ゴゼンニジ

Mimei

ゴゼンニジ

本編

肌がひんやりとするような、居心地の良い夏の夜。風は滑るように通り過ぎて行き、彼のシャツをふわりと膨らませる。
「寒い....」
夏の涼風は彼にとって、少し具合が強すぎたようだった。ガードレールの沿う暗い車道を、街灯だけを頼りに歩き続ける。
やがて明かりすらない域へと辿り着き、細くて暗い道が続いているのが見えてくる。彼は躊躇うことなくその道を進んで行く。深い闇に溶け込んだような木々の緑色が、妖しい雰囲気をより演出する。足元は真っ暗であったが、彼は淡々と突き進んで行った。
あぁ、寒い。夏とはいえ車道と違い、森の中はより肌をくすぐられるような寒さに追いやられる。「肌寒い」という言葉が嫌という程似合う夜だと、身を持って実感していた。
突如小さな明かりが見え、彼は真っ直ぐとその明かりに向かって足を進め続ける。
「仁科さん」
進んだ先にあった本殿前には、既に先客の少女がいた。仁科と呼ばれたその少女は彼を見るや否や、大きく手を振ってくる。
「本当に来てくれたんだね」
「こんな時間に呼び出されたのは驚いたけど」
「もう寝ちゃってるかと思ってたよ!」
彼女はそう良いにかっと笑う。そして進んでいく先は、本殿の正面。
ゆっくりと階段を上り、鈴緒の前に立つ。
「本当に呼べるの?ここにいる幽霊を...」
「多分ね!んー、まあ見ててよっ」
彼の疑い深い声にも怯むことはなく、彼女は思いっきり鈴緒を揺らし始める。
ガラガラガラン、と特徴的な鐘の音が鳴り響き、残響にうっとりする暇もなく、その後の場の変化にすぐ気付く。突如不自然に強い風が吹き荒れ、落ち葉までもが巻き上げられる。
いつからだったのだろうか。瞬きする間、2人の目の前に一つの影が現れる。影は徐々に形を形成してゆき、やがて人型となる。
彼は「おっ」と声を漏らし、眼の前で繰り広げられる超常現象に思わず口元が緩む。彼女は至って平然と、鈴緒の前から離れる。
「久しぶりだな、いずみ」
「リヨさん久しぶりー。今日はクラスメイト連れてきたよ!」
「...どうも。」
人型の影は平然と喋りだし、彼女もまた平然と会話をする。普通であれば腰が抜けてしまうほどの現状ではあるが、彼は事前にこの事を彼女から聞いていた為、さほどの衝撃は無かった。それでもやはり、心底興奮していた。
「おいお前、そこの男、名前を教えろ。」
「...相良です」
「そうか、俺はこの地に佇む死人だ。いずみからはリヨと呼ばれているが、好きにしろ」
「ね!本当だったでしょ?私が言ってた神社の幽霊の話」
「.....本当だったね」
風はすっかり止んだようだ。彼女は明るい夏の夜空を見上げ、満月を指差す。
「ところで相良というお前、何故俺に会いに来たのだ?」
「...ただの興味本位です。仁科さんがよく貴方の話をするから、気になっただけです」
「ほう。よくこんな子供騙しにさえ思えるような事をホイホイと聞けたものだな?」
「昔から幽霊やそこらの類には少し...まあ、色々あったし、信じられない事ではないと思ったので」
「...色々?」
影の声が少しずつ曇って行くのを仁科は感じたようだった。心配そうに名前を呼ぶ。相良は目線をそらし、機嫌の悪そうな表情だった。
「おい相良、俺にもっとよく顔を見せろ」
「...どうしてその必要があるんでしょう」
「いいから、有無を言わずにこちらを向け」
影の普段とは違うすごく低い声に、仁科は思わず肩を震わせ目を見開く。相良も俯いた状態から、明らかに不機嫌な態度でギロリと影を睨みつける。
「え、リヨさんも相良くんもどうしたの?」
「...相良、お前、人間ではないな?」
「えっ!?!?」
一瞬にして緊迫とした空気になる。
「なら、俺をどうするつもりなんですか?」
相良は否定しない。
「えっねえ、えっ、相良くん、それってどういうこと...?」
仁科はパニック状態に陥りオロオロとしており、舌もうまく回っていない。
「こいつから妖怪の匂いがするんだ」
「まあ、俺はただの半妖だし、人に危害を加えたりもしませんよ。わかったらその殺気を抑えてくれませんかね」
「...ちっ。まあ良い。いずみには何もしていないな?」
「まさか。仁科さんだって今初めて知ったでしょう。この先だって何もしませんよ」
急に多弁になる相良を見て、完全に彼のペースに巻き込まれているな、と仁科は直感した。
「そんなお前が何故、俺のような奴に会いに来たんだ...?」
「聞きたいことは一つだけです。黛村という言葉に聞き憶えはありませんか?」
「...いや、無いな。それがどうしたんだ?」
「ならばもう結構です。失礼しました」
「ちょっ、お前...待て!」
そう言い残し彼は素っ気なくその場を離れようとする。スタスタと歩き出す彼の肩を掴む。
「まって相良くん!貴方は一体...何者なの?」
「...今日見た事は、他言無用でお願いします、仁科さん。ありがとう。それじゃ」
「ねえ、相良くん!貴方は一体誰なの!?」
彼は少し振り返り、
「...妖怪。」
とポツリと言い残し、少し微笑んだ後、その場を去って行った。

「...呼び鈴...?」
あの夜から4日経った日の夜のこと。相良はその4日間、学校をサボっていた。
高校には一応通っているものの、出席日数など気にせずよく休んでいた。彼はほとんどクラスメイトとの関わりがなかった為、彼が休んだ日のノートや提出物を届けてくれる人など、いるはずは無く...
「こんばんは、相良くん。」
彼の家のインターフォンが鳴り、ドアを開けた先にはクラスメイトの仁科ひとみが立っていた。思わず大きく目を見開く。
「...よく人間じゃない奴に会いに来れたね?しかもこんな時間に。」
彼は精一杯の皮肉を込め、彼女に嫌味をぶつける。4日前の夜にあんな事があったから、彼女は自分を怖がって会いに来るなんて事は絶対にないと思っていたからだ。しかもその時刻、なんと午前2時。
「そんなに捻くれないでよ...今日はノートのコピーを届けに来たんだよ」
「...どうも。それじゃ」
「待って!それだけじゃないの。これ」
彼女はそうか細く呟くと、鞄から何かを取り出し、それを摘み上げる。
それを見た相良は、突如表情を豹変させる。
「...っっっ!!!いつの間に...」
「あの日の帰り道、神社を降りる階段で拾った
の。まさか相良くんの物だったなんて...」
彼女が持っていたのは小銭ほどの大きさの石。だがただの石ころとは違い、深紅に染まった美しく不気味な色合いをしている。
「それを、返して」
手を伸ばし奪い取ろうとした途端、彼女はその石をサッと隠してしまう。
「...どういうつもりだ?」
「まだ話がある。それを聞いてくれたらさっきの物を返してあげるよ。遅い時間だし、良ければ家に入れてもらえない?」
「....ったく、何様のつもりなんだよ...」
仁科の普段のゆったりとした雰囲気はあまりなく、嫌に落ち着いている。交渉の強引さのみでなく、そういったところも腑に落ちなかった。けれどあの大切なものを返してもらう為なら、断るわけには行かなかった。彼は無言で彼女を家に誘導する。
「...仁科さんってさ、今のが本性なの?」
「ん?いや~そんな事はないって!さっきのはちょっと真面目キャラだっただけ!えへへ」
「...仁科さんが普通じゃない人間だってのは前から思ってたけどね。こんな夜遅くに外出を許されるあたりとか」
「それは私が一人暮らしだからだよ。てか相良くんも一人暮らしだったんだね!私からしたら相良くんの方が普通じゃないよ!」
「...あっそ」
2人のテンションは明らかに違う。こんな状況とはいえ彼は脅されており、彼女は脅しているのだった。
「わっすごい、綺麗な部屋だね~。物も少ないし。あっ私どっかに座っていい?」
「好きにして」
「そんなにイライラしないでよ。じゃ私ここに座るから相良くんそこに座って!」
そう言って仁科はテーブルを挟んで座るように要求する。
「話があるなら早く話して」
「あのさ、この前リヨさんに聞こうとしてたことって何なの?」
「...え?」
「まゆずみむら?を知ってるかどうかって...。あれ、思いつきで聞いたわけじゃなさそうだし、元からそれを聞く為に幽霊に会いたがってたのかなーって...。私が最初軽く幽霊の話した時にもすごい食いついたじゃん。」
「...はぁ。」
「あれは幽霊にしか聞けないことだったんじゃないの?やっぱそれは、相良くんが半妖だ....ってとこに関わってるの?」
「......まあ、そうだよ」
いつもより遥かに長い沈黙の後、彼は諦めたように呟く。自分のことを追求されるのは気に食わなかったが、彼女も人にバラすほど意地悪ではなさそうだった。
「それ私にも手伝わせて欲しいんだ。他にも何人か、私が知っている幽霊がいるの。その人たちに会わせてあげるから、相良くんが聞こうとしていることを私にも教えて欲しい」
「はぁ!?...それは本当?」
「本当だよ。そのうちの2人は村から外れたちょっと遠くにいるけど...」
それをあっさりと承諾してしまうほど彼は頭が悪くなかった。だが、他の幽霊に会えるというのがとても魅力的だと感じたし、これは大きなチャンスだった。すると、やはり答えはこれしかなかった。
「...いいよ。その条件を、呑むよ」
「本当に!?嬉しいなー」
「俺からも聞かせて。どうしてこんな面倒なことに、仁科さん自ら首を突っ込むわけ?」
彼女は手を顎に当て、明後日の方向をみる。暫くして閃いたように表情を華やかにし、
「面白そうだと思ったから!」
と大きな声で言った。
「賢そうな相良くんと関われる機会なんて、この先ないと思ったし。あんま人には言わないけど、そういう怪奇現象大好きなの。」
「...仁科さんは普通の人間じゃないよ。」
「あ、いや、それだけじゃなくて!相良くんとももっと話したいなーと思うし。ミステリアスでほんっと誰とも話さないしさ...」
「それは、人と話をしたくないだけ」
「妖怪相手なら話せるってこと?」
「....そういう訳じゃないんだけど。大体俺だって詳しく言えば半妖って訳じゃないし。妖怪と会ったことないし....」
そこまで言い終えた後ハッとする。気付けば、目の前の彼女の眼はキラキラと輝いていた。しまった、余計なことを言ってしまった。
「ねえもしかしてその、黛村ってとこに妖怪がいるの!?てか黛村って何なの!?」
本当に彼女の本性がわからない、と彼は全てを諦め降参したように話をする。
「黛村は、妖怪が住んでいると言われてる隠れ里の事。で、俺の祖先というか、血の繋がった人たちが、そこに住んでいるらしくて、だから探してる」
ここまで自分のことを語るのは初めてだったため、タドタドしさが拭えていない。
「そうなんだ....。探してるってのは1人で?親はいないの?」
「...言いたくないんだけど」
「あ、別に今日じゃなくても良いよ!またいずれ話してくれれば」
彼は一生言いたくないという意味を込めていたのだが、彼女には「今は言いたくない」という意味で受け止められてしまったらしい。
「あ、じゃあ今日はここまでで、そろそろ私は帰るよ。お邪魔しました~。」
「....ん。」
マイペースに帰っていく仁科を適当に見送ると、やっと面倒ごとから解放されたような爽快感があった。そのせいで彼は、重要なことを忘れていた。それに気づくのは数分後。
「....あっっっっ!!」
思わず大声を出してしまうほどに驚愕し、衝動で玄関のドアを開ける。彼女の姿はもちろん、どこにもなかった。
「...返してもらうの、忘れた...」
彼女が本当に忘れていたのかは定かではないが、うっかりしていたのは事実。
「あいつ.....」
彼女にしてやられた気がして、無気力にベッドへと横たわった。

「....」
4日ぶりの学校。もちろん4日学校を休んだ彼を気に留める者もいない。今日は彼女に会う為だけに、学校へ来たようなものだ。
「あっ!相良くんおはよ~」
教室内ではほとんど人と会話をしない相良が仁科と会話をしていても、それでもそれを気にする者は居ない。
「返して」
「えっ?何が?」
「だから、石」
「....あーーっ!忘れてたね!家に置いてきちゃった!」
彼女は本当に忘れていたようで、まるでサプライズを受けたような表情をした。
「今日暇だったらうちに取りに来てよ!」
「返してもらったらすぐに帰るけど」
「どうしてそう冷たいことばっか...ちょっとくらい寄ってってよ!どうせ暇そうだし!」
日に日に彼女の毒舌が増していく。本当に一体どのキャラが本性なんだろう。

「お邪魔します」
「一人暮らしだしお構い無く!どうぞー」
昨日は自分の家に招き、今日は彼女の家に招かれる。だんだんお互いの関係が危うくなっていくことに彼は気付く。
「はい、これ!石!」
すぐに彼女は真っ赤な石を返してくる。
「.....どうも。宝石なんだけどね」
「本当!どうりで綺麗なわけだ!......あっ、ああーーっ!!!!」
本日二度目の彼女の叫び。何なのだと聞こうとした途端、彼女の方から話し始める。
「相良くん!今日の夜中暇!?」
「まあ」
「今日だったら友達の幽霊のうちの1人に、会いに行けるかもしれないの!どう?」
「ほんとに?じゃあ、行きたい、かも」
そう言うと彼女はにこーっと笑う。
「じゃあ今日の夜1時半くらいに、ここにまた来てくれない?ちょっと遠い場所だけど」
「いいよ、分かった。でも、何でいつも夜の2時とか中途半端な時間に集合なの?」
「それは....丑三つ時、だからだよ。」
急に落ち着いたトーンで話し始める。これだからこいつは。ちょっとドキッとする。
「ああ、幽霊が....ってことね。」
「そういうこと。あ、ねえねえ、相良くんって、親のどっちかが妖怪なの?」
そのことは言いたくない、といったのに。呆れながらも渋々答える。
「お父さんが。お母さんは、人間」
「へええ~。キツネの尻尾生えてたりするの!?」
「....見た目は全く人間と同じ。どんどん人間の世界に順応出来るように変わっていった、らしい。」
「中身は違うのー?」
「中身もほとんど変わらないけど...。食べ物は食べなくても生きれる所と、夜に強い所と、目がすごく良いところとか」
「食べなくても生きてけるの!?」
自分の言葉全てに目を輝かせる彼女を、新鮮で面白いと彼は思った。自分のことを知りたいと思ってもらえるのは悪い事では無く、少しやみつきになりそうな程であった。
「それじゃ、俺は帰るよ。また夜に」
「あ、うん~!じゃあね!」
彼女も特に引き留めず、爽やかに見送る。

帰り道、彼は不思議な気持ちに浸っていた。
幼い頃から「普通の人間として」父と母に育てられたが、10歳の頃、父から自分がただの人間でないことを教わった。そしてあの深紅の宝石を授かり、父の生まれ故郷である「黛村」の話も聞いた。その2ヶ月後くらいに母は交通事故に遭い、同時期に突然父が行方不明になってしまう。その後は母方の祖父母に引き取られ、高校生となった今は、行方不明のままの父を探しながら1人で暮らしている。
なんとここまでの彼の人生、友人と言える人物が1人もいなかった。その為、十分な人との会話もしてこなかった。
だからだろうか。
仁科と隣の席になった際に「私、幽霊が見えるんだ」と言われ、初めて人との会話を楽しいと思った。
仁科に「満月の午前2時、神社に幽霊が
出る」と言われ、少し興奮した。
仁科が宝石を届けに来てくれた時、苛立ちの中に不覚にも嬉しさを感じてしまった。
仁科の話を面白いと思うだけでなく、自分のことを話す楽しさまで覚えた。
彼の初めての友達。彼女になら、妖怪の事を話しても馬鹿にされない気がするし、聞いて欲しいと思えた。
今までにない感覚に陥りながら、緩んでしまいそうな頬を押さえ付け、彼は家に帰った。

午前1時半頃、綺麗に晴れた真夜中。この前ほど冷え込むことはなく、半袖一枚でも過ごしやすい。
「相良くん!」
相良は時間通りに待ち合わせ場所へと訪れた。仁科はさっそく歩き始める。
「20分くらい歩くけど平気?この時間だと電車もバスもないし...」
「大丈夫。仁科さんって、どうしてそう色々な、秘境みたいな場所を知ってるの?」
前を歩いていた彼女はふわっと振り返り、目をパチクリとさせる。
「えへへ!何かね、感覚でわかるんだよね。こっちに幽霊が居そうだなっていう。」
「へぇ。良い能力だね」
「ありがとう!その言い方だと相良くんも何か能力があるの?」
素直に褒めたはずが、思わぬ場面で墓穴を掘ってしまっていた。げっと思いつつも、いつもと違う気分の彼は素直に答える。
「まぁ、あるよ。でもどんなものかは秘密」
「ええー?気になるなぁー」
「...そんな誇れるものでもないし。妖怪としてのちょっとした能力。いずれ教えるよ」
この時彼は思ってもいなかった。
その「いずれ」が、来ないかもしれないという可能性の事を。

たわいない話をしている内に20分はあっという間に過ぎていく。「ここだよ」と彼女が指をさした先には、薄暗い石畳の階段があった。明かりはもちろん無く、感覚だけで階段を登っていく。数十段登った先には、寂れたお寺があった。手入れされている様子は全くないし、人が訪れた形跡すら見つからない。
「あ、いたいた。やっほー」
この前の神社とは違い、来た瞬間からその異変を感じられた。一箇所明らかに不自然に風のふく場所があり、徐々に形を形成してゆく。今回も似たような、まさしく『幽霊』といった影だった。
「おお、ひとちゃんじゃないか!ほっほほ」
「フナさん久しぶり」
「そちらの少年は彼氏さんかね?」
「えっ!んなわけないじゃんー!」
のんびりとしたお爺ちゃんのような声。リヨさんとはだいぶ違って、柔らかい印象の幽霊だった。
「こんにちは、相良いつき、です。」
「ほう!なかなか整った顔立ちじゃのう。気に入ったぞい」
「...はあ」
「ちょっとフナさん!相良くん困ってるじゃん!」
まるで祖父と孫のようだ、と相良は思った。きっと何度も通っていて、相当親密な仲なんだろうと容易く想像出来た。
「お主は妖怪の血が薄めじゃのう」
心臓が跳ね上がり、思わず2人とも顔をしかめた。こんなにあっさりと言われてしまうものなのか、と仁科は驚いた。相良はあまり驚いた様子も見せず
「母親が、人間なので」と答えた。
「フナさんは、その、俺みたいな人を嫌わないんですね」
「はて?そんな訳は無かろう!どうしてそう思うんだ?」
「....数日前に会った幽霊には、酷く嫌われていましたので」
リヨさんの事だ、と仁科はすぐに気付く。だが、むしろリヨさん相手に余裕の態度を見せていたように思っていたので、意外に感じた。
「わしだって若い頃は幽霊の友達が沢山いたんぞよー。お主みたいな名前の奴もおったぞ」
「えっ!?」
「なんじゃったかな...相良、ヨシズミという名前だった気がするのう」
「...それは、俺の祖父の名前です」
相良は呆気にとられたような表情で、しかし何とか声を絞り出す。仁科も驚きすぎていて、大きく口まで開けていた。
「あの、フナさん、黛村というものを知っていませんか」
「ん?知っておるぞー。何回か行ったこともある」
「本当!?」「本当ですか!?」
思わず2人のタイミングがかぶる。仁科が身を乗り出すように食いつく。
「フナさん!それどこにあるの!?」
「んーわしは覚えてないがね、京都にいるわしの知り合いなら几帳面で頭も良いし、きっと覚えてるだろうなぁ」
京都。ここから行っても日帰りでは帰れなそうな距離だ。あまり現実的ではない、と相良が諦めそうになった時、
「もう少しで夏休みだし、一緒に行こう!相良くん!」
と仁科が満面の笑みで問いかけてくる。すごく楽しそうに、まるで子供のように。
「...旅行ってこと?」
「そんな感じだね!あー楽しみ!」
まだ承諾はしていないが、気付くと決定事項になっていた。でも彼自身旅行など行ったことがなかったし、しかも初めての友達との遠出。今すぐにでも予定を立ててしまいたいほどであった。
今日はすごく良い収穫があった。仁科も相良も満足した表情で事を終えようとしていた。その時、突然フナさんが口を開く。
「そういやひとちゃん、お母さんから伝言を預かっているぞい」
「えっ」
その一言を聞いただけで、仁科の顔は強張り、表情も怪しくなる。
「何でもすぐに帰ってこいとか...大事なことがあるからって」
「えっ、嘘でしょ...嫌だよそんな」
「もし嫌がってたら、二度と人間界には行かせない、とか何とか言っておったのう~」
「!!」
まるで見てはいけないものを見たような、様々な感情が混ざった顔だった。相良は会話についていけず、ポカンとしている。
しばらく黙りこんだ後、眉を下げて活気を失った彼女が相良の方を向いた。そしてゆっくりと重い口を開く。
「ごめん、相良くん。さっきの旅行、行けなくなっちゃった...」
「...どういう事?」
「故郷に、どうしても帰らなくちゃいけなくて。此処にはもう戻ってこれないの...」
そう言い目を潤ませる。彼はすぐに理解ができなかった。
一緒にいて楽しい、と初めて思えた初めての友達との別れが、こんなにもあっさりと来てしまうものなのだと。
彼には理解ができなかった。
「....え」
ようやく漏れた一言も、か細く力ない声のみ。
行ってほしくない。もっと一緒に色んな場所へ行きたい。様々な思いが交差するものの、声に出す事ができない。
目の前が急に真っ暗になったような、そこへ突き落とされたような状態。
相良は一瞬にして、放心状態となった。
「だから残念だけど、今日でお別れ」
「.....そんなのないよ」
「えっ」
「旅行にも行こうって言ったじゃんよ。これからも、色んな幽霊に、仁科さんと会いに行けると思ってたのに。こんな終わりは嫌だ」
こんなにも力強く、思いを伝えたのは人生で初めてだった。真っ直ぐと彼女を見つめる瞳は、とても透き通っていた。
仁科は初めて見る相良の瞳に驚いたようだった。相良の表情が伝わったのか、仁科は優しく穏やかな笑みを浮かべ、そして.....
「....ふっ」
突然、鼻で笑った。
「ふははははは!!あはははははは!!ふふふふふ」
彼女は壊れたように笑い出し、お腹を抱え始める。相良にはもう、困惑する事しか出来なかった。
「いやぁ、面白い....。ごめん相良くん!さっきの、嘘だよ!」
「....はあ?」
「君の困惑した顔が見たくて。でも、まさかあんなにノリノリで引き止めてくれるとは...あははははっ」
彼女は涙が出てくるほどに笑っている。
「フナさんが言ってた事も嘘なの?」
「あぁ?あれは、ホント」
「...どういう事?」
「故郷に帰らなきゃ行けないのは本当。でも、せいぜい2週間くらいかな!」
ここで、自分が騙されたという事にようやく気付いた。彼は、自分の顔が徐々に火照っていくのを感じた。これが、恥ずかしいという感情なのかと何故か冷静に思った。
フナさんは気付いた時には居なかった。2人を気遣って消えていったのだろうか。
「仁科さんにはやられてばっかりだよ....」
「初めて君が妖怪だって知った時も相当驚かされたし?私も驚かそうと思って!」
「さっきフナさんが言ってた人間界、とかいうやつも嘘?」
「ん?あれはホントだって。私、人間じゃないもん」
仁科はまるでどうでもいい話を流すように、衝撃的な事を口にした。彼はまたしても、頭が追いつかなかった。
「....えっ?嘘?」
「本当!!私の故郷ってのは、また違う世界の事なの。そこから人間界に遊びに来てるだけだもん」
「えっ、ちょ、えぇ....?」
「だから幽霊のいる場所とかわかるの!人間じゃないから」
「ええ.....?どういうこと....!?」
二度目の宣告は先ほど並みの衝撃はなかった。けれど、完全に彼女のペースに巻き込まれているな、と彼は直感した。
「じゃあ、すぐにでも帰れって事だったし、今から帰るね!また数週間後に会おう~」
「えっ!?ちょっと待ってよ!」
今までに出した事のないような張り上げた声を出す。彼女はニコニコしながらこちらを振り向いていた。
「君は一体...何者なの?」
彼はとっさに浮かんだ問いをぶつける。
「.....お化け!」
仁科は軽快にそう言い飛ばし、ニコーッと笑い、手を振りながらそのまま夜の闇に溶けて消えていった。
彼にはその全てがスローモーションに、アニメーションに見えた。
賑やかな彼女が消え、辺りはシン、とした。そこに残ったのは、夏の夜の涼しい風だけだった。
「...ったく、寒いな。」
風は、彼の周りの全てを巻き上げ、壮大な星空へと登って行った。

ゴゼンニジ

更新した今日は2017年10月ですが、こちらは2016年の夏に描いたものです。ちょっとした賞に応募してたやつです。なつかしい..

ゴゼンニジ

特別な午前二時。少年と少女、それぞれがある思いを抱えながら、真夜中への道を歩いていきます。

  • 小説
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  • 青春
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