増田朋美

富士の見える、東田子の浦という駅前に、小さな商店街がある。大型ショッピングモールに客をとられ、閉まったみせと、年寄りだけの、小さなまちであった。毎日年寄りが無縁死し、若者は東京へでてしまい、とうとう一人、18歳の桂子という、統合失調症の娘が残っているだけになった。
 ある日、私は、古ぼけたミニパトで、街をパトロールしていた。すると、真新しい建物が建っていた。いつの間に、こんな店ができたのだろうか、見当もつかなかった。看板は、「虎屋鞄店」とだけ書かれていた。私は、営業許可証を貰ってきたのか、確認するために、みせにはいった。
中へ入ると、小さなショルダーバッグから、旅行鞄まで所狭しと置いてあった。不思議に思っていたのは、すべての鞄が牛や羊などの、「革」でできているということであった。
「すみません」と、私は、警察手帳を取り出した。
「私、こういうものです。」
「警察の方?」と、中年の男がいた。四十くらいの男だった。
「あなたのお名前は?」
「虎屋道造です。」
「この店はいつから?営業許可証をとらないと、不法になりますよ。」
「もう、とりましたよ、とっくに。市役所の市民課」
「お車で?」
「ありません。必要ないから。」
「住民票は。」
「ありません。必要ないから。」
彼は、所謂、色男だった。きりりと引き締まった顔、黒髪が作務衣に、ぴったりだった。歌舞伎役者になれそうな美しい男であった。
「鞄をご入用ですか。」
「いや、見にきただけだよ。」と、そそくさと私は、鞄屋をでていった。
 嫌なものが来たものだ、と私は、思った。不法入国した中国人か、と考えたがそんな風貌はないし、言葉もしっかりしている。中国人ではないだろう。
 翌日から、わたしは、パトロールのついでに、虎屋を覗くようになった。すると、次のような、ルールがあることがわかった。虎屋は、両手に軍手をはめていて、客の前では、はずさなかった。支払いは、クレジットカードか、電子マネー、TOICAやSUGOCAなどに限定され、現金は、受け付けなかった。まあ、コンビニなどもいまは、電子マネーではらう人は多く、商店街が栄えていたころは、電子マネーを使うこともよくあったから、あまり気にはならなかった。しかし、虎屋は、鞄のオーダーメイドを受注すると、
鞄を製作する様子は決してみないでくれ、と客に丁寧にお願いをする。それが、引っかかった。
 私がその日、虎屋を観察していると、女性が、虎屋にやってきた。
「今日は」と、桂子は言った。
「はい、いらっしゃい、鞄をご入用?」
「ええ、図書館の本を入れる鞄がほしいんだけど、お洒落用にも使えるものは無いかしら?」
「手提げ?リュックサック?ショルダー?」
「そうねえ、ショルダーがいいわ。」
「じゃあこれは、どうでしょう?」
虎屋は、ショルダーバッグをかけた。
「小さすぎるわ。A4の本いれたりしたいから。」
「じゃあこちらは?」
と、また別のバッグをかけたが、
「黒はいやだわ。赤やオレンジがいいわ。あたしね、来月から学校なの。病気して、義務教育うけられなかったけど、お医者様がやっとOKしてくださって、特殊学校に通うことになったの。なんだか、小学校一年生のときは、びくびくして、なにも、できなかったけど、大きな体の一年生だわ。だから、もう一度ランドセルを背負うつもりで、赤い鞄がほしいのよ。」
「そうか、では、オーダーメイドで作りますよ。お代は三千円前納してくれれば、それでかまいませんから、二週間後にまたきてくれる?」
「ありがとう、おじさん。また二週間後にくるわ。」といって、桂子は、店を出た。虎屋は、「作っている所をみるな」と、一言もいわない。みてみたい、でも、この職業では、と、かんがえたが、逆にこの立場であれば、警察として、痴漢が多発しているから、きをつけろなどを呼びかけている、といって、上がり込むことができる!
 わたしは、パトカーをおり、虎屋にはいった。
「虎屋さん!」
と高らかに言った。虎屋は、返答がなかった。
「虎屋さん、警察です。ちょっときてくれます?今ね、一軒一軒、回ってるんですけどね。」
おくで、ごそごそと音がした。虎屋が両手に軍手をはめてでてきた。わたしは、虎屋をしげしげとみた。何故か、両手の拇の部分がだらりとしていた。つまり、虎屋は、むかし、えたとか、よつなどと呼ばれていた、非差別部落の人間なのだ!ということがわかった。革細工をするのは、えたが最も得意とする分野である!住民票や、車の免許を持っていないのも、そのためであった。
ああ、ああ、えたの身分でありながら、多くの人々を引きつけ、若いむすめさえも、ひきつけてしまうなんて!とりあえず、痴漢が増えていると、つげて、みせをでていった。
 こうなれば、わたしは、虎屋を自分のものにしたい、と思うようになった。えたの身分で、鞄屋をしているなんて、正直ゆるせない。虎屋をものにしよう、きっときっときっと!
 翌日、私は、ボールペンの形をしたレコーダーを買い、虎屋の話し言葉を録音し、PCで編集し、こんなテープをつくりあげた。
「虎屋です。オーダーメイドの鞄ができました。代金を至急、銀行に振り込んでください。」
 そして、市民課へいき、認知症で通院している、老婆のところへ、電話ボックスからかけて、テープをながした。
 数時間後、こんなマイク放送があった。
「えー、只今、鞄のオーダーメイドをなのり、代金を振り込ませる、振り込め詐欺がありました。みなさん、お気をつけください。」
すると、玄関のチャイムがなった。
虎屋がたっていた。
「きみはとんでもないことをしてくれたね。詐欺と、被差別部落出身であることを隠していた、身分詐称で、署までご同行ねがいます。」
「あなたがそうされるべきではないでしょうか。」
と、虎屋はいった。
すると、大柄な二人の刑事があらわれた。わたしは、取り押さえられた。そしてむりやり、向の家を見せられた。表札には「虎屋」とかいてあった。
 わたしは、あまりにもしっとに狂い、虎屋がすぐまえに住んでいたのをわすれていたのだ!

初期のころに書いた短編。

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