羸痩の男

羸痩の男

「新しい年の幕開けです。」
と、笑顔でかたるテレビたち。でも、新しい物などなにもない、と友子はおもった。自分は何をして生きてきたのだろう。政治なんて、関わるべきじゃなかった、とおもった。

あるとき、衆議院議員会館に帰ってきた友子は、他の議員の金切り声、階段を転げ落ちる様子を眼のあたりにした。階段の上には、白い肌と黒いざんばらがみ、ボロボロの着物をき、ひどいるいそうに、尖った耳をした男が立っているのがみえた。男がその議員を指さすと、議員は、体から火を発して焼死した。つまりこの男は、人間ではなかったのだ。
「君、首相は、どこにいますか?僕は戦争をしようとする者を殺しにきた」
男は、細い声でいった。
「首相を殺さないで!」
と、友子は、いった。
「首相は、あなたのことを、一番に考えているはずです。あなた達が本当に困っているってきっと知ってます、だから悩んでいるんです。もう少しだけ待ってくれませんか。」
「心の優しい女性ですね。」と、妖精はいった。そして、
「許そう、でも、このことは、くれぐれも他言しないように。」といい、階段を下りて議員会館をでていった。
友子が、るいそうの男を妖精だとわかったのは、子供のころ、よく本を読んでいたからだった。本の中で、人にはできないことを平気でやれる、そういうひとは、必ずいる、と子供の頃は信じていた。それをいじめられたりしたこともあった。
しかし、なぜこんな時に?と友子はおもった。日本は、いまは平和だといわれている。世界からいろいろなものがやってくる。食べ物、着るもの、全てのものが、不自由ではない。子供も、元気に学校に行っている。おとしよりは、施設で暮らしているし、なんの不便もないのに。
ある日のことだった。
三十五度を超える夏がはじまった。はじめの頃は、熱中症などで亡くなる人もいたようであるが、今は全く気にならなかった。
「代議士」と、友子の秘書のひとりがいった。
「きょうから、この事務所の掃除人として、この者をやといました、浅井環君です。幼い時に、病気になりまして、髪が赤くなってしまったそうです。それ以外はなにもありません。まあ、使ってあげてください。」
と、赤い髪の掃除人をつれてきた。
「すごい髪ね。火事みたいだわ。」と、友子は、笑いながらいった。環は、赤い髪に、きりりとした表情をしていて、秘書が紹介している間でも、ずっと敬礼していた。
「そんなに力を入れなくても、いいのよ、」と、友子はいった。
「原田友子代議士、よろしくお願いします。浅井環です。」
そのきっぱりした口調は、どこかの誰かの口調と似ていたが、おもいだせなかった。
それから、友子は、衆議院で、座っているだけの、本会議に出席した。議題は、隣国にたいする戦争を始めるか、であった。この国が所有する島を取られ、すでに百年は経っている。それまで何回も、首相は、取り戻すと行って、結局できないで終わってしまうのだ。それではいけない、武力も使って、取り戻さなければ、という議員たちが、次々に増えてきた。しかし、憲法では、戦争は禁止されている、それではどうしたらいいか、を話し合う審議だった。一応、形だけの軍隊はあり、その気になれば、別の国から援軍もしてくれる、議題はヒートアップしていた。でも、だれも、友子に意見は求めなかった。その日、八月十五日に、採決する事がきまった。
一方、議員会館では、おかしなことがおきていた。戦争に賛成する議員たちが、いきなり背中に火を付けられて大火傷をおう、という事件が勃発しているのだった。しかし、友子だけは、やられなかった。8月6日。友子は、ひさしぶりに暇ができた。
「どこか遊びにいきたいわね。」
と、友子は、掃除をしていた、浅井環にいった。
「ああ、いいですね。」
「ねえ、どっか楽しいところない?東京はつまらないわ。」
「広島はいかがですか?」
「何かいいものあるかしら。」
「ええ、ありますよ。」
「よかった、浅井君、一日だけデートしちゃおうか。」
と、友子は、広島行きの新幹線に、浅井と二人でのった。
改めてみた浅井は、ひどいるいそうであった。拒食症にでもなったのだろうか、それとも、他の障害だろうか。とにかく、この時代には合わない、美しさを持っていた。その顔は、かつて見た誰かににている。そのだれか、はわからなかった。
二人は広島についた。
「さあ、浅井君、楽しいところへつれて、いって。」と友子は、ノリノリでいった。
少しあるくと、ほぼ壊れているが、なんだか厳重に保護されている建物がみえた。
「八月六日って、」
浅井はしげしげといった。
「この、広島に、原子爆弾が投下された日なんですよ。」
「確かに、学校でならったわ。あたしの曾祖父がよくいった。まだあたしは、わからなかったけど。」
原子爆弾ときいて、友子は、あれ、たしか、前にも聞いたような、、?と思った。
「はい、二十万以上の人がなくなって、建物も事ごとく壊されて。原爆症と、いって、放射能で沢山の人がなくなりました。あのときのことを、直につたえることは、できない時代になってしまったけれど、戦争というものは、人の体も心も潰してしまうんですよ。だから、今の国会はだめなんだ、」
その言葉をきいて友子は、、。
「ああ、でも、昔のことよ、今は違う。時代はかわったの。今は国を守らなきゃいけないし、医療だっていいんだから、気にしてないわ。ああ、そういえば、議員宿舎に戦争反対の人が押し掛けてきて、首相をやっつけにきたとか、いったへんな人がいたわ。そう、あれは確か、、。」
「友子さん。」
と、浅井は、悲しいかおをして、ふりむいた。
「誰にも他言しないようにといった、僕本人に話してしまったのですか、、。あなたは、もう、優しい方ではないのですね。」
大粒の涙が彼の目にあらわれて、瞬く間に洋服が破れ、ボロボロの着物をきた、るいそうの男に戻っていった。
「心優しいあなたに、広島に原爆が落ちたことを伝えたくて、お側にまいりました。僕の役は、戦争に関与している議員を殺すこと。でも、あなたには、それは、できない。あなたを好きになってしまったから。できないのなら、僕は役目がなくなり、もう、消えるしかないんです。」
「待って!」友子は、追いかけようとしたが、妖精は、空気にとけるように消えていった。友子は、幼児のように泣きじゃくった。
そして、採決の日、友子は、議員辞職を宣言し、記者会見で、
「私は女性なので、戦争にいけません。だから誰かを、戦争につれて行くことを拒否します。」
とのべた。それ以来、彼女の行方はわからなくなった。
そして、翌日。首相が隣国との開戦を宣言しようとすると、いきなり首相の背中が燃えはじめ、あっと言う間に火だるまになり、焼き殺してしまった。

羸痩の男

羸痩の男

広島の原爆の日に書いたものです。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-10-31

Public Domain
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