堕落した少年

橘文吾

静謐な夜 庭はひそやかに漆黒のヴェールを纏い 薔薇は高潔の淑女の如く凛と佇む

白薔薇の露を啜った友は 高潔なる精神と母と云う概念に殉じて 天に召され逝く


寂しくて 寂しくて 家や学校で微笑みを撒き散らしながら 僕は独りで泣き続けた

唯々幼かった そう 唯幼かっただけだったのに

敬愛されて軽蔑されて

名誉を受け 烙印を押され

何も分からなくて 誰も教えてくれなくて 助けてもくれなくて


愛も知らずに母を求め 彼女を慕った

彼女こそ薔薇の淑女 僕の夢 理想 魂の安住

ウェルテルの文体を真似た手紙を毎夜送り続け
手紙の返事を幾度も幾度も催促した

花束やアクセサリーや宝石をプレゼントして

クラヴィーアを奏で 募る想いを歌った

喉が酷く渇いた ビアを幾ら煽っても癒えなかった
渇いて渇いて仕方がなかった


愛も知らずに恋愛小説を書いた

詩を書いた

クラヴィーアを弾いた

滴る血は旋律となり 宵闇に流る

滴る血は音となり 冴え冴えとした月明かりにとけゆく


気がつけば空が白んでいた

火照った額 傷んだ胸

小鳥のさえずりが心地良く耳に沁む


友の訪れ

我が友ヴィルヘルムは僕の詩を認めてくれた

詩は彼の方が上手だったけどクラヴィーアは負けないから悔しくなんて全然無かった

彼は文学論を語り 僕は有難く傾聴した

ビアをひっかけ 僕は胸の内を語った

虚栄と卑屈 倨傲と恐怖 ノイズに惑わされながらも渇望した

喉がひたすら渇いた

ビアを煽り続け また夜が来た

また朝が来るだろう もう来て欲しくない 疎ましい


静謐な夜 庭はひそやかに漆黒のヴェールを纏い
薔薇は高潔の淑女の如く凛と佇む

白薔薇の露を啜った友は 高潔なる精神と母と云う概念に殉じて 天に召され逝く


我が友ヴィルヘルムは 詩と美と精神を残して 自決した



ヴィルヘルムを愛した薔薇の淑女は僕を詰った

僕の詩の拙さや幼弱性をあげつらった

恐怖を差し出せば 歪んだ定規の許に罰せられ 貶められる


寂しくて 寂しくて 家や学校で微笑みを撒き散らしながら 僕は独りで泣き続けた

唯々幼かった そう 唯幼かっただけだったのに

敬愛されて 軽蔑されて

名誉を受け 烙印を押され

何も分からなくて 誰も教えてくれなくて 助けてもくれなくて


愛も知らずに母を求め夜の街を彷徨い

車輪に轢かれ

憎まれ 蔑まれて

見えない敵と戦い続け 孤立を深めゆく

自由と存在を証明しようとすればする程 内的真実に呑まれ 狂気となる

恐怖を差し出せば 歪んだ定規の許に罰せられ
ーー気付けば 牢獄の中



ヴィルヘルムになりたかった僕は
鉄格子越しに過ぎ去る朝と夜 春夏秋冬を只々眺め続けた

堕落した少年

堕落した少年

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-10-27

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