ジゴクノモンバン(4)

ジゴクノモンバン(4)

第四章 海地獄

 あれやこれやと赤鬼と青鬼が話しながら、前を歩いている人間たちにひっついて、最初の地獄、海地獄に着いた。
「ああーこれが海地獄かいな。あお、あお、あお、あおいなあ、青鬼どん」
「あんまり、あお、あお言わんといて、あおがあほに聞こえるがな。それにしても、ほんま、わしの皮膚の青さよりも青いがな」
「ほら、池の中が透きとっうてますで。中からふつふつと煮えたぎっとる音が聞こえてきまっせ」
「地獄にこんなにきれいなとこがあるとは思わなんだ。ほんで、わしらここでどないなるんや」
「えええい、お前らみんな、ここで立ち止まれ」
 大きな声がした先を見ると、そこには藍色の鬼が一行の前に立ちはだかっていた。
「へー、藍色どんや。あいつここで働いとったんかいな」
「青鬼どん、藍鬼どんのこと知っとたんですか」
「そりゃ、同じ青色系統やさかい、親戚みたいなもんや」
「そこの後ろの方の、背広着た奴とぼろぼろの服着た奴、わしがしゃべっとんやから黙って聞いとかんか」
「ふへー、わしらのことでっせ、青鬼どん」
「そうやなあ、みんな白装束やさかい、わしら目だってしまうがな」
 首をすくめ、少しでも体を小さくする赤鬼と青鬼。
「紹介しておく。わしが、ここの海地獄の番人の藍鬼じゃ。今日の地獄巡りのツアーは百人と聞いておる。よく参加してくれた。礼を言う。そこでお前らみんな、その池の前で整列しろ。今から記念写真の撮影じゃ」
「写真撮るや言うてまっせ。それも記念写真やて」
「何が記念なもんか。地獄に来る奴に記念も何もないがな。どっちかいうたら不記念や。金もとられて心まで不機嫌や」
 赤鬼や青鬼たちが交わす台詞に、ほかの人間たちもうなずきながら池の前に立った。
「さっさと並ばんかい。もたもたしてたら海地獄へ放り込むぞ。今日の一行も人数がたくさんおるから、一番前の奴はうんこすわり。2番目の奴が馬跳びのかっこう。3番目の奴は、普通に立っとれ。それ、時間もないから、写真撮るぞ。みんないっせいに、にっこり笑って、うーみー」
 藍鬼の合図で、フラッシュがたかれ、シャッターが降りた。
「よし、写真撮影は終わりや。写真ができるまでしばらく待ってくれ。わしがこれから言うことよく聞くんやぞ。ここが海地獄や。透きとおった青色のきれいな池にみえるかもしれんが、中にはいると熱いぞ。ほら、みてみい、泡が次々と浮いてきている。あれは、お前たちより先にはいった奴が、熱さに溶けてしもうた亡骸や。ほら、上をみてみい。耳をすますと、湯気の中から、苦しみの悲鳴が聞こえてくるやろ」
「なんや、恐ろしいこと言うてまっせ、青鬼どん」
「ほんまや、あの池の中にはいったら、姿かたちなくなるんかいな。金はろてまで、姿かたちがなくなったら割があわん。はよ、ここから逃げなあかんがな、赤鬼どん」
 ふたりの鬼は、後ろを向いてこそこそと逃げようとしたが、後ろには、藍鬼の一族全員で、通路を封鎖していた。
「どこへ行くんや、そこの二人。ここは一方通行や。前だけ向いとれ」 
「青鬼どん、前も後ろも地獄でっせ」
「心配せんかて、あたり一面すべてが地獄や、赤鬼どん」
 声をだすのは赤鬼と青鬼だけでなかった。一行の人間たちも恐れをなして、ざわめきはじめた。
「ちょっと静かにせんかい、お前たち。この世ではさんざん悪いことしたくせに、今さら、何、びくついとんのや」
 耳をつんざく藍鬼の怒声。きーんと耳鳴りがする。これもお仕置きのひとつか。
「だがな、お前ら、心配せんでも、この海地獄に入らんでもええが方法がひとつだけあるで」
 急にやさしく猫なで声に変わる藍鬼。
「ど、どんな方法で、ですか」
「お、教えて、く、ください」
 一行から矢継ぎ早に質問の声があがる。
「そんなに、慌てんかてもええ。今さっき撮った記念写真があるやろ。その写真を買った者だけが、この海地獄を無事に通過できるんや。まあ、写真が安全手形みたいなもんやなあ」
「そ、その写真、一枚、い、いくらするのですか」
 このままだと自分が一番に最初に海地獄にはいらなければならない、先頭の人間が必死の思いで聞いた。
「そうやなあ、今日は、天気もええことやし、大出血サービスで一万地獄円で、どうや。安いやろ」
「さっき、地獄巡りに入るときにも一万地獄円払ったのですけど・・・」
「さっきはさっき。今は今。この海地獄を清潔に、安全に維持管理していくためには、大変なことなんでや。ゴミも拾わなあかん、水もちゃんと浄化せなあかん。なんでもただではできんのや。それをここにいるみんなにほんのちょっと協力してもらうだけじゃ。いやなら、ええ、いやなら。仕方がないなあ、海地獄に入ってもらうだけや。どうせ、海地獄へはいるんやったら、金を持っといてもしょうがないやろ。さっさと出しいな。それに、お前がはいったら地獄の水が汚れてしまうから、次に入る奴はちょっと金額が上がってしまうで。今なら、一万地獄円。ぽっきり一万地獄円や。大感謝祭価格やで。ほなけんど、びた一地獄円たりとも、まけられへんで」
「青鬼どん。藍鬼どんが、あんなこと言うてますで。藍のくせして、愛がおまへんな」
「ほんま、勝手なことを。また一万地獄円ふんだくる気やで。もう、今日から親戚でもない。赤の他人や」
「赤やのうて、青系統て言うてましたがな。怒ってもしょうがおまへんで。命には変えられしまへんがな」
「あーあ、また、一万地獄円の出費や」
 赤鬼たちが財布を取り出し、ぼやいていると、一行の中から人相の悪い、いかにもという男が藍鬼の前に進みでてきた。
「やい、やい、さっきから黙って聞いていたら、頭にのりやがって。俺たちから金をふんだくろうって魂胆にはのらねえぜ。俺はこうみえてもこの世ではそれなりに名が通った男だ。このままお前たち鬼の言うとおりにはさせないぜ」
 そうだ、そうだ、ふざけんなと同じ仲間と思われる男たちが十人あまり出てきて、藍鬼を取り囲んだ。
 ほう、それならどうする気だと笑みを浮かべて笑う藍鬼。
 こうしてくれると男が叫ぶと、袖からキラリと光るものを手にして、藍鬼に飛び掛かる。
「ははーん、地獄へ来てまで、そんなもん持ってたんか」
そりゃーという藍鬼の掛け声とともに男は地面に叩きつけられた。他の男たちも次々と藍鬼に飛び掛るが、結果は同じ。全員、地面に這いつくばる。叩きつけられた勢いで、男たちの刃物が海地獄の中に沈む。しばらくすると、プカッと大きな泡がひとつ、またひとつと浮いてきては割れた。
「あの男たち、あっという間に叩きのめされてしまいよったで。十人の荒くれ男相手に藍鬼どん強うおまっせ」
「当たり前や、地獄道五段の猛者やで。人間ごときがいくら束になってかかっても、かなうもんか」
 男たちの行動に小さなガッツポーズで応援していた残りの一行も、この様子を見て、自ら進んで、次々と記念写真を買っていった。転がっていた男たちも立ち上がると、藍鬼にすいませんでしたと謝りながら写真を買っている。
「なんや、あいつら。さっきの勢いはどこへ行ったんや。刃物がプカッで終わりか。ぺこぺこ頭下げて写真買ってまっせ」
「どこの世界も一緒やなあ。弱い奴には強うて、強い奴には弱いんや。この切り替えが早い奴だけが、生き残るんや。この世で一度失敗したから、用心深くなっとんやろ」
 一行に倣い、赤鬼と青鬼もしぶしぶ一万地獄円と交換に記念写真を手にした。
「なんや、写真に写ったわしの顔、生気がありまへんなあ」
「しょうがないやろ、借金まみれで首吊ったもんの顔やで。わしかて、えらい貧乏くさい顔しとるなあ」
「ハトのエサ奪って、地獄に落ちたもんの顔やからしょうがおまへんで」
 不記念写真をまじまじと眺めながら、文句をいう赤鬼と青鬼。
「さあ、写真を買ったもんは、海地獄は無事通過や。次の地獄が待っとるで。なんや、写真を買えん奴がいるのか。なに、もうお金がないんか。あることにはあるが、半分の五千地獄円にまけてくれやと。ちょっと財布見せてみい。なるほど、五千地獄円のほかに金はないな。今までさんざん悪いことしていたくせに、肝心なときに金がないのか。仕方がない奴や。まけてやる」
 その時、男の顔が引きつった。
「待たんかい。お前、わしに嘘ついたな。地獄に来て、鬼に嘘ついた奴は自動的に舌が固まるんや。どこや、こいつ、髪の毛の中に金を隠しとったな。地獄に来てまで嘘ついた奴は許さん。おい、お前たち、こいつの舌を引っこ抜いて二度と嘘つけんようにしてやれ。抜いた舌をどこに放るんかて。そのままゴミの日に出したら燃えるゴミになってしまう。二度と嘘つけんように、溶けるゴミとして海地獄の中へ放り込んでしまえ」
 藍鬼の命令で、財布の中身を誤魔化そうとした人間が藍鬼の子分に引っ捕らえられた。鬼は男の口の中に手を入れ、舌をぐんにゅと掴むと、そのまま引っこ抜き、海地獄の中にポイと放り込む。
「あー、あいつの舌一枚、放り込まれましたで。浮いてきまへん。もう、溶けてしもたんでっしゃろ」
「ほんまや、泡が浮いてきよったで」
 ふぎゃふぎゃふぎゃふぎゃふぎゃらふぎゃらと舌を抜かれた男が騒いでる。
「うるさい。何、二度と嘘をつきませんから、許してくださいだと。嘘をつくという嘘をつきませんということと違うんか。なんや、頭がこんがらがってきたわ。まあええわ、ふぎゃふぎゃ言われてもこっちがやかましい。舌の代わりにこの札でも貼っとけ」
 そう言うと、藍鬼は、男の髪の毛から札を取り出し、口の中に貼り付けた。おかげで男はしゃべれるようになった。
「今回は、御迷惑おかけしました」
 男は、藍鬼にぺこりと頭をさげると先行く仲間の方へ逃げて行った。男の口の中から、二枚の札が見えた。
「しまった。一枚余分に貼ってしもた」
 くやしがる藍鬼。そして二枚舌の男の背に向かって叫んだ。
「まあ、ええわ、今回は、これで許してやる。今度、鬼に嘘をついたら承知せえへんで。舌だけやなく、体ごと海地獄行きや。溶けてしもたら楽になると思ったら、えらい勘違いや。体は溶かされなくなってしもても、心は一生地獄の中や。永遠に熱い思いをして生きていくんやからな」
赤鬼が青鬼に尋ねる。
「お、恐ろっしゃ、一生やて、いつまでやろか」
「そりゃ、死ぬまでや」

ジゴクノモンバン(4)

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地獄の門番を世襲制で勤める赤鬼と青鬼が、地獄に落ちてきた人間どもと一緒になって、観光気分で、生まれて初めて地獄巡りをするロードムービーです。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-29

Copyrighted
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