ジゴクノモンバン(5)
第五章 山地獄
舌を一枚抜かれたものの、誰一人減ることなく、一行は次の地獄へと向かった。
「なんや、案内板が立ってまっせ」
「なに、なに、山地獄へようこそ、て書いとるで」
「何がようこそや、誰もこんなとこ来とうおまへんで」
「よう来たのと、先ほどの藍鬼に負けないくらいの大きな声がした。
声のする方へ、みんなが顔を上げると、山の高台に鬼が立っている。
「おっ、あれは、茶鬼どんや」
「誰が、わしの名を気安く呼んどんのや。そこの、背広の男か。まあ、ええわ、気安く呼ばれるちゅうことは、そんだけ人気物ちゅうことや」
「なんか、こんどの鬼は、くだけたこと言ってますで。さっきの藍鬼どんと偉い違いやなあ」
「ほんまかいな。」また、わしらから金ふんだくること考えとんのとちゃうか」
「わしが、この山地獄の番人、茶鬼どんや。こりゃええわ。茶鬼のひびきが、チャオに聞こえる。やあ、人間のみなども、チャオ、チャオ。なんや、元気ないの。もっと元気出さんか」
苛立った茶鬼は、山の岩を掴むと、一行に向かって投げつけてきた。
「チャ、チャ、チャオー」
岩を避けながら、無理矢理作った笑顔で応える。
「あぶなー、何するねん、あの茶鬼は。それにしても鬼にしては元気のいいキャラやでっせ」
「そうやなあ、でも、これから、地獄で苦しめに遭う奴らに、元気だせというても無理があるがな」
チャオの返事に気をよくした茶鬼がしゃべる。
「よっしゃ、みんな、これからわしのことよく聞いとけよ。ここは、山地獄や。これからみんなに目の前の山に登ってもらう。山やいうてもただの山と違うで。地獄の山やからちゃんとしかけがある。まずは、あちこちのすき間から熱湯が噴き出す。熱湯にかかったら大やけどや。気をつけてや。それをうまい具合に避けると、あたり一面湯気で前が見えんようになる。すると、上から大きな岩がごろんごろんと転がってくる。その岩を受け止めてもええ、投げ飛ばしてもええ、跳び乗って玉転がししてもええ、ついでにその上で傘を回してもええ。腹がすいとる奴は、丸呑みにしてもええ。とにかく頂上まで登って、向こう側に下りる。そこがゴールや。簡単なこっちゃろ」
「口だけで言うんは、何でも簡単なことでっせ」
「どっかのテレビ番組でみたようなゲームやなあ」
「しかけを全部言うてくれるなんて、親切な茶鬼どんでんな。ちょっとやってみたい気持ちになりますな」
「人間の征服欲を満たすゲームやで」
「なんか質問はないか。ないんやったら、先頭バッターから行くで。クリーンヒット打ってや」
茶鬼が山の上から、スタート地点に降りてきた。
「すいません、質問があるんです」と先頭の人間が手を上げる
「なんや、言うてみい」
茶鬼は、腰に手をあて教師気取りだ。
「いきなり、本番ですか。練習はさせてくれないんですか」
「人生もいっぺん、地獄もいっぺん、山地獄もいっぺんや。練習はない。さあ、行くで」
もう一度、先頭の人間が質問する。
「途中で、ひき潰されたら、どうなるのですか」
「何べんもしつこいやつやなあ。ひき潰されたらそのままや。上からどんどん岩が転がってくるから、だんだんと薄っぺらになって、どこかに飛んでいくんと違うんか。まあ、試してみいや」
「そ、そ、そんな」
「いややったら、ひき潰されんようにしたらええだけのこっちゃ。さあ、質問はこれでおしまいや。みんな、元気だして出発や」
どどんどんどんどどんどんと太鼓の音が鳴り響く。
「茶鬼どん、えらい元気ですなあ」
「ほんまや、山地獄に置いとくのもったいないで」
「あっ、さっきの先頭の奴が行きよりましたわ。むちゃくちゃ突っ込んでいきましたで。いきなり地面から熱湯が噴出した。熱い熱い、言うとる。そのまま、しゃがみこんでしもた。わー。今度は湯気が出てきた。あたり一面、白うなってしもて何も見えへん。音、音がしてまっせ。なんの音やろ。地響きがするような大きなごろん、ごろんいう音や。なんかぐしゃいう音がしましたで。あいつ岩にひき潰されてしもたんやろか。あらら、なんやぺらぺらの新聞紙みたいなもんが漂ってるわ。茶鬼どんが手で掴みよった。ふーんて洟かみよりました。ちり紙とちゃうで」
「かわいそうに。せめて祈ってやろか。ほなけんど、これで悪人から紙さんになったんとちゃうか、あいつ。よかった、よかった」
はんにゃーはーらーみーたーと手を合わせる赤鬼と青鬼。
「はい、はい、次の奴出番や。さあ、一番バッターに負けんように、元気だして行けよ」
二番目の人間が茶鬼に尋ねる。
「先に行った奴は、どうなったのですか」
「どうなったもこうなったも、お前、見ていたんと違うのか。大岩に踏み潰されてしもうたやろ。後はこのとおり」
といって先ほど洟をふいた紙をみせる。
「残念なことや。でも、死んでからもこうして他の人の役に立っとるからたいしたもんや。人間なんでも、何でも、最後が一番大事や言うことを、身をもってあらわしてくれたんや。お前も見習わなあかんで。さあ、大声だしたら気合がはいるで。お前なら、ちゃんとこの山地獄は越えられる。わしは確信しとる」
そう言うと、茶鬼は、二番目の人間を後ろから突き飛ばした。
「茶鬼どんがなんか訳のわからん励ましをしてまっせ」
「ほんまや、なんの根拠もない話やで」
赤鬼と青鬼が見つめる中、二番目の人間は
最初の人間と違って、慎重に、山地獄を一歩、一歩踏みしめて登っていく。
「さっさと登らんかいな。こんなにぎょうさん人がおるんや。そんにもじもじしてたら、日が暮れてしまうわ」
茶鬼は、右手に持っていた金棒を振り回し始めた。
「ひえー」
叫び声をあげながら、急いで山を駆け上る。しかし、登っても、登っても、下りのエスカレーターのように地面が崩れ、上へと登れない。もたもたしているうちに、しゅーしゅーという音とともに、熱湯が噴き出し、あたり一面湯気の中。岩の転がる音がして、新聞紙が一枚、風に吹かれた。その紙をつかんだ茶鬼がまた洟をかんだ。
「くしゅん。二番目の奴もかいなかったな。さあ、三番目の奴出て来い。そろそろ、主軸やで。お前たちの本当の力見せてくれ」
三番目の人間はえらい、かっぷくのいいい男だった。この世ではさぞかしいい思いをしてきたに違いない。
「す、すいません。お、お願いがあるんですけど」
「なんや、お願いて。新聞紙じゃなくて、絵本の方がええのか。お前の体型なら、十分可能性はあるや。それとも、百科事典かいな」
「いや、そうじゃなくて、ここに一万地獄円ありますから、なんとか山地獄をみのがしていただけないでしょうか」
「なんや、地獄に来てまで、鬼を買収する気か。そう言えば、お前の顔見たことあるわ。なんとかの選挙かなんかに出て、違反して摑まった奴とちゃうか。テレビか新聞のニュースで見たことがあるで」
「地獄にもテレビや新聞があるのですか」
「当たり前や。お前らみたいな悪いことしよる奴らががおるから、下界から地獄ニュースと地獄新聞が流れてくるんや。毎日、新聞読むんが日課や。なんならスクラップに記事を貼り付けてあるから見せてやろか。いくら誤魔化してもあかんで」
「はい、そうです。いえいえ、誤魔化しているなんて、そんなことありません。とにかく、これで許してもらえませんでしょうか」
この世ではしたことがない辞儀をする男。だが、これまでふんぞり返っていた期間が長いため、首だけしか曲げられない。
そんな姿を観て、藍鬼はにやっとしながら「まあ、ええわ。お前がそこまで言うのなら。どうせ、この世の魂地獄までや。そう簡単には生き方を変えれんやろ。この茶鬼のこころにも仏のこころがあるで。寄付という形で、その一万地獄円預からせてもらうわ」
その言葉を聞き、他の一行たちも、わたしも寄付を、わたしも寄付をとお札を片手に茶鬼の周りを取り囲む。
「そんなに、慌てんでもえ。順番や、順番や。わしの前に、一列に並んでえや」
茶鬼は顔をほころばせながら、うれしい悲鳴を上げている。
「なんや、やっぱり金がいるんかいな。それにしてもあいつら人間、この世では、一円足りとも他人のために金なんか出したことがなかったくせに、我先に寄付してまっせ」
「今も、一緒や。自分の命のために寄付しとるだけや」
「それにしても、金がいるんなら、いるんでさっさと言うてくれたらよかったのに。つぶれてしもた一番目の人間と二番目の人間が可愛そうやおまへんか」
「何、地獄に来た奴に同情しとんねん。ほら、みてみい、あのごみ箱の新聞紙」
「あの、新聞紙がどないかしたんですか。あれは、大岩にふみつぶされた人間でっせ」
「何、言うとんねん。あれは、もともと新聞や。茶鬼どんが毎日読んどる地獄新聞や。ほら、きのうの日付がはいっとるやろ。わしら鬼は手品師とちゃうで。人間を新聞紙になんかにできるわけないやろ。多分、一番目の人間と二番目の人間は茶鬼どんの手下が人間に化けとったんやろ。ほら見てみい、山地獄から茶鬼どんの子分がにこにこしながら降りてきよるで」
「こりゃあ、やられたなあ。あれは全部演技かいな。うまいことするなあ、茶鬼どん」
「何、感心してんねん。さあ、俺たちの番や。また、一万地獄円とさよならや」
お金をしぶしぶ茶鬼の前にある寄付金箱に入れる赤鬼と青鬼。
「まいどーあーりー」
ジゴクノモンバン(5)