手紙

拝啓

 厳寒の折、いかがお過ごしですか?貴方様においては、ご清栄の由存じております。 

 さて、先日私は継嵯という都市に参りました。戸隠へ行くつもりでしたのに、私ったらまた道を誤りまして。カーナビは画面が暗くなり、反応せず。視界は濃霧に覆われる。仕方なく国道を走り続けてますと、右手の看板に、継嵯という文字を見つけたのです。はて、私、土地の知識が無いもので、継嵯とは一体どの辺りなのか皆目見当も付きません。しかし、不思議なことに私は継嵯へ誘引されていました。好奇心の侭に、看板が指す方向へ自動車を走らせます。
 耳を澄ませると、フォーという低い音が聞こえてきました。麦酒の硝子瓶を笛に見立てて音を鳴らすような、優しい音色です。徐々に天候が優れていき、継嵯の全貌が見渡せるようになりました。
 この都市は、瓶で出来ていると言っても過言では御座いません。信号機には、果醤瓶。街燈には一升瓶が立っております。木々には香水瓶が熟れており、民家はまるで地球瓶のよう。私は目の前を通りかかった少年に声をかけました。少年は花瓶を鞄のように使っていました。少年は、何も言わず私の瞳を見つめます。そして、一目散に逃げていきました。彼は、外套のポケットから硝子の破片を落としていきましたので、自動車を適当な場所に駐車して、彼の後を追います。すると、公園のような開けたところで、大勢の市民と出逢いました。皆、私の瞳を見つめます。私も負けじと彼彼女等の瞳を見つめました。驚くことに、皆、ビー玉のような光彩を持っているのでした。紅蓮、浅葱色、桔梗色、麴塵、牡丹、雀色、撫子色……その色の鮮やかさに目を疑いました。そして、牛乳瓶を手に持った雪花石膏色の瞳の女性が口を開きました。彼女の発する音は、前述致しました硝子瓶を鳴らすあの音だったのです。何かを懸命に伝えている様は読みとれたのですが、私の耳には、美しい音色がリズミカルに響くだけ。私も意思疎通を図ろうと、言葉を話してみたのですが、相手には通じません。女性以外にも、先程の少年やご年配の方が私に声をかけて下さいました。一人、また一人と口を開くたびに、硝子瓶の音色はハーモニーを作り、メロディーが生まれ、最後には幻想曲が出来上がりました。私は瞳を閉じて、そのどこか懐かしくも優しいその音楽を愉しみました。音が鳴り終わると、私は市民たちに大きく頭を下げ、拍手を送りました。私の気持ちが伝わったのか、彼等に笑顔が広がります。最初に出逢った少年から、彼が落とした硝子の破片を、雪花石膏の女性からは、ひとつの牛乳瓶を手渡されました。私は感謝の言葉を述べ、お土産を手に、継嵯から立ち去りました。
 あの日から、硝子瓶を見つけるとどうもフォーと鳴らしてみたくなってしまうのです。いつか、彼等と言葉を交わせたら良いのになア。牛乳瓶は大切に飾っております。是非、我が家に遊びにいらっしゃったときには拝見してくださいませ。日光が当たると、とても綺麗に輝きます。

 乱筆乱文のほど、ご容赦願います。くれぐれも体調を崩されませぬようご自愛ください。

敬具

手紙

手紙

過去作。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-10-27

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