ばあちゃんが死んだ


 ばあちゃんが死んだ、ばあちゃんが死んだ、僕のばあちゃんが死んだ!僕に何も言わないで死んだ。
 僕の心にぽっかり穴が開いてしまって、もう、生きてゆく気持ちがわかない。僕にとってばあちゃんは太陽だった。
 でも、僕が死ぬのをばあちゃんは許してくれないだろう。それに、僕にはすぐ命を絶つことができない理由がある。
 きのう、 警察の人がやってきて、「おばあさまは覚せい剤中毒で亡くなりました。おばあさまは売人から致死量の覚せい剤を買っていました。」と僕に告げた。何のことだがさっぱりわからない。覚せい剤なんてばあちゃんには全く縁のないものだ。どうしてこんなことになったのか明らかにしない限り、僕は生きることも死ぬことも出来ない。
 とはいっても、手がかりが全く無い。ばあちゃんは死ぬ前に遺品をきれいに処分してしまっていた。それに、ばあちゃんは自分のことをまったくといっていいほど話してくれなかった。
 警察は自殺と断定してしまって、背後関係を全く調べてはくれない。もう、手がかりは無いかと思われた。
 そこで、ばあちゃんの葬式に来ていたばあちゃんの幼馴染に話を聞こうとたずねに出かけた。
春といっても、肌寒く、晴れている。もうすぐ4月だというのに桜の便りさえ届かない。なのに、花粉だけは馬鹿みたいに飛んでいる。昨日の雨のせいで割り増し感さえある。普通なら絶対出かけない休日だ。
 ばあちゃんの幼馴染、久恵さんの家には趣のある梅の木があって、今その梅が見ごろだ。久恵さんは気高い貴婦人の風格を漂わせている。
久恵さんはリューマチを抱えていて、歩くのも苦しそうだ。僕はそんなことはお構いなしだ。彼女から僕の知らないばあちゃんの情報を得ない限り、明日さえない状況だからだ。
 「おばあちゃんのことを聞かせてくれって、文則さんっていったわね。フミ(文子)ちゃんはあの通りとっても明るい人だったからね。私驚いてるのよ。あんな死に方をしてね」
 久恵さんのお茶を持つ手が震えている。リューマチのせいかどうかわからない。
 若いころの祖母、久恵さんが学校の制服をらしきものを着ている。
「私とフミちゃんはね女学校に通っていたの。フミちゃんの家はメリヤス工場をやっていてね。ちなみに私の家は網元だったんだけどね」
 ばあちゃんがお嬢様だったなんて、初めて聞いた。
「フミちゃんは勉強も運動も出来てね。まさに学校のマドンナだったわ。ほんとにすばらしい人だった。大人になってからあんなに苦労するなんてね」
 両親が事故で突然亡くなって、女で一つで育ててくれた祖母の苦労が思い出される。 それと、ばあちゃんは読書家で、知性が体からにじみ出るときがあったことも思い出された。
「ええ、ばあちゃんは相当苦労しました。女手一つで父を育てて、両親が事故で死んでしまったあとは僕を・・・・」
 僕は涙が出てきて仕方が無かった。どうしようもなく泣く僕に久恵さんが言った。
「あなた、愛されてたのね。フミちゃんに。」
 僕は久恵さんから何も情報を得ていないことにはたと気がついた。 もう、単刀直入に聞こう。
「ばあちゃんと覚せい剤は何か関係が過去にあったのですか?」
久恵さんは口をつぐんでしまった。
 やっぱり、久恵さんはばあちゃんのことについて何かを知ってるんだ。
「もっと、ばあちゃんのことを知りたいんです。お願いします!!」
 気づかぬうちに僕は土下座をしていた。
「帰ってください、これ以上話すことはありません!」
 久恵さんは玄関まで僕に帰るように迫る。僕は文恵さんにがっしとしがみつく。ここで帰ったら手がかりを失ってしまう!
「話すことはありません!」「お願いします!」「何もありません!帰って!」「もう、あなたしかいないんです!」・・・・・・・そんなやり取りが10分くらい続いた時、
 久恵さんが転倒して、僕が覆いかぶさった。
「す、すみません」
「こ、腰が抜けたわ!」
 久恵さんをそのままに出来るはずもなく、寝室に布団を敷き、彼女を寝かせた。
「あなたがそこまで知りたいと言うのならそこの箱を取ってきてくださる?」
と、タンスの上にある箱を指さした。
 僕は箱を取った。かなり年季が入っているがきれいな装飾が施されている霧の箱だ。
「開けていいですか?」
 久恵さんがうなずいて、僕が箱を開けると、 古い写真と一通の手紙が入っていた。
 その写真には若いときのばあちゃんと久恵さん、それと軍服を着ている若い男が写っていた。
「この人は?」
「写真の裏を見てみなさい」
 裏を見ると、軍服を着た青年の名前らしきものが書かれている。
「江口勇二郎、帝国海軍少尉」と書かれていたその隣には「私のおもいびと」と書かれていた。
 手紙の封筒の裏には江口勇二郎の住所が書かれてあった。
 手紙の宛名には祖母の名前「水原文子様」と書いてあった。封はあいてなかった。
「私はその手紙をフミちゃんから預かったの。もう、これ以上は私の口からは・・・」
こうなったら自分で見つけるしかないようだ。余程の事がばあちゃんの過去にあるらしい。それがばあちゃんの死とつながりがあるらしい。

 江口少尉の住所へは僕の住んでいる町から、電車、新幹線、バスを乗り継いで6時間くらいかかった。僕は大学を休んでいった。何かわかるまでは帰らないつもりだ。ばあちゃんが死んで僕が新しく生き直してゆくにはなぞを解明することが絶対必要条件だからだ。
 江口少尉の住所にたどり着くと、大きな門があった。表札には「江口」と力強い文字で書かれていた。
インターホンを鳴らしても、反応が無かった。 何度鳴らしても同じだった。僕はここまでかと立ち尽くした。
「ここにはもう誰もおらんよ」
 後ろから声がした。
 振り返ると、腰のかなり曲がった老婆が立っていた。伏しがちになっている顔は彫刻のごとくしわが刻まれていて、見るからに祖母より年上だということがわかる。ここの家の関係者だろうか?とりあえず聞いてみるとするか。
「誰もいないって、この家、売りにでも出されているんですか?」
「ああ、そうじゃ、ここの当代があちこちに借金をこさえてのう」
「どのぐらいですか?」
「ん億円いや十億以上とも・・・」
「そんなに?何に使ったんですか?」
「事業が失敗したとかゆうとったのう」
「へぇ」
「ところで、この人をご存知ですか?」
 僕は老婆にあの写真を見せて、江口少尉を指差した。
 老婆はよく見て、「知らん」と答えた。が、僕は老婆の目の色が一瞬変わったことを見逃さなかった。老婆はとても偏屈に見えるが、根は優しい人だということも僕は彼女の眼を見て分かっている。自分の気持ちを言ったら答えてくれるはずだ。
「いや、あなたはご存知なんだ」
 僕は老婆に詰め寄る。
 老婆は僕を払いのけようとする。
 僕は老婆の肩をつかむ。
 老婆は「小僧、しつこいぞ」といい、僕の手をまた払いのけようとする。
 僕は老婆を押し倒そうとする。警察がやってくる。僕はパトカーに連れてゆかれる。もう、終わったと思った。何もかも終わったと思った。
 僕は取調べを受けた。何でこんなことをしたんだと問われた。ばあちゃんの事件で警察を信用していない僕は黙秘を貫いた。警察は僕を一日留め置くことにした。
 夜、留置場から見える星は綺麗だった。留置場にはなぜか僕しかいない。肌寒い春の夜だ。僕は肩を震わせながら、何をやっているのだろうと思った。もう、やめようかと思った。
 これまでのことを思い返す。たくさんの人に迷惑をかけた。それに、いまさらばあちゃんの過去を知ってどうなると言うのだろう。
 ばあちゃんが死んでから今までの僕の行動が、無意味に思えてきた。ばあちゃんが死んでから今までが、夢に思えてきた。
 僕は寝ようとした。寝たらばあちゃんの夢が見られるから。でも、眠れなかった。

 空が白んできた。 あの手紙の入った封筒ことをふと思い出した。 久恵さんはついに僕に封筒をふれさせることはなかった。
 封筒の中のものには確実に答えに近づく何かが書かれている、きっとそうに違いない。久恵さんが見せないその答えは相当なものに違いない。
 僕は答えを見つけるのにためらいを感じていた。
 でも、どうしてばあちゃんが死ななければ成らなかったのかということを見出さなければ、僕は人生を前へ進めることはできない。
 最初に言ったが、僕にとってばあちゃんは太陽だった。ばあちゃんが死んでから、僕の心は闇をさまよっている。これからは自分の力だけで光を見出さないといけない。
 ばあちゃんがなぜ死んだのか、それを知るのは自分独りで生きる第一歩だ。
 翌日僕は釈放された。老婆が被害届を取り下げたそうだ。 僕は大学の近くにある自分のアパートに戻った。ばあちゃんが死んでいた僕の実家から電車で3時間以上かかる。履修科目を決める期間の初日の昼休みにばあちゃんの死の知らせは来た。それから僕は大学に行っていない。今期は単位をとることは出来ない。
 まあ、もう、金銭的に大学に通うことは無理だろうし、退学する方向に心は向かっているのでどうでもいいが。ばあちゃんが死んでから、携帯も解約したので友人からのコンタクトも無い。僕のやることを邪魔されたく無いからだ。
 僕はもう一度、江口少尉の実家に向かうことにした。
江口家の門に来ると、あの老婆がたって待っていた。
「待っておったぞ。わしの家で話してやろう」
 家に行くと、見覚えのある人がいた。
「久恵さん?」
「どうして久恵さんが?」
「もう、あなたにすべて話してもいいだろうと思ったの」
 僕が聞いたのはそういうことではなく、どうして久恵さんがこの老婆の家に来ているかということだ。でも、この際そんなことはどうでもいい。
「これからわしらがお前さんに話す事は、きわめて残酷なものじゃ。聞く覚悟はあるか?」
 僕にはうなずくしか、道が無い。
「わかった、話してやる」
 老婆はそういうと、奥から写真を持ってきた。
久恵さんが見せてくれたのとは違う写真で、祖母と久恵さんと江口少尉ともう一人若い女性が写っていた。
「この若い女性は?」
「わしじゃよ」
若いころの老婆の横には「江口美智子」 と書いてあった。
「わしは真二郎の姉なんじゃよ」
「私達は幼馴染なのよ。文子ちゃん、真二郎さん、美智子さんと」
「と、言うことはここがばあちゃんの・・・・」
「生まれ故郷じゃ」
 ばあちゃんは自分の過去について全く話してくれなかった。小さいころ一回聞かせてとせがんだら、ばあちゃんはとても悲しそうな眼をした。二度と聞くことは無かった。
 ばあちゃんはとんでもない秘密を抱え、そのために死んでいったとこのとき確信した。
 詐欺師政治家の選挙カーからの演説だけがこの空間に無機質にむなしく鳴り響いている。ただの意味の無い音響として。この空間に漂う空気はピンと張り詰めていた。
 そんな空気の中、美智子さんが口を開く。
「うすうす気がついとると思うが、文子ちゃんと真二郎は恋人同士じゃった。じゃが、二人には別々に許婚がおった。あのころは太平洋戦争の真っ最中で真二郎は戦地とここを行ったりきたりしておった。」
 あれだけ曲がっていた美智子さんの背筋が、ピンとまっすぐになっている。
「そんなしがらみの中、ふたりは手紙を交わしてお互いの気持ちを確かめ合ってたんじゃ」
 美智子さんが語るのをやめた。胸が詰まって言葉が出なくなってしまったようだ。代わりに久恵さんが話し始める。
「私は二人の切ない関係が見ていられなかった。でも、あの時代の若い娘に過ぎなかった私らにはどうしようもなかったの。真二郎さんはいつ死ぬかも知れない身。二人の恋ごごろはさらに募って行ったのね」
「それで、真二郎さんはどうなったんです?」
「死んだ。回天という人間魚雷に乗ってな。お国のためにがんばってきたというのに、残虐で、ばかばかしい作戦の犠牲になったんじゃ、弟は。」
 二人はそれっきり黙ってしまった。
「そ、そんな」
 これ以上話を聞けば、更に残酷な事実を聞かされるだろうことは簡単に予見できる。でも、聞いてあげなければ祖母に申し訳ないと感じている。
 そういう気持ちとは裏腹に口が動かない。「それで、ばあちゃんや皆さんはどうなったんですか」って聞かなくてはいけないのに、それが言えない。

 数分間沈黙が継続されている。僕には数時間に感じる。

 僕が沈黙を破ろうとしたとき、久恵さんがおもむろに封筒のようなものを取り出した。
(あっ、あのときの封筒だ!)
 前にも言ったが、久恵さんは僕にこの封筒を手にとらせただけった。僕に預けることは無かった。
「これは、真二郎さんがフミちゃんにあてた最後の手紙よ。回天で出撃する前日に書かれたものよ」
 僕は恐る恐る手紙を開いた。
「文子様、これが届いたときには僕は死んでいるだろう。この世では君にはもう会えない。お国のために死んでゆくのは本望のはずなのに、これを書いている今このときも僕の涙は止まりません。これはうれし涙でしょうか?それとも、君に対する惜別の涙でしょうか?僕達の心と体はどこまでもつながっていると信じています。もう、いかなければなりません。あなたと久恵ちゃんと愛する家族を守るために僕は死んでいきます。さようなら」
 便箋には、無数の涙がこぼれたあとがくっきり残っていた。 僕のほほを涙が伝っていた。もちろん二人のほほにも。
 すがすがしい、初夏の風が窓から入ってきた。 僕は手紙をいったん置いてきいた。
「それで、そのあと、ばあちゃんはどうしたんですか?」
「文子ちゃんの家は、戦後事業に失敗して没落してしまった。家には借金が多く残った、そこで文子ちゃんは身が引き裂かれるほど悲しい思いをすることになった」
「悲しい思い?」
 美智子さんが顔をちょっとだけ伏せて言った。
「子供を手放したんじゃ、真二郎との間に出来た子供をな」
「!?」

 僕は雷に打たれた様な衝撃を感じていた。まさか、父以外に祖母に子供がいたなんて。
「文子ちゃんが真二郎の子供をひそかに生んでいたことをつかんだわしの父が、文子ちゃんの家に援助してやる代わりに渡せと言ったんじゃ」
「そんな・・・・・」
「我が家には男がいなくなっていた。わしの上に兄が二人おったんじゃが、真二郎より先に戦死しての。我が家には跡継ぎが必要になった。文子ちゃんが生んだ真二郎の子供は男の子だった。それをわしの父は強引に奪ったのじゃ」
「・・・」
「しかし、文子ちゃんは見事なまでに裏切られた」
「我が家には最初から文子ちゃんの家を援助する余裕など無かった。父にはその気が全く無く、最初から文子ちゃんを騙すつもりだったんじゃ!」
 美智子さんの言葉には怒りがこもっている。
「そ、そんな」
「父、いや、我が家は労せずして跡継ぎを手に入れた。わしは家を出た。縁を切った。そして、東京に出て、文子ちゃんと久恵ちゃんと3人でパンパンをやり始めたんじゃ」
「パンパン?」
「売春婦じゃよ」
 僕は言葉が出なかった、身が砕けそうだった。いや、それ以上の衝撃だ。この衝撃を言葉で言い表すなんて不可能だ。
 衝撃に打ちのめされ、ただ呆然と口をあけているしかない僕を尻目に久恵さんが告白を続ける。
「私の家も戦後、事業で失敗して一家離散になってね。あんな混乱した時代に若くて、帰る場所も無く、いく当ても無い小娘3人が生きてゆく方法なんて、パンパンを生業にする他に無かったのよ」
 僕はもう気絶しそうだ。
「わしらにはもう一つ誰にも話していない秘密があるんじゃ。これが文子ちゃんが死んだ理由につながっとると思う」
「何ですか?」
「ヒロポン常習者だったということじゃ」
「ヒロポン?」
「覚せい剤じゃよ」
 僕の体と心は粉みじんになりそうだ。もう、心のほうはミシミシと言い始めている。
「勤労奉仕のときに渡されたことがきっかけじゃった。疲れを知らずに働くことが出来た。わしと久恵ちゃんは気がついたらとりこになっていた。文子ちゃんもやっていたが妊娠していることを知ってからやめていた。体に入れたふりをしてな。あの子は頭が良かったから恐ろしいものだと見抜いていたんじゃな。」
 僕はもう気を失いそうだが、心して聞かなければならない。人が墓場まで持っていこうと思っていたことを聞かせてもらっているのだから。
「じゃが、子供を奪われ、帰る家を失って自暴自棄になった文子ちゃんはヒロポンにおぼれた。わしら二人も同じじゃった。すべてを失い、当てもなくさまよっておった。体がどんなに汚れようとも何も感じることもなく、見るものすべてが蜃気楼に見えた。わしらが求めるのはヒロポンとそれを買う金だけ。ヒロポンがなければ、禁断症状で、虫がわいているように見えたり、人が襲ってくるように見えたり、誰かを殺せと連呼されてるように聞こえたりするからの」
 美智子さんと久恵さんの方ががくがく震えている。
「ある日、久恵ちゃんと文子ちゃんが米兵に暴行を受けた。もう、パンパンをやめてほかの仕事を探そうと思った。 自分が二人をパンパンという世界に引き込んだばっかりに、あんなことになってしまったと後悔したもんじゃ」
「美智子さんから、ふるさとに戻って三人で暮らそうって言われたわ。でも、私とフミちゃんは反対したの。散々汚れた体でつらい記憶が残っている場所には帰りたくないって」
「わしは二人の言うことがもっともだと思った。それから、わしらは昼はふらふらと歩いてヒロポンを打ち、夜は体を汚しヒロポンを打つ毎日に戻った。二年余り経ったある日のことじゃった。警察がわしらを摘発に来たんじゃ」
何も思うこともなく、考えることもなく、ただただ二人の告白を聞くしかない僕がいる。空虚な感覚に襲われる僕がいる。
「わしらはつかまり、入院することになった。ヒロポン中毒でな」
「フミちゃんはそこで主治医と恋に落ちたんじゃ」
「じゃ、その人が」
「お前さんの爺さん、繁太郎さんじゃよ」
「私たちもあなたのおじいさんの繁太郎先生には本当に世話になったわ。先生のおかげで地獄から這い上がることが出来たのよ」
 繁太郎じいちゃんもばあちゃんも医師だった。死んだ親父も医師だった。僕も三人のあとを追って医師を志して医学部に入った。
「もともとフミちゃんは医師になるのが夢だったこともあって繁太郎先生の勧めで医大を受験して、医学生になって、繁太郎先生と結婚したの。先生がすべてを忘れさせてくれたとはいえないけど、フミちゃんは先生と生きてゆきたいと思ったんじゃないかしら」
僕はほっとした。ばあちゃんが幸せをつかんだいきさつが聞けてとてもよかったと思った。

「わしらも回復し、文子ちゃんに負けじと幸せになろうと努力して。3人とも結婚して幸せになった。文子ちゃんは事故で息子夫婦に先立たれたが、お前さんを支えに生きてこれた。じゃが、うちの本家の馬鹿な当代がとんでもないことをしおった」「何をしたんですか」
「覚せい剤に手を出しおった」
「え?」
 もう、僕はさほど驚かなくなった。半分くらいは予想が出来た。
「父親が死に事業が傾いて、それを受け継いで、本家を借金まみれにした。あの家は売りに出されることになったのが今から二年前。あのばか者は何を思ったのか覚せい剤に手を出しおった。そして去年つかまって執行猶予の判決が出た。そのとき、弁護士から祖母である文子ちゃんの存在を知ったそうじゃ」
「・・・」
「そして、あのばか者は執行猶予中にまた手を出しおった。それで、つかまる前に文子ちゃんに会いに来た」
「フミちゃんが亡くなる前日、電話でもうひとりの孫に会うと言ってきたわ。覚せい剤の恐ろしさを身をもって教えてやると言ってたわ」
「じゃ、ばあちゃんは・・・」
「致死量の覚せい剤を打って、あのばか者に思い知らせたのじゃ。覚せい剤がどれだけ恐ろしいものかを」
「なんでそこまで・・・」
「もう一人の孫じゃからだよ。フミちゃんにとってお前さんと同じくらい大事な孫じゃからだよ」
「それで、弥太郎さんは?」
「お前さんが入っていたあの警察署に留置されて、もうすぐ送検だそうだ」
 僕の心が決まった瞬間だった。 僕はすぐさま美智子さんの家を出て、僕が留置されていた警察署に向かった。二人が止めるのを聞かずに。
警察署についたら、ちょうどさっき二人に写真で教えてもらっていた弥太郎が出てきた。ぼくは、弥太郎に突進した。
弥太郎に泣きながらパンチを何発も浴びせ、なぎ倒した後はよく覚えていない。 僕は保護された。逮捕されなかった。美智子さんが連絡していたのだ。美智子さんとここの署長は幼馴染で、署長は事情を酌んでくれたのだ。
 僕はたっぷり絞られて釈放された。 僕は道を決めた。薬物依存症患者を救う医者になると。そして、まず弥太郎を救うと。僕の太陽はそれを望んでいるはずだから。(完)

ばあちゃんが死んだ

ばあちゃんが死んだ

ばあちゃんが死んだ!不可解な形で死んだ!僕がばあちゃんの市の背景を探したら、ばあちゃんには残酷で壮絶な過去があった!

  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-08-29

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted