を下げてた、

ヒデさんは、
「ああいや、とんでもない、こっちの方が世話になりっぱなしで、かえってこっちこそありがとうございます・・」
って頭を下げた・・、
おばちゃんのいつにない笑顔は、以前のあの表情からは想像も出来ないくらい明るくて、うちは何だか嬉しくてつい
笑みが零れた、

その時おばちゃんが急にうちの手を握ってきて
「カナちゃん?もう身体の方はいいの?もっと早くに会いに行けてたら好かったのに、ごめんなさいね?だからせめて
ちゃんとお礼が言いたくて、それで靖に頼んだの、ほんとよく来てくれたわ、会えて好かった・・・」
って言いながら涙ぐんでた・・、

「いやだ?おばちゃん、あたし何もしてないですよ?かえってあたしの方がおばちゃんには・・、でもありがとう、
あたしも嬉しいです、以前の時より元気そうで、あたしもお陰さまで元気になったんですよ?あっそうだ、おばちゃん?
赤ちゃん生まれたって聞きました、おめでとうございます!好かったですね?今赤ちゃんは?」
って聞いたら、

「ああ、今病院、早産でねえ?ちょっと早く生まれたから保育器に入ってるのよ、でも元気よ?そう言えばカナちゃんも、
もういいんでしょ?出来た時はおしえてよね?・・」
って言われて、うちは言葉に詰まって返事が出来なかった、

するとヒデさんが、「そうだな?その時は友達になれるかな?・・」って言って笑った、

そしたらおばちゃんが、
「そうね?そうなったら、きっと賑やかになるわねえ?」って言うと笑い出してた、
うちは何も言えなくて、ただ笑顔を作った・・、
でもおばちゃんの笑顔とヒデさんの何気ない優しさに、みんながほころんで笑顔を見せてた。

帰る頃になっておばちゃんは、うちの手を握って、
「カナちゃん、幸せになって?それでこれ、貰ってくれる?大したものじゃないんだけどあたしが出来るのはこれくらいで、
ごめんね・・」

ってうちの手に握らせてくれたのは、子宝のお守り・・・、
「おばちゃん、これ?あ、ありがとう・・・」って言ったらうちは涙が溢れて、言葉に詰まった、

そしたらおばちゃんが、
「カナちゃん?貴方の事あたしは娘のように思ってるのよ?身体大事に、また遊びに来て?今日は来てくれて
嬉しかったほんとありがと!」
って言ってうちを抱きしめてくれた・・、「はい、ありがとう~」ってまた泣いてた。

その時アンちゃんが、
「それじゃ母さん?行くね?また来るよ、父さんに宜しく伝えといて・・・」って言って家を出た・・。


帰り道を歩きながら、おばちゃんから貰ったお守りを握りなが、泣き顔があげられなくてうつむいて歩いてたら、
ヒデさんに、
「亜紀?どうした?亜紀はもう、出来ないって思ってるのか?」って聞かれて、まだそこまでは考えてなかったから・・、

「ええっ?そこまでは・・・、ただちょっと・・」なんだかそれ以上は、言えなくて黙ってしまったら、

アンちゃんが、
「亜紀ちゃん?大丈夫だよ、俺もヒデさんも亜紀ちゃんの泣き顔なんて気にしないからさ?・・」って言われた、

いきなり的を突かれれて咄嗟に、「あたしが気にするの!」って怒鳴ってしまって慌てて「ごめん、気にしないでいいから・・」

って言ったら、ヒデさんに、
「なんだ、そんな事気にしてたのか、心配ないよ?誰も見ないからさ?」って笑ってた、

余計恥ずかしくなって、
「もう~アンちゃんのバカ~余計な事言うから~あたしの事はいいから、早く帰ろう?・・」
って言ったら二人ともクスクス笑い出して、そんなふたりに、うちは何も言えずに、帰り道をつい急ぎ足になって歩き出した。

そんな時、前を歩いて来る人が声をかけてきて、ふいに顔をあげたら、
「おおっカナじゃないか?久しぶりだな?どうしたんだ?みんなお揃いで?」
って建兄ちゃんが手を振りながら駆けよって来た・・、

「ああ、建兄ちゃん!ほんと久しぶりだね?お兄ちゃんこそ、何処に?」って聞いたら、お兄ちゃん、ニコニコしながら、

「ああ、そうだカナ?俺、結婚しようと思ってる人ができたんだ?それで今その人んとこに行ってきたところだよ、それより
お前、どうした?喧嘩でもしたのか?眼が真っ赤だぞ?まあうちわ喧嘩は仲のいい証拠だけど、あんまヒデさん困らせるなよ?」
ってうちの顔を覗き込んだ、

「もう、そんなんじゃないの?どうしてそうなるの?もう知らない・・・」なんだか恥ずかしいの通りこしてついムキニなった、

その時ヒデさんが、
「どうも久しぶりですね?なに結婚するんですか?そうですか、それはおめでとうございます、好かったですね?
幸せになってください・・」
って言うと、お兄ちゃんは、
「ああ、ありがとうございます、でも、どうかしちゃったのカナ?喧嘩でも?」

って本気で聞き始めて、
「お兄ちゃん?だからそんなんじゃないんだって言ってるでしょ?ヒデさんとは関係ないの?だからあたしの、
話しはもうおしまい!」

って言ったら、お兄ちゃん、
「ああ、はいはい、分かりましたよ!なんだよ人は心配してやってるのに、まあいいさ、夫婦喧嘩は犬も食わないって言うしな、
ヒデさんも大変でしょう?まっこんな妹ですけど宜しく頼みますね?落ち着いたら、また顔を出させて貰いますけど
その時にでもゆっくり・・、
カナ?あんまりヒデさんに世話焼かせるなよ?それじゃ?俺はこれで・・」って頭を下げて、行ってしまった・・。

結局お兄ちゃんには夫婦喧嘩にされて、それにどうしてこんな時会っちゃうのか、なんだかもう情けなく思えてきたら
、またため息が漏れた。

そんなうちに、ヒデさんは、
「亜紀?泣き顔も魅力の一つだよ、気にするな?俺はそんな亜紀も好きだからさ!なあ亜紀?亜紀はもう子供は諦めてるのか?
けど俺はほしいって思ってる、だから俺は諦めてないんだ?けどまあ~、焦る事もないんだけどな・・」
そう言ってヒデさん、苦笑いしてた・・、

「別にあたしも諦めてなんていないよ?今でもほしいって思ってる、ただ今はまだ、自信が持てないだけだから、今は・・・・」

って言うと、ヒデさんは、
「そっか?それじゃぁ俺は、それまで待つ事にするかな、けどお爺ちゃんになるまでは、簡便な?・・」

って冗談にも似た事言いだして、
「そんなに待たせたりしません!あたしだっていやよ?それじゃあたしおばあちゃんじゃないの?そんなの・・・」
って言ったらヒデさんが笑い出して、なんだか自分でも可笑しくなったら、一緒に笑ってた、


変わっていく時の中を季節はいつしか北風に乗って、この葉を散らして吹き抜けた・・、
ふと眼に映った山の景色に、こんなにも懐かしく、こんなに恋しく思えたことないほどに、嬉しさが込みあげたらつい涙が溢れて、慌てて
拭ってしまったら、アンちゃんに
「亜紀ちゃん?また登ってみようか?亜紀ちゃん、ほんとは諦めてたんだろ?もう登れないって、だからあの時さ、俺、分かってたんだ?
でもさ?もう、いいだろう?ねえ亜紀ちゃん?登りに行こう?ね?」って笑って見せた・・、

そんなアンちゃんの笑顔を見てたら、
「正直言うとね?あたしほんとに大丈夫なのかなってちょっと自信ないの?どうしてか分かんないけど今一つ踏み切れなくて、
ごめんね?」

って言ったら、ヒデさんが、
「亜紀、どうしたんだ?亜紀らしくないな?まあ無理することもないけどさ、けど、行くだけ行ってみないか?きっとさぁ行って見たら
教えてくれるんじゃないか?亜紀の好きな樹がさ?今はただ亜紀がまだ実感できてないだけだって俺には、そう思えるんだ?・・」

って言った・・、
「そうかもしれない、あたしはちょっと臆病になってるだけかもね?そうかもね?行く前から考えてても仕方ないのかもね、ありがと?
ヒデさん?アンちゃんごめんね?それじゃ行こうっか?」

って言ったらアンちゃんは「ああ、そうこなくちゃね?そうだよ、行こう!・・」って笑って見せた、

するとヒデさんは、
「よし、決りだな?行くとしますか・・」って言われて、頷いたら、いつの間にかふたりに腕組まれて歩き出してた・・。

本当の心の内なんて応えようがない、何が自分をそう臆病にさせているのかさえ、自分でも分からない、でもそれは、遠退いてしまってた
月日が、そうさせるのかもしれないって思えた、だとしたらきっとあの樹が教えてくれる、ヒデさんにそう気づかせて貰ったから、今は
そう信じたいって思う。

登り始めた山道、息苦しさも痛みも感じる事はなかった、いつでも周りを気にしながら登ってた山道、でも今は嘘のように体が軽く感じて、
自分じゃないような、でもこれは夢じゃないんだ、そう思えたら、

「ヒデさん、アンちゃん?ちょっとあそこの樹まで走ろうか?そうしよ?ね?」

うちは夢じゃない事実感したくて「行こう・・・?」ってアンちゃんとヒデさんの手を握り締めて返事も聞かずに走り出した・・、
辿りついた時、やっぱり夢じゃないって実感できた、そしたら嬉しくて、嬉しくてつい独り笑い出してた、好かったってそう思ったから、
そしたら、そんなうちを見てた二人までが吊られるように笑顔になった、

するとヒデさんは、
「まったく~どうしたんだ~?けど亜紀の臆病は吹っ切れたみたいだよな?久しぶりに見たかな、こんなに笑う亜紀は・・、やっぱり
来て好かったな~?なあ靖?・・」

って言うと、アンちゃんは、
「ああ、こんなに笑った亜紀ちゃん、俺も随分見てなかったような気がするよ?けどいきなりは驚いたけどね?亜紀ちゃん?もう
大丈夫だね?」

「うん!ごめんね?でもほんと嬉しい凄く嬉しいの?あたしじゃ無いみたいで、でもあたしなんだよね?なんともないの?痛みも
苦しさも感じない、ほんと、あたし生きてる夢じゃないって、やっと実感できた、ありがとヒデさん、アンちゃん?・・」
ってうちが涙零してしまったら、二人が、なんだか沈んでしまったように見えて・・、
「ああっあたし、なんか悪い事言ったのかな?ごめん、気に障ったなら謝るほんとにごめんなさい・・」

って謝ったら、ヒデさんが、
「そんなんじゃないよ?ほんと好かったなって俺もそう思ったからさ?気にすることないんだよ、な亜紀?」

って言うとアンちゃんは、
「そうだよ!夢なんかじゃないんだよ?行こう亜紀ちゃん、ね?」ってうちの顔を見て、ヒデさんに
「ヒデさん?行こうよ、ほら?・・」って急かしてた、するとヒデさんは「そうだな、行くか?なあ亜紀?」って言って、また登りだした、


山の奥に立つ大木は、ずっと変わらない静けさと安らぎをいつでも与えてくれる、そこはずっとうちの唯一の心の居場所・・、
ヒデさんとアンちゃんと、やっと辿りついた大木の前で、うちは息を切らしながらも、頂上を見上げて、「ただいま~!」って嬉しくて、
その思いを言葉に変えて叫んだ、そしたら涙が溢れてうちは泣いてた、

でもそれは、悲しいからじゃない、苦しいからじゃない、嬉しくて凄く嬉しくてこの樹に伝えたくなっただけ、さよならしたけど、でも
こうしてまた帰って来れた嬉しさを伝えたかったから・・・。

そんなうちにヒデさんが「お帰り!・・」って言うとうちの涙を拭いて笑った、

するとアンちゃんが、
「亜紀ちゃん?登ってみようか?」って言って頂上を見上げてた、うちは言葉なんて要らない気がしたから、頷いてみせたら、
みんなが一斉に登りだして、そして辿りついた頂上・・。


陽はもう傾きかけて、木の葉はもう色を変えて風が吹く度に呆気なく風に舞って散り出してた・・・、
移り変わる季節は小枝の葉のほとんどは散ってしまたのが目立って随分と寂しくなってしまったように思う、それでも身体の芯まで
凍えてしまいそうな風に、見渡した町の変わらない景色に、また出会えた・・・、そう思えたら、生きてるってそういう事なんだよね
って空見上げたら呟いてた・・。

「ねえみんなで深呼吸してみよう?ねいいでしょ?ほら、しようよ?ねえ?」

って言ったら、苦笑いしてヒデさんは、
「そうだな、それじゃ、やるか?なあ靖?」って言うとアンちゃんは「ああ、それじゃやりますか?」って言ったのを合図に、
うちは目を閉じて深呼吸を始めた、そしたら両方のほっぺに何かが触れた、目を開けると、二人がにっこり笑って顔を覗かせてた・・、

「ねえ?二人とも深呼吸は?何?どうして笑ってるの?一緒に遣ってくれた?」

って聞いたら、ヒデさん、
「ちゃんとしたさ~、なあ靖?」って言ったらアンちゃん「ああ、ちゃんとやりましたよ!亜紀ちゃんにもね?・・」
って言って笑ってた、
するとヒデさんが「おい靖?何言いだすんだよ、余計な事言うな?・・」

って言うとアンちゃんは、
「ええ?まずかったかな、まあ気にしなくていいんじゃない?ねえ亜紀ちゃん?」って言われた、でもうちには、二人の話しよりも、
ただ二人にキスされた気がした、でもふたりに聞く事も出来なくて気の所為なのかなってそれもよく分からなくなってて、曖昧なまま
アンちゃんの問い掛けに、何故か応えなきゃいけないって焦ってたら、

「ええっと、分かんないけどいいんじゃないの、かな?ええっ?でもどうしてあたしに聞くの?」って聞いたら、ふたりが笑い出した・・。

ちょっと納得できなくて
「ねえどうして笑ってるの?あたし可笑しな事言ったの?ねえ?教えてよ?どうしてそんな風に、もういい・・」

って言うとヒデさんが、
「ほら見ろう?お前が余計な事言うから~・・」

って言うとアンちゃんは、はははって笑って
「亜紀ちゃん、ごめんね?亜紀ちゃんが可笑しいんじゃ無くて、亜紀ちゃんが此処に居る事が嬉しいんだ、それが本音なんだ?最高だよ、
此処で見る景色もいつもの亜紀ちゃんの笑顔見られるのもさ?だから怒んないでよ、ね亜紀ちゃん?」
って言って笑って見せた・・、

何だか誤魔化されたような気もしたけど、二人の気持ちは伝わって来るから・・、
「別に怒ってなんてないよ?でも、ありがと?・・」って言ったら何だか恥ずかしくなって空に視線を逸らした・・、

そしたらヒデさんが、
「さあそろそろ降りようか?冷えてきたろう亜紀?大丈夫か?もう降りるとしよう、な?」って言われてうちが頷いたらみんな、
樹から降りだして、何も言わなくても分かっていたかのように山を降りた・・。


その頃にはもうすっかり陽も沈んでしまってネオンんがつきだした頃に、三人の住む街に帰り着いた・・。

Ⅱ ~三十一章~過去の謝ち~

季節はいつしか色を変えて、街を白一色に染めた・・・、それでも雲の切れ間から青空を覗かせたら、照らしだした暖かな陽ざしに、
降り積もってた雪も、家の屋根に積った雪も、いつの間にか雪は雫になって融け始めてた・・・。

山を降りて帰って来てから、早くもひと月・・・、
忙しなく過ぎてく日々の中、店の切り盛りに抜けた時間をうめようとうちは独り悪戦苦闘してた・・・、
やっと脱け出せた苦しみから、今は少しでも取り戻したい抜けてしまった生活の一部・・・、それでも中々思うように身体は
ついていけなくて、いつの間にかため息の回数だけが増えてた・・、


そんな中、夕暮れに、店に男の人が入ってきて、うちの顔を見るなり、声をかけてきた・・、
「あの?貴方、カナさん?・・」って聞いた、

あまりの唐突なその言葉に、ちょっと驚いた・・・、
「あ、はい、そうですけど・・、あっあの、あたしの事、知ってるんですか?あっどうぞ?・・」ってテーブルに案内したら、

でも彼は、椅子に坐ることもせずに「俺は、貴方のお父さん、あの人の息子です・・」って言った、

うちには彼の言ってる事の意味が良く理解できなくて困惑してしまったら、その時、ヒデさんが出てきて、
「あ、あの?此処では何なんですから、好かったらどうぞ中へ・・」そう言ってヒデさんは、居間へと迎え入れた・・・、

彼は無言のまま、ヒデさんに頭を下げると、言われるままに居間へと腰を下ろした、うちは後から向かい合わせにヒデさんの、隣に
腰をおろした、

すると彼はうちに向き直って・・・、
「あの、突然すみません、俺、内田って言います、内田幸平です、俺の母はカナさんのお父さんと恋仲だったんです、だからカナさんが
お父さんて呼んでる人は俺の親父でもあるんです、親父は結婚してながら母と恋仲になって、母は俺を身ごもったんです、
でも不倫が公になって俺の母は・・、親父は母を、捨てたんですよ、その後、俺は母一人に育てて貰って来ました、あの、カナさん?俺の
母さんは、ずっと親父のこと想い続けてきたんですよ?でもどうして貴方が、迎えられて、俺の母さんは・・・、それって不公平だとは
思いませんか?、めっきり身体も弱くなって、今は俺が面倒みてます、カナさんは、いいですよ、本家の娘に生まれて、でも俺は・・・、
それで俺は、カナさんに逢えたら、お願いしたいとずっと思ってた事、今日は聞いて貰いたくて来ました・・・」
って言って膝の上で両手を握りしめてた・・・、

知る事も出来なかったお父さんの過去、でもうちにはどう応えていいのか分からない・・・、すると彼は、
「俺を親父、いえ父に会わせてほしいんです、だからカナさんから直接取り次いで貰いたいんです、お願いします・・」って頭を下げた、

するとヒデさんが、
「失礼だけど、君はお父さんに会ってどうしたいのか教えて貰えないかな?別にどうしようと君の勝手だけど、ただ君の言う事が本当
ならお父さんは君の存在は知っているのかな?君が話してくれた事情はよく分かったよ、でもだからと言ってそれだけで、会わせて
くれといきなり言われても、こっちにも事情はあるんだよ、だからどうかな聞かせて貰えないか・・」って言った、

すると彼は、
「気持ちですか?俺は、親父に責任を取って貰いたいんです、母さんを捨てた責任、取ってほしいだけです・・」
そう言って彼は膝の上で両手を握り締めたままうつむいてた、(お母さん・・・)・・、

「あ、あの、幸平さん?この事、貴方のお母さんは知ってるんですか?あ、ごめんなさい・・」

って言うと、彼は、
「母さんは知りませんよ俺の独断です、でも母さんが知ってても関係ないでしょ、親父には償う責任があるんですから、それともカナさん、
困りますか?俺に取られるとでも?大丈夫ですよそんな事しませんから・・」
そう言って笑みを浮かべた、

するとヒデさんが、
「君はカナの事、なんか誤解してないか?取るとか取られるとかどうしてそんなこと言うんだ?お父さんとカナは再会してからまだ
一緒に暮らしてもいないんだよ、カナが困るもなにもないだろう・・・」

って言うと、彼は、
「あっすみません、あっあのカナさん、親父とは一緒に暮らしてたんじゃないんですか?俺はてっきり・・」そう言って押し黙ってしまった、

「ああ、あたしは引き取ってくれたお兄さん兄弟に育てて貰ってたんです、だから両親の顔もいる事すら知らなくて、お父さんとはこの店に
時々食べに来てくれたお客の独りで、それがきっかけなんです・・」

って言うと彼は、
「でも、不自由はしなかったでしょ?血は繋がって無くても養って貰って、俺なんて物心ついた時には、母さんは朝から晩まで働いて、
俺は常に知らないおばさんに預けられて、学校に行けば虐められて、生きてるって気がしませんでしたよ、母さんがいても、俺には
いないようなものでしたし・・・、それならいっそ産んでくれなきゃよかったのにって・・、そうも想いもしましたけどね・・」
そう言って彼は顔を歪めた・・、


「寂しかったでしょ?やっぱり一人は辛いですよね、貴方の気持ちよく分かります、あたしもいつも独りでいたから、やっぱりいてほしい時
甘えられる人もいないって寂しいですよね・・・、でも凄いですね、幸平さん?それでもお母さん支えてきたんでしょ?きっと貴方のお母さん、
優しい人なんでしょうね?あたしが言うことじゃないけどお母さん大事にしてくださいね?あたしはお母さん知らないけど、でも
やっぱり傍に居るだけで幸せに感じられる気がするから、いいですよねお母さんて・・・、あっすみません、あたし・・」

何言ってるの、どうしちゃったんだろ、自分でも顔が熱くなるのが分かったら、顔があげられなくなってた、
すると彼がいきなり笑い出して、
「カナさんて面白い人ですね?って言うか変わった人だ、何だか俺、調子狂っちゃいましたよ・・」って言うとまた笑い出してた、

何だか笑われているのが余計に恥ずかしくて、それに訳が分からなくて、
「あの?あたしそんなに笑われること言ったつもりありません、確かに余計な感情が入りましたけどそれでも笑う事じゃないと思いますよ、
それにあたしは変わってなんていませんから・・!」

って言ったら、彼は、
「ああ、すみません?でも誤解しないでください、別に悪い意味で言ったつもりは有りませんよ、俺が笑ったのは自分の事笑ったんです・・、
貴方のお陰で俺、少し楽になれた気がしたから、それになんか調子が狂っちゃったなって、自分が可笑しくなっただけですよ・・」
って言うとうつむいてた。

そんな彼を見てたら、お父さんの事思い出して、
「あの、幸平さん?あたしと一緒にお父さんに会いに行きませんか?お父さんもしかして貴方の事知らないんじゃないかって思うんです、
お父さんが知ってて知らない顔するなんてあたしにはどうしても思えないんです、あたしにはまだ知らない事は多いけどでもあたしの
知ってるお父さんそんな悪い人じゃありません、だから、あの一緒に会いに行ってみませんか?ヒデさん?いい?駄目かな・・」

って言ったらヒデさんは、
「ああ、それは構わないよ、俺もそれがいいと思うよ・・、どうかな幸平君?そうしてみたら?」って彼の顔を覗き込んでた、

でも彼は何も応えてくれないまま考え込んでた、するとヒデさんは、
「亜紀?俺も行くよ、いいだろ?」って言い出して、その時彼が「分かりました、宜しくお願いします・・」って頭を下げた、

そして三日後に、会いに行く事を約束して、彼は帰って行った・・。

彼が帰ってしまったら、何だか疲れが一気に押し寄せたようでうちは、ついため息が漏れた・・、
そんな時アンちゃんが顔を出して、
「亜紀ちゃん?ほんとに会わせちゃって大丈夫なのか?お父さんの事怨んでるように見えたんだけど・・」って不安げな顔してた、

「そうかもしれないけど、でも彼、寂しいのかもしれないってそう思えたから、きっとお母さんが心配で心細いんじゃないかなって、でも
それはあたしの勝手な想いでしかないんだけどね・・」って言ったら、アンちゃんは、クスクス笑って、

「まあ亜紀ちゃんだから言える事だよな、ねえヒデさん?」って言うとヒデさんは「ああ、そうだな」って笑ってた。



それから三日後、昨夜から気になりだした彼の事で中々眠つかれないままうちは朝を迎えた、
明け出した朝焼けに外の空気が吸いたくなって店の表に出てみたら、吐く息は白く煙って、体中に冷え切った空気が流れ込んできた、
それでも朝の空気は気持ち良く思えた・・、少し雲に覆われて、所々に見え隠れして見える青い空に、三日前から融けだしてた雪は、
陽に当ることのない場所を残しては街はすっかり、いつもの街の景色が顔を出してた・・。

彼の寂しさも辛さも出来るなら癒してあげたいって思う、でもそれはうちのひとりよがりなのかもしれない・・、
積み重ねてきた人の想いも痛みもそう容易く癒せないってうちは知ってる、それでもうちに何が出来るのかな、容易く会いになんて
言った自分に今は、何処か少し戸惑ってる・・・。

そんなうちの隣にヒデさんが顔を見せて・・、
「おはよ亜紀、早いな?あまり眠れなかったのか?まあ気になるよな、けどお父さんだ、大丈夫だよ、な?」

って笑って見せた・・、
「そうよね、お父さんだもんね?でもヒデさん、お店あるのに、ほんとにいいの?」

って聞いたら、ヒデさんは
「ああ、平気だよ、亜紀が気にする事ないさ、正直俺も気になるんだ、彼の事さ?」って苦笑いしてた。


それから数時間後、彼が店に顔を見せた・・・、
「おはようございます、今日は宜しくお願いします、あの、カナさん?ひとつ聞いてもいいですか?」ってうちの顔を覗き込んできた、

唐突な問いに少し驚いてしまったら彼は、
「ああ、すみません?でもそんな驚くこと無いでしょ?別に取って食おうってわけじゃないんですから・・」

って言われて、ちょっとむっとなったけど、
「えっ?ああ、そんなつもりはありません、あの、なんですか?」

って聞いたら彼は、少し笑みを浮かべて、
「あ、すみません、あの、お父さんて、もう奥さんいるんですか?」って聞いた・・、

「いえ、いませんよ?ずっと独りだって聞いてます・・」って言うと、彼は「あっそう・・・、ありがと・・」って黙ってしまった、

そんな時ヒデさんが「悪い、待たせたね?それじゃ、行こうか?」って言ってたら、

その時、店にお父さんが顔を見せて
「おはよう、早くにすまないね?・・」って声をかけてきた、

この偶然にうちもヒデさんも言葉無くして立ち尽くしてしまったら、お父さんが、
「なに、どうしたんだ?私の顔に何かついてるのかな?今日はちょっと顔を見たくなって寄ったんだが、なに、来てはまずかったのかな?」
って何処か困惑してた、

うちは焦って「ああ、あ、ごめんなさい、あの・・・」

って言いかけたら、ヒデさんが
「いらっしゃい、ああ、丁度好かったですよ、今からお父さんに会いに行くところだったんです・・・、ああ、彼・・・」

って言いかけたら彼は、
「俺、内田早苗の息子で、内田幸平といいます、昔、貴方が捨てた母の息子ですよ、お父さん・・」って言って睨んだ・・・、

その言葉にお父さんの顔が蒼白になっていくのが、うちには見てとれて分かったら、うちは何も言えなくなった、

その時ヒデさんが、「こんな所じゃなんです、どうぞ中へ・・」そう言って、居間へと迎え入れた、

困惑しながらも居間に腰を下ろしたお父さんは両手を握り締めて、その横で彼はお父さんと向き合うようにして腰を降ろした、
一番最後に入ったうちは、何故か行き場を塞がれてしまって仕方なくお父さんと彼の間になってしまったけど、とりあえずは、
そこに腰掛けて坐った・・、(なんか居ずらい気もするんだけど・・、しょうがないのかな)ってつい考え込んでしまってたら、

急に彼が、
「ご存知ですよね?母のこと、あんたは自分の名声の為に母を、母さんを捨てた、そうでしょ?・・」
って言った彼の眼は、うちには凄く恐ろしくも見えた、

すると、お父さんは、
「・・本当に、早苗の・・・、それじゃ、早苗は身ごもっていたのか?そう、なのか・・・、そうだったのか、それであの時、早苗は、ああ、
それで君のお母さんは今・・・、ああ、私は捨てたつもりはない・・、とは言っても今となってはいい訳にしかないが・・・、申し訳ない・・」
そう言ってお父さんは頭を下げた、

すると彼は、
「辞めてくださいよ今さら、それに謝るのは俺じゃないでしょ、母さんはずっとあんたの事想い続けて、あんたの息子だからって必死に
俺を育ててくれてたんだよ、今、母さん病院に行くお金もないからって俺がどんなに説得したって家に籠って病院にも行かないんだ・・・、
あんたに分かるのか?・・・俺を身ごもって無かったら母さんは普通に、結婚もしてたはずさ、俺さえいなきゃな?まったくよ・・」
そう言って彼は涙を見せた、

お父さんはうつむいたまま、彼に、
「すまない、これは私のいい訳になるのかもしれないが、聞いて貰えないか?、
あの頃の、私はまだ街医者で病院と言っても私の妻と早苗さんと後四人ほどの看護婦と、一緒に手伝ってくれてた医者が独りいた・・、
その当時、病院の立ち退きの話しが持ち上がってた、だがそんな時、妻が身ごもった、でもそれを私は疑ってしまったんだ、
他所で作ったんじゃないかって疑ってしまったんだよ、でも私は妻にそれを口にすることはしなかった・・・、
それどころではなかった所為かもしれないが・・・、そしてカナが生まれた、でも私は、妻への疑いが拭えない為に、病院のこともあって
毎晩のように病院に籠ってしまったんだ・・・、そんな時だった、早苗さんが何かと私を力ずけて、私の世話を焼いてくれたんだよ、
私はそんな彼女に、押さえてた感情を忘れてしまった・・、妻への疑いと病院の事で私は・・・、その後、妻は私の疑いに気づいてか、まだ幼い
カナを連れて家を出て行ってしまったんだ、そしてその後だ、何処から話しが広まったのか、早苗さんとの事が病院中の噂になってた、
その噂の所為で、私に一言も無しに早苗さんは病院から姿を消してしまったんだ・・・、だから早苗が身ごもってた事、私は知らなかった・・、
でもそれは、私に責任だ、だから、言い逃れするつもりはないよ、本当にすまなかった・・」
って言うと頭を下げた、

すると彼は、
「それで、あんたは俺の母さんをほっといたんですか?ただの一時的な感情だったから、だから忘れたんだ母さんの事、そんなの俺は~・・」
って声を張り上げた彼は、感情が高ぶったのか、いきなり立ち上がって「ふざけんなよな~!」ってお父さんに足蹴りがきて・・・、うちは、
咄嗟にお父さんの身体に覆いかぶさってしまったら、彼の勢いにうちは居間から放り出されてしまった・・・。


その時その場に居たヒデさんが、彼を押さえ込むと、お父さんが、うちの傍へ駆け寄ってきて
「カナ、大丈夫か?・・・、どうしてお前が・・・、なんて事を・・・」って声を震わせて、抱きしめてた・・・。

そんなお父さんの悲鳴のような声にうちは、苦痛を顔に出せなくて、ただ、
「お父さん・・・、あたしは大丈夫、ありがと・・・」って立ち上がろうとしてたら、その時ヒデさんに「亜紀、大丈夫なのか?・・」って聞かれて、

うちが「大丈夫よ・・」って頷いて見せたら、ヒデさんは少しだけ笑みを返してくれた。

彼は、少し動揺しているようだったけどでも、落ち着いたのか、うつむいたまま坐り込んでた・・、
「ねえ幸平さん?貴方はこんな事する為にお父さんに会いたかった訳じゃないよね?どんなに怨んだとしても、こんなのよくないって
思うよ?どんな過去があったって、どんなお父さんだって言われてもあたしのお父さんなの、やっと会えたお父さんなの、だから傷つけて
ほしくない・・・、それにね?どんな事があっても、子供が親を足で蹴るのはよくないって思うよ?自分がどんなに蹴られたとしても、
殴られたとしても・・・、だって親は世界中探したって、独りしかいないでしょう?いっぱい文句並べてもいい、いっぱい泣いたらいいって
あたしは思うの、それから後でいっぱい甘えてもって、ああっごめんあたし何言ってるんだか・・・」って言ってたら涙が溢れてた・・、


その時お腹が痛み出して、うちはそのまま床に顔を埋めた、そしたら彼がうちに掛け寄ってきて、肩を掴むと、
「カナさん?お腹、大丈夫だった?俺、思いっきり遣っちゃったからな・・、病院行った方がいいよ?遣った俺が言うのはちょっと場違い
だけど、悪かったね?でもいきなりかばうとは思ってなかったから・・・、けどほんとカナさんて、変わった人ですね?なんか俺、気持ち
そげちゃいましたよ・・」って苦笑いしてた・・、

その言葉にうちも少しほっとして顔を上げたら彼は、うちに笑みを浮かべて見せた、そんな彼にうちも笑みをこぼしたら、何だか
可笑しくなって、何故か一緒になって笑ってた。

その後居間の中へと腰を下ろしたら、その時お腹に痛みがはしって顔をしかめてしまったら、
ヒデさんが、「亜紀?ほんと大丈夫なのか?」って言うとお父さんが、「カナ・・・」って心配そうな顔で見てた・・、

「大丈夫よ?そんな心配しなくても・・」って言うと、彼が、「何?どこか悪かったのか?カナさん・・」って聞かれてうちは焦った・・、

(あ~どうしよう、何とかしなきゃ・・)って思ったら・・・、
「ああ、あの、幸平さん?あたし思ったんだけど貴方のお母さん、お父さんに見て貰ったらどうかなって思うの、余計なお節介かもしれない
けど、でも助けてあげたい、駄目、ですか?」

って言ったら、彼は
「ほんとお節介ですね?人の事より自分でしょ?ほんと変わってるよ・・」ってまた笑った、

そう何度も変わってるって言われたら・・・、
「あの?そう何度も変わってるって言わないでください!そんな事わかってますよ!でも心配するのは普通ですからね?」
って言ったら、何故かみんなが笑い出した、

なんかその笑いに耐えきれなくなったら、つい・・・、「笑っちゃ駄目~」って叫んでしまった。
その反動かまたお腹にきて、何も言えなくなって膝に顔を埋めるしかなくて(ああもう、どうして、そう笑うのよ、ばか・・)って心に叫んでた、


でも痛みが治まりそうになくて、みんなには何とか誤魔かしながら洗面所に向かった、そこでしばらく休もうと思ってしゃがみこんだら、
その時アンちゃんが顔を覗かせて、
「亜紀ちゃん?痛いんだろ?無理しても俺は分かるよ、少し部屋で休もう?ね、そうしよう・・」って、うちの手を取った・・、

「あ、アンちゃん?そんな訳いかないよ?あたしは大丈夫、今はお父さんの傍に居てあげたいの、お願い・・」

って言うとアンちゃんは、少し困った顔して考えてたけど、でも、
「しょうがないな、分かった、でも無理は絶対しないって約束してくれるかな?」って言われて「分かった、約束するから・・」って言うと、
苦笑いしながらアンちゃんは、許してくれて、うちは居間へと戻った、

すると彼が、
「カナさん?大丈夫ですか?無理はしない方がいいですよ、休んでてください、俺はもう、あんな事はしませんから、だから心配しなくても
大丈夫ですよ・・・」って苦笑いしてた・・、

「ああ、あたしは大丈夫です、あのそれより・・」

って言いかけたら、ヒデさんが、
「彼は承諾してくれたよ、お母さんの事、彼はお母さんに話すそうだ、これからの事もさ?・・」って言った、

するとお父さんは「カナ?ほんと大丈夫なのか?お腹の方は、まだお前、・・・」

って言いかけた時、彼が、
「カナさん?身体大事にしなよ?人の事ばっかりに身体はってると、ほんと命落とすよ?自分の事もっと大事にした方がいい、旦那さん
泣かせたくないだろ?俺が言えた義理じゃないけど、あんた見てると・・・、ってなんか俺、調子狂わされてるよなぁまったく、訳分かんねえ・・」
って頭掻いてた・・、

「ありがと、やっぱり幸平さん優しい人ですね?そうは思ってましたけど、でも不安だったから・・、でもほんと好かったです!」
ってほっと溜息ついたら、彼はクスクス笑い出して、その内にみんながまた笑い出してた・・、

「どうしてあたしが話す度に笑うの?あたし可笑しなことなんて言ってません!」ってついムキニなって怒鳴ってしまったら
お腹に力が入りすぎて痛み出してだからその後は何も話す気にもなれなくなって、ついため息がでた・・・、

すると彼が、
「あのカナさん?俺の母に会って貰えませんか?なんかカナさんなら母さん、病院行くの納得してくれそうな気がするんですけど、
お願いしていいですか?」ってうちの顔を覗き込んだ・・、

「ええっ?あっそれは構わないけど?でもあの、あたしなんかでいいの?」

って言うとヒデさんは、
「カナだからいいんだろ?俺もカナなら大丈夫だって思えてきたよ・・」そう言って笑みを浮かべてた・・、

「分かりました、行かせて貰います、でもあたしならってどうしてそんなこと?あまり期待しないでくださいね?あたしそんな期待される
ほど、出来て無いですから・・」

って言ったら彼が
「だってカナさん、根が正直すぎると言うか、ちょっと変わってるからね?・・」って言った、

「あ、あのねえ?あたしは変わってなんていません!みんなそう思ってるみたいだけど全然違います!そんな説得なんてあたし、ちっとも
嬉しくありませんから!まったくも!」
って言ったらまたみんな大笑いし出して、(もういい、分かってくれそうもないし・・)そう思うとまた、ため息が漏れた・・。


その後、収まりがついた頃にはもう、一日も夕暮れにさしかかって、彼は帰りの支度を始めてた、
そして彼が店の入り口に立った時、
「カナさん?今日はありがと、それからお腹の方、ほんと医者に見せてください、すみませんでした、それとヒデさん?色々ご迷惑おかけして
すみませんでした、また御厄介になるとは思いますけど、落ち着いたらその時はちゃんと挨拶に来ます、それまでは、どうかよろしく
お願いします・・」そう言って頭を下げた・・。

するとヒデさんは、
「ああ、いや、そんなことは気にしなくていいんだ、それよりお母さん、大事にしてあげてください、また会いましょう・・」
そう言って笑顔を見せた、彼は、
「はい、それじゃ?又来ます・・」そう言って会釈して帰って行った・・、


その後、居間に戻ると、お父さんはうつむいたまま坐り込んでた・・・、そんなお父さんを見るのは何処か、遣り切れなさと、寂しさが重なって、
「お父さん?・・」って声をかけただけなんだけど、何故か涙が溢れてうちはお父さんに抱きついた・・・、

するとお父さんは、
「カナ?すまなかったね?」そう言ってうちを抱きしめて「カナ?お腹の方は大丈夫なのか?」そう言ってうちの顔を覗き込んだ、

「あ、あたしは大丈夫よ、お父さん・・・・、ごめんね?・・」

って言うと、お父さんは、
「どうしてカナが謝る、カナが謝る事は何も無いんだ、すまなかったねこんな私の為に、ほんとすまないカナ?・・・ありがと?さあ私も
そろそろ帰るとしよう、ヒデさん、色々すまなかったね?カナのこと何か有ればいつでも来てくれ?頼みます、それじゃ・・」
って言うとお父さんは、うちの手を握り締めて「それじゃぁねカナ?・・」ってうちの手を軽く叩いて帰ってしまった・・。


その後アンちゃんが顔を出して、居間に三人が腰を下ろしたら、アンちゃんが、
「亜紀ちゃん?ほんとにお腹は大丈夫なのか?やっぱりお父さんに見て貰った方がいいと思うんだけどなぁ、ねえヒデさん・・」
ってヒデさんの顔を見た、

するとヒデさんは、
「そうだな、亜紀、そうしよう、な?」って言われて「・・分かった、そうする・・」

って言うと、アンちゃんは、
「あれ?亜紀ちゃん、やけに素直だね?俺はてっきり嫌がると思ってたのにさ?」そう言って悪戯っぽい顔して笑ってた、

「アンちゃん?それって凄く意地悪いよ?あたしだって、これ以上はって思ったから・・、ああ、もういい・・」

って言うと、アンちゃんが笑い出して、
「ははは、ごめん亜紀ちゃん?そう怒るなって、でも好かったな?彼・・・」

って言ったら、ヒデさんは、
「そうだな?あいつ、お父さんと穏やかに話ししてたからな・・」そう言って壁にもたれかけて天井を見上げると黙ってしまった・・・、

それからヒデさんと部屋に戻ってきてうちは、窓枠に頬杖ついて坐り込んだ・・、
本当にこれで良かったって言えるほど何処か不安は消えてない、お父さんの心の内を思うと、うちは素直に喜べなかった・・・、
あの悲しげなお父さんの横顔が、今でもうちの目に焼き付いてた、でもうちには何もしてやれないのかなって何処か遣り切れなくて
苛立ちを感じたら、またため息ついた・・・。


それから二日後、彼、幸平君が店に顔を見せた・・、
「こんにちわ・・、ああカナさん?お腹の方、大丈夫ですか?医者には見せました?あ、あのあれからカナさんのこと母さんに話したんです、
それで明日なんですけど、都合はどうかなと思って来たんですけど・・、明日ですけど、会って貰えませんか?」って言った・・、

何故か彼は独り話しはじめたら一気に話しが進んで、応える暇なく、うちは返事を迫られてた、

そんな時、丁度一人残ってたお客が帰って行ったら、ヒデさんが、
「ああ、そんなとこじゃ寒いでしょう?どうぞ中、入ってくださいよ・・」って言ったらアンちゃんが「どうぞ・・?」
そう言って居間の方へ迎え入れてくれて、彼は軽く会釈をして居間へ腰を下ろした・・、

「あの?随分急だけどどうして?あ、別に構わないんだけど、ちょっと気になって・・」

って言ったら、彼は、
「ああ、別に特別な意味はないですよ、ただ母さんを早く医者に見せたいだけだから、カナさん、もしかして言った事後悔してるのかな?
その場しのぎだった?」

って聞かれた、
「そんな訳無いでしょう?どうしてそんな考え方するの?まったく!」ってつい無気になってしまったら、

彼は笑い出して、
「ああごめん、ついカナさん見てたら、言ってみたくなってね、あっすみません・・」って、苦笑いしてた、

(それどういう意味よ、まったく)
「どうしてあたしの顔見るとそうなるの?あたしそんな変な顔してませんよ・・」って言ったらまた笑い出してた・・、

すると彼は
「ほんとカナさんて楽しいですね?俺、気に入りましたよカナさんの事、これなら母さんも頷いてくれそうです・・」

ってまた笑ってた、
「そんなんで気に入られても、全然嬉しくありません、ああ、あの?それでお父さんのこと・・」

って聞いたら、彼はうつむいて・・、
「母さんには、まだ話してませんよ、親父には病院に連れて行くからとだけ話しましたけど、だから母さんが行く気になってくれたら
病院で話そうかと思ってます、それでカナさん、明日、大丈夫ですか?」って聞いた・・、

その時ヒデさんが顔を見せて、
「やあどうも、お母さんの具合はどうです?こう寒いと辛いでしょうね?・・」

って言うと、彼は、
「ああ、はい、なんとかやってますよ、でも母さんはあまり俺には辛い顔見せないので、あ、あの?カナさんに母さんを会わせたいんです
けど、明日、大丈夫ですか・・?」

って聞かれたヒデさんは、
「ああ、それは俺が決める事じゃないんだ、俺はいいけど、カナ、いいのか?」

ってヒデさんも聞いてきた・・、
「あ、あたしはそのつもりでいたから・・・、ただ初めてなのにあたしで、ほんとに大丈夫なのかなって、ちょっとそれが・・」

って言いかけたら、彼が
「そのままのカナさんで構いませんよ、その方が俺も気が楽です、それじゃ明日、迎えに来ますんで、宜しくお願いします・・」

そう言って頭を下げてた彼のいきなり改まった挨拶に、うちも吊られて
「あっはい!宜しくお願いします・・」って頭を下げてしまったら、ヒデさんも一緒になって笑い出してた・・・、

(もういいよ、いつものことだし・・)そう思う事にして受け流したら、何処か情けなくも思えてきて、ため息が漏れてた・・。

でも当の彼は、話しが決まると、挨拶もそこそこに帰って行った・・、

その後ヒデさんは店に戻ってしまって、独り取り残された居間に考える事もおぼつかないまま坐り込んでしまってたら・・、
不意にアンちゃんが
「亜紀ちゃんどうしたの?何か心配ごと?」って聞かれて・・、
「ああ、そんなんじゃないの、ごめんなさい・・」気持ちを切り替える事にして、うちは店に出た・・・。



翌朝、早くに眼が覚めていつものように窓の外を覗いて見たら、少し曇りがかった空は、昨日に比べたら寒さは増したように思えた、
まだ人気のない街を眺めながら、ふいに吐く息を「は~・・」って思いっきり吐いてみた、そしたら
霧がかった白い靄は一瞬だけど、自分の心のもやもやと重ね合わせてしまったら、うちは何がしたいんだろって、自分が何処か
可笑しくなったて、つい笑みが零れてた・・、

そんなうちの傍にヒデさんが顔を覗かせて、
「亜紀、おはよう?何が可笑しんだ?何か見えたのか?」って窓の外を覗き込んで「何も無いぞ・・・、亜紀?心配か、今日行く事・・・」

って聞かれた・・・、
「少しだけ・・・、ほんとにあたしでいいのかなって、でもなるようにしかならないから、想いを伝えるだけ、かな・・」

って言ったらヒデさんは、
「そうだな?それが一番亜紀らしいって俺は思うよ、大丈夫だよ?亜紀ならさ、あのお母さんとだって分かり合えたんだから・・」

って言った、
「でもそれは、また違うでしょう?あたしねえ?少し怖いかなって、何でって聞かれたら分からないけど、何処か不安なのよね・・」

って言ったら、ヒデさんが、
「多分それは、まだこれからだからじゃないのかな?でも亜紀が思うように遣ってみたらいんじゃないかな?そしたらその応えも
見えてくると思うよ?・・・あいつさぁ+亜紀の事、不思議な人だって言って笑ってたんだよ、亜紀に狂わされたって言いながら、
あんなにお父さんの事怒ってたのにさ、亜紀と話してから笑顔見せて、話かたも変わってたんだ、あれ見てたら、亜紀ならって、
俺はそう思えた、勝手な言い草だけどな?亜紀?俺は今のままの亜紀でいいって思うよ?だからあまり考えすぎるなよ、な?」

って笑ってた・・、
「そうね、ごめんね?ちょっと考えすぎてたかもしれない、ありがと?・・」

って言ったら、ヒデさんは、
「それよりお腹の方は、もう平気なのか?もしなんなら俺が見てやろうか?少しの事なら知識はあるからさ・・」

っていきなり言い出した・・、
「ええっ?ちょっと待ってヒデさん、それ本気?うそ?いい、いいよ?あたし大丈夫だから、いい・・」

ってしゃがみ込んでしまったら、ヒデさんが笑い出して、
「亜紀?冗談、冗談だよ?やんないよ、けど本気にしたんだ?悪かった!でもほんと一度見て貰った方がいいな?・・」

って真面目な顔になってた、
「そうね?でもヒデでさん、意地悪い!本気で見るのかと思っちゃったじゃない?あたしの心臓が持たないでしょ?」

って言ったらヒデさんまた笑い出して・・、
「それは大げさだろ?まあ亜紀だからな?もしかすると泣き出してたかな?・・・けどそん時は?・・」って言いかけていきなり抱きついてきて
「慰めてやるよ・・」って笑ってた・・・。
訳の分からない事言うヒデさんに、ちょっと呆れはしたけど、それでも何処かそれも悪くないかもって、思えてた・・。



その日の昼過ぎ、彼、幸平君が迎えに顔を見せた・・・、
「ああ、カナさん、こんにちわ?どうもお待たせしてすみません、それじゃ行きましょうか?あのヒデさん?カナさんお借りしていきます・・」
そう言ってヒデさんに会釈をしてた・・、

うちは何も言える言葉が見つからなくて、ただ・・「行ってきます・・」って言って店を出た・・・。

彼の家へと一緒に歩く道の途中で、彼が、
「カナさん?俺、母さんにはカナさんのこと、彼女って言ってしまったんです、だからすみませんけどそのように振舞って貰えますか?」
って言いだした・・、(ええっどうしてそうなるの・・そんなの聞いてないよ・・・・)

「どうしてそんなこと今になって言うんですか?最初に言ってくれたら好かったじゃない、あたしそんな器用に振舞える自信ありません」

って言うと、彼は、
「大丈夫だよカナさんなら、別にずっとって訳じゃないし今日だけ、お願いします!ほんと言うと母さんに何て切り出そうか悩んでたんです・・、
それで彼女でもいいかなってさ?いきなり親父の娘ですってどうしても言えなかったからすみません?カナさんに言えなかったのは、俺の感?
かな?なんかそれを言ったらカナさん逃げそうな気がして、母さんに言ってしまってから逃げて貰うと俺、困るからさ?けど迷惑だった?」

って言ってうちの顔を覗き込んできた・・、
「迷惑って聞かれてもお母さんにはそう言ってしまったのならそうするしかないでしょう?ただあたしが自信ないだけよ・・」

って言ったら彼は
「そこは俺も考えてるから、そんなに気にしなくて大丈夫だよ、あ、あそこだよ?あまり綺麗なとこじゃないけど・・」
って言葉を詰まらせてた、

話してる間に彼の家に辿りついてた、見ると縦長のビルがアパートになってた、彼の住む部屋は二階の向かい合わせの二部屋ずつ並んだ
右奥の部屋、扉の前に来ると彼はノックもせずに、
「母さん、ただいま?」って入るとうちに手招きして「母さん?連れてきたよ、亜紀さんだよ!」って言った、(ええっどうして・・カナじゃ)
彼の行動がうちには驚きでしかなくてつい心に叫んでた(ばか~!)って・・・。

お母さんは窓際に寝床を取って横になってた、
「あ、あの初めまして、あたし亜紀って言います、具合悪い所にお邪魔してすみません・・」って言うとお母さんは起き上がろうとしてた、

うちが、手を貸してあげると、
「あ~どうもありがと?あ、亜紀さんでしたねえ?うちの息子がお世話掛けてるんでしょ?こんな息子ですけど根は優しい子なの、
どうかよろしく頼みますね?・・・驚いたでしょう?こんなとこじゃ、誰も・・・」って言居かけて言葉を詰まらせてた・・、

本当に何も無い部屋だって改めて見て思った、でも
「そんな事、あたしは羨ましいです、どんなに苦しくても親子で暮らせたらいいなって、あっすみません失礼な事言ってごめんなさい・・」
って焦って頭を下げた・・、

するとお母さんは、
「いいの謝る事じゃないわ?かえって嬉しいわ?そんな事言ってくれる人なんてそういないもの、でも亜紀さん、お母さんは?・・」

って聞かれて・・、
「あ、あのあたしお母さんいないんです、いる事も知らないから、あっごめんなさい、あの?お母さん身体の具合あまりよくないようですけど・・」
って咄嗟に聞いてしまった、

するとお母さんは、
「ああ、あたしはもう長くは無いの、長く患ってるとね?諦める事しか、でもせめて息子にはって思ってるんだけどね、でもそれも中々
そうもいかないものよね・・・」ってうつむいてしまった・・、

「あのそんな事、あたしも生死さ迷って、でもあたし今こうして生きてます、だから諦めないでください?幸平さんの為にも、子供にとって
お母さんは一人しかいないですから、だから、諦めないでください?・・・」って言ってたらうちは泣いてた・・、

どうしちゃったのかな、拭いても拭いても涙が止まらなくて、拭うのを辞めた時、お母さんは、うちにティッシュを手渡して、
「ありがと?亜紀さんは優しいのね?でもいいのよ、あたしの事は気にしないで?これでもあたし看護婦してたのよ?だから自分の
身体の事はそれなりに理解してるわ?ごめんなさいね?もうよしましょうこんな話し、ね?亜紀さんお腹は?空いてない?好かったら・・」

って言いかけてたのをうちは遮った、
「あ、あのすみません、あたし生意気かもしれません、でも、でも諦めないでください?諦めてほしくないんです、あたし血の繋がらない
お兄さんに育てて貰ったんです、でも養っていけないって言われて養女に出されたんですけど、でもお母さんって呼んだのって僅かな日
だけでした・・、でもあたしには唯一お母さんって呼べる存在だったんです、どんなにほしくてもこの世にいなくなってしまったらひとり
ぼっちになちゃうんです・・、幸平さんにはそういう思いはさせたくないなって、あの元気になってください?幸平さんひとりぼっちに
しないでください、お願いします?」ってうちは頭下げてた・・、

うちは自分のお母さんと重ねてしまってた、もし生きて会えてたら、死んじゃう前に会えてたら、そう思うと遣りきれない想いは、
失うことの辛さも皆同じだって思うから・・・。

その時、彼が「亜紀さん、ありがと?・・」って言ったら、お母さんが
「ほんと貴方の言う通りね、この子の事思ったら、あたしは元気でいなきゃね?逝ってしまうより取り残されるのは、もっと辛いもの・・、
ありがと亜紀さん?これからもずっと幸平の傍にいてやってくださいね?あたしも頑張ってみるわ?・・」
って言って笑顔を見せてくれた・・、

その時、思い出した、そしたら自分が泣いてた事も忘れて・・、
「あっあの?これ貰ってくれますか?自分で作ったお守りなんですけど凄く効くんですよ?あたしも持ってるんですけど
元気にしてくれるんです、だからきっとお母さんも元気にしてくれるって思うんです、でもあまり上手くないのでちょっと
恥ずかしいんですけど、あの、好かったら、ああの・・」
ってなんだか恥ずかしくなって差し出した手を引っ込めようとしたら、お母さんは何も言わずにうちの手を握り締めてた・・、

「ごめんなさい、こんなもの、嫌だあたしすみません・・」って謝ってたら、お母さんが首を振った・・、
その時やっと、うちはお母さんの気持ちを理解できた・・、そしたらお母さんが、ひと言「ありがと・・」って言ってくれて・・、
あたしも「ありがとう・・」って返した・・、

すると彼が、笑い出して・・、
「ほんと亜紀さんは楽しいよな?でもありがと、凄い嬉しいよ、やっぱり会わせてよかった、母さんの笑顔久しぶりに見たよ、
母さん?俺は、母さんには長生きしてほしい、だからお願いだよ、一度病院で診て貰ってほしい、俺の頼み、聞いて貰えないかな・・」
って、言うとうつむいてた、

するとお母さんは、
「ああ、そうだね分かったよ?そうする、すまなかったね幸平?今度は母さんがお前の分も頑張んないとね?亜紀さん?
お守りありがと?何だか元気出てきたよ・・」って言って笑っってくれた、

そんなお母さんに、彼は、
「母さん?いくらななんでもそりゃ無いでしょう?まったく~、のりすぎだよ~」って笑い出してた・・、

そんなやり取りがうちには微笑ましくて、つい見惚れて笑みが零れてしまってたら、お母さんは、
「ああ、亜紀さんごめんなさいね?そうだ幸平?お腹空いてない?亜紀さん一緒にご飯食べてってくれるかしら・・?」

って聞かれて、
「ええっ?いいんですか・・?」って言うと彼が「好かったら食べてってくれよ、母さんがそう言ってるんだからさ・・」

って言われて、
「あ、はい?ありがとう、それじゃお言葉に甘えて、すみません・・」
って言ったら、彼と一緒になってお母さんまで笑い出してた、(ああもういい、気にしない・・)
うちはそう自分に言い聞かせて笑顔を作った。

それからの会話は彼の幼い頃の話で盛り上がってた、彼の屈託のない笑顔と、それを見て微笑むお母さんの笑顔は、
うちには微笑ましくて、少しお母さんが恋しくなってた・・・。

帰る頃にはすっかり陽も落ちて、夜風が温まってた身体を凍て着かせるかのように吹き抜けた・・・、
帰りの道を独り歩くのは少し怖い気もしたけど、彼の送ってくって言ってくれたのを強引に独りを選んだ、この先は彼が
お母さんと話す事多いように思えたから、でもそれはあたしの強がり、ちょっと寂しくなったら泣けてきたから、だから
独り泣きたくなっただけ・・、(お母さん・・)涙が溢れたら止まらなくて、うちは夜道を泣きながら歩いてた、
誰も気づかないって知ってるから・・・、

でもそんな時、お腹が急に痛み出して、近くに見えた木の傍でしゃがみこんだ、あまりの痛さにうちは仕方なく坐り込んだ、
でもすぐに治まってくれるそう思いながらいたら、通りかかった見知らぬ人に
「どうしたの?具合でも悪いの~?病院連れてってやろうか~?」って声を掛けられた・・・、

「ああいえ、大丈夫です、ちょっと疲れて休んでるだけですから、ありがとうございます」って言うと、

「そう?でもなんか辛そうだよ?遠慮しなくていいんだよ?どうせ俺、暇だし連れてってやるよ、な?」
って言うとうちの腕を掴んで引き上げた、

何だか怖くなった、でもまだ治まりきらない痛みに、堪えるのがやっとで、ただ、
「あっいえ、ほんとに大丈夫です・・」って言ってたら「亜紀さん~!」って呼ぶ声がして振り向くと彼が
駆けよって来るのが見えた・・、

うちは思わず
「幸平さん~」って声を張り上げてしまったら、そしたらうちの腕を掴んでた手が離れて何も言わずに遠ざかってた、

彼がうちの前まで来た時は、またうちはしゃがみっ込んでしまってた、すると彼が・・、
「大丈夫?いや~好かった、どうしたの?なんか辛そうだけど、どっか痛いの?もしかしてお腹?」
って聞かれて頷いて見せたら、うちは彼に抱えられて店に帰りついた・・。

店に入ると彼は、
「こんばんわ?すみません、遅くなりました?あの?カナさん頼みます・・」

って言うと、アンちゃんが「なに?亜紀ちゃん、どうしたの?」って聞かれて「ああ、ちょっと・・」って言ってたら、

ヒデさんが来て
「どうしたんだ、亜紀?」ってなんだかもうみんなが騒ぎ出してた・・・、

「あ、あたしはもう大丈夫よ、ありがと?だからそんな心配しなくても・・」ってうちは椅子に坐り込んだ、

すると彼が、
「カナさん?今日はほんとにありがと?カナさんのお陰で母さん病院行く気になってくれました、ほんと感謝してます、ほんと
ありがと、それで明日にでも母さん病院に連れて行こうと思ってる、からカナさん一緒に診て貰いませんか?やっぱり診て貰った方が
いいですよ、これは俺にも責任あるんで、あの、ヒデさん?・・」って聞いた、

するとヒデさんは、
「ああ、亜紀は俺が連れて行くから気にしなくても大丈夫だよ、君はお母さん診てあげるといい、悪かったね?送ってくれて
ありがと?」

って言うと、彼は、
「そうですか、それじゃ俺はこれで失礼します、カナさん?お大事にありがとうございました、それじゃ・・」そう言って帰って行った、

その後ろ姿に、ヒデさんは何処か暗い目をして見送ってた・・・。

その時アンちゃんが
「亜紀ちゃん?部屋で休んだ方がいいよ、ね?そうしなよ・・」って言われて、

「そうねありがと?それじゃそうさせて貰うね?ヒデさんごめんね?ちゃんと診て貰うからね?」

って言ったら、ヒデさんは、
「なに謝ってるんだよ?俺を気にすること無いんだ、それより今日は疲れたろ?もう休みなよ、な?」って笑って見せた、
「ありがと・・」ってだけ言ってうちは部屋へと戻った・・。

少し治まりかけてきた痛みに少しほっとしながら壁に寄りかけて坐り込んだ、まだ何処か寂しさが抜けなかった、夢中で
お母さんに話したことも今では何をどう話してたのか思い出せない、でも想いは少しでも伝わってくれたって思いたい、ただ
これから先、彼がお父さんにどう切り出すのか、まだうちには不安が残ってた、お父さんの事考えたら涙が溢れて膝に顔を埋めた・・。


そして一夜明けた今日は、いつものように店を開けた・・、
ヒデさんには、休んだ方がいいって言われたけど、もう痛みもない今朝は、どうしても休む気にはなれなくて店に出た・・、
忙しなく始まった一日は、夕暮れまで続いてやっと一息ついた時、店に久しぶりに朋子さんが顔を見せて・・、

「こんばんわ、久しぶりです?あの亜紀さん?この店にカナさんっています?・・」
って、いきなり聞かれた名前に言葉に詰まってしまってたら、アンちゃんが来て、「ああ、朋ちゃん、久しぶり?どうしたの?」

って聞くと、朋子さんは、
「あの?この店にカナさんっている?院長先生から連れてきてほしいって言われて来たんだけど?そんな人、いましたっけ?」
って言われてアンちゃんはうちの顔を見た・・、

でもその時、ヒデさんは聞いてたのか・・、
「ああ、亜紀の本当の名前はカナって言うんだ、悪い黙ってて、でもどうして?何か有ったのか?」って聞いた、

すると朋子さんは、
「ええっ?嘘?亜紀さんが?ええっそうだったんですか?あっすみません、あの、今先生の処にお客さんが入らしてるんですけど、
呼ばれて行ったら、あの、この店にいるカナさんを呼んできてほしいって頼まれたので来たんです、でも亜紀さんだったなんて・・・、
ああ、すみません、あっそのお客って?チラッと見えたんですけど、年配の女の人と若い男の人がいましたけど、知ってますか?」

って聞いた、するとヒデさんが、
「亜紀?それって幸平君とお母さんじゃないのかな?」って考え込んでた「多分そうだと思う、あたし行ってきます」

って言ったら、ヒデさんが、
「俺も行くよ、な?いいだろ?な亜紀?・・」って言い出して、少し驚いたけど、ヒデさんがいてくれるのは心強い気がして・・、
「あ、ありがと?それじゃ、朋子さん行きましょうか?」って言ったら朋子さん驚いたようで「ああ・・・はい・・」って頷いた、

その時アンちゃんが、
「悪い、俺も連れっててくれないかな?」って言うとヒデさんが「ああ、いいんじゃないか?なあ亜紀?」

っていきなり振られて、「ああうん、ありがとアンちゃん?それじゃ行こう?」
って言ったら、みんなが頷いて、店を閉めて病院へと急ぎ足に歩き出した・・。


お父さんの部屋の前まで来た時、微かに聞こえた声、幸平君の声、何か叫んでるようにも聞こえて戸惑いに扉の前で
立ち尽くしてた、その時ヒデさんに「亜紀?・・」って声をかけられてうちは扉にノックをして扉を開けた、

するとお父さんが、
「お~カナ、ヒデさん、安君・・、さ~かけてくれ・・」そう言って椅子を出された・・、
彼はうちの顔を見ると笑みを見せた、でもお母さんはうつむいたまま顔を上げる事もなくて、何処か息がつまりそうなこの
雰囲気に、うちは胃がきりきり痛み出してた、

そんな時、お父さんが、
「こんな時間から、すまないね?実は早苗さんがカナをどうしても呼んでほしいって言うもんでね?それで来て貰ったんだ、
すまない・・」って言うと頭を下げた、

するとずっとうつむいたままだったお母さんが、
「亜紀さん?いえカナさん?幸平から聞きましたよ、貴方の事、そしてさっき教えて貰いました、貴方が静さんの娘だって事も、
あたしは今、どう頭の中を整理していいのか分からなくて、だから貴方に・・・、あたしは知りたいのよ、ねえ何処までがほんとなの
カナさん?話して貰えるかしら・・・」そう言ってうちを見た、でも・・、

どんな話しを、何処までを聞いて、何を知りたいんだろ、唐突な質問にうちは戸惑ってた、何を話せばいいのかさえ分からない・・、
その時ヒデさんが、
「あの?、失礼ですけど何処までの話しをされてたのか教えて貰えますか?ただ漠然と教えてほしいと言われてもどう
話していいか、応えようがないんですが、聞くならそこから教えてもらえると助かるんですけど・・」て言ってお母さんを見た・・、

するとお母さんは、両手を握り締めて、
「幸平から、亜紀さんが本当はカナさんで、浩市さんの娘さんだって聞かされたのよ、そしてあたしを医者に診せたい為に、
亜紀さんだと嘘をついてた事も、それで今日診察を受けに来て、この病院が浩市さんの病院だと知ったの、今、カナさん?
貴方が静さんの娘だって事もね?でも幸平と浩市さんの話しのずれが、あたしにはまだ理解が出来なくて、だから貴方にも
確かめたくて此処へ来て貰ったの」

すると彼が、
「母さん?だからさっき俺何度も説明したよ、これ以上何を聞くの?まったくこれだもんなあ・・、どうせ俺なんか信用して
ないんだよな母さんは・・、何時だってそうだ、ああ、もうやってらんないよぉ!なにが親だよ、まったく!・・」
そう言って椅子から立ち上がると椅子を蹴ってそっぽ向いてしまった、

そんな彼の態度に少しだけ見えてきたように思えて、何故かうちは気持ちが落ち着いてた、そしたらヒデさんが、
「分かりました、カナの事も今までの事、全部お話しますよ、いいよな?」って言ってうちの顔を見た、

うちが頷くとヒデさんは、うちの生い立ちから今までを全てうち明けてた、それを全部、話し終えた時、お父さんまでもが、
少し驚いてたようにも見えた・・、

するとお母さんは、
「それじゃ~ほんとなのね?静さん、亡くなってしまったって・・・、まさか本当に逝っちゃったなんて・・・ああっありがと、
あっでもどうして貴方、カナさんの事?」
って言い出した、(それこそどうして今頃そんな事に気づくの?)うちは、少し気がぬけた・・・、

するとヒデさんは、
「ああ、いい遅れましたけど、自分はカナの旦那ですよ、ヒデと言います・・」って会釈をした、

するとお母さんは、
「ええっ?なに、カナさん、貴方、結婚してたの?あ、ああっそう、そうだったの・・・」
って言ったっきりお母さんはまた黙り込んでしまった・・、

その時お父さんが・・、
「それでねえカナ?幸平君は私の息子じゃないそうだ、でも私は自分のしてきた事の償いをしたい、だから彼女には私の出来る
限りの事をしてやりたいそう思ってね?それで私の家へ迎えようって決めたんだよ、すまない、
だが静には許しては貰えないだろうね、でもカナ?カナは私の事を許してくれるだろか?こんな私を・・・・」
って言葉を詰まらせて眼がしらを赤くしてた・・、

驚きはあったけどでもお父さんが幸せなら・・、
「そんな事、あたしはお父さんがそう望むならそれが一番だって思ってます、それにお母さんだってもうお父さんの事
許してくれてると思う、だからお父さんが謝る事は何も無いの、あたしはお父さんに救って貰っただけでもう十分だから・・」

って言うとお父さんは、
「ありがとう?カナ・・」そう言って言葉を詰まらせてた、

するとお母さんは、
「あたしは断ってたのよ?でも幸平も、それにあたしももう後悔はしたくないって思ったから、それでお受けしたの・・」
そう話すお母さんの表情は、少し笑顔になってた、その笑顔に何故かうちの顔までが熱くなった・・、

「あ、あの?お母さん?すみませんでした、名前の事隠してしまって、でもうち明けてしまうとどうしてもあの時は・・・、本当に
すみませんでした、でも嬉しかったです、親子っていいなって思えましたから・・」

って言うとお母さんは、
「もういいわよ、それは幸平が考えた事なんでしょ?今貴方が幸平のことひと言も口にしないから分かったわ・・・、
貴方から貰ったお守り大事にするわね?色々ありがと、そう言えばお二人、子供は?もう作ってもおかしくないわねえ?
その時は教えてね?カナさんに、えっとヒデさんでしたよね?楽しみにしてますよ・・」そう言って笑みを浮かべてた・・、

するとヒデさん、
「そうですね?その時は、是非顔見に来て貰えると嬉しいですよ・・」だって・・、
何故かこの展開がうちにはやっぱりついていけそうになくていつの間にかまたうちはため息ついてた・・。

そんな時彼を見ると、お父さんの机の椅子に腰を下ろして何か考え込んでるようにも見えた・・、
何処か今までと違う彼を見ているようで怖い気がした、でもそれはうちの考えすぎなのかもしれない、
そう自分に言い聞かせて目を逸らした・・。


血のつながりがこんなにも人の心を動かしてしまうことを今さらのようにうちは知ったように思う・・、
でも血の繋がりを超えられるものがあること、うちは知ってる、だから今は寂しくても辛くても、一人じゃないって
そう思える・・。


いつの間にか静まりかえってしまった部屋の中、唐突に彼が、
「母さん?俺、あのアパートに残るよ!いいだろ?もう母さんには親父がついてる、だからさ?俺は自分の事は自分で遣って
行くよ、いつまでも母さんに甘えてる訳、いかないからな?いいよね?・・」って言ってお母さんを見た、

するとお母さんは、
「そう~お前がそうしたいって言うなら母さんは反対はしないわ、お前にはずっと苦労かけてたんだものね、今までありがと?
でも居なくなったりはしないでね?お願いよ幸平?・・」そう言って少し涙ぐんでた、

すると彼は、
「そんなことはしないよ~?ありがとう、母さん?・・」そう言って笑顔を見せてた、

その時ヒデさんが、
「好かった、それじゃ~すみませんが、そろそろ俺たちはこれで失礼させて貰います、お父さん?近いうちにカナをちょっと診て
もらえたらと思ってますので、その時は宜しくお願いします・・」って頭を下げた、お父さんは、

「あ~そうしてくれ、待ってるよ、カナ?無理はしないようにね?何時でも待ってるから、今日はありがとう」
ってうちの顔を見ると笑みを見せてた、
そんなお父さんにかけてあげられる言葉が見つからなくて、笑顔で返した、
そしてお母さんと彼に「それじゃお母さん、幸平さん、お元気で?お世話かけました・・」って部屋を出た・・。


空はすっかり陽が落ちて、見上げるとぼんやりと遠くで月が真暗になった夜道を照らしてた・・、
陽が沈んでしまった夜風は冷たさを増して吹き抜けてく風は道端の枯れ葉を舞いあげてた、
凍て着く風はうちの頬を強張らせて、堪えきれずに上着の襟を立てて歩きだしたら、二人がうちの両脇に立って肩を並べると
腕を組んで風を遮ってくれた・・。

暖かい二人の優しさに囲まれて胸が詰まったら、うちは何も言葉には出来ない代わりに、うちの腕には届き切らない二人の
背中を両腕で思いっきり抱きしめた、

するとヒデさんが、
「ようし、少し走って帰るか~?な~亜紀?大丈夫だよな?安・・」

って言い出したら、アンちゃんは、
「あ~そうだね・・行きますか~!」って声を張り上げたら、みんな一斉に走り出した、
そしたらいつの間にかうちは二人に時々担いで貰ってたように思う、それでも店までの距離を、息を切らしながら店の前に
辿りついたら、三人が顔を見合せると、笑顔が溢れた・・。

時の足跡 ~second story~29章~31章

時の足跡 ~second story~29章~31章

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. Ⅱ 二十九章~本音~
  2. Ⅱ 三十章~ただいま~
  3. Ⅱ ~三十一章~過去の謝ち~