僕 のとは 犬
僕は犬を窓から出した。
クーンと情けない鳴き声だった。
悲しそうな表情だった。
泣くなよ。お前、犬だろ。
この行為が、僕のたった一度の、彼女に対する反抗だった。
分厚い雲に覆われていた日だった。
僕は目の前の皿に入っている食パンを食べた。
汚い皿、端っこが割れた皿、洗われていない皿。
ジャムもない、もう固くなっている、少しかびている食パン。
全部、自分のありのままの姿だ。
パサパサの喉になりながら、無理やり奥に押し込む。
今日も新たな一日の始まりだ。
4畳半の和室に僕はいた。
和室のくせに洋室にでもついてそうな白い扉。
その扉に今日の司令が紙に書かれ、貼られている。
今日は家から出るなという司令だ。
この司令は例えば人殺しであったり、例えば家ではなく、部屋から出るなであったり、割とランダムだ。規則性は全くない。
そして、僕がこの司令に従わないといけない理由。
従わないと問答無用で殺されるからだ。
僕だけが殺されるなら別にいい。
けれど、殺されるのは僕の家族だ。
本当に殺すわけないと一度司令を無視したことがある。
翌日、弟の首がお皿の上に乗っていた。
その首を持って警察に行けば解決かもしれない。
ただ、僕はその気をとうに無くしていた。
弟を失ったショックと、本当に殺されるというショックと。
何もしなければ何もないと、理解した。
それから何ヶ月かがたった今日。
僕は諦めた。
死ぬことを決意した。
彼女が可愛がっていた犬がいた。
常にケージに入っていて、出られない犬。
僕はその犬が可哀想だと思った。
縛られている、まるで僕みたいだと。
解放してあげたい、あわよくば僕も。
ポツポツと雨が降り始めていた。
僕はケージから犬を出した。
犬はきょとんとした顔をしていた。
大丈夫だ。今から自由にしてやる。
そう犬に言った。
僕は犬を窓から出した。
クーンと情けない鳴き声だった。
悲しそうな表情だった。
泣くなよ。お前、犬だろ。
犬は鬱蒼とした庭を出ようとしなかった。
それが僕には許せなかった。
早くしろよ!お前は自由なんだよ!
さっさとどっか行けよ!
そう、犬に、怒鳴りつけた。
犬はびくっとした後、どっかに走っていった。
二時間後、僕は死んだ。
ぶつぶつと何かを言っている。
ツインテールで、目がくりっとした小さくて可愛らしい女の子。
僕はこの子に縛られていて、殺された。
畳のひんやりとした感触が不思議と心地よかった。
彼女に右の足首を掴まれた。
手もやっぱり小さくて冷たい。
ズルズルと廊下を引きずられていた。
小柄な女の子の力とは到底思えなかった。
痛いという感覚はないけれど、別にないけれど。
やっぱり見た目が痛そうだから痛いってことにしておきたい。
玄関についた。僕は裸にされていた。寒い。
そのまま黒いゴミ袋に入れられた。
真っ暗で何も見えなくなった。
また引きずられている。
そして持ち上げられ、どこかに乗せられた。
引きずられた時に出来た穴で、軽トラに積まれていることが分かった。
穴から見える月は、とても綺麗だった。
山についた。土の匂いがした。
いつ作ったか知らない穴に捨てられた。
上から土をかけられていた。
僕はようやく解放される。
素直に嬉しかった。
この苦しみから解放される。
幸せだった。
土を10回くらいかけられた時だった。
上から何かが投げられた。
僕の上に何かが乗った。
僕はそれが何かが分かった。
更に土はかけられる。
その勢いからか、上の何かが落ちてくる。
完全に落ちた時、僕の目にはあの逃がした犬がいた。
あの逃がした犬と目が合った。
その目はあの時見た、悲しそうな目ではなく、怒りに満ちた、憎悪に満ちた、目をしていた。
彼女の笑い声が聞こえた。
何かを嘲笑う声が聞こえた。
僕は最後まで苦しみから解放されることなく、彼女の笑い声が響く中、眠りについた。
僕 のとは 犬
僕 彼女 犬。