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ㅤ容れ物でない方の私を好いてほしい。容れ物をなくしても愛される作品で、と考えながら花を汲む。井戸いっぱいの夏の花。井戸には固より緑が茂っており、それから隣保方の故人を悼むお気持ちが花となって今に至る。祖父はここに落ちたのだ。昔から異様に深い井戸だった。かつてそうであったように水でいっぱいにしようとも、浮き上がっては来なかった。警察によるとこの中は海での魚捕りで使う網かごのようになっているとか、ミルフィーユ状になっているのだとか。真偽のほどは誰も知りたがらなかった。
ㅤ二度目の葬式はもう始まっている。花を手向けるだけの、それだけで完結する儀式。時間が私を遮らないことに今は救われる。永遠にここを離れなくてよいという罰。私の言葉を信じる人を失う罪。
ㅤ日が切ないくらい眩しいね。暖かいね。本当に、世界には何て事ないんだね。
ㅤ家の方からとんできたチョウに指を寄せる。額に汗がしたたる。それから眉。腕で拭いながら、井戸に腰かけた。そういえば、夏にとぶチョウは夏蝶と呼ばれるらしい。それならあの人は、私のことをなんと呼んでくれようか。
ㅤ鞄から携帯を取り出して、小説のデータを消す。死を自分のものとする事でしか消化できない自分がずっと憎かった。それから必要のなくなった携帯を先に投げた。無音だった。私は座った状態でまるで背もたれに体をあずけるように後転し、供物いっぱいの井戸に満を持して潜った。
ㅤあの人の映画にまた遅れてしまわないように急ぐ。産道に酷似している。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-10-26

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