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レナ

 愛がわからない人たちへ
人は愛がわからなくても愛を求め彷徨う
結局、愛がわからない
でも、その愛に触れていたい
その愛が狂っていたとしても、、、
人を愛せないのは自分を愛していないからというが果たしてそうなのだろうか、、
愛がなくとも人は生きていける
それがわかっていても愛を捜す
その繰り返しなのだ

第1話 白

 二階建てのアパートに四人の家族が住んでいた。近くにはパチンコがあり朝から夜まで騒がしいところだった。母と父は仲がいい、、とは言えそうにない。母親の男遊び、父親の暴力、繰り返されるニチジョウ。私にとってこれが〝普通の家庭″だった。
 私と妹は、5歳、4歳の年子違いだ。母親はまた男遊びに行くため私たちを置いてどこかに行ってしまう。私たち姉妹は母にどこに行くのかは聞かない。分かっていた本当のことは言わないと。姉妹は去っていく母親のことなど気にせず黙々と積み木をたてていくそっと、そっと、、、
 「お母さん、買い物行くけど一緒に来る」母の問いに私は嬉しそうに返事をする。うん!行きたい!だが、そう言ってたのは束の間、母親は黙って家を出た。何が起ったのかさっぱりわからない私はテレビを観た。涙が止まらない、、テレビに集中したくても感情が段々と込み上げてくる。ダメだ、、お母さん。私は靴も履かず外に出て泣きながら母の姿を捜す。見つけた母の背中を必死に追いかけた、、届きそうで届かない。追いかけても追いかけても離れていく母親の姿。お母さん、待って。お母さん、、、?私は立ち止まり母の姿が消えるまで見つめていた。

 父はとても短気な人だ。自分の思い通りにいかないとすぐカッとなって母と子供を殴る。酒癖も悪いのでシラフでも殴るそんな人が酒を飲めば尚更殴る回数が増えいく。口ではなく手をだすのが好きな人なのだ。長女である私は一番厳しく育てられた。自分がゆっくりしているときに音を少しでもたてられるのが嫌いだった父は、私が少しでも音をたてると叩かれた。お仕置きにはいろいろあった。木刀を使って叩く、殴るそして輪ゴムを引っ張りバチンッと当てるなど、どれも一切手加減はなかった。痣、腫れはもちろん絶えなかった。まだ幼い私たちは大人の力に耐えることが容易ではなかった。隠れて痛い、、痛い、、と泣きながら痛みを凌いだ。泣くところを父に見せてはいけなかった。見られるとお前は弱い人間やと言い尚更、殴ってくるのだ。父も幼いころ実の父親から長男だからと言って厳しく育てられた。私がしたことは妹の倍叱られた。殴ったとしても妹の場合は手加減して、その後は優しく頭を撫でていた。私は悲しかった。胸が張り裂けそうだった。
 
 父と母は人前では仮面をかぶる。いい母、いい父を見事に演じるのだ。それは完璧で表に一切本性を出さない。私の友達、先生からも評判がよかった。学校の行事、懇談会は母、父二人ともしっかり参加する。外では優しい父と母が正直、恐ろしかった。だから、周りに本当のことを言っても信じてもらえなかった。

 灯油コンロストーブだった私の家は、冬、姉妹で18リットルの灯油缶を3個、近所のガソリンスタンドまで汲みに行っていた。近所でも幼い私たちの足では、とても遠く感じた。冬の寒い中、毎晩母と父のために灯油を汲みに行っていた私たちは帰りはどちらが重たいほうを持つかいつも揉めながらガソリンスタンドへ向かっていた。ある時、ガソリンスタンドで働いていたお姉さんに声をかけられた。「こんな時間にいつも灯油汲みに来てるけど、、親はどうしたの」いつか話しかけられる日が来るだろう構えていたが、いざ聞かれると焦るものだった。私は、素直に親に頼まれただけですと答えた。お姉さんは悲しい目で私を見つめ「そうなんだ」と言い灯油汲みを一緒に手伝ってくれた。帰りはお兄さんにガソリンスタンドの出入り口まで灯油缶を運んでもらった。ただ灯油を汲むためだけに毎晩夜遅くに来る幼い子供、誰が見ても目に留まることだろう。ガソリンスタンドのお兄さん、お姉さんから初めて″優しさ”を学んだ。私はその日の帰り喜びながら、いつも通り妹と軽い灯油缶のほうを取り合った。

 ある日、父に母が夜遊びに行っていることがばれたことがあった。母は私に口止めをしてきたのだ。父に何を言われても知らないと答えるのよと、、父が仕事から帰宅後、母との口論が始まった。母は殴られるのを恐れ私を傍に置き話す。母は私に話を振り、行っていないという〝嘘″を私に吐かせた。私は、黙って母の言う通りにした。必死に言い訳をする母、それを黙って聞き怒鳴る父、二人を私はただじっと見つめていただけだった。
 母は、男と会うとき私たち二人だけを家に置いておくのはさすがに心配になったのか祖母か友達の家に預けるようになった。祖母の家のほうが遥かに居心地はいいがばれたくない母は、友達の家に私たちを預けることが多かった。その友達は女で子供がいるいない関係なく男と遊んでいた。類は友を呼ぶというが本当にそうなんだと思った。

 優しい祖父、祖母の家は、とても温かいところだった。祖父は唯一母の実の父だ。母は小学校4年生の時、病気により母を亡くした。ある日、突然現れた新しい母親にだいぶ反抗したらしい。そこから、ガラの悪いヤンキー、ヤクザと付き合うようになり、シンナーはもちろんのこと麻薬にまで手をつけていった。落ちていく母をただ黙って見ているだけだった祖父と祖母、、誰のせいでもないかもしれないが気づかせることは出来たのではないだろうか、、

 私と妹は、近くのパチンコの駐車場に遊びに行くことが多かった。理由は、その駐車場はとても広く遊びには最適の場所だったのだ。あともう一つは、お菓子を毎日くれる警備員だ。これから、何が起るのか知る由もない私たちは、毎日、その人に会うために遊びにいった。
  
その人は優しかったが、よく父と母のことを聞いてきた。お父さんは、お母さんは何してるの、家にいないのと探るように、、
私はそれに正直に答えた。すべてを。警備員は、仕事中でも嫌がることなく相手をしてくれた。幼い私たちの唯一の遊び相手、妹も私もただ嬉しかった、、父と母は夜遅くまで帰ってこないそんな中の唯一の遊び相手なのだから、、

段々と親しくなっていった私たち、いつも通り警備員の休憩所へ遊びに行った。そこは、大人一人が入れるくらいの大きさでとても窮屈だったがまだ小さい妹と私は特に気にならなかった。その人は、私たちを見つけてはその中へ連れ込むようになった。私を膝の上に乗せ、頭を撫でてくれる。それがとても嬉しかった。頭を撫でられたのは初めてのことだったからだ。そんな毎日が続いた。私は、自分からその人の膝の上に乗るようになった。
ある時、いつも通り私は、その人の膝の上に乗った。妹は近くで床に座り込んでいた。気づけばその人の手が私の小さな胸の上にあった。そして揉みだした。まだ幼い私は、その行為自体がわからなかった。片方の手は私の下着の中に入れ、直接、陰部を触りだした。ねぇ気持ちいいとその人は、耳元で囁く、、私は、戸惑いながらも正直に痛いと答えた。それは、まだ慣れてないからだよ。これから段々気持ちよくなるからねとその人は、また私の耳元で囁いた。長時間、その行為が続いた。痛いと言ってもやめない。帰る頃になると親には絶対にこのこと喋ったらダメだよと言われた私たちは、うん、わかったと元気よく答えた。それがいけないことだとわからない無邪気な子供だったのだ。

それは、毎日続いた。私のアパートの玄関は、パチンコからよく見えるところにあった。その人は、見える位置にいつも立って私たちが出てくるのを待っていた。見つけては、此方のほうへ手招きをしてくるのだ。私は、正直嫌になってきていた。そんな時だ、警備員の車の中に連れていかれそうになったことがあった。それは、流石に怖かった私たちは着いていかずそのまま家に帰った。その日を栄に警備員を避けるようになった。ある日、近所のお姉さんと遊ぶことになりパチンコ店の駐車場を歩いていた時だ、ここの警備員とよく遊んでるよねとお姉さんが聞いてきた。子供だった私は、あの行為を面白おかしく話してしまった。警備員は、言っていた親に言ったらダメだと、、ならほかの人ならいいのだと考えた私はその人にすべてを言った。もちろん、お姉さんは驚いた。なぜ、この子はそんなことを笑いながら話すのだろうと思っていたのだろう。途轍もない焦り顔でそんなことされてたのと聞いてきたが、私は普通にうんと答えただけだった、、、最後、このことは親には言わないでね、約束だよと私が言うとお姉さんは静かにうんと答え、二人とも黙って家に帰った。その時のお姉さんの顔は険しかった。

次の日、母は怒り狂った様子で私を問い詰めてきた。近所の人から聞いたことは本当なのかと。

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この小説の内容は、私の忘れたい過去です。思い出しながら書いているのでグダグダ感がすごいですし、読みにくいですが温かい目で見てくださるとうれしいです。小説を書くのは初めてです。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-10-26

Copyrighted
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