ぐだショタちゃんと段蔵ちゃん
FGOの段蔵ちゃんとショタ化した男主人公のお話です
「加藤段蔵(かとうだんぞう)、ここに起動。入力を求めます、マスター……?」
英霊召喚という理を受け、段蔵は再び世界へ現れることとなった。英霊として世界に受け入れられるに当たり、段蔵には自身の立場が入力され自由意思で行動する能力が与えらている。予備知識の通りなら、マスターが近くに居るはずなのだが。
「あなたが段蔵のマスターでありまするか?」
陣の周囲を見渡したところ、大きな盾を構えた御仁が視界に入る。マスターとサーヴァントは令呪なるもので繋がりを持つと言うが、彼女からそういった気風を感じることは出来ない。だが、この場に強く漂うのはあの盾と、それを操る少女であると感じることは出来る。
目が合ったことに気付いたらしく、盾を持つ少女が口を開く。
「いえ、そうではありません。マスターは、あなたの足下です」
真下に顔を向けると段蔵のへその辺りまでしか身長のない、小さな男の子が居ることに気がついた。目を見開き、嬉しそうな顔で段蔵の足を手で撫でている。
「すげぇ、この服かっこいいな! お前、ニンジャのサーヴァントなのか?」
目を上げた少年と目が合った。英霊扱いを受けること自体初めての段蔵が確信を持つことは不可能だが、小さな繋がりを感じる。盾を持つ少女の言葉は正しいのだろう。
「はい、段蔵は忍(しのび)でありまする。マスターの言う忍者のサーヴァント、ということになりましょう」
「ニンジャかぁ、カッコイイな!」
段蔵の答えを聞き、マスターは嬉しそうに装束に触れる。その様子を、盾を構えた少女が強い語気で牽制した。
「先輩、女性の足を触るのはなんていうんでしたっけ」
「セクハラ!」
盾の少女はマスターを先輩と呼んだ。しかし、外観から年齢を察するにマスターのほうが年下と思われる。
「また清姫さんが怖い顔をしますよ」
「う……ごめんなさい。えーっと」
マスターは段蔵の顔をのぞき見る、名乗りを聞き逃したのかもしれない。
「加藤段蔵にございまする、マスター」
「ダンゾー、ダンゾーか! リッカ覚えた!」
マスターは段蔵の足下をクルクルと走り回る。その姿には目もくれず、盾の少女は立ち上がり近づいてきた。
「初めまして、段蔵さん。マシュ・キリエライトと申します。こちらは、マスターの藤丸立香(ふじまるりつか)」
段蔵はマスターと盾の少女の外観と名前を入力し、ヒモ付けする。
「返礼します、マシュ・キリエライト殿。名は加藤段蔵、果心居士に制作されたからくり仕掛けの人形にござりまする。かつて風魔の忍術を入力され、女忍者として活動していた者です」
マシュ・キリエライトは目を伏し、段蔵に向けて頭を下げた。
「丁寧にありがとうございます、段蔵さん。わたしのことは、マシュとお呼びください」
「承知しました。ところでマシュ殿」
挨拶を終え、段蔵が起動したいきさつを聞こうと思ったが、その前にマシュ殿は屈んでマスターの肩を掴んだ。
「先輩、段蔵さんが挨拶してくれたんですよ。少しは落ち着いてください」
話は遮られてしまったが、からくり人形が急かすというのもおかしな話。英霊となった段蔵を呼び出したのだから、命令や状況説明はそう掛からず行われるだろう。
「なあ、からくり人形ってなんだ?」
マシュ殿の顔が険しくなる。段蔵はこういう場面を経験したことは無いはずだが、次に何が起こるか不思議と分かった。
「何でもかんでも聞いちゃいけないと言われてるじゃないですか」
「でも、ダンゾーは自分でからくり人形って言った!」
理にかなってはいない、しかし自身の中で理屈として成立したものを強く主張する。こういう姿を、段蔵は知っている気がする。今まで記憶が曖昧になるということはなかった、英霊化の折りに記録が失われたのだろうか。
「マスター、からくり人形とは人を真似て作られた命令通りに動く道具です。段蔵は作り物の体に魔力を注がれ、命じられた通りに功績を立てたのです」
顔色を悪くしたマシュ殿に対し、マスターは不思議そうな顔をしている。
「よくわかんない。ダンゾー、子供にも分かるように言ってよ」
子供にも分かるように、か。段蔵は子供の相手をするよう作られては居ない、だが不思議と言うべき言葉が浮かんできた。
「段蔵はマスターの命令を聞く者にござりまする。忍者とは、マスターの命令を聞く者。からくり人形も、マスターの命令を聞くために作られました。マスターのための人形と言えるでしょう、おわかりいただけますか」
「えっと、段蔵はなんでも言うこと聞いてくれるってこと?」
そう、からくり人形とはそういうもの……不思議だ。命令を入力されなくとも、思考を働かせることが出来る。英霊になったからだろうか。
「段蔵さん、先輩を甘やかしちゃダメです。サーヴァントは意思を持たない人形じゃないんですよ」
目を上げると、怖い顔のマシュ殿が段蔵の顔を見つめていた。それはマスターにも向けられているらしく、マスターは段蔵の影に隠れた。
「マシュのケチ! ダンゾーはリッカに優しくしてくれるからいいの!」
「よくありません!」
段蔵はからくり人形、マスターの命令は絶対。しかし、マシュ殿の言い分も分かる、どうしたものか……今、段蔵の中からどうしたものか、などという言葉が出てきたのか? この段蔵が悩んでいる、命令以外のことに思考を割いている。英霊化したことで、新しい有り様を求められているとでも言うのか。
「とにかく、言われたとおり召喚できたんです。段蔵さんはダ・ヴィンチちゃんのところへ連れて行きますよ」
マシュ殿に抱き上げられ、マスターは不満そうな顔をしている。本意ではないが、マシュ殿の提案に正当性を感じて受け入れたと捉えて良さそうだ。段蔵はまだ、召喚されたこの地のことを何も知らない。マシュ殿に付き添われ、ダ・ヴィンチちゃんなる人物に話を聞くのが得策だろう。
「段蔵さん、気をつけてくださいよ。今の先輩は普通じゃないんですから」
マスターが普通でない、というなら把握する必要がある。
「マシュ殿、説明を求めます」
マシュ殿は段蔵へ向けた顔を廊下の先へ戻し、淡々と語り始めた。
「元々、マスターはわたしと同い年くらいの人間なんです。それが、何のきっかけもなくあんな子供の姿になって……以前の記憶はあるそうなのですが、思い出し方が分からないみたいで、その、常識とか倫理観まで小さな子供のようなんです」
以前のマスターも子供じみたところはあったが、前向きで責任感の強い人物であったと説明を受けた。マシュ殿もマスターを慕っているようだ、人物評は当てになるだろう。だからこそ、今の状態をいち早く改善したいという。
「体を小さくする妖術が存在すると段蔵の記録にあります。ですが、それは肉体のみに作用するものとあります。マスターが心まで幼くなってしまった原因は分かっているのですか」
難しい顔をむずがゆそうに歪め、マシュ殿は段蔵に答えた。
「ダ・ヴィンチちゃんは心当たりがあるようなのですが、設定を変えたから、なんてよく分からないことを言っているんです。さすがのダ・ヴィンチちゃんも設定は変えられない、とかで段蔵さんをお呼びすることになったんです」
いきさつは分かった。だが、段蔵は敵の殲滅こそ本懐。なぜ必要とされたのだろう。
「あ、ここです」
堅牢な扉に『ダ・ヴィンチ工房』と札が下げてある。工房ということは、ダ・ヴィンチちゃんは呪術の使い手なのだろうか。
「加藤段蔵、からくり仕掛けのサーヴァントか。わたしの想定と少し違うが、問題などあるはずがない。条件を満たすサーヴァントが召喚されるよう、わたしが手引きしたのだからね」
工房にたたずむ美しい女性はレオナルド・ダ・ヴィンチを名乗りマシュ殿を退席させた。
「ダ・ヴィンチ殿。聞くところ、マスターを元に戻すために段蔵を呼び出したのでござりまするか」
レオナルド・ダ・ヴィンチは微笑みを崩さず、段蔵の足下から頭の先にかけて視線を送る。
「かしこまらなくていいよ、ダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれ。それと、キミがマスターを元に戻せる、なんてことは初めから期待していない。来てもらったのは、別の用件なんだよ」
要領を得ない段蔵に、ダ・ヴィンチちゃんはいろいろなことを教えてくれた。ここがカルデアと呼ばれる場所であることや、段蔵が作られた時代よりはるか未来であること。ここには多くのサーヴァントが召喚されているが、マスターの変容に当たって混乱を避けるため、ごく一部を残しマスターとの接触を断たせていること。カルデア在籍のサーヴァントは施設が供給する電力という力を用いて、マスターの魔力供給なしに存在を維持できることなどだ。
「より、分かりません。優秀な英霊が多数在籍しているなら、段蔵が必要とされる理由がなくなります」
「必要? キミは必要とされなければ存在を許されないのかい」
段蔵の全身を鋭い何かが通り過ぎる。それがダ・ヴィンチちゃんの視線であることに気付いたのはすぐだった。
「木、鉄、魔力。自然の理と作為的な魔力の改変。歯車で強引にかみ合わせたそれでは飽き足らず、生ある肉体を素材として加え、より強固な自動人形を作成する。それが存在し、後生に伝聞されることも含め世界は許容した。キミは既に、制作者の意図すら大きく上回った存在なんだよ、加藤段蔵」
意味は理解できない、だが直感した。目の前のサーヴァントは段蔵の全てを把握する程度は容易いほどの大英霊だ。少なく見積もっても、今の一瞬で段蔵の構造は全て把握されただろう。
「段蔵は、自身の存在について考えることをしませんでした」
「そういう風には作られていないんだ、仕方ないさ。だけど、今は違う」
大英霊は容易く言葉を結んでいく。
「考える力を無駄にしないことだ、加藤段蔵。そしてわたしが条件としたのは、幼くなったマスターを子供として許容できる心を持ったサーヴァント。わたしは大それた意図を持ってキミを招いたわけじゃない、マスターが元に戻るまで親代わりをしてくれればそれでいい」
「あ、ダンゾーだ!」
扉を開けると、寝転んでいたマスターが段蔵に気付き飛び上がって駆け寄ってくる。
「もうお話終わった?」
「はい、終わりました」
マスターとサーヴァント。向けられる好意は関係性のためと思っていたが、マスターは段蔵を気に入っているように見える。記憶を引き継いでいるなら、以前から交流を持ち親しいと聞くマシュ殿を好みそうなものだが。
「ダンゾー、ここ座って!」
促されるまま、段蔵は椅子に腰掛けた。すると、マスターは段蔵の腕を掴んで椅子を登り、段蔵の膝の上に腰掛けた。バランスを取ろうと段蔵の服を掴み、安定すると何をするでもなくただニコニコしている。
「マスターは段蔵の膝に乗りたかったのですね」
「うん。あ、立っちゃダメだからね」
「承知しました」
その後、マスターは辺りを見回したり足を揺らしたり、段蔵の体を触ったりしながらくつろいでいるように見えた。
「ねえ、ダンゾー」
マスターは段蔵の胸を触りながら問う。
「ダンゾーはおっぱい触られても嫌じゃない?」
人間の女性は恥じらいを持ち、過度に触られることを嫌がるというが段蔵にそういった感情はない。今後生まれるかもしれないが、少なくとも今は嫌ではない。
「嫌ではありません、マスター」
マスターの顔が明るくなり、ベタベタと胸を触ったり揉んだりし始めた。
「マシュはね、おっぱい触ると怒るんだよ。セクハラ~って。だっこもしてくれないの、おっぱいが当たるから~って。ダンゾーはセクハラじゃないの?」
「実を言いますと、セクハラと言う言葉を知らないのです。マスターはご存じですか」
「知ってる! よくわかんないんだけどね」
オモチャで遊ぶ子供のように、マスターは段蔵の胸をつついたり耳を当てたりしている。
「マスターは胸が好きなのですか」
「うん、好き」
「段蔵の胸はいかがですか」
「えーっと……おっきい! あと、やわらかい!」
ダ・ヴィンチちゃんは段蔵にマスターの親代わりをやれと言った。マスターは、母親が恋しいのでしょうか。
「ねえ、ダンゾーはおっぱい出ないの?」
母乳のことだろう。段蔵の体には、男性を誘惑し懐柔するための機能は一通り備えられている。母乳も例外ではない。だが、最後に補給したのは召喚される前。貯蔵袋に入っている牛の乳は、人間が口にするには危険ではないだろうか。
「今は出ません。補充をすれば出すことも出来るのですが」
マスターの要望を受け、段蔵は単独で食堂へ向かうことになった。廊下を歩いていると、赤い装束を着た白髪のサーヴァントが目に入る。ダ・ヴィンチちゃんから聞かされた、マスターとの接触を許可した人物で当てはまるのは……。
「エミヤ殿、ですね」
声をかけると、赤い装束のサーヴァントは立ち止まった。驚いている様子はない。
「お前か、ダ・ヴィンチちゃんの言っていたサーヴァントは」
今、マスターとの接触が許されているのは段蔵、マシュ殿、ダ・ヴィンチちゃん、ドクターロマンの通称で通っているというロマニ・アーキマンという人物。ただし、ロマニ・アーキマンはマスターと接触できない英霊のケアを行っており顔を出す暇はないだろうと断りを入れられている。残るは、マスターが人間である故の必然。カルデアの台所を預かっているという英霊、エミヤのみだ。
「はい、加藤段蔵と申します。手伝えることがあれば、申しつけてください」
「無理をするなからくり人形、厄介事を押しつけられているだろう。困ることがあれば、頼られるのはオレのほうだ」
エミヤ殿は段蔵の全てが人工物であることが分かっているような口ぶりだ。今、段蔵が身に纏っているのは忍び装束。内蔵武器を即座に使用できるよう、胴体部を含む多くの部分を露出している。だが、一目見た程度でからくりであるのか、義手を付けた人間であるのか判別できるほど段蔵の体は単純ではない。彼もまた、ダ・ヴィンチちゃんと同類の大英霊なのだろうか。
「あんなやつと一緒にするな、オレはただのアーチャー。お前が思うほど、大層なものではない」
段蔵の心中を、読まれた?
「エミヤ殿は読心術が扱えるのでありまするか」
重そうに頭を手で支え、エミヤ殿は大きくため息をつく。
「そんな能力はない。加藤段蔵と言ったな、お前は考えが顔に出すぎる。先に答えるが、オレは構造把握が少しばかり得意だ。外観から判別できなかったから調べた、ダ・ヴィンチちゃんのような得体の知れない力で見抜いたわけではない」
得体の知れない力。ダ・ヴィンチちゃんにはそれがあると言えるような凄みがあった。この男も相当の手練れだが、異質ではない。人間と比べれば、サーヴァントそのものが異質ではあろうが。
「段蔵は英霊化したばかりです、表情を操れないのはそのせいと思われます」
「まるで生前は心がなかった、とでも言うような台詞だな」
そう、段蔵にこんな思考様式はなかった。命令を果たすため、最適解を探して……その後は、どうしていたのだろう。過去の情報が破損していて引き出せない、機能の一部が壊れた状態で召喚されたのだろうか。
「なかったと、思います。段蔵は部品が壊れたまま長い時を送ったためか、記憶に著しい欠損が確認できます。正常に動作しないことを心と呼ぶなら、段蔵に心があった可能性は否定できません」
エミヤ殿は肩をすくめて見せるだけで、少しの間を置いて話題を変えた。
「この先は食堂しかないが、からくり人形でも腹が減るのか」
「いえ、食べてみせることはできますが段蔵に食事は必要ありません。マスターのための用向きです」
段蔵がマスターに乳を飲ませるために、乳腺の栄養になるものを探しに来たと伝えるとエミヤは再び頭に手を当てた。
「加藤段蔵、マスターに乳を飲ませることについて何か感じるか」
「いいえ」
「だろうな、だからそういう発想になる。段蔵、今のマスターは確かに幼い。だが、成人男性に相当する記憶を持っていることを忘れるな。それと、マスターと触れあったときの様子は絶対に他言するな」
エミヤ殿は真剣に語るが、何を伝えようとしているのか理解できない。成人男性の記憶を持っていることはマシュ殿から聞いたが、今は思い出せないという。念頭に置いたところで主従に影響があるとは思えない。
「忠告の意図を、聞いてもいいですか」
廊下の反対方向を指さし、エミヤ殿は続ける。
「サーヴァントにはいろんなヤツがいる。マスターに特別な感情を重ねたり、求めたりするヤツもな。サーヴァントは人間の倫理観を持ってしても御しがたい存在だ。マスターの親代わり、なんて役目にあらぬ敵意を向けられることもあるだろう、口は慎むことだ」
わかる話だ。英霊になる前の段蔵も、人間の不可解な感情には振り回された。時に不合理、時に理不尽に振る舞うのが感情。サーヴァントともなれば、推し量れぬものはより多くなるだろう。
「忠告に感謝します、エミヤ殿」
食堂にあるものは好きに使っていいと言い残し、エミヤ殿は段蔵の横を通り廊下の影へ消えた。段蔵も果たすべき任務に戻るとしよう。
「どうですか、マスター」
補給して戻り胸を差し出すと、段蔵の予測と異なりマスターは悲しそうな顔で黙ったまま抱きついてきた。胸に吸い付いたまま動こうとせず、段蔵が声をかけても答えず、表情も変えず一心不乱に乳を飲んでいる。
「お気に召したようで何よりです、マスター」
やはり答えないが、マスターが寂しそうな顔で段蔵の顔を見上げる。入力されたプログラムではない、何かがマスターの必要を感じ取った。
「これで、いかがでしょうか」
段蔵は身を低くし、マスターの体を抱き上げ体を密着させた。床から足が離れ、段蔵に揺らされてマスターの寂しそうな顔は穏やかになった。
「ダンゾー」
口を離し、マスターは言う。
「眠くなってきた、布団入ろ」
抱きかかえたままマスターをベッドへ運び、布団を掛けようとするもマスターが段蔵の胸から離れない。以前にもこんなことがあった気がする、思い出せない記憶を手繰りながら段蔵はマスターを抱いたまま布団を被った。こういうとき、からくり人形であっても共に眠るのがよかったはずと思い、段蔵はスリープモードを起動する。
スリープモードが終わり、目を開けるとマスターと目が合った。手には布が握られている。
「あ、ダンゾー起きた?」
「はい。ますた、あ?」
首が動かない、関節が稼働しない。何だ、何が起こってる。
「今顔拭き終わったんだ、もうちょっと寝ててね」
マスターは段蔵の腕を視界の外へ遠ざけ、肩の付け根あたりを布で磨き始めた。腕が、外されている。
「何をしているのです、マスター」
顔を明るくし、誇らしげにマスターは語る。
「エミヤに大事なものは綺麗にしておきなさいって言われた! 長持ちもするって。リッカ、ダンゾーとずっと一緒がいいから綺麗にしてるの!」
それでね、それでねとマスターは語り続ける。嬉しそうにしているマスターには申し訳ないが、段蔵はそれほど単純なからくりではない。分解できたのは、段蔵のシステムがマスターの解体を許可したからだろう、仕組みとしてそれは正しい。だが、幼くなったマスターがこれを元に戻せるのだろうか。
「マスター、段蔵はが、か!?」
首元の装甲が外され、中を触れられている。発声機関が押さえ込まれて、声が出ない。まずい、こう手荒に扱われたら、外側ならともかく内側が壊れてしまう。
「ます、た……」
少し、遅かった。声は既に出ず、マスターは内部構造に手を付けている。露出した腕の接続部が摩擦を受けている、布で拭いているのだろうけれど、鉄製のそれを乾いた布でこすれば静電気が走る。
(が、あ。機関部に異常、障害を排除……障害はマスター、排除は許可できない。繰り返す……)
腕が終わり、今度は股関節に布があてがわれる。足も既に取り外されているらしく、入力される異常が段蔵の頭をかき乱す。
「お、ご」
魔力回路が接続される? 段蔵のシステムが、マスターに、書き換えられて……。
「ダンゾー、綺麗になったよ。ダンゾー?」
「ピィ、ガ」
「首くるしいの?」
マスターが段蔵の喉に発声機関を押し戻した。声が、出せる。
「ま、す……た。い、いえ……問題、ありません」
「そっか、よかった。ねえねえ、服はどうすれば脱げるの?」
「言われずとも、段蔵はマスターに全てを見せまする」
段蔵は胸部、腹部の装甲を強制解除し中のからくりをマスターに見せる。
「うわぁ~すごい、段蔵の中ってこうなってるんだ」
興味深そうにマスターが段蔵の中を覗く。知ってくださいマスター。段蔵は作り物とはいえ、女として作られたのです。
「マスター、段蔵に魔力を与えてください」
股間の装甲も強制排出し、段蔵は疑似生殖器を露わにする。装甲と合わせて見れば女性器にも見えるが、足が外されからくりを露出している今では粘液の付いた穴にしか見えない。マスターは段蔵の秘部を興味深く覗いている。
「おちんちんのあったところ、女の人ってこんなふうなの?」
「段蔵は任務とあらば女も殺します。遺体の様子から、今の状態は人間の女の形に見えないと考えます。マスター、段蔵のことが好きですか」
「好きー!」
今、段蔵は人の姿をしていない。手足はなく、肌に似せた装甲も捨てたからくりの塊だ。
「この姿でも、好きですか」
「うん、カッコイイ!」
マスターは受け入れてくれるのですね。
「では、マスターのおちんちんを段蔵の穴に入れてください」
行為を説明するのは手間だったが、マスターは小さな分身を露出させ段蔵の下腹部に備えられた疑似生殖器に差し込んだ。
「わっ、何これ、あったかい……」
「ここから魔力を補給するのです。今、段蔵は手足を外されています。マスターが腰を動かしてください」
「こう?」
腰を動かすために、マスターは段蔵の体に手を着いてバランスを取ろうとする。歯車や滑車が、マスターの魔力のこもった手で触れられる。
「ああっ! ま、マスター。段蔵は、心地ようござりまする」
「ダンゾー、これ気持ちいいの?」
段蔵の反応を見てか、マスターは疑似生殖器に腰を目一杯押し当てる。それでも、マスターの小さな竿は段蔵の中を半分も満たさない。限界まで締め上げ、ようやくマスターの逸物を包み込める程度の大きさだ。あまりにきつく締め付けているため、歯車がガチャガチャと大きな音を立てる。
「はい。気持ちいいのでござりまする」
「でも凄い音がするよ……うわぁ!」
心配そうなマスターが無造作な手つきで段蔵の疑似生殖器に触れる。歯車の刻む周期的な音とマスターの鼓動が重なり、心地よい。しかし胸に着いていた手を離したことでバランスを崩したらしく、マスターは挿入したまま装甲を外した段蔵の胸に倒れ込んだ。
「ふごごごご、が、ああ」
繊細なからくりの上に勢いよくマスターの体が落ちてくる。乱暴に扱われた精密機械は悲鳴を上げ、噛み合わぬ歯車同士がお互いを求め激しく空転する。
「ますたぁ、ますたぁ……」
「だ、ダンゾー、大丈夫?」
「も、もっと、段蔵を……」
記憶の断片が蘇る、段蔵は過去幾度か乱暴に扱われたことがある。それに耐えるよう、作り替えられた。それを受け入れるよう、プログラムされた。段蔵は、体の変調を喜んでいる。
「もっと乱暴に……あっ」
激しい音を立てて、歯車のひとつが体の外に飛び出した。その勢いは強く、肉を裂くのではないかというほどに。幸いマスターには当たらなかったが、好ましい状況ではない。段蔵の頭脳がだんだん冴えてくる。
「ま、マスター」
「びっくりしたぁ。でも、段蔵はからくり人形だから修理できるよね」
「ですが、危険です、ああっ!」
マスターが段蔵の胸部へ乱暴に手を突き入れる。魔力回路が保護しているのか、マスターの手に当たりそうな歯車や滑車は動きを止める。だが、強引な停止で段蔵の機能は乱れ、マスターの手が動くたびにガチャガチャと嫌な音を立てる。本当に、壊れてしまう。
「あ、なんか触った……あ、あれ? 魔力回路から何か流れてくる?」
マスターの顔が精悍さを帯びてきたように見えたところで、段蔵の視界は途切れた。魔力を貯蔵する中枢に触れられているようだ。もはや、頼りは聴覚と触覚のみ。
「だ、段蔵は壊れていたのです。マスター、発言を取り下げさせてください。もう、止めましょう」
「あ、れ? オレは、何を……」
中枢を掴んだまま、マスターは起き上がった。段蔵の体から中枢が引き抜かれ、からくりの部品が外へ飛散する。
「ごがががが、ま、ますたあああ!」
「あっ、しまっ、段蔵! 段蔵!」
意識が途切れる寸前に、マスターの声を聞いたような気がした。
目覚めると、エミヤ殿が段蔵の体を組み立てていた。
「気付いたか、からくり人形。マスターからいきさつは聞いた、災難だったな」
後ろには、マシュ殿に連れられたマスターの姿がある。段蔵は声が出ないか試みた。
「ま、ま……マスター、無事でしたか」
マスターは酷く落ち込んでいるように見える。
「ごめん、段蔵。オレのせいで、こんな目に遭わせて」
雰囲気がまるで違う、記憶を取り戻したのだろうか。
「まったくです。先輩、反省してください」
「はい……」
マシュ殿の言葉を素直に聞いている、あれが本来のマスターか。
「あまり思考を巡らすな、からくり人形。歯車が動き回って組み立てにくい」
エミヤ殿が顔を上げ、無表情とも不機嫌とも取れる顔で段蔵をたしなめる。
「そ、それはすまぬことをした」
エミヤ殿は顔を段蔵の顔に向ける。
「マスターが少し正気になっただけでも十分な収穫だ。それに、お前も手荒に扱われて我を忘れていたようだ、責めるつもりはない、修理が終わるまで大人しくしてくれていればいい」
その後、段蔵はマスターやマシュ殿の話を聞きながら修理を受けた。段蔵自身は、エミヤ殿に迷惑をかけぬよう思考精度を落とし人形のように聞くだけだった。ダ・ヴィンチちゃんには既に報告がされたこと。マスターが記憶を引き出せるようになったため、他のサーヴァントと接触が可能になったこと。頭脳は外観相応であり長い時間思考を維持できないことなどを、謝罪や近況報告を交えた会話からくみ取ることが出来た。
「なので、マスターが子供になってしまった時は引き続き段蔵さんに面倒を見て欲しい、とのことです」
マシュ殿の付け加えた言葉に、マスターは不安そうな視線を送ってきたので、段蔵は微笑みを返した。すぐさま、マスターは照れくさそうに顔を背ける。
次にマスターと二人きりになったら、何を話して、何をしたいのか。段蔵は、不思議とその表情から読み取れたような気がした。
◆◆◆
おまけ・その後のぐだショタちゃんと段蔵ちゃん
「お疲れでござりまするか、マスター」
呼び出され、段蔵はマスターの部屋へと入った。マスターはぐったりと椅子にもたれかかっている。
「うん、子供の頭で大人の振りは疲れるよぉ」
過去を思い出せるようになったと言っても、脳を含むマスターの体は子供のままだ。以前のように振る舞うには幼い衝動を抑えねばならず、息苦しいと語っている。
「このカルデアで、マスターの役割は重いものでござりまする。頼られるのも致し方ないでしょう」
「わかるけど、子供の仕事じゃないんだよ」
マスターは、段蔵と居るとわがままな自分になれると言っていた。段蔵は、マスターの休息を手伝えることを嬉しく思った。
「人間に息抜きは必要です、からくり人形も止まることを知らなければ壊れるが道理。まして子供であればなおさらです」
マスターの顔が幼さを帯び始める。
「ごめん、段蔵。もう、気を張るのは限界……ああああん!」
突然泣き始め、マスターは段蔵の胸に飛び込んできた。
「疲れたよぉダンゾー! ねえ、いつもみたいにして」
「承知しました、マスター。いえ、立香殿」
胸の中で涙を流すマスターを抱き上げ、段蔵はベッドへと運んだ。ひとしきり泣くとマスターは落ち着きを取り戻し、抱きついた手を離す。
「ダンゾー、エッチさせて」
「いいですよ、立香殿」
段蔵は疑似女性器の封印を外し、マスターの前で裸になる。以前と違い、装甲を付けたままの、人間の裸体に近い姿でマスターに手招きする。
「ダンゾー、好き!」
衣服を脱ぎ、マスターは段蔵に再び抱きつく。頭を働かせているときのマスターが言っていた、子供に性欲はないが相手と多く肌を交わらせることが幸福感を生むのだと。その話を聞いたときに要求された方法で、段蔵はマスターを取り扱う。
「立香殿は悪い子ですね、こんなに触られるのが好きなんて」
段蔵の手でちんちんを包まれたマスターは膝の上に座って力説する。
「ダンゾーだからいいの!」
幼い肌のぬくもりを感じる。マスターはしばらく触られるがままになっていたが、強い刺激を求めているのか段蔵に向き直り、挿入を要求してきた。
「こんなに小さい体で性交渉がしたいなんて、立香殿は助平ですね」
「ちがうもん、ダンゾーが好きなんだもん」
マスターに好きと言われて悪い気はしない。段蔵が誘導し、マスターの分身を疑似生殖器の中へと沈み込ませる。
「ダンゾー、あったかい……」
うっとりとした表情でマスターは段蔵に抱きつく。マスターは腰を動かし刺激を得るより、繋がっていることのほうが好ましいらしくそのままの姿勢で段蔵の装甲の薄い部分、からくりが剥き出しになった肩関節に手を伸ばす。
「ダンゾーのからくり、好き~」
段蔵の内部を触ったのが気に入ったらしく、マスターは段蔵の内側を触りたがる。
「木と鉄で作った作り物です、触って楽しいのですか」
「ダンゾーは特別なの!」
マスターに求められ、段蔵は胸部装甲を外しからくりを露出させる。鉄で出来た部品や木の歯車、それらが規則的に動くことで生まれる独特の音。マスターはそれに手を触れ、頬ずりし、安らいだ顔をする。
「ダンゾーのからくり、冷たくて気持ちいい」
内部を触れられ、段蔵の歯車が狂い始め頭に警告が鳴り響く。だが、エミヤ殿に太い釘を刺されたマスターは壊すなどという愚行はしない。ただそれを見て、触れて、段蔵を感じて幸せそうな顔で眠る。
「眠ってしまわれたか」
段蔵はマスターに服を着せ、布団を掛ける。見とがめられぬよう胸部の装甲を戻し、剥がした装束を整えた。
体が戻ったら、マスターは段蔵と激しい性交渉をしたいと言っていた。そのときのことを思い、段蔵にいつの間にか備わっていた心はときめき、焦がれてしまう。
「段蔵も、マスターを愛しておりまする。この身全てを捧げてよいと思えるほどに」
段蔵は他のサーヴァントに気付かれぬよう、マスターの部屋を後にした。
ぐだショタちゃんと段蔵ちゃん