風と

小学4年生10歳の秋。

授業参観の国語の授業。

内容はスピーチ。

当然のようにテーマは将来の夢についてで、俺は弁護士になりたいと言った。


「僕は、将来弁護士になりたいです。理由は困っている人を助けられる仕事だからです。でも弁護士になるには、たくさんの勉強をしなければいけません。だから僕は、今から勉強をしっかりして、みんなの笑顔を少しでも増やしたいと思います」

取ってつけたような、片言の文。

それでも担任や親は十分喜んでいた。


きっと、彼は魂でそう言ったんだろう。

一語一句忘れない。

「俺は将来風になりたいです。風みたいに生きたいです。生きる時も死ぬ時も風みたいにかっこよく強く走り去っていきたいです」


俺はいつもいつも康平からこの話を聞かされていたから動揺しなかったけど、クラスメイトや先生はみんな驚いていた。


お前と高校まで一緒なんて、

意図的だったんだろうな。

自分の中では偶然だと思ってたけど、俺の中で俺自身が康平といることを望んでたんだろう。


初めて康平に会ったのは、たぶん5歳の時。

幼なじみってとこかな。

康平はかっこつけることを一番に考えていた気がする。

まぁ実際、何でもできたし、顔もかっこよかった。

「人間かっこつけて生きるのが一番楽なんだよ」

彼の口癖だった。

だけど、それもきっとかっこつけて言ってたんだろう。

楽だからかっこつけてるんじゃない。

本当に本気でかっこよくいたいと思っていたからだろう。


そのかっこつけ方はいつも俺を驚かせた。

突拍子もない発想で、強引で、熱くて、冷めてて

とにかく驚かせたんだ。俺を。

だけど、そうする意味が分からなかった。

それを知るためには、きっと俺は幼すぎたんだろう。

中学生の時か、一度康平に聞いてみたことがあった。


「そのさぁ、風になりたいってどんな意味なの」
「あぁ。風ってかっこいいだろ。俺はそう思う」
「全然わかんない」
「じゃあ大袈裟に言うと、台風とか。かっこよくないか?」
「うーん…」
「ざって来て、来た瞬間は周りが一気に見るけど、その見られているとこから消えてくっていう」
「言葉で言えばかっこいいな」
「俺は風みたいに生きたいんだ。死ぬ時も風みたいに」
「…」
「どんな死に方でも風になりたいんだ」
「…へぇ」
「お前はそうゆうのないの?」
「ない、かな」
「ふーん」

自由に自分を表現していける彼を少しだけ羨ましく思っていた。

決して自分にはできない生き方。


それでも、ずっと胸に引っ掛かっていた。

『どんな死に方でも風になりたいんだ』

もし本当に康平が風みたいに死んでいってしまったら。

誰にも咎められずに、消えてなくなってしまったら。


ぎょっとした。

友達の死についてこんなに真面目に考えることがあるなんて。

中学生ながらに死を怖じていた。



俺はいつものように、朝康平のマンションに迎えに行った。

合鍵は持っている。

エントランスを開けて、彼の部屋に入った。

「康平。迎えに来たよー」

しーんと言う音が聞こえるくらいに静かだった。

おかしいなと思って入ってみたけれど彼の姿が見つからない。

一つ閉まっているドアがあった。


開けてみると、彼は実に美しい姿で横たわっていた。

そして、その周りには気持ち悪い柄の蛇が数匹いた。

毒蛇か。


古代の女王みたいな死に方だ。

硝子の細かい彫刻が刻まれたグラスが倒れている。

中途半端に残された紫色の液体が滴り落ちていた。

ピチャン…ピチャン…。

垂れていく怪しい液からは異様な匂いがして、部屋中がその匂いで充満している。

とりあえず窓を開けよう。

11月の風が吹き込む。

寒い。


ふと足元を見ると一枚の紙が落ちていた。

遺書か。

『大崎 准へ

俺は風になれてるか?』

味気ない字が彼の思いを表している気がする。

ポケットからボールペンを取り出して、彼の書いた文の下に書き込んだ。

『今更聞いてんじゃねえ』

一言書いて、ペンのキャップをはめた。


本当に彼は行ってしまったのだろうか。


実感が湧かない。

こうして間近で死体を見ても、何も思うことができない。

血が流れているわけでもないし。

風なんだから、他の人には知られてはいけない。

僕は彼の家を出て、鍵を閉めた。

そしていつも通りに、駅に向かい電車に乗り学校まで歩いた。

数名の人間にいろいろなことを聞かれたが、全て知らないと答えておいた。

康平は風になったわけだし。



耳の側を冷たい風が通り過ぎていった。

風と

読んで頂きありがとうございました。

加藤シゲアキさんのピンクとグレーを読んで思わずカッとなって書いちゃった一作。

書いたあと「風になりたい、てなんやねん。厨2病か」とか思って恥ずかしくなりました。

消化ということで・・・

とりあえずピンクとグレー、とてもよかったです・・・!

風と

「風になりたい」と思い続ける幼馴染の一生。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-29

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