女優
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今日もごみが置かれていた。 「またおいてあったの?」 と、母が言う。 「いい加減にしてもらいたいものだ。今日、仕事が終わったら隣の家に殴り込みにいってくる。」 「やめて、お父さん!」 と、私は言った。その嫌がらせの原因は、私であるからだった。ああ、もう死にたい、こころから、 そう思った。よく学校の先生なんかは、自殺はいけないと、軽々しく口にする。でも、私は友達もい ないし、教師から、さんざんいじめられてこんな体になったのだから、悲しんでくれるはずもないだ ろう。家のなかでも、父や母は、騒ぐなとだけいい、私のはなしなどきいてはくれない。ただ、面子 しかないんだったら、消えた方がましだ、まあ、この世は、試験でよい点数をとれる人でなければ、 生きていけやしないのだ。 私は、ぶらりと外へ出た。どこか死ぬ場所がないか、探していた。抗うつ薬で、ふらふらになった体 には、歩くのはきつすぎた。 ふと、ふみきりにでた。警報がなっている。よし、線路に飛び込んで死のう。そうきめた。生まれ たってなんになる、低得点にうつ病と来れば、文句なく病死で、自殺にはならない。そう、そしてこ れが、私を生んでくれた、社会への恩返しだ。お父さん、お母さん、ありがとうございました。私 は、地獄でみんなを見守っていきます、、、。そう口にして、私は電車に飛び込んだ。
ここはどこだろう。静かな音楽に、美味しそうなにおい。ここは地獄か?いや、それなら、もっとお どろおどろしいはず、ということは、私はまだ生きている?えっ、どうして恩返しは失敗か? 「よかった、目を開けてくれて。」 静かなおばあさんの声だった。私が知っているおばあさん、私の祖母とはえらいちがいだ。私の祖父 母も、田舎のひとだったから、怒鳴るしかコミュニケーションの技術がない人たちだった。だから、 古い考えであり、働かざる者食うべからず、に、近いものがあり、散々嫌がらせをされてきているか ら、私は父母と、都内に越してきたのである。もう、高齢者という、部類の人とは、関わらないつも りでいたのに。 「電車に引かれなくて良かったわね。あたしが非常停止ボタンをおして、無理かなあとおもっていた けど、電車が止まってくれたから。」 おばあさんはそう言った。それは私も計算違いだった。確かに、踏み切りに、もう一人いた。それが このおばあさんだったのだ。 「お茶が入りましたよ。」 私はよいしょと立ち上がった。なんの傷もなく、すんなりと立てた。 「竹島智子さんって仰るのよね。あたし、水野朗子。こんなおばあさんだけど、よろしく。」 おばあさんはそういった。 「どうして私の名前を?」 「手帳に書いてあったわ。」隣にはわたしの手帳があった。 「あなた、今夜はとまっていかない?もうすぐ夜よ。」 私は、家に帰りたくないから、そうすることにした。 おばあさんは夕食をつくってくれた。いままでに食べたことのない、精進料理。きのうまで、カップ ラーメンばかりでしかなかった私にとって、きつい料理だった。もしかしたら私は、魔女の家にきて しまったのだろうか?ヘンゼルとグレーテルのような、お菓子の家ではなく、精進料理にかわっただ けで。 「あの、すみません、ここはどこなのでしょうか?」 「まあ、健忘かしら?東京都日野市よ。」 東京都日野市なら、私の家もすぐ近くであるはずだ。だって同じ日野市なんだから。きっとあるいて 帰れるだろう。 「おばあさん、わたし、かえりますよ。」 「朗子さんと呼んでちょうだい。おばあさんだけど、いつまでも若くいたいの。それにここは、危な いわよ。夜は外にでない方がいいわ。」 勝手なこと言うな、と私はおもった。日野は、私もすんでいるんだから、一人でかえれるはずだ。 「でも、長居はできないわ。明日のあさ、すぐに帰りますから。」 とにかく、ヘンゼルとグレーテルのようには、なりたくない。 私は、想像を絶するほど不味い、精進料理をむりやり口にした。それでも、朗子さんは、にこにこし ている。 「お風呂にはいりなさい。」 朗子さんはいった。私は、そうすることにした。朗子さんに案内してもらい、風呂場へいった。風呂 の炊き方も、単純素朴。入ったとたん、叫びたくなるほどの寒さ。 「智子さんしらないの?毎日のように、入る前にお水をあたためておくのよ。」 それならそうと、いえばいいじゃないか、と私はおもった。いったい、朗子さんは私にはなにをしよ うとしているのだろう。私は、一時間薪をだしいれして、やっとちょうどよい温度にした。長い労働 のあとの風呂は、非常にきもちよかった。私は、朗子さんも、同じように風呂へいれてあげた。
私たちは、居間にすわった。テレビがなかったし、パソコンもなかった。私は、スマートフォンをみ たが、電波がとどかなかった。 「わたし、TV みれないの。」 と、朗子さんはいった。 「もう、こんな年だから、テレビの操作はできないのよ。半世紀ちかく、電気のないせいかつしてい たから。」 「電気のない?朗子さんはいくつなんですか?」 「わたし?何歳に見える?」 「七十代くらいかしら。」 「残念。いちまるまる。」 「つまり、百歳!」 私はびっくりしてしまった。とても、そんな風とはおもえない、きれいなおばあさんだ。女優さん だったのだろうか? いや、そうであれば、とおもい、きいてみた。 「女優さんだったのですか?」 「そうよ、」 と、朗子さんはこたえた。 「でも、テレビはみれないんでしょ。」 「舞台女優だったから。高校でて、図書館で働きだした女性を演じたのが最初の舞台。仕事仕事で、 彼女は心によゆうがなかったの。彼女は、何事にも一生懸命だった。そうしたら、彼女はある男性と であったの。そうして、この世で一番好きだって、だきしめられて。」 朗子さんは続ける。 「次の舞台では、お父さんと一緒にくらす、男の子と女の子のお母さんを演じた。お父さんは、仕事 して、お母さんはいえにいた。休みの日は、みんなでピクニック、野球の試合みたり、本当にたのし かった。」 さらに続ける 「次の舞台は、子供たちが思春期に入ったときのお母さんを演じた。子供たちは反抗的になった。試 験の点数や、学習態度で、将来がきまってしまう。子供の一人は無事に大学いったけど、もう一人 は、お母さんより先に逝ってしまったの。一番悲しい物語だったわ。女優として、お母さんになりき るために、ありとあらゆる情報を仕入れて、よいお母さんになりきれるように、したけれど、どこに も、教師の指導で命を落とした子供、というシナリオはどこにもなかった。だから、もう直感的に演 技するしか、なかったの。お母さんを演じるのは、こんなにむずかしいとは、おもわなかったわ。そ して、もう一人、生きてくれた子は、遠くにお嫁にいった。もう、お母さんなんて、必要ない、そう いう物語だった。そして、私は女優を引退した。本当に必要のない、ひとになった。」 と、そのときだった。 ガタン、ドスン! そとからなにか落ちた音。 「まただわ。」 と、朗子さんはいった。 「なんですか?」 「飛び降り自殺よ。近くに廃棄される立体駐車場があって、だれもとめるひとがいないから、自殺の ばしょによくなるのよ。大体は私たちと同じ年代だけど、時には若い人もくるわ。」 「と、とめにいかなきゃ!」 と、私はいった。 思わず家をとびだし、暗い夜のみちへ出た。なにか、ぐにゃっとしたものを踏んだ。まさかとおも い、さわってみると、液体が吹き出ている。私は、右手で、顔を手探りでさがしてみた。髭があるか ら、男性とわかった。しかし、シワがないので、若い人だ。かれは、もういきをしていなかった。私 は恐怖と、悲しみでないた。すると、朗子さんが懐中電灯をもってやってきた。 「もう無理よ。」 と、朗子さんはいった。わたしも、そうだとおもい、家に戻った。 「かわいそうに、、、。どうして。」 「しかたないのよ。本当は、私だって、自殺したいと思ったこともあった。けど、できなかったわ。 なんとなく、いきていて、それでおわり、そういう方をたくさんみてきた。だから、百になってもま だ、生きているのね。私は、ただ、演じただけ。私はいろんな人になれたけど、本当に辛いというこ とは、しらなかったから。女優は、そんなものよ。」 朗子さんは淡々としているが、内心では、とても悲しんでいることがかんじられた。 「私は、女優として、若い人にも、お年寄りにも、命を大切にと伝えることは、できなかったのよ。 いまは、便利な道具があるのに、どうしてつうじないのかしら、」 私は、朗子さんのいっている意味がよくわかった。そして、私自身が女優であることも。 どこかで鶏がないた。 うっすらとお日様が顔を出している。 「ああ、もう夜明けだわ。」 朗子さんは、太陽をみあげた。 まもなく、青空がひろがった。 すると、朗子さんの顔は日に日に薄れていき、私は布団にいるのだった。 私は、がばっとおきあがった。もう、死のうとは、おもわなかった。
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