幸探部

初めて書く『日常学園モノ』です。中学一年生なので、とてもへたくそです。
小説を書いて三番目くらいの作品です。
よろしくお願いします。

 外は冷たく、寒い。まるで、私の心のようだ。そんな外は息を白くする。その息で自分の真っ赤に染まった冷たい手を暖かくする。
 だがすぐに外の空気がその大切な暖かさを奪っていく。
 私はなんだろう。
 外の空気は誰だろう。
 愛って誰だろう。
 これらを当てはめるのなら、なんだろう。
 寒い。凍ってしまう。なのに、そんな私の心を暖めてくれる人は現れない。
 どうしてだろう。
 私は小さいからわからない。
 幼いから、分からない。
 だけど、これだけは分かった。

   私は一人ぼっち。


 赤いマフラー。
 これだけが、私が最初から持っていた、私だけのもの。
 そのマフラーを首に巻いて、孤児院の門の前で立っていた。
 私は四歳。自分は赤いマフラーの似合うように黒髪のストレート。これは、外せない。茶色で少し大きめのコートを着て、あたたかい手袋をつけ、きれいなブーツを履いている。皆には美形、と言われることが多いが、自分ではよく分からない。
 よく 分からない
 分からない
「ユウちゃーん!」
 先生の声。孤児院の中で私を探しているんだ。
 先生は孤児院の院長。私は先生と呼んでいる。先生は結構歳がいってる女の人。何歳だったかまでは忘れたけれど。
 私は先生の声のするほうへと向かう。
「ああ、ユウちゃん。どこにいたの?」
 先生は私の目の高さにあわせ、冷たくなった私の頬に、先生の暖かい手で触れる。
 私はこの言葉を話すと先生を困らすということが分かっていた。だけど、これが『事実』というものだ。
「外でお母さんを、待っていたの。」
 先生は黙ってしまう。
「ごめんなさい、先生。」
 私が謝ると、先生は笑って、必ずこう言う。
「謝らなくていいのよ。」
 手をつないで、そして、またこう言う。
「ユウちゃんはいつまでも、噓をつかないで。噓をついていいときは、誰かのために役に立つとき。」
 そして、先生は私をひいて、温めておいた部屋へと連れて行くんだ。

 私は孤児だ。
「先生、私は・・・誰なんだろうね。」
 そう言っては先生を困らせる。なんで困らせたいのか、よく分からない。
「ユウちゃんは、ユウちゃんね。」
 窓辺に座って、本を読むのが一番好きで、今もそうしている。知識が増えるから好き。
 先生は食事を食べるところの椅子に座って、私を見ながらお茶を飲んでいた。
「先生、私はなんでここにいるんだろうね。」
「愛されるためよ。そして愛すため。人はそう。」
 本に目を向けていた私だったけど、私は顔をあげて先生に聞いた。
「なんで分かるの?」
 先生は淡々と答える。
「自分がそうで、皆もそうだから、かな。」
 先生は何でも知っているが、不思議だ。よく分からない。
 私は外を見る。
「私はどうなんだろう。」
「・・・試してみればいいんじゃない?」
 また、先生の事を見る。
 言葉を失った。試すといっても、どう試すのだろう。本に載っているのかな?書いているかな?分からない。
 私は今読んでいた本をテーブルに置き、孤児院の小さな図書室へと向かう。
 ドアを開けると、ルームメイトで同い年である同じ孤児のミッチがいた。
「ああ、どうしたの?そんなあわてて。ユウらしくないね。」
 ミッチは肩までのストレートで、きれいな赤茶の髪の毛が目立つ。普通の元気な女の子で、でも私よりしっかり者で、私より大人らしさを持ち合わせている。だが同い年だ。
「私はあわてない人に見えるっていう事?」
 ミッチは椅子に座って本を読んでいた。私と一緒で本を読むのが好きなのだ。
 私は本棚に早足で近づき、本を片っ端から手に取る。開いては閉じ、開いては閉じの繰り返し。パタンパタンと音がなる。
「ユウ、どうしたの?」
 少し理由を言うのにためらった。こんなことを言うのは恥ずかしい。だから条件をつけようと思いつく。
「笑わない?」
 その私の問いにミッチが優しい顔を見せる。
「うん。」
 ミッチは重い腰を上げる。
「手伝ってくれる?」
「うん、いいよ。」
 『どうせ暇だし』というミッチの心が手に取るように分かった。
「・・・・・あっ」
 うう、恥ずかしい。
 顔を赤らめながら、外にいる皆には聞こえないように、最低限の小さな声で言う。
「『愛』って・・・なにかなっ・・・て・・・」
 そう言うと、ミッチは目を見開いた。そしてフルフルとふるえだした。
「あ、あああ、愛って・・・愛って・・・!」
 やはり、というようにミッチは笑い出した。
「笑わないって約束したじゃない。」
「だって!こんなに面白いとは思わなかったし!」
 ミッチは心を落ち着かせ、深呼吸して声を発した。
「愛って国語辞典で調べればいいじゃない。」
「たぶん・・・先生が言うのはそういうことじゃないと思う。」
「どういうこと?」
 首を傾げるミッチ。
「体験してくる、というか、自分で実感する、というか・・・なんなんだろう?」
「いや、聞かれても分からないから。」
 ビシッと突っ込みを入れられる。ミッチはそばにあった本を手に取り、私に目を合わせず、本をめくりながら言った。
「私たちは孤児だから、そういうのは分からないよね。私も、赤ちゃんのときに親失ったから、愛情とか分からない。」
 私も、横に目をそらしながら言った。
「捨てた子になんて、愛情なんてそそがないよね。そんな私も、愛なんて知らないから・・・」
 パタン、とミッチは本を閉じた。
「私も探すよ、愛について。」
 やわらかく笑い、慣れた手つきで本を選び、探し始めたミッチ。私はそんなミッチが、好きだと思った。
「ありがと、ミッチ。」
 その日は読書にふけた。

 だけど、見つからなかった。
 すべての本を読んだけれど見つからない。
 私は負けず嫌いだからあきらめたくなかった。けれど、これだけはおれた。
 夕飯を食べ終えた頃。お皿荒いをしている先生に声をかける。
「せっ・・・先生・・・」
 なんか負けたような気分になって、先生のことをきちんと見れない。先生はどういう表情をしているのだろうか?
「その・・・えっと・・・こ、答えを、教えて?」
 先生の感情が気になって、チラッと先生をうかがう。だけど、先生の顔は目の前にあって、ビックリする。しゃがんでいたんだ。
 先生はたくらんだ顔を見せる。
「へぇ~、ユウちゃんがおれたんだ。初めてじゃない?」
 ふふ、と笑ってまた、お皿洗いをはじめてしまう。
「せ、先生!?早く教えてよ!」
「まあまあ、急かすな急かすな。」
 と言って焦らしてくる。
 うずうずすると、本当に負けたような気がしてしまうので、あの赤いマフラーを首に巻いて、窓辺に座る。そしてまた外を見る。
 今日も寒い。夜だからグン、と温度が下がる。
 皆は『寒い寒い』、と言って暖かい部屋へと駆け込むけど、私は冬が大好きだし、赤いマフラーがあるからずっと外にいたいくらい。

 このマフラーは、一番大切なもの。

「終わったよ、ユウちゃん。」
 先生がお皿を洗い終わって、エプロンで手を拭いている。
 私は先生に目を向け、立つ。先生は手をチョイチョイと振り、私を呼んでいる。
 リビングの隣にある畳の間に私が座ると、先生はたんすを開けて、裁縫セットを取り出した。
「何をするの?」
 先生は私に笑顔を見せ、裁縫セットをあさりだした。そして、小さな糸切りバサミを取り出す。
「まあ、見てて。」
 私が巻いていたマフラーを優しく取る。そして、糸切りバサミを入れだした。
「何するの!!」
 勢いよく立つ。さけんでも先生は切るのをやめなかった。
「やめて!」
 先生からマフラーを奪い取る。
 私は先生を睨む。だけど、先生は何も悪いことはしていない、とでも言っているような表情だった。そんな先生を見て、マフラーに目を移した。はさみで切ったところは、袋のようになっていて、中にはクシャクシャで小さい紙切れが入ってあった。
「・・・これは・・・?」
 紙切れを開いてみると、『藍田 優』と書いてあった。
「それはあなたの名前。」
 先生は私の頭をなでながら話始めた。
「ユウちゃんの名前は藍田優。優っていう名前は私たち、孤児院の人がつけたわけじゃないの。赤ちゃんで名前もつけないまま、置いていく人もいるけど、ユウちゃんはちがかったの。ユウちゃんの母親が来て、泣きながらあなたの命を託してきたの。あれは雪の日。ユウちゃんにマフラーを巻いて、『この子を幸せにしてあげて。私の近くにいると、不幸になってしまうから・・・マフラーはこの子にあげてください。お願いします。そして、ごめんなさい。』――――――て、言っていたわ。優という名前は母親があなたを思いながらつけた名前だと思うの。だから、ユウちゃんは愛されてなかったわけではないと思う。愛されてなかったら、マフラーも巻いてはくれなかっただろうし、名前もつけなかっただろうし、孤児院にもつれてこなかったと思うから。」
 私は、そのときよく分からない気持ちになった。なにか、グチャグチャで。

 私は
 愛されているのだろうか?
 幼い私には、分からないよ。


 あれから十二年。私は十六歳となった。高柴高校の二年生。きちんと高校に通わせてもらっていた。
 でもやっぱり、愛はまだ分からなかった。
 そして、あいつに会った。

「ユウ!」
 後ろから、ミッチの声。ミッチも一緒の中学校に通っている。そして、同じクラスでもあった。
「なんでおいて行くの!」
「ミッチはゆっくりしてるから一緒に行くと遅刻するんだよ。」
 今は冬になる前の秋。もうすぐで大好きな冬。また、あのマフラーを巻ける。
「いってらっしゃい。」
 先生が笑って見送ってくれた。
「「いってきます。」」
 また、冬が来る。

 学校について、いつも通りホームルームが始まった。
「今日は転校生が来ます。」
 担任の女の先生が張り切って言う。クラスの皆はざわざわ。そして、
「きゃー、転校生だって!」
 ・・・ミッチも騒いでいた。ちなみにミッチは運よく私の席の前。
「私は興味ないの。」
「なんだ、藍田は男に興味ないのか?」
 そう言ってきたのは、斜め前の席の早見 海人。中学校から早見とミッチと私は同じクラス。いわば腐れ縁。そして早見が唯一私と話す男子。
「興味?無いね。これっぽっちも。ましてや・・・」
 と、言いかけてやめた。
「なんだよ、『ましてや』の続きは。」
「関係ないだろ。」
(ましてや、愛すら知らないのに。)
「いや、だってかっこいい子が来たらそりゃテンションあがるよ!」
 私は顎を手に乗せ、ため息をついた。いやいや、かっこいいやつのほうが裏は馬鹿だったり乱暴だったりするよ。こんな自分の意見は合っていると思う。コツコツと歩く音。皆はざわめく。美形なのだろうか、ブスなのだろうか、と。
「柊 要です。」
 きゃぁーっと女子の声(もちろんミッチの声も混ざっている)が教室に響く。男子なのか、と理解。でも顔を見る気も無いからずっと窓の外を見ていた。
 ああ、空が青いなぁ。ボーっと外を見ていたら、先生の話は終わって、柊要が自分の席に座ろうとしているのだろう。足音が聞こえる。ま、顔を見る気は今もまったく無いけど。一生無いと思うけど。
「ちょ、ちょっと、ユウ!?」
 ミッチのあわてた声が聞こえた。なんだ?と思い、顔を上げてみると、ミッチは私の隣に指を指していた。
「え?」
 自分の右を見る。
「よろしく。」
 ・・・柊要がいた。しかもさわやかスマイルで。・・・やってしまった。隣の席に転校生がいる。ああ、やってしまった・・・
 私は転校生を見ながら固まっていた。転校生が来ると(しかも美形だと)大変なんだよ。ああ、めんどくさいことに巻き込まれた。
「じゃあ隣の席の藍田さん、放課後に学校の案内をお願いしていい?」
 おい、担任!
「すみません、イヤです。」
 イヤを強調。なのに担任は聞いてくれなかった。
「いいじゃん。案内してあげれば?イケメンだよ?仲良くなっちゃえ!」
「ガンバー」
 と他人事のように言うミッチと早見。
「じゃあミッチか早見が変わりにやってよ。」
「そんなこと言わないでよ。」
 と、柊要が首を突っ込んできた。なんだ、こいつ。人の話に首を突っ込んで。さわやかにいるけど、こういう人が一番性格悪いんだよ。裏ではなにを思っているか・・・。
「うるさい、柊 要。」
 と言うと、女子の目線が突き刺さってきた。なんだよ、こっちはイケメン興味ないんだよ。ていうか私を巻き込むな。
「ミッチ、バトンタッチね。ていうかもう、誰でもいいからやって。」
「もう、やりなよ。頼まれてるんだし。」
 て言われても・・・
「気が向かないんだよね・・・」
 私はもう一回、ため息をついた。

 放課後になった。ホームルームが終わって、バックを持って席を立つと、柊要が声をかけてきた。
「やっぱり駄目なの?」
 バックを肩にかけ、振り返った。
「早く終わらしていい?早く帰りたいの。」

 トイレ、強化教室と順番に案内する。それをすばやく終わらせた。最後に昇降口についた。
「やっと終わったかな・・・」
 肩こったよ。まったく、担任がこんなこと言うから・・・まあでもあのあとオレンジジュース貰えたんだけど。私は自分の靴箱を開き、上履きと靴を交換し、靴をパコン、と下に置く。
「じゃ、また明日。」
 そして靴を履いて、昇降口を出た。そしたらのんきな顔をした柊要が隣を歩いていた。
「なっ・・・」
「一緒に帰っていい?」
 私はビックリして立ち止まる。そして手をぶんぶんと振る。
「いや、ダメでしょ。」
 少し早足で歩き始めたが柊要はついてきた。こっちが全力で走っても、柊要は息もきらさずについてきた。
「ついてくるな、柊 要!ストーカーにでもなるつもりなの!?」
 息もきれきれだけど、さけんだ。
「ねえ、なんでフルネームなの?」
 柊要はいつものさわやかスマイルじゃなく、本当に悲しい顔をしていて、少しギクッとなった。
「人のこと、避けてるの?」
 目をそらした私はハッとした。はっきりいって、図星だった。目をそらした自分がいるんだから、そうなんだ。何故だか分からないけど、慣れていない人から少し距離を置いていることはうすうす気づいていた。でも、治さなかった。いや、治せなかった。
「人が、嫌いなの?」
 ――――そう言われた時、先生とミッチと孤児院のみんな(ついでに早見)の顔を思い出した。私は、何も分からない。自分のことを、何も知らない。
 人のこと、どう思っているのだろう?
 皆のこと、どう思っているのだろう?
「・・・わからない・・・」
 顔を下げ、スカートを握る。
「何も・・・何も分からない・・・」
 急につらくなった。そして、怖くなった。つらい、怖い。つらくなった理由も、何故だか分からない。何故?何故・・・
「へぇ、そうなんだ。」
 そう言った柊要を見上げる。
「じゃあ、その謎を早く解明したいね。」
 予想外の言葉を聞いた。目を見開いていると、柊要はさわやかスマイルじゃない、自然な笑顔を見せた。目の前の男の子はドキッとするくらいに光って、きれいだった。目を、心を、奪われるくらい。
「謎は、難しいほうが面白いだろう?」
 こうやって笑えるんだね。少し微笑ましい。
 私は柊要に指を指す。
「普通に笑ってるほうが魅力的だよ。あと、素の性格のほうが親近感がある。」
 少し、ビックリしたような顔を見せ、ニヤッと笑った。
「じゃあ、明日からは素でいく?」
 あはは、と笑う。そして、笑った後に気づいた。私は知り合い以外と、こんなに笑うことは無かった。だから、世界が広がった気がした。心に、涼しい風が吹いたような気がした。


 昇降口。たくさんの朝の挨拶が飛び交う。私はミッチと登校し、靴を脱いでいるところだった。
「おはよう」
 後ろから声が聞こえた。反射的に振り返ると、こっちを見ている柊要がいた。いつも私に挨拶する人や、話しかける人がいなかったので、とてもビックリした。
「お、おは・・・よう」
 ビックリしていた時間が長かったため、少し反応が遅れた。
「ミッチ・・・さん?も、おはよう。」
「おはよう!」
 柊要は今度はミッチに挨拶し、靴を脱いだ。
「びっくりしたよ、急に来たから・・・」
「でも、挨拶は常識だろ?」
 じょ、常識だったのか・・・私は今まで孤児院の人にしか挨拶をしなかった・・・その考えを改めたほうがいいか・・・。 そう考えていると、柊要はプッと笑い出した。
「な、なに?急に・・・」
 笑いをこらえながら言われた。
「どうせ『挨拶ってしたほうがいいんだ・・・』とか、思ってたんでしょ?そんなに真に受けなくてもいい気がするけど。」
 あはは、と、ずっと笑ってる。そんな笑顔を見てドキッとしてしまった。なにもかも恥ずかしい。そして、変な感じ。
「笑うのやめてよ。」
「や・・・でも図星だったんでしょ?プッ、はは・・・」
 でも、笑ってる顔を嫌いじゃない。恥ずかしいけど、笑顔が見れるなら。その後、教室に皆で向かい、授業が始まった。

 私はむすっとした顔で考えていた。
(なんであの時、ドキッとしたのだろう。あんなこと今まで無かった。ドキッとすることならビックリしたときか図星のときか・・・ん、さっき図星になったから・・・あのドキッだろうか。でも何か違うような・・・いや、きっとそうだ。ちがいない。うん。図星だったから。うん。)
 そんなことを考えていると、
「藍田!なにボケッとしてるんだ!この問題を解いてみろ!」
「え、あ、はい。」
 外を見ていたのに罰が当たったのだろうか。まだ授業ではやっていない問題だった。なんて意地悪なやつなんだ。私はガタンと席を立ち、黒板に近寄った。
 まあ、そのあとはすらすらと問題を解き、先生が悔しい顔をしていたのは言うまでもない。

 昼休み。私とミッチは弁当箱を持って屋上へと行った。私たちはいつも屋上だった。
「今日は弱い風があるね。」
 ドアを開くと、フワッと風が入ってくる。
 屋上の隅っこに座り、お弁当箱を開く。お弁当は先生の手作り。私は特に、先生が作るだし巻き卵が大好きで、ミッチはアスパラのベーコン巻きが好き。あ、今気づいたけれど、どちらも「巻き」が入ってる。そして私は好きなものは最後に食べる人で、ミッチは最初に食べる人だ。こういうところで個性が出てると思う。
 もくもくとお弁当を食べ、自動販売機で買った(ミッチは買っていない)、オレンジジュースを飲んでいると、屋上のドアが開いた。
「あ、いた。」
 柊要だ。何事も無かったように私たちの隣へ座り、大きなお弁当箱を広げた。
「何しにきたの?」
 そう問うと、
「お弁当を食べに。」
 と返してきた。
「いや、それはわかってるから。・・・ほかに食べる人いないの?男子とか。」
「俺は男の友達がなかなかできないんだよ。」
 それは・・・あなたが美形過ぎて近寄りがたいからでは?と思ったが、言わなかった。
「ああ、でも・・・早見なら友達になってくれるんじゃない?要君。」
 そうミッチは提案した。
「まあ早見はそんな事気にしない人だしね。」
 提案に私はそう付け足した。そんなとき、屋上のドアが開いた。
「呼んだか!?」
 ・・・早見だった。
 沈黙になる。
「なんだなんだ!この空気は!あ、俺は早見海人。よろしく。」
 早見は柊要に握手する。
「聞いてたの?」
「いや?たまたま。」
 早見はさりげなく柊要の隣に座る。
「というわけで、友達になってあげたら、早見。」
「んー・・・」
「何、ダメなの?」
 早見はチラッと柊要の手にある大きなお弁当箱を見る。
「そのお弁当箱を分けてくれたら友達になってやる!」
 ・・・早見らしいというか、なんというか・・・
 ニマッと笑った早見。
「お弁当くらい、食べてもいいけど・・・」
「サンキュ!」
 言っておくが、早見は大食らいだ。『いっただっきまーす!』といい、美味しそうに弁当箱をほおばる。
「おいしいな、これ!よしっ!これで友達・・・いや、親友な!よろしく、親友!」
 勝手に親友などと決めやがった早見。だが、そんな早見を見て、柊要は不思議な顔をしていた。
「どうかしたの?柊 要?」
 あわてている柊要。
「いや・・・その・・・」
「何、早く言ってよ。」
「・・・これって・・・この気持ちって、なんだろう?」
 私とミッチと早見は「はい?」と聞き返した。
「なんか、むずかゆいっていうか、あったかいっていうか、なんというか・・・」
 それって・・・。 私は柊要の顔を覗き込んでいった。
「それって嬉しいってこと?」
 目を真ん丸く開いた柊要。こんな顔は見たことが無い。手を口に当て、頬を少し赤らめていた。
「これが・・・嬉しい?」
「何、嬉しいってことが分からないの?」
 早見が心配そうに聞いた。
「ああ・・・嬉しいとか、幸せとか、なんか分からなくて。そっか、これが嬉しいってことなのか。」
 そう言って、柊要は、ふわっと無邪気に笑った。


 放課後のチャイムがなり、教室でみんなが帰ろうとしていたときだった。
「おーい、柊!一緒に帰ろうぜ!」
 早見がそう言ったとたん、クラスがざわめいた。
「え?」
 柊は聞き返す。
「だから、一緒に帰ろうって!」
 クラスメイトは小声でポショポショと話し始めた。たぶん、『あいつら友達なの?』とか、『仲いいの?』とかっていう内容だろう。
「おい藍田と伊達(ミッチの苗字)も一緒に!」
 その早見の言葉に
「ああうん。そのつもりだったよ。」
 ミッチはそう返す。柊要がポカンとしている。教室を出ようとしている私達は言った。
「なにやってんだよ!親友なら一緒に帰るだろ!それが決まりだ!」
 柊要は、駆け足で私たちを追いかけて、教室のドアへ。
「そういうものなのか。」
 四人でニコッと笑いあった。

 丁度みんなの家は同じ方向だった。
「ねえ、柊の家に行きたい。」
 早見が言う。それをミッチが注意する。
「ちょっと、家の人に迷惑でしょ。」
 柊要の家は少し興味があった。早見の所は普通の一軒やで、私とミッチは孤児院。柊要は・・・意外と豪邸かもしれないな。
「じゃ、うちに来る?たぶん大丈夫。」
 そう言って、柊要が案内したところはあまり行かないところ。
「ここらへんに家なんてあったっけ?」
 そのままついていく。そしてついたところは・・・
「「「なんだこれ・・・」」」
 私達はアホッツラで声をそろえて言った。ここは最近できた、大きな豪邸。誰が住んでいるのかが噂になっていたけど、それが柊要だったなんて。
「・・・本当に?ここ?」
 上を見すぎて首が痛い。それほど大きくて高い。
「・・・ここ。」
 大きな門の隣のインターフォンを押した。ブツッとつながった音が聞こえた。
『・・・どちら様でしょうか?』
「ああ、俺だ。要。友人連れてきたけど、いいかな?」
『・・・・・・そうですか!かしこまりました。門を開けます。』
 ギギギィ~という音をたて、大きな門が自動的に開いた。敷地に入りながらきょろきょろする。
「わぁ・・・」
 外から見たのとはまた違って、とても広くて緑が広がっていた。きれいに整えられた木と丁度いい長さの草、薔薇ガーデンやティータイムで使いそうなテーブルと椅子、きれいな池。そして、白の壁とレンガで作られている、ロマンティックな家。なにもかも、乙女があこがれるような家だ。
「えーと、いいかな?」
 私たち三人が足を止まらせていたので柊要は動けないでいた。
「ああ、ごめんごめん。」
 いけないいけない、と歩き始める。
「・・・あまり人を家に呼んだことないんだけどね。」
 だからインターフォンに出た人は『そうですか!』と喜んでいるようだったのか?まあでも・・・こんな豪邸に住んでいる人がいれば、人の悪い欲が出てきちゃうんだろうな。そんな友達はいやだな・・・。
「要様。お帰りなさいませ。」
「ただいま、山田。えっと、右から早見海人くん、藍田優さん、伊達美佐子(ミッチの本名)さん。」
「そうでございますか。はじめまして、柊家の専属執事、山口です。よろしくお願いします。」
 深々と頭を下げられたので、
「「「よろしくお願いします。」」」
 と、三人で深々と頭を下げた。執事、山田さんは白い髪とひげがチャームポイントと言える、とても礼儀正しい執事。これぞ執事!と言えるよう。だが目が細すぎて、本当に前が見えているのか心配だ。
「要様、どうされますか?」
「あ、とり合えず俺の部屋に通すよ。えーと、飲み物は何がいい?」
 上着を脱ぎ、執事に渡しながら柊要が聞いてきた。
「ミルクコーヒーで。あ、甘いのがいいかな。」と早見。
「アイスティーはありますか?」とミッチ。
 私は・・・
「藍田は?」
 柊要がニコッと笑って聞いて来た。そんな笑顔を見て、なぜか体が固まる。凍ったようだ。
「ユウ?」
 ミッチの声で我がかえる。
「え、あっ、えっと・・・」
 また、柊要の笑顔が目に入った。そして今度は体が固まるのではなく、顔が赤くなった。凍ったのではなく、その凍った体が灼熱の炎によって暑くなるまでに熱しされたよう。
「ど、どうしたの!?」
 ミッチが目をまん丸に開いて聞いてくる。
「わわわっ!?な、なんで!?」
 いや、なんでこうなったかなんて、自分が一番わからない。巨大迷路で迷った感じの頭。
「とっ、とり合えずなんでもいいですっ!」
 あたふたと返す。フッと笑い、山田さんは言った。
「かしこまりました。」
 一気に緊張が解けた。でも、私に何があったんだろう。・・・病気か? うう、と唸りながら柊要の部屋へ向かった。

 案内された柊要の部屋はとても広く、薄型テレビと大きなソファとテーブルとふわふわボフボフのベットと大きくて立派な机やたんす、小さな冷蔵庫などがきれいに置いてある。家具の置き方を見ると、プロが置いたのではないだろうか。白と黒で統一された部屋は、私の好みのモノクロだ。
「ソファに座っててもらえる?着替えてくるから。」
 柊要はネクタイを緩めながら部屋を出て行く。こういうところは男の子だな、と実感。あの手とか、細かなしぐさは男性そのものだから。
「しっかし・・・予想以上に広いな。金持ちっていいな。」
 早見が話し始める。
「ね、いいよね。こんな家に一度住んでみたいね。」
 ミッチも言う。
「ユウはどう思う?」
 ふと、考える。最初はこんなに広い部屋はいいと思った。だが今は変な感じしかしない。どこか引っかかる。・・・うーん、率直な考え方は・・・
「柊 要の親は何してるんだろうね?」
 そうだ、そうだ。不自然だったのは、この生活感の無い部屋。ここは柊要の部屋なはずなのにきっちりしすぎだ。ガチャ、と静かにドアが開いた。それは、飲み物を持ってきた山田さんだった。
「そのお話、混ぜてもらえますか?」
 一人ひとりに飲み物を置く。私の飲み物はオレンジジュースだった。
「それは要様が、お昼休みにお飲みになっていたとおっしゃっていましたので、オレンジジュースにいたしました。他のものに変えますか?」
「!・・・・・・いえ・・・好きなんです。ありがとうございます。」
 かえるのような目をしてしまった。よく見てるな・・・飲んでいたジュースなんて。早見には大きなバスケットにたくさんのお菓子が。
「要様に、お食事を美味しいとたくさん食べていたと聞きまして、これはお礼です。お菓子をたくさん食べてくれますか?誰かに食べてくれるのはうれしいもので。」
「ありがとう!俺、胃袋は異次元だから!」
 ニコ、と山田さんが笑う。執事はこういう心遣いが買われるんだろうか。
「では、話に戻させていただきますが、主人と奥様はどちらも働いております。主人・・・要様の父は、企業を立てて毎日がんばっておいでです。母はブランドを築きになられ、ブランドのデザインを考えておいでです。」
「なら・・・柊は一人・・・?」
 早見が心配そうに言う。
「なら嫌だな。」
 私ははっきり言う。
「そんなんじゃ親とも自由に会えないだろうし・・・それなら幸せだって嬉しさだって・・・私達みたいに愛だって分からないと思う。知らないと思う。そんな生活なら、嫌。金持ちで幸せを知らないのなら、貧乏で幸せのあるほうの生活を選ぶ。私なら・・・」
 やっぱり、悲しいと思う。
「私だって親に会えないのは悲しいから・・・愛も教えてもらえなかったから・・・」
 ・・・・・・って!空気が異常だ。
「あ、や、ごめんなさい!なんか急にしんみりとした話・・・まあでも本音だけど・・・じゃ、なくて・・・・・・えと・・・」
 人差し指で頬をかく私。そんな私をみて山田さんは目をつぶって言った。
「きちんとした意見だと思いますよ。お金などはどうにかなるものです。一番手に入りづらいものは幸せだと思いますから。」
 そして山田さんは立ち上がる。
「でも要様が悲しくなったり悩みを抱えたら、この私、山田が親代わりになって見せます。」
 そして静か~にドアに近づき、スッとドアを開けた。そこには柊要がビックリした顔で立っていた。
「私が気づいていないとでも思っていらっしゃいましたか?」
「じゃ、じゃあ山田は俺がいることを気づいて・・・?」
「それはもう、はじめからですよ。私の記憶が正しければ、藍田様の『そんなんじゃ親とも自由に会えないだろうし』・・・の所からそこで盗み聞きをしていらっしゃっていたのでは?」
 ギクッ、と柊要の体がはねた。柊要はあっちゃ~・・・と言いながら山田さんを見る
「まったく、山田にはかなわないな。」
「ふふ。では、ごゆっくり。」
 ペコッと頭を下げ、出て行った。柊要は部屋に入りづらそうにいた。
「なんだよ、入ってこいよ、柊!」
 ニマッと早見は笑いながら言う。そんな早見に柊も笑って入ってきた。なぜかこういうときは、泣きそうになるというか、切なくなるというか。何故だろう?
「ねえ!いいこと思いついたんだけど!」
 ミッチが一つ、提案した。
「部活をつくろうよ!幸せとか愛がなんなのか、追求する部活!部活内容が『幸せを追求する』なら先生達も許可を出してくれると思うしね!」
 にんまりと自信げのミッチの顔を見てると穏やかになる。
「いいな、それ!」
 早見も賛成。
「じゃ、部長は伊達さんかな?」
 柊要も賛成。
「やだな、ミッチって呼んでよ!で、ユウは?ユウは、どう思う?」
「・・・・・・いいんじゃない?」
 フッと笑う。ミッチは勢いよく立ち上がった。
「よしっ!じゃあ、けってーい!明日、先生に部活申請書出してくる!」
 そして、私達は幸せを探すことになった。

 孤児院に帰って窓辺に座りながら、椅子に腰掛けた先生と話していた。
「すごい豪邸でさ。でもその代わり親となかなか会えないんだって。・・・仕事も大事だけど明日はどうなるか分からないんだから一緒に夕飯くらい食べればいいのにね。」
 目をつぶりながら先生は口を開いた。
「ユウちゃんの考えはあっていると思うわ。でも人は一回暗闇に落ちなければ本当には理解しない。私達は家族の大切さが理解してるけどね。」
「・・・やっぱり、先生の言うことはすごいね。理解するのが難しいもん。」
「でも別に、きちんと理解しろ、なんて言っては無いわよ。」
 ん?理解するんじゃないの?私がきょとんとした顔を見せたので、先生は言葉を付け足した。
「だって、人の言っていることや気持ちや、考えていることなんて、誰もわからないじゃない。」
 やはり、先生はすごい。
「話を戻すけど・・・でもそうね。ここにいる人は理解してるから大丈夫ね。未来と今を大切にしなさい。ええと、柊 要君だっけ。よかったじゃない。友達が増えたんでしょう?」
 友達、か。なんともいえない。 私は頬杖をついた。
「んー・・・これ言ったら早見のこともそうだけど、男の友達ってどうなんだろうね。違和感がやっぱりあるというか。」
「まあ科学的には男友達も頭ではそのうち恋愛感情で見るって聞いたけど。簡単に言うと異性は恋愛とでしか見れなくなるというわけ。少し悲しい気もしちゃうけど。」
 頬杖から顔を上げた。
「じゃあ早見は?早見は普通の友達だと・・・恋愛感情としてみたことは無いけど。」
「あはは、なんでだろうね。」
 先生は笑いながら席を立つ。
「人生を楽しみなさい。減っていく一秒一秒を大切にしなさい。いつか、女神は微笑むと信じて。」
 先生は優しい微笑みを、まさに今言った様な女神の微笑みを、こっそりと、私だけに見せた。

 今日は秋なのにジリジリとして、むし暑かった。私は、夏のような暑さが嫌いだ。教室でだらけている私。
「ちょっとユウ~・・・て、あれ、どうしたの?ああ、今日は暑いから?」
 暑さに負け、机に突っ伏しているところをミッチに指摘される。
「どうもこうも・・・なにも・・・はぁ」
「どうしたんだ?」
 だらけている私を、意外・・・とでも言うように柊要が見てくる。ちょっとイラッとくる。いや、ちょっとどころじゃないかもしれない。早見が柊要に得意げに話す。
「藍田は暑いの苦手だから。夏とかはずっとこんな感じだよ。今日とか久しぶりに暑いでしょ。」
「だって・・・今日暑い・・・しかも席窓側・・・ミッチ・・・カーテン閉めて・・・」
 ミッチがすばやくカーテンを閉める。手馴れている。そんな時、急に柊要が笑い出した。急なことで、とてもビックリする。
「あははっ、まさか藍田にそんな弱点があるなんてな。」
 頬を少し赤く染め、無邪気に笑う。
「なに、その言い方。」
 こういうところではイラッとくるところなハズなのに、そうならず、少しうれしいと思った。談笑しているとピロピロと携帯電話の着信音が鳴り響く。誰のだ?と探していると柊要のものだった。ポケットから最新型の携帯電話が出てくる。普通は最新型のほうで驚くところだが、少し違った。驚いたのは、柊要の顔だった。赤かった頬はスッと白く戻り、携帯電話を冷たい目で見、最終的には無表情となった。
 ぞくりと寒気。何故だろうか。 柊要はフッと短いため息をつき、電話に出る。
「―――――はい、要です。」
 それは、その顔は、一番最初に出会ったときの作り笑い、まさにさわやかスマイル。声が、出なかった。そして、柊要をまたもやこんな顔にした張本人を知りたくて知りたくて、仕方が無かった。だって、その人がこの顔を作った人だと思ったから。
「はい。はい・・・・・・お父様。」
 お父様・・・柊要の父親か。だが何故だ。何故なんだ?
「それでは。」
 ピ、パクン。それからは誰も話そうとはしなかったが、柊要が自分から話し始める。
「今のは・・・俺の父。」
「・・・なんだって?」
 早見が聞く。
「いや、たいしたことじゃないんだけど、今日は早く帰ってきなさい、と。」
「・・・こっちの事情は何も聞かないで?」
 顔を上げると、早見は眉間にしわを寄せていた。そうだ、早見の言うとおりだ。柊要は『はい』としか言ってない。だから『学校はどうだ』や、『用事があるならいいなさい』のようなことは聞かなかったと推測される。いわゆる、自己中心的な父親というわけ。
「なんで?」
 なんで・・・何故?
「何故、そんな父親なの?」
 そんな事実を本当と思いたくなくて、柊要に問いただす。
「父親と言うのは優しいのではないのか?父親は子供思いで優しいのではないのか?」
 あせる。
「私はこの目でちゃんと見た。父親が、子供を笑顔で接していたのを。父親というものは、よい存在ではないのか?」
「こんな親も、いるだろうよ。」
 投げやりに柊要が言う。その言葉で、涙が急に出そうになった。
「なんでだよ!私にとって・・・私はっ!私は父親の存在が憧れで!私にはいないからうらやましかったのに!なんでっそんな顔するんだよ!なんでそんなことっ・・・言うんだよぉ・・・・・・っ!」
 柊要の目の色が変わった。その瞬間、柊要は何かをしようとした。が、ミッチは私の口と体を押さえ、早見は私の前へ出てかばう体勢をしていた。柊要はすん止めで拳を止めていたが明らかに殴る体勢だった。
 私は泣き崩れる。
「ごめん・・・なさい・・・」
 そして、謝った。

 次の日、柊要は明らかに態度が違った。挨拶をしても無視。声をかけても無視。一度も話すことも無く、私を・・・いや、私たちを避けていた。そして、午前中は終わった。
 モソモソと私とミッチは静かに屋上でお弁当を食べていた。ただ、寂しかった。お弁当も食べ終わり、ボーっとしていると勢いよく屋上のドアが開いた。
「捕まえてきた!」
 ゼーハーゼーハーと息を切らした早見と柊要。早見は柊要の両手をつかんでいて、いかにもつかまった様子だった。
「さあ!理由を話すんだな。俺達を避けてる理由を!!」
 だが柊要はうつむいたまま。だが、私達はずっと静かに待っていた。そしてやっと、堅い口が開いた。
「父に、昨日言われた。いや、正確には母にもだ。・・・平民につるむなと。」
「「「!」」」
 空気が凍りつく。
「俺、本当は私立に行くはずだったんだ。この近くの私立徳柴高等部に。」
 私立徳柴学園。金持ちの坊ちゃんやお嬢様が行く、エレベーター式の学園。
「だけど手違いでここ、高柴高校に。まあ名前が似てるから・・・。で、高柴に転入したんだけど、親の考えがあれでさ。『金持ちの息子と普通の子だろう。格が違う。変な奴らとつるむな、きちんと勉学に励み、御曹司として自覚しなさい。』と言われた。」
 たしかに、格が違いすぎる。普通の子、早見はいいとして、私とミッチは孤児。上下の立場じゃないか。
「皆に迷惑かけたくなかったからそうした。ごめん。」
「あやまんなよ!お前のせいじゃないだろ!?」
 早見がさけぶ。だが、柊要は服をギュッと握る。そして、苦痛の顔を見せる。
「ダメなんだ・・・俺は・・・不幸を呼ぶものなんだ」
 そう言い捨て、柊要は屋上を出て行く。寂しそうな、背中を見せて。だが私達はあきらめていなかった。

 ここは、柊要の家の前。
「・・・また来たな。」
 さて、どうやって入らせてもらおうか。私たちの考えは、柊要・・・いや、柊の親を説得し、友達として認めてもらう。
 とり合えず、インターフォンを鳴らす。インターフォンに出たのは、やはり執事の山田さんだ。
「・・・いいでしょう。ですが、こっそり入ってきてください。・・・執事として、失態なることですが、主人や奥様の考えには少し、反対もありました。ですが私は決めていました。必ず、要様の見方になる、と。」
 訳を手短に話すと、山田さんは入れさせてくれた。ここまではいいように進んだ。が、それもここまでだ。
 その後、すぐに柊の親は帰ってきた。今日は一緒に夕食を食べる日のようだった。そして夕食をお願いして覗かせてもらった。私は、言葉を失った。
「「「・・・」」」
 ずっと無言で、しかも目を合わせようとしていなかった。
「なんで?」
 孤児院では必ずしも話し声や笑い声が聞こえ、明るかった。でも、ここは照明は孤児院よりも明るいはずなのに、ありえないほど暗い。柊が苦痛な顔や、冷たい顔や、幸せが分からないといった意味が、とても分かった。だから、この場にいるのはとてもつらい。ジッとしていられない。バッと、三人の前に出る。
「失礼します。」
「なっ・・・山田!!誰だ、こいつは!」
 ガタンと柊父が立ち上がり、私を指差してきた。
「私が入れさせてもらいました。」
「!?」
「な・・・んで・・・藍田?」
 ざわめく。
「ごめん、柊。私、こんなのたえられない。」
「・・・」
 柊は、何かを察知したようだった。
「・・・お食事中、失礼しました。ですが、要さんのご両親に聞いてもらいたいことがあったので、こちらに出向きました。よろしいでしょうか?」
 柊父は静かに席へと座りなおす。
「少しの礼儀はできるようだな・・・・・・座りなさい。話くらいは、聞いてあげないことも無いがね。」
 そう言うと、執事が椅子を三つ並べた。そこに座る。
「で、なんだね?」
 柊父はタバコを吸い始めた。子供が近くにいるのに。
「要さんの家の事情なんて、私たちには分かりません。ですが・・・」
 私は目を上げ、柊父の目にあわせ、言った。
「格が違うとか何とかは分かりませんが、要さんと友達でいさせてください!」
 ピリッとした空気が走り、部屋が凍った。だが、柊父は動じなかった。くわえていたタバコを手に取り、ぷはぁと息を吐き、言葉を口にした。
「言いたいことは、それだけかね?・・・うちの事情、あなた方は知らないでしょう?分かったように言わないで欲しい。」
 分かったように・・・
「分からないでしょう?他人ですもんねぇ。うちの事情なんて。」
 分からない・・・でしょう・・・?
「そして、要の事情なんて。」 
「「「「!?」」」」
 私たち三人と柊かビクッと体を震わせた。そしてそのとき、柊が父親に何もいえないのか、分かった。柊父は、自分が所持している頭脳をフル稼働させ、相手が言い返せないような言葉を作り出しているから。さすが、企業を立てただけのことはある。
「さあ、出て行ってもらおう。もういいだろう?」
 分からない。分からない。
 何もかも、すべて。
 分からない。
 やっぱり私はダメなんだ・・・
「――――――藍田!」
 柄も無く、さけんだのは柊だった。そして、柊と先生の言葉を思い出す。
(謎は、難しいほうが面白いだろう?)
(人の言っていることや気持ちや、考えていることなんて、誰もわからないじゃない。)
 そうだった。私は、何も分からない。だけど、今は分からなくていいんだ。私は、これだけは分かる。
「柊は、私たちの仲間!」
 誰が何を言おうと、それは変わらない。柊は、椅子から立ち上がり、親のほうを向き、はっきりと言い捨てた。
「早見海人君は元気で、初めて、俺の友達になってくれた。伊達美佐子さんはリーダーシップのある、しっかり者。藍田優さんはこの通り、いざとなれば自分の身を捨ててくれる、優しい方だ。皆、俺の友達で、いい人。だから勝手に決め付けないでくれ。・・・普通の家庭の子だけど、友達に不足は無い。友達に、勝手に価値をつけるな!」
 柊はそれだけを言って、その部屋から出て行った。そのときの柊父と母はポカン、としていた。
「お騒がせして、申し訳ありませんでした。」
 私はそう言って、皆と部屋を出た。

 屋敷の外に出ると、大きなバックを持った柊が立っていた。
「ありがとう、三人とも。」
 柊の顔に、笑顔が戻っていた。だが、荷物を持っているということは、家を出て行くということだろう。居候する宛てはあるのだろうか?
「これからは・・・?」
 そう聞くが、柊は無言だった。
「私の家へ来ませんか?」
 そんな時、後ろから低い、少し聞きなれた声。それは、山田さんの声。
「私の家は狭いですが、一人くらい増えても支障は出ませんし、要様を不便にはさせません。どうか、私の家に。」
「山・・・田・・・。いや、家出するんだし、もうさん付けしなくてもいいだろう?不便してもいい。だから・・・俺をそこに。ありがとう。」
 山田さんは、ニッコリと笑顔を見せた。

 その後、柊は山田さんの家に居候することになった。聞いた話だが、柊は家事をやったことが無かったらしい(そう思うと本当にお金持ちの坊ちゃんだ)が、なんでもテキパキとこなし、山田さんも助かっているらしい。


 いつものように屋上で、私たち四人はしかめっ面でいた。
「うーむむむ・・・」と早見。
「「「・・・・・・」」」
「うーん・・・んー・・・あぇー!?」
「うるさいな!もう!」
 柊が切れた。いや、柊が怒るのなんて始めてみたな。もう、すっかりと馴染んでいる。
「いや、だっていいネーミングが決まらなくて。声を出してみたら思いつくかなって。」
 そう、私達は今、部活の名前を決めていたのだ。
「ていうかさ、愛と幸せを考えるなんて部活、この世界に存在するか?」
「それを考えては終わりよ。」
 ピシャッとミッチが一言。にしても、どんな名前がいいんだろう。
「んー・・・あ。」
 柊が声を上げた。
「幸探部。」
 こ、こうたんぶ・・・?
「ま、慣れればいいんじゃない?」
「これくらいしか思いつかないし・・・」
「じゃ、決まりね。」
 私達は手を合わせた。
「「「「幸探部!レッツゴー!!」」」」
 エイエイオー、と手を上に上げた。
 そのときの空は、青く光っていて、綺麗だった。



  私はなんだろう。
 外の空気は誰だろう。
 愛って誰だろう。
 これらを当てはめるのなら、なんだろう。
 寒い。凍ってしまう。なのに、そんな私の心を暖めてくれる人は現れない。
 どうしてだろう。
 私は小さいからわからない。
 幼いから、分からない。
 だけど、これだけは分かった。

   私は一人ぼっち。

 でも、いつかは道は開く。
 私は、仲間ができた。
 だから今は暖かい。一人じゃない。
 そう思えた。
 でもこの寂しさは忘れない。
 私は、なんだろう。

  ゆっくりと、探していこう。

幸探部

これは2010年の夏に書いたもので、書き始めてやっと一年目のものです。
このあとがきを書いている現在は2012年夏なので、結構古く、へたくそです。現在はこれより少しは上手くなっていると思います。
けれど少しでも多くの人に読んでもらいたいと思い、投稿しました。
設定もグダグダ、文法もグダグダ。あまり面白くないかもしれません。というか面白くなかったと思います。
読んでいただき、ありがとうございました。

幸探部

主人公の女の子ユウは孤児。捨てられたときに一緒に残されたマフラーがお気に入り。そんなマフラーが身につけられる冬も好き。 ユウは生まれてからすぐに捨てられたため、『愛』を知らない。けれど孤児院の先生は、ユウのお母さんはユウの事を愛していた、と言う。 そんなユウが高校生になり、学校に男の子、柊が転校して来た。けれどその男の子は作り笑いをしている。それを見抜いたユウは柊を邪険にする。 しかし、いつの間にか友達になっていたユウは、腐れ縁の早見とみっちーと一緒に、柊の家庭について、知ることになる。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-30

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