美しいもの

 感受性は人によって違うから、私の見たものが普遍的、絶対的に美しいと断定する事はできないが、先日ハッとしたことがあった。
その日は気分がよく朝早いうちから起きて、パジャマ姿でチェアに座って庭を眺めていた。木々は昨夜の強い雨に打たれて濡れている。妻も起きて来て私の肩に防寒衣をかけ、あたたかいコーヒーを入れるとまた寝室に戻っていった。
だんだん夜が明けてきて、空を見ると晴れていた。しばらくして朝日が斜めに差し込んできた。そして何気なく庭のレモンの木を見た瞬間、私の目はそこに釘付けになった。みどりの葉や実についた雨しずくが光っている。太陽の陽が強まると水玉は燦然と輝いた。と、木全体が表現しようのない美しい光彩を帯びて一斉に輝きだしたのだ。・・・・・ おお、なんと美しいことか !
 同じ日の夜、私は妻と旅に出かけ、不思議な通りに出た。中に入ってからでないと何を売っているのか分らない店ばかりがずらりと並んでいる。「ここは何の店かしら、入ってみたい」と言いながら果物屋、土産物屋、洋服屋などを妻は大いに楽しんでいた。2,3軒同行したあとは妻の好きにまかせて、私はその間に通りをぶらぶらしていた。数件の店めぐりをしてやっと出てきた妻は「お待たせ、面白かったわ、暗くなったから帰りましょう」と言った。
歩いているとこげ茶色の玄関の前に来た。先程から何故か気になっていた私は「最後にここに入って見よう。ぜひ見てみたい」と妻を誘った。ドアを開けた途端、私は「ワーッ、綺麗!」と叫んだ。そこにはこの世の物とは思われない美しい光景が広がっていたのだ。家も森も山も全てがキラキラと輝いている。私の前を歩いている妻まで輝き出した。
・・・・・・・
 私は病気のために、名画鑑賞に出かけることは困難になっている。しかしその日は二度も美しいものを見た。
朝のレモンの木に「絵にもかけない美しさ」を、そして夜の夢の中に「この世の物とは思われない美しさ」を。私は神秘に満ちた贈り物に言いようもない嬉しさを感じた。
  2017年10月24日

美しいもの