不老不死を得たある男の一生 第1章

不老不死を得たある男の一生 第1章

ヴァレー

死神との取引で不老不死を得た男

その男は不老不死を得た。

以降、彼のことは「男」と呼ぶことにする。
このストーリーには彼以外、特に注目に値するような特別な人物は出てこないので、この呼び方にする。

この小説では、あまり細かい事象に一つ一つ焦点を当ててはいかないことにする。
それはあまりにも冗長になってしまうと思われるからだ。
この不思議な男に起こったことを、あらすじの形で述べていこうと思う。


西暦2017年時点、男は20歳であった。
都内の大学2年生で、特筆するようなところはないただの男である。
両親は同い年で50歳、兄は25歳でごくありふれた会社員である。

が、父親が古文書のマニアであり、書斎が図書館のようになっていた。
ある日、男は書斎で「死神と取引する方法」という本を読んだ。
そしてそれを試みたところ、死神が目の前に現れ、自分を不老不死にしてくれたのである。
特に強い動機などがあったわけではない。単なる好奇心であった。

もちろん男ははじめ、本当に死神を呼び出せるなどとは思っていなかった。
さらに死神を呼び出したところで、まさか自分を不老不死にしてくれるなどとは思っていなかった。

通常、我々が持っている死神のイメージといえば、人々に不幸をもたらすものであり、人間が死神に遭遇すれば死ぬという先入観がある。
仮に取引などということができたとしても、それが人間にとって魅力的なものに見えたとしても、きっと最終的には我々は不幸になるに違いない…つまりハイリスクな取引である、と思われている。

ただそれらは、作り話でそのようなイメージが死神にあるのであり、本当のところどうであるかは誰も知らない。
男も死神がどのようなものであるかは知らなかった。

それで実際に取引……取引といってもこちらが何かを差し出したということもないのだが……をしてみたところ、男はどうやら不老不死になっていたようである。

ようである、という言い方をするのは、実際に不老不死になったという客観的な証拠を差し出すのは難しいからだ。
まさか自殺を試してみるわけにもいかない。もし本当に死んだら大変なことである。

それでもいくらか自分の体について試してみたところ、以下のようなことが分かった。


1.体が破壊されることがない

ためしに針で皮膚を突いてみたところ、全く穴が開かない。どうやっても皮膚に傷がつかない。
おそらく交通事故にあっても、工場用の機械に挟まれても、強力なゴムのような一つの塊として跳ねたりするだけであろう。

どんなに大きな力を加えても、肉体の切断は不可能である。
この世のあらゆる物質は、最小単位を見てみれば「原子」でできているのだが、ちょうど体一つが丸ごと原子一つのようなものである。これ以上の分解は不可能。

ただしそれは、皮膚が金属のように硬い、という意味ではない。
普通の人間のように弾力がある。ただ裂くことができないというだけである。

これでは予防接種の注射を受けることもできないが、後述するようにそもそも病気にかかることがないので必要あるまい。


2.決して病気にならない
ウィルスに感染したり、炎症を起こしたり、悪い食物によって体内組織が侵される、というようなことは一切起こらない。


3.決して歳を取らない
不老不死なのだから、歳を取らないのは当たり前である。
近年、テロメアという遺伝子が「老い」と関わっているという科学的な説明がなされているが、それとは関係ないようである。

肉体が歳を取らないため、脳や身体機能は20歳のまま、ずっと現状維持される。
これは別の意味では成長できないという意味でもあり、たとえば体を鍛えて筋肉の増強を図るとか、そういうこともできない。

脳の質自体も現状維持だが、記憶は蓄積されるし、新しく脳レベルのスキルを身に着けることもできる。
たとえば計算の練習を続ければ、それなりに計算が速くできるようになるし、本をたくさん読めば文章を速く理解することができるようになる。


4.体外への排出がなく、体内への摂取は可能

ひそかに重要なことであるが、排せつが起こらない。
小便も大便もする必要がなく、したいとも感じない。発汗も一切しない。

また食事を一切せずとも平気であり、水も食料も全くとらなくても腹が空くことはなく、食欲は基本的には起きない。
食事を一切しなくても疲労を感じたり病気になったり、体重が減るなどということも一切ない。

しかし体内に食物や水分を取り込むことはできる。それらはどこへ行くかというと、そのうちどこかに消えてしまうようである。

たとえば食事をすると、排便がないのだからどんどん体に食物が蓄積して太ってしまうのではないかと思われるかもしれないが、そんなことはなく、体内に取り込んだ分はどこかへ消えてしまうようである。

食事をしたり水を飲んだりすることはでき、その間「おいしい」「まずい」などと感じることはできる。普通に食事するのと同じ感覚である。
のどが渇くことはないが、ジュースを飲めばそれなりに甘さを感じることはでき、ジュースを楽しむことはできる。


5.何を食べても平気

何か悪いものを食べておなかを壊したりすることはない。
たとえば誤って石ころを食べても、腹を壊したり腸閉塞を起こす、というようなことはない。


6.熱に対しても平気

これは後々重要になってくるのだが、熱に対しては完全な耐性を持っている。
いかなる熱に対しても皮膚組織が破壊されることは一切なく、苦痛を感じることもない。

たとえばろうそくの火に手をかざしても手をやけどすることは一切なく、感覚としては「温かい」くらいにしか感じられない。
冷たいものに関しても同じで、ドライアイスを素手でつかんでも凍傷にかかることはなく、「ひんやりして気持ちいい」としか感じられない。

ある程度の温かさまでは感じることができ、たとえば風呂に入れば「温かくて気持ちいい」と感じることはできる。
周囲の気温が上がったり下がったりしても、不快なほど寒暖を感じることはなく、真夏では暖かく、真冬でも涼しいと感じるくらいである。服を着なくてもこの感覚については変わらない。


7.味やにおいは普通に感じる

嗅覚と味覚は普通の人間と同様である。
くさい臭いに対しては不快に感じ、まずい食物はまずいと感じる。


8.呼吸をしているが酸素がなくても平気

呼吸はしているのだが、酸素がなくでも死んだりはしない。
酸素がなかったり、あるいは水中であっても問題なく呼吸ができる。ちょうど空気を吸うのと同じ感じで呼吸できる。
宇宙空間の中でも問題なく呼吸でき、生きられるだろう。


9.力や身体能力は平均的な人間と同じ

注意しておきたいところだが、不老不死になったところで腕力がとてつもなく上がったりすることはない。
これは重要なところで、仮にもし不慮の事故で鉱山での落盤事故で埋もれてしまったり、永久凍土の南極で雪崩にでも遭遇すると、そこから自力で脱出するすべがないのに命が尽きないという事態に陥ってしまう。
苦痛は感じないのだが、永久に身動きできないという事態になりかねない。

ただし疲労は一切感じないので、マラソンなどではずっと全速力で走り続けることができるし、水泳でも疲れずに全力で何キロも泳ぐことができる。


10.睡眠を取る必要がない

疲労がないために睡眠をとる必要がない。

これは睡眠がとれないという意味ではない。寝ようと思えば寝られるし、寝なかったからといって疲労が蓄積したりはしない。
睡眠をとると、翌朝いつもよりちょっとすっきりする、というくらいのものである。
通常の人間のように、睡眠をとらないと体調を崩したり、ひどいと死亡したりということはない。


11.体毛は現状維持

体毛は現在の時点での長さのままであり、これより伸びることがない。髪の毛に関しても同様である。
これにより、長期間体毛を放置していても、長く伸びすぎて不都合になったりすることがない。

また体毛だけでなく、爪に関しても同じである。

体毛や爪を切ってしまうとまた伸びてくるが、現在の長さよりも長く伸びることはない。


さて、ざっと述べてみた不老不死の条件はこのようなものである。

男ははじめ驚いていたが、本当に自分が不老不死であることを確信したとき、これは宝くじに当たったような幸運だと思うようになった。
当然である。人類歴史始まって以来、あらゆる人々が夢見てきた願いである。

ただやはり、願いをかなえてくれたのが死神というのが少々気になる点ではあった。
しかも無償で願いをかなえてくれたのである。

もしかすると、この不老不死には何か大きな代償でもあるのかと疑ってみたが、今のところそういう兆候は見られない。

たとえばいつの間にか家族が死んでしまっているとか、誰にも自分の姿が見えなくなっているとか……そんなリスク的取引だったかと疑ってはみたが、そういう問題も全く見当たらなかった。

不老不死を得たある男の一生 第1章

不老不死を得たある男の一生 第1章

その男は不老不死を得た。 読者にはまず、この男に起こった恐ろしい、あまりにも残酷な運命について、あらすじのように淡々と述べることをお許しいただきたい。 この出来事はあまりにもおぞましいので、ドラマチックに事細かに描くには、私の精神力が追い付かないのである。 私はこの話を作っているとき、ひどく精神力を消耗した。もうこのような話は二度と書くまい。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-10-25

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