Don`t think twice, it` all right. (incomplete)
what am i doing?
僕はまだ子どもだった。
運命を到底受け入れることが出来なかったし、
《こんなベタな関西弁、今も昔も使わない。東京のドラマってホントに無茶だよな。“しょうもねぇ”と思いつつチャンネルは変えない。こういう入り込めないドラマ、見たい気分だし。いろいろなこと想えるから・・・、今まで大阪で感じたこと全て、ブラウン管の前で蘇ってくる。目の前の大阪とはまるで違う風景。僕が見た大阪はもっと汚くて、もっと寂れている。どこまで行っても何もない、ただ汚いだけ。年寄りばかりが街を行き交い昼はとても静か、夜は悪ガキがパトカー相手に追いまわされて眠れない日々。そのせいで学校ではいつも居眠りをしていたなぁ。相変わらずの窓際族で授業中も休み時間も日向ごっご、いつまでもゆっくりと時が過ぎていった・・・。》
「イッチャン、パス!」
「あ、」
おせっかいのカラスがパスを出す。
「なにやってんねん。せっかくだしたのにぃ。」
もちろんスルー、相手側に取られる。
「オレにパスださんでいいよ。」
「なんでや。ずっと走ってるやん。」
「いやぁ。暑いからさぁ。日陰に移動してるねん。」
彼はため息をつく。
「まぎらわしいことすんなや。」
「オレ、サッカー嫌いやし。」
「じゃぁすんなや。」
「いや、これ以上休んだら留年するらしい。」
「あっそ。」
焼けつくような太陽光の中で彼はプレーに戻ってゆく。一方で日陰にしゃがみこんで地面に落書きをする僕。汗をかかないからクラスでいちばん清潔な体操着が、どれだけ清潔なのかを描いてみる。“ああ、メチャメチャきれいだぁ”と独りほくそ笑む。
「おい!もう終わってんぞ。」
「おう。」
勢いよく立ち上がったせいで目眩がする。
教室へ戻ると、頑張って参加したせいでまた眠たくなる。最後尾の席でカーテンを閉め、腕であぐらをかいてその隙間に頭をすべり込ませる。労働の後の安息は常に心地よく、周りにいるやんちゃなガキ共を腕の隙間から見やる。“今どきリーゼントなんて流行るかよ”なんて思いながら4時限が過ぎ僕の一番嫌いな昼休みが来る。くちゃくちゃ鳴る音が耳障りだ。弁当もないし昼飯を買う金もねえや。図書室へでも行こう。
薄汚い校舎で唯一キレイなところ、今も本は読まない。いつもの丸いテーブルのある席に座りだらける。暇だ・・・。暇すぎる。あたりをゆっくり見回してみると、隅のテーブルに大学ノートが置かれていた。気になってノートを取ってみると、中身にはびっしりとひたすらに長い英文が筆記体で綴られていた。
「なんじゃこれ。」
この学校でクソ真面目に勉強するヤツがいるとは、世にも不思議でございますねぇ。なーんかこんなユーモアの欠片もないノートには絵を描いてあげたくなるなぁ。仕方ない。描いてやるか。席を立ち、受付から鉛筆を拝借する。余白ページに見開きで大きく図書室の風景を描きはじめた。こう見えても僕は小学校の時に入選したことがあるんだ。“恥ずかしいなぁ上手過ぎたらどうしよ”と思っていたが全くもって画力は小学生の時のままだった。絵の右隅にこうサインした“”
数年ぶりに芸術の有意義さを感じ、高校受験前日の一夜漬けよりも集中したかもしれない。気がつけば日は落ち放課後になっていた。ノートを見返すと果てしなく稚拙的な絵だ。何だか果てしなく疲れたわ。もう帰ろ。
教室にはやはり誰もいない。学生鞄は持たずに手ぶらで帰る、あんな無駄なもんに金を使うならオールナイトシアターに行くよな。
いつも通り公園で腕を枕にしてベンチに寝る。ぼーっと辺りを眺めると、小学生は邪気無く遊具で、悪ガキどもは壁にクラッカーボールをぶつけて遊んでいる。あと7分か・・・、気長に待つ。おっと小学生達が遊具の利用権をめぐって口喧嘩を始めた。
「おまえ3年のくせにチョーシのってんちゃうぞ!」
「だまれやボケ!よわいくせにエラソーなこと言ってんちゃうぞ!」
「言いやがったな、低学年が・・・。」
次第に険悪な雰囲気になる。おいおい、フライングだろ。僕と同じように傍観していた小学生が大時計を見ながら声を上げた。
「おい、ヤバいぞ。もう6時や!」
「えっマジで。」
「大変や!はよここ出やな!」
「おまえこんど会ったらしばくからな!」
「こっちのセリフや!」
小学生達を含めほとんどの公園にいた人々は騒々しく去っていった。
あと5分か・・・・。バイク音とともにそろそろと多彩な学ランが集まり、一気に公園内にいる平均年齢が高くなる。その中の一人が足で地面に大きな円を描き、モヒカンと金髪の2人の高校生が円に入り向かい合い立った。妙に殺気立っている。
大体のルールは覚えた。どちらかが降参するか失神するまで殴り合いをするんだ。円外へは出てはいけなく、金的や目突き、武器の使用も禁止だ。単なるガキの喧嘩ではなく高次元のマーシャルアーツと言ってもいい。
「ぶっ殺せー!」
「秒殺じゃ、秒殺!」
円外からヤジが飛ぶ。二人とも眼が血走り、モヒカンは身をかがめ隙を窺い、金髪は背筋をピンと伸ばしてボクシングスタイルだ。
「オラオラ早くやれや!」
そのヤジが留まらない内にモヒカンが突っ込んでいった。金髪は呆気に取られ腰にタックルを喰らい地面に吹っ飛ぶ。すかさずモヒカンはマウントを取ろうとし、二人は揉み合いになる。一回り体が大きいモヒカンが有利だが、上からパンチをかぶせようとしても一向に当たらない。不良どもに近すぎず遠すぎずやはりここは特等席だ。ようやくモヒカンのパンチが当たり金髪の口からは血が溢れ出ている。金髪は抵抗力がなくなり顔の形が変形してきた。誰もがモヒカンの勝ちだと確信したその瞬間、モヒカンの腰がわずかに浮いた隙間に金髪の膝蹴りが彼の顎にもろにヒットし泡を吐いて失神した。
円外では物凄い歓声が公園中を包んでいる。確かにこれほどの白熱した内容も久しぶりだ。しかし僕は見ていた。どうして瀕死の金髪が勝てたのか、ここからしか確認できなかったろう。あの時、恐らくヤツは金的をしていたんだ。どの業界でも目に見えない反則は技術だ。次の闘いはとんでもない泥試合で見る気もしなく寝てしまった。
気がつけば空も暗くなり、すっかり9時まで寝てしまった。誰も公園にいない、もう帰ろう。はぁ家に帰っても大して面白いことなんてないしな。夜はうるさくて眠れないんだ。
ピリリリッピリリリッ
「はい。」
「おうイツオ、今さぁ飲んでるんやけど、おまえもどう?」
「面倒やしいいわ。」
「なんでぇ~よ。ちょとオモロイことあるから来たらええやん!」
「金ないねん。」
「ミッキーの部屋やから大丈夫やで。」
「いや、でもなぁ・・・。」
「どこにおるんよ?」
「公園。」
「じゃあいいやん。近いし来いよ!」
ツーッツーッツーッ
実に道楽なヤツだ。ホントに就職活動してるのかな、ってどうしてヤツが内定をもらって、比較的に真面目な自分には就職口が無いのだろうと自己嫌悪に陥るが、自発性の欠片すらないナマケモノには当然かとも感じてしまう。何とかして現状から脱出したい。一生、ニート生活なんてまっぴらだ。僕だって何かをしたいとは思ってるよ。けどね、見つからないんだ。
アパートのベルを鳴らすとタカシが出てきた。
「おうイツオ、おそかったな。公園でしばかれたか?」
「うるせー、早く俺に酒をよこせ。」
タカシをスルーし部屋の中に入ると、6畳の狭い部屋の中に男の他に女性が4人いた。謀られた事を知りタカシをキッと睨む。
「いやぁ~さ、イツオのためにセットしてやったんだよ。そろそろ女恐怖症もなんとかならんかね。」
ならねーよ、と揉めている内にミッキーとヤスが玄関に来た。
「イッチャン来たんか~、待ってたんやで!」
まるで約束していたかのようにヤスはワザと大げさな口調で言う。
「おい。」
「さぁ、入って!入って!」
3人は僕の意見を無視して、無理やり部屋の中に押し入れた。
女性の視線が気になり、彼らの方を向く。
「いってぇな。あぶねーじゃねぇか。」
心臓がバクバクする。決して心地良いとはいえない・・・・。
「とりあえず、そこらへんに座ってくれよ。」
散らかっている雑誌をベッドの下によけてあぐらをかく。心を落ち着けようと部屋の隅をじっと見つめる。
「へぇ~彼がうわさの・・・、イツオくん?」
「ああ、こいつかなりのシャイだからよろしく頼みますよ姉貴。」
やっと平静を取り戻し、女性の方を見る。化粧の鉄仮面を被ったロボットギャルが2名、どこから探してきたんだと疑問が尽きない熟しきった実が1つ、対照的に一番奥にはスッピンで金髪のロング、両耳ピアスにギラリと目つきの鋭くいかにもヤンさんが1名。どうやって集めたんだこのメンツは!?
「イツオくん、わたしサナエってんだ。よろぴく~♪」
もうすでに酔っている鉄仮面Aは僕にチューハイを差し出す。
「あっはい、頂きます。」
ちびちびと酒をすする。
「男ならもっとグビグビっといけぇ。」
Aに殴られ、一気に飲み干す。キツイ、咽が焼けるように痛い。
「ゲホッゲホッ。」
嫌な予感がする。
「はい。もうイッチョ!。」
Aはチューハイを片手に腕に抱きつこうとした。瞬間に戦慄が走り、振りほどき逃れるようにトイレに向かった。
「オゥエッ。」
口から黄色い液体が糸を引いて便器に流れてゆく。幸いにも朝から何も食べていなかったので最低限の栄養分が抜けてゆくことは無かった。ドアに体をあずけ、動揺の回復と心拍の安定を待ちつつ考える。もう帰ろうか、せっかくの酒も不味くなってしまった。まだ腕にAの胸の感触が残っている。
「オェッ。」
まったく考えるだけでムカムカする。 “はぁもう帰ろう”
「俺、帰るわ。」
廊下へ心配して来たタカシはすまなさそうに頷いた。ちょうど靴を履いている時に女性が部屋から出てきた。ヤンさんだ。
「あっアサミちゃん、トイレはそこだよ。」
「帰る。」
「あれれぇ?もう帰っちゃうの?」
ヤンさんと目があう。
「あっそうだ。イツオ、もう暗いし送ってやれよぉ。」
「おぃ、さっきと違うじゃねぇか。」
「女の子を1人で帰らせられるかってんだ。お前は弱いけど一応、男やからな。」
ヤンさんはこちらをジロジロ見ている。
「おめぇは歴史上類を見ない最弱生物やけどな。」
廊下での盛り上がりを聞きつけてミッキーが顔を出した。
「イッチャンまた帰るんか~?」
「うるせー、オバキラーが!」
バタンッとドアを閉めて、僕とヤンさんは真夜中の街路へ出た。
「今日は歩きなの?」
「いや、バイクで来たんだけどさ。駅前に止めてあんだ。」
「へぇ~そうなんだ、家どこら辺なの?」
「いいよ、別に送らなくて。」
「いやぁ、でも男としては・・・ねぇ。」
あれ?
「あんた弱いんだったら、意味ないじゃん。」
「カッチーン、俺は中学んときジャックナイフって呼ばれてたんやで。」
「ぷっ、あほらし。」
ヤンさんの顔がはじめて崩れた。不良とはあまりつるんだことは無いけれど、ヤンさんは僕の偏見を覆す不良となりそうだ。
「ホンマやで。俺は生まれてこの方、1万回くらいしか嘘をついたことが無い。」
「あっそう。」
「そうやねん。」
あれれ?
「あんた家どこよ?」
「酩酊街だよ、まぁ生まれつき貧乏だからね。」
「なに?聞いたことないけど。」
「部落だからね。どこの家もまるでホビット級だよ。」
「はぁ~、なんか面白そう。」
「身長が伸びるにつれて、よく柱に頭をぶつけるしね。」
「へぇ~、あんたがぶつかるぐらいだから、ほんとに小屋なんだ。」
ヤンさんは僕を訝しげに見る。確かに身長は165センチしかない。
「どうせなら学校に住みつきたいよ。そうすれば遅刻もしなくてすむしな。」
「それは理解できないね、学校なんてクソくらえだよ。」
「まぁ、君はどうか知らないけど、僕は優等生だからね。」
「ふーん、そうなの。」
うん?僕ってこんなに女性と喋れたっけ?ヤンさんとはなんだか男と会話しているようだ。
「駅に着いたね。」
「ああ、またね。」
真っ赤なバイクにまたがったヤンさんはなんだか大きく見え、爆音と共にテールランプが暗闇に際立っていた。
さぁて寝床に戻るか、と思いつつ歩くのが面倒なので駅前のベンチに横たわった。夜空を見上げてもこの町には星はない。ただ社会の波から訪れる澱んだ空気と酒の匂いで支配されている。酔っ払いラッシュアワーの喧騒の中、久しぶりに女性と話したせいかすっかり疲れて眠りに落ちた。
「何やってんの?」彼女はドアの隙間から覗いて言う。
僕は中学校の卒業アルバムを見ていた。
「へぇ~これがエミか、変ったね。」
「ちょ、ちょっとそれは・・・、困るなぁ。」
なんだか恥ずかしそうだ。写真の彼女は金髪で耳と唇にはピアス、薄い眉毛に鋭い目つき、道で出会えばまず視線を逸らせるであろうその彼女と目の前をまじまじと比べる。
「もういいでしょ。」僕からアルバムを取り上げて本棚にしまう。
以前の彼女を知らない。どちらにせよ気持ちは変わらないだろう。
「もう夏だね。」僕に体を預ける。黒髪に鼻先を近付けるといい香りがする。
首筋を通り抜けて肩に手をかけ、ふくよかな身体を抱き寄せる。
「好きだよ。」
髪をなでると、彼女はまるで猫のように丸くなる。頬をこすり合わせるとなんだか少しふわふわする。
「ニャァオ♪」
こんな甘え方は初めてだ。少し興奮し強く抱きしめる。どうしてだろう服が少し濡れてきた。彼女の顔には大粒の涙が流れている。
ゴンッ
痛い・・・。駅ではサラリーマン達の喧騒うずまくラッシュアワーで、今まで寝てしまったようだ。その中で一匹の黒い猫が駆けていった。シャツは濡れている。
「おぅイッチャン、こんな朝に駅で何してんの?」
カラスが床に座っていた僕を覗く。
「・・・ホームレスごっこ。」
「そうなんや、それで臭いんや、メッチャ浮いてるで。」
にやりと笑う。左から赤・黒・青の短髪のヤツの方が民衆の中で明らかに際立っていた。
「学校でも行くか。」
ヤツの促しに力を振り絞って立ち上がる。そういえば昨日の朝以来、何も食べていない。一歩進むごとに足の関節がギシギシと鳴る。濡れたシャツが腹に貼り付いて、皮下組織で自分がどれほど痩せているか自覚できる。
「それにしても、イッチャンはいつも手ぶらやな。」
「まぁ、学校へ行っても寝るだけやし。」
ズボンのポケットに手を突っ込み、ふらふらとカラスと共に通学路を辿る。久しぶりに朝早く町中へ出たのか、無邪気な小学生たちをはじめ沢山の学生や出勤中のサラリーマンで溢れかえっている。(酩酊街を通ると小さくて小汚い小屋から老若男女がぞろぞろと出てきた。)ここら辺で17年住んでいるが、朝っぱらから何をしているのだろう。
「相変わらず汚い町やな、酒と生ゴミの匂いでマジで腐ってる。」
「おいおい、どんだけ地元が嫌いやねん。」
「金持ちのおめぇにはわからんよ。」
ペッと地面に唾を吐く。こんな町なんて大っ嫌いだ、何もなくて貧乏くさく大人は働かないで朝から酒浸りだ。
「おぃイツオちゃん。」
カラカラとしゃがれた声が背中越しに聞こえる。振り返るとカヲリバアだった。とてつもなくボロい木製の家の縁側で腰が垂直に曲がった皺くちゃのババアが座っている。
「なんじゃいカヲリバア。」
「めずらしいのぉ、こんな早くにイツオちゃんの顔が見られるなんて。」
「まぁオレでもやるときゃやるんよ。」
「ほっほっほっ、そいかそいか!ところで朝飯食ったんかぁ?」
僕はいつもカヲリバアに甘えてしまう。
「腹ペコ。」
「そこの虹色の頭の子も食べていきなさい。」
「あっ・・・、はい。」
ツッパリのカラスもババアにはたじたじだ。僕の仲間は年寄りと子供と女には異常に弱いんだ。
「ジャマするでぇ~。」縁側から家に入る。床がギシギシとなりなぜか心が安らぐ。あまりの生活感の違いにカラスは戸惑っているようだ。
焼き魚とみそ汁とごはんの相変わらずのフルコースで最初は訝しげに隣で食べる姿を見ていたがヤツも個々の味を気に入ったようだ。味噌汁をすすりながらふと思う。砂漠のようなこの町でカヲリバアは赤ん坊のころから僕にとってのオアシスだ。ババアは誰にでも優しいが子供もいなく一人住まいなのか、この町で数少ないガキの自分を特に孫のように可愛がってくれる。
「ごちそうさん、美味かったよカヲリバア。」
ババアは皺くちゃの満面の笑みで「ようお召し上がり、二人ともはよ学校行って勉強するんやで。」と言って食器を片づける。
「おぅ行ってくるわ!」
なんだか元気が湧いてきてずんずんと先を進む。
「なんかええなぁ、あのばあちゃんのとこまた行きたいわ。」
「カヲリバアは例外やねん。」
キーンコーンカーンコーン
2限目が終わり、バイクの轟音と共に生徒達が登校してくる。カラスを含めて数人は大学に進学するため熱心に朝から登校しているが、ほとんどは就職をするため最後の学生生活を満喫しようと躍起になっている。
「あれぇ、イツオ!メチャ早いやん。ミスターブービーが大学にでも行く気なん?」タカシが机で寝ている背中を叩いて言う。
「痛い、寝させろやボケェ。」
いつも以上に寝たので仕方なく、頬杖を突きながら授業を聞いてみる。数学の授業だが2桁以上の計算をすると頭がおかしくなる自分には全く理解できない。周りを見渡すと、進学組以外は弁当を食べているか雑誌を読んでいる。
校庭で乱雑に体育をしている生徒たちをぼんやり眺めながらふと思う。ヤンさんのことを、どうして彼女とは平気で喋ることができたんだろう。あれほど女と会話したのはどれくらい前だろうか、何歳なんだろうか、それにしてもあんなに小さいのにバイクに跨ると僕よりもずっと大きく見えた。いったいどういう子なんだろう、また会ってみたいな。
心がなかなか静まらない。シャワーを浴びに行こう。
「ミッキー、タオル貸してくんね?」
「えっ?」
卓球部の彼の鞄から無理やりタオルを奪い取り、席を立ち更衣室へ向かう。途中、国語のササビーにバレそうになったが、上手く死角を利用した(算数の図形は得意なんだ)。
更衣室に置いているそこら辺の鞄から石鹸を取り出し、ザーーーーーッとべとついた素肌に水を流れ込ませる。ああ爽快だぁ、ネトネトした髪の毛も一週間ぶりにサラサラになった。しかしどうだろう、シャツが本当に臭う。これじゃあ究極的なフレッシュとは呼べない。棚に乱雑に置かれたシャツの中からサイズの合うものと取り換える。残念だがこれは定めなんだ、僕の制服は全て貰いものだし、そうやってサイクルしてゆくもんなんだよ。いざ惜別の時、感謝のしるしにちゃんと畳んでおく。
「おーしっ、体育終わったぁ~。」
やべっ、連中が戻ってきた。こういう時の秘術、それは何気なく部屋を出る。
「あれ、安口じゃね?」
あぁぁ、さっそくばれてしまった。心臓がバクバクするが、動揺を表さずに無表情で出口に向かう。今、振り向く勇気はない。全員の視線がこちらに向いているのが感じ取れる。
ふぅ、何とかやり過ごせた。気だるさと眠気が一気に通り過ぎて机に向って正直に寝た。
今日も昼休みに図書室に行く。円形の大きな机の上にノートが置いてある。中身はぎっしりと難しい数式で埋め尽くされている。ユーモアもセンスもない。これは僕がアレンジを加えて、持ち主に柔軟性のある発想を伝授しいなければいけない。絵を描こう、これでも小学生の頃はコンクールで入賞したこともあるんだ。空白のページを次々と稚拙な絵で埋めてゆく。ああ、疲れた。
「おい!」
見上げると、ヤスがぷんぷん怒っている。これはヤツだったのか・・・。
「おい!起きろ!」
重い瞼を押し上げ、深呼吸をする。
「やべぇぞ!モヒカン野郎が・・・・。」
ヤスの声だ。
「なんじゃい?」
見上げるとタカシとミッキーもいる。3人とも何か急いでいるようだ。
「モヒカン野郎がお前を指名してるよ!」
モヒカン?廊下に出ると確かに見覚えがあるヤツが立っている。
「なんでぇ?」本当に意味がわからない。
「なんかメッチャ切れてはるで!」
モヒカンさんの方を見ると、非常にご立腹のようで・・・・ってなんで?
「誤解を解いてくる。」目を細めて神妙な面持ちでモヒカンへ向かう。
モヒカンに近づくにつれ緊張感を増す。なぜかモヒカンから目を逸らし、いかにも眠そうな顔を作る。あぁ人間ってどうして都合が悪くなると眠たくなるのだろう。しかし内では心臓も縮む思いで、足も腕も身体全体がうまく進まない。
「や、やぁ。何の用かな?」
「ちょっと来いや。」顎をくいっと回し、モヒカンはこちらを見つめる。
よく見ると公園にいたあの‘モヒカン’だ。視線が自然に下がってゆく。今、彼と目を合わすのは野生の猿と睨み合う事と同じだ。ちょうど彼のお腹のあたりまで焦点が下がると、シャツの真ん中のあたりに黄色い染みがある。
あっ
・・・・やっちまった。明らかにさっき取り換えたシャツだ。コレ、逃げようか。どうして逃げようか?スタスタとヤツの後に付いていくが、これでいいんだろうか。今の僕は足も遅いし身体も貧弱だ。全速力で廊下の反対側を駆けても簡単に捕まえられてしまうだろう。とするとやはりやられるのか、いやもしかするとタイマンかもしれない。そうならば一矢報いたい。自分が一方的に悪いと知りつつ、なにかしらしたくなる。
体育館裏側のトイレでヤツの足が止まった。
「ここらでいいよな安口、わかってるよなぁ。」拳の関節をポキポキと鳴らしはじめた。こうして対面してみると、目眩と脱力感に襲われて想像以上に身動きが取れない。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。考えろ・・・。考えろ!
「とうぜんさ・・・、タ、タイマンだよな。」口がいうことを聞かない。
ヤツは皮肉っぽい笑みを残して、僕に一発入れた。スローモーションで流れるはずのその瞬間は、間の悪い瞬きでその一時を終えた。左目が見えない。気がつけば震えた腕で顔面をガードしている。左頬を殴られる。どうしてだ?アッパーもストレートも届かないはずだ。あっそうかフックだ。もう反撃の気力もねえや。脇腹にミドルキックを入れられ、床に崩れて胎児のように丸くなる。モヒカンの怒りは収まらなく、いわゆる殴る蹴るの暴行、そしてこれは世の中の僕に対するSinなのかぁ!血反吐が吹き出てタイルを伝い排水溝へポタポタと流れてゆく。
「次やったら、ぶっ殺すぞ!」ペッと顔に唾を吐かれる。
こんなに恐ろしいヤツだったとは・・・・。踵を返すその瞬間、なぜか感覚のない重たい手でヤツの靴の先を掴んでいた。顔面に衝撃を喰らい待ちわびた就寝時間が来る。
バシャーンッ
・・・苦しい。鼻に液体が詰まって息ができない。冷たい、口が沁みて痛い。目を開ける・・・、強い光が差し込んできて眩しい。
「おっ起きた。」
タカシの声がする。あっそうか、モヒカン野郎にボコられたんだっけ。あーやられちまったんだ。やだやだ恥ずかちぃ、起きたくないや。
「はよ起きろや。」
ペシッと頬を叩かれる。寝たふりをする。
「コイツ絶対起きてるって。」
徐々に笑いがこみあげてくる。演技って難しいなぁ。
「・・・・ぷっはははははは。負けちまったよ。」
開き直って起きてみると、校舎裏で寝かされていたようだ。
「ケロッとしやがって、お前はカエルか。」
「あーあーあー黙れ。」
見渡すとお馴染みの3人がいる。何が面白かったのか、原形をなくした顔か?僕たちは顔を合せて破裂した風船のように大声で笑った。頬に少しタイルの臭いが染み付いていた。
「まぁ、オレのフックさえ決まればモヒカンがこうなってたんやろうけど、そこは武士の情けっていうか何ていうか、ここで本気出したら逆にカッコ悪いやろ。」あ~ぁ全身痛ぇや・・・・。
「逆にぃ、じゃあどこで本気見せんの。」
「うるさいな、サヨナラ逆転ホームランを知らんのかおめぇらは、正義は最後に勝つんだよ。」
「じゃあ負けやろ。因果応報ってこと。」
「なにそれ?難しい言葉やめてくれますか。カッコつけてるようで、逆に偉そうですよ。それ以上にキミ達はエロいですけれども。」
「はいはい、じゃぁ帰ろうか。イツオも立てよ。」
両手を挙げて助けを求める。ヤスとミッキーに肩を担いでもらい、閉店時間に追いだされる酔っぱらいのようにユラユラと校門を出た。
「面倒っちいなぁもう。」
3人に家まで運んでもらい、カビくさい布団の上で死ぬように眠った。
*特に不完全
あの日、どうしてあそこに行ったりしたんだろう。自分でもびっくりする。男嫌いだからって、今はそんなの問題じゃないよ。用はあたしがどうかしてたってこと、今まで全く考えもしなかったことに足を踏み入れたあたしの・・・あの時の閃きが納得いかない。ベッドに仰向けになり天井を見つめる。
4畳の四角い部屋、服と整備用具だけの歪な部屋、湿気ぽくて薄暗い陰気な部屋・・・。 仕事に行かなくっちゃ。
アパートを出て生協へバイクを走らせる。
ピッピッピッピ
商品をぼんやりと眺めながら無機質に搬入とレジ打ちを繰り返す、そんな感じ。どうしてあの時は・・・、変化が欲しかったのかなぁ、でも今さら昔には戻れないよ、そんなことしたら今までの自分は何だったんだって。
ふと熱い視線を感じる
「おっヤンさん!じゃなくあさみさん・・・ですよね。」
男は俯いているあたしの顔を覗き込みながら、声を震わせている。
ハッとその「男を訝しく見つめると、目の周りに大きな青アザと切れた唇を抱えていて、今さっきカツアゲに遭遇してしまった哀れな少年のように・・・。実は声でアイツだと分かっていた。でもどうしてこんな姿に。
「アサミさんですよね?ミキオのアパートに来てた。ほらバイクの!」
「違います。人違いです。」
急に恥ずかしくなった。また顔を俯けて眼鏡を掛け直す。
「あれ違うのかなぁ、確かにメガネかけてなかったもんな・・・、すいません。」
アイツはそのまま生協を出た。
夕方5時に仕事を終えて隣町の農園までツーリングに出かけた。原っぱに仰向けになり夕焼け空を眺めながら思う。
どうして恥ずかしかったんだろう。アイツを異性として好奇心を持つことはできない。じゃあ、今の現状が恥ずかしいから?高校も行かず何の目的もなしに生きている自分が恥ずかしいから?
そうだとしたら、凄くもどかしい。
私はただの人形じゃないか。涙が頬を伝った。
あの頃から頻繁に虚無感に襲われて仕方がない。就職の面接は前よりも上手くいかないし、何だか馴染みの奴らとも会うのが億劫になってきた。アイデンティティーの喪失なのか?それなら中学で確立したんじゃなかろうか、いやそもそも僕は周りの奴らとは違い、思春期とか反抗期とか苦悩する事もなくぼんやりと気付けば高校3年生。じゃあ僕は自分が何者なのか分かってなかったんだ。
「テツオ兄よ。今さらアイデンティティーを築くっておかしいか?」
テツオは厳格な表情を少し崩し、微笑みかけた。
「同一性は青年期に拡散し再統合するもんだよ。それでもっと人間らしくなるんだ。」
「はぁ・・、でも俺は今回が初めてらしい。前から思ってたんだけどやはり俺の精神年齢は低いのかな。」
僕は違い自問自答しながら、テツオに話しかける。
「ああ、極めて低い。イツオにはまだ労働のキャパシティーはないよ。」
眼を細めて不気味に口元を釣り上げ、まるでマインドコントロールをするように僕を誘導する。
「テツオ兄ならどうする?」
「俺なら大学に行くな。考える時間が沢山あるし、興味のあることも出てくるんじゃないか。」
「うちにそんな金ねぇよ。俺の頭知ってんだろ、勉強したって遅すぎるぜ。」
「お金は心配しなくたっていい、奨学金があるんだから。勉強も間に合うさ本気になればな。お前は本気になったことが無いだろ。いい機会じゃないか?」
確かに僕は本気になったことない。だけどやっぱり勉強する気にはならない。今までずっと落ちこぼれで見捨てられてきた自分が勉強になんてモチベーション上げれるわけないだろ。
バカヤロウ、何にも知らないくせに!ああ、でもどうしたらいいんだ。
教室の窓から外を眺める繰り返しの毎日。気が付けば進路が決まっていないのは僕だけになったいた。周りの不良たちもふざけた仲間たちも皆、未来に希望を膨らませて身が輝いている。うっとうしい、憎らしい、てめぇら笑ってられんのも今のうちなんじゃねえの?と僕だけがクラスの中で誰も知るともなく疎外感を感じている。
ゴツンッと頭に衝撃が走る
「やすぐち~、あいかわらず余裕だな。ここのページ全部読め。」
ササビーは漢文のページを寄こし、立たせて読ませようとした。
‘蛇足’これ何て読むんだ。意味は知っているが発音できない。
「・・・・へびそく。」
カラスたちが大げさに笑っている。それ以外のクラスメートはちらっとこちらを見て、何事も無かったように、自分達の作業に戻ってゆく。
「お前は何をやってもダメ人間だな。小学校に戻るかぁ。」
ササビーの無粋な言葉でヤツが教壇に引き返すのを見て、僕もその気になり不敵な笑みで応じた。
「でも、卒業はできるんですよね。」
全員の視線がこちらに集まる。
ヤツはくるっとこちらに振り返り、右手で殴りかかってきた。
あまりに動作が大きかったので、反応しサッと避けた。これがいけなかった。
「おうおう、危ない扇風機だなぁ~。」
ドドッと教室全体が湧いた。調子に乗って、机の上に乗りガッツポーズをして奇声を上げた時、突然腰が上がり、意識が戻った時にはヤツに馬乗りになられていた。大学ラグビー全国制覇を嘗めてはいけない。
一発殴られる。
二発目殴られる。
三発目来るかと思ったが、ヤツは気が済んで立ち上がった。
「お前みたいなクズはすぐに排除をしないと学校が腐っちまうからな。」
「ああそうか、だからあんたは日本代表には選ばれなかったんだ。」
ヤツの眼はひどく血走っている。右足で顔を踏みつけてきた。ジリジリと板挟みになってゆく。“ああ・・・細胞が死んでゆく”
「安口よ、お前は俺の何を知っている!お前は関心も長く続かないし、今まで一七年間何か成功したことがあるのか!?」
ササビーは声を震わせている。気が付けば教室は静まり返っていた。
「そんなもん、わかってるよ!」
そう分かっている。これが愛憎の答えだということも、ササビーはラグビー部のエースだった僕の幻影をずっと拭い切れずにいるんだ。
「足が速いのは逃げるためか・・・。」
ササビーは視線を床に落とし教室を出ていった。ヤツの背中がとても小さくみえた。
足はもう使い物にならない。
「イッチャンはさぁ、モヒカンの時もササビーの時も本気出せへんよな・・・。らしくないな、ホンマに。」
カラスとヤスは苦笑いしている。僕は顔に付着した血を腕で拭ながら立ち上がった。“お前らに何がわかる!”僕は足早に教室を出た。
トイレの洗面所で顔や腕の血を洗い落とすと、傷口が水を含みどこの粘膜が切れているか大体の認識はできた。鏡で確認しながら顔の痣を髪の毛で覆うと試みた時、僕は自分の顔が映った鏡を凝視した。片方の穴から鼻血がツーッと一筋に流れている。さっきまでの血とは違い、色が濃く粘着質のあるそれには心当たりがあった。今日は薬を飲んでいない。
※特に推敲必要
このやるせない‘もやもや’はどこへぶつければいいのだろう。いいや、どこへ向かっても解決しないことは分かっている。ただただ時計の針を遠く見つめるだけ、そうしてずぅーっと先のことを良く思うしかないんだ。
日に日にゆっくりとそして確実に頬はこけ腕は細くなってゆくのがわかるようになってきた。もうすぐはっきりと目も窪んでゆくのだろう。成長は止まってしまった。
中学の時、親友に打ち明けたことがあった。そいつは僕と一緒に泣きながら小さな身体同士で抱き合った。しかし、時間の移り変わりと共に彼の態度は変わっていった。“どうして俺を悲劇の主人公になんて思うんだい!“なんて冷たい瞳なんだ。
「何見てんだよ。」
酷く追い詰められ何をしでかすかわからないゴキブリのような鏡の正体は声を絞り出して言った。
帰ろう
帰ろうってどこに?くだらねえ事ばかりの教室か?みすぼらしいだけのあの掘っ立て小屋へか?
ばっかやろう!
ばかやろう!ばかやろう!ばかやろう!ばかやろう!ばかやろう!
こうなったら家出してやる!家出?違う違う。旅だ、独り旅だ!
僕は鏡に“さよなら”を言い、支度をするため家に戻った。
今日から旅に出るんだ、胸が高鳴る。嫌なことは全て忘れよう。苦しいことは全て忘れよう。ひもじいことから全て解放されたんだ。大きな鞄に何でもかんでも詰める。
「どっか行くの。」
化粧っ気の無い眼尻に皺を抱えた女が言った。
一瞬、身体が凍り付いた。血の気がどこかへ消え去って、頭が真っ白になった。
「ああ、ちょっと出かけてくる。」無言で荷物を詰め込む。
「・・・そう、まぁこんな日が来るとはあんまり予想していなかったけど。」
女は無表情にタンスをゴソゴソと動かしている。
まだ鞄には半分のスペースが空く、だけどもう入れるものがない。
「ほい、これ持って行きな。」
タンスの裏から大きな封筒を僕に渡した。封筒を鞄に入れて立ち上がった。
「ホントに行くの?」
胸が苦しくなった。女は未だに無表情だ。
「あんたみたいな皺くちゃの手に俺はならないんだ!」
ガシャンッと扉を閉め、俺は走った。苦しい、胸が締め付けられる。目がショボショボしてよく見えない。緩い鼻水が口の中に垂れこんでくる。口の中がしょっぱい。全力で走った。
取り合えず遠くへ行こうと思って、でもボロの財布には50円ぽっちしか無くて、いつもの公園で泊ることにした。夜の公園は静かだ。ベンチの上で鞄を枕にして眠った。いつもと違ってなかなか寝付けなかった。
※ここまで
夜空を見上げるても曇って星も何も見えやしないが、不思議に赤い月がぼんやりと頬を照らしているような気がした。電灯には虫が群がっている。蚊だけが僕を好んでやってくる。バチッと血を吸うかを叩く。血にまみれた蚊を眺めると、“ああ、俺もお前もいない方が皆のためなんだな”心の中で呟く。
もうあいつらには会うことは無いだろう。カヲリバアにもあの女にも・・・。
学校にも行かなくていい。就職しなくてもいい。もう苦しいことなんて何もないんだ。自分の好きなように生きれるんだ。だったらどうしてぽっかり空いた胸の穴は前より拡がっているんだろう。
眩しい日差しと共に起きた。この照り返す暑さは昼頃だろうか。出発しよう。
旅2日目にしてようやく町を離れ、踏切を渡り、一休みに通りがけのスーパーに立ち寄った。店内はやはり快適だ。食材を眺めているとさすがに腹が減り、ふとあの封筒を思い出す。一目も気にせず鞄広げ、それを取り出すと確かに中身はある。テープを切り口を綺麗に剥がし中身を開けると、書類が幾らか入っていた。
「金は入ってないんかい。」と思わず口に出してしまった。
しかし希望はある。ここは試食でどこまで乗り切れるかというだけのことなんだ。買い物カゴを持ってきて、カゴに適当な食品を入れておく。購買力と購買意欲があるのだと主張してから、あの難関である実演販売までも3回試食する。ある程度胃袋に入ったところで、カゴや商品を元に戻し、のどの渇きをいやしにトイレへ行く。水道の水なんてどこへ行っても変わりやしない。
“上手くやってる?”
“・・うん”
“元気ないね、ホントに大丈夫?”
“あんたこそ、頑張ってよ”
気付いたらもう県境を越えていたみたい。道端でバイクを停めて一呼吸する。
辺り一面が草原、ここはどこなの・・・、どちらにせよもうバイトの時間には間に合いそうにないや。腰まで伸びた草の中にか細い枯れ木がポツンと、その枝には青い物体が引っ掛っている。風になびく物体に魅せられて、草原の中に足を踏み入れた。枯れ木に近づくにつれ草の丈は短くなり、木の傍らに誰かが横たわっている。ハッとして用心深く観察すると、どうやら男が寝ているようだ。男は大カバンを枕にして大の字になって寝ている。青い物体は帽子だった。
私の気配に気づいたようだ。男は目をこすってこちらを見ている。
「・・・・・アサミさん?」
「はい、あんた誰?」
胸に動悸が走る。話題を逸らそう。
「あの・・青い帽子、あんたの?」枝に掛った帽子を手に取る。
「いいや、そんなのあったっけ・・・、風に運ばれてきたんじゃない?」
仰向けになった男は私のことを知っている。相変わらず、私は男の顔をまじまじと見つめる。
「俺のこと覚えてないの?イツオだよイ・ツ・オ!」
「ああ、いつも顔の形が違うから、紛らわしいよ。」アイツはけろっと笑っている。
「昔さぁ、伝道師にこう言われてことがあったよ。『神様はあなたを愛しておられる』って、でもね俺は思うんだ。もし神様がいるとしたら・・・。」
アイツは青い空をじっと見上げている。
「もし神がいたら?」
「もし神様がいるとしたら、僕たちの命に興味は無いんだと思う。無数のパターンの境遇を人間に与えて、どう反応するか喜んでるだけだよきっと。・・・・その伝道師はただ一方的に喋るだけで俺の境遇を見てもアメ玉一つ落としちゃくれなかったよ。やつらもただの自己満足なのさ、ただの偽善者にもなりきれやしない。」
雲が空一面に広がってゆく・・・・。
「ところで伝道師ってなに?」
「えっ、キリスト教の布教をしてる人のことだよ。」アイツは笑って立ち上がり、服にへばりついた草を掃った。
なんだよ、まったく、私にもわかる話をしてくれてもいいじゃないか。
「この帽子・・、いいね貰っておこう。」アイツは帽子を深くかぶって、上目使いに私を見た。
そのまま互い無言のままで小一時間が過ぎた。
「雨が降りそうだね。」私はあえて曇り空を見つめた。
「本当だ、もう行かなくちゃ。」立ち上がり服についた枯草を払い、荷物を持った。
「どこに行くの?」地面を見つめる。
「なんだよ、あさみさんはどうしてここにいるの?」挑発的な眼差しだ。
「別に、・・・どうしてってたまたまだよ。」一歩後退すると、草に足跡がくっきりとついていた。
「じゃあ俺にも理由はない。」大カバンを提げながら道路へと歩きはじめる。
私は地面を見つめながら、「乗ってく?」とか細く呟いた。
ニヤニヤしながら私の方へ歩いてきて、ちょうど1メートル手前で静止した。上半身だけがこちらへ向かってくる。
彼はそっと口づけをした。風が強く吹いていた。
私の腕は混とんとした頭とは裏腹に明確に動いた。彼の頬を力一杯殴ったのだ。
一瞬くらっと態勢を崩して「ごめん・・・、一回やってみたかったんだ。ファーストキス。」と頬を拭った。
「バカ!、記念にしてんじゃないわよ!!」叫んだ。かなり久しぶりに叫んだ。
「ごめん、ごめん、」いやぁ・・・いろんな衝撃で頭がくらくらだよ。・・・で、本当に乗せてくれるの?」少し後退気味に言う。
「あんた!デリカシーの欠片もないね!廃人にでもなってそこら辺でくたばってなさいよ!!」ギッと彼を見つめる。
「当方、生まれてこの方廃人でございます。」悪びれずにしかにニヤけず冷静に会釈をした。
それから彼は私を横切って道路へ向かったので、しゃくに障り私は小走りで彼を追い抜き、バイクからメットを取り出し内側に手をはめ、メットを思い切り振り下ろして彼の右頬をぶん殴った。彼はアスファルトに尻もちをついて、口をポカーンと開けて力のない眼で私を見つめている。
彼をうっとうしく一瞥した後、表情を強張らせたまま血のついたメットを被り無言でバイクを発進させた。ミラーに映る彼の姿はみるみる小さくなり終いには見えなくなっていた。
※繋ぎが必要
《僕はまた元の枯れ木の場所へ戻った。無性にヤンさんを感じたくて足跡を探したが、草はもうすっかり元通りで、彼女の名残りは完全になくなっていた。
最近、この年になってよく思うけれど、初めて気づかされることが多い。今まで気づいてきた事は全て他の人から教えてもらったことだけど、近頃はそういったものではなくて、今まで経験したものから自分自身が新しい事実に気づくことがある。新鮮な事実が必ずしも良いこととは限らない。知らない方が都合がいいことが多い。本当に、最近気づいたばかりだから心の中では何も解決してはいない。本当は知りたくもない事も、どうでもいいことでも知りたくなる。
まぁ、今はもうそんなこと考えなくていいけど。
帽子を枯れ木の枝に戻して、道へ出る。薄汚れた空気に包まれながら、石ころを蹴り飛ばし、白線の上を歩いてみる。
少年期からの僕を思い返すと、何もかもに反抗していたと思う。とはいっても非行グループに入っていたとかではなく、どこにも属したくなかった。誰にも支配されたくなかった。表面ではヘラヘラしたりペコペコして人の言うことを聞いていたが、心の中では自分が考えに合わないものは排除していた。それは無意識下に純粋でいたいという想いの表れかもしれない。ああこのまま餓死でもしてしまおうか。でもそうなったら、きっと虫がたかって醜いだろうなぁ、しかもすこし町外れなだけだし変死に思われるのかな、・・・それは恥ずかしい。何はともあれ、今は早く鏡で自分の顔が見たい。鼻が曲がってしまったのではないか、それが心配だ。》
※繋ぎが必要
今日は27日、アサミの所へ行かなきゃ。自販機でピアニシモを買って、裏庭で待ち合わせ。1本口にくわえて、肺一杯に吸い込む。
「久しぶり。いやぁ~悪いね。」
まだ照り返す真昼の太陽の中、彼女はニット帽を被っている。
「あたしも今、来たばっかだからさ。」
1本取り出して、彼女の口元に差し出す。彼女は悪びれた子供のようにそれを口にくわえて、私は2本の先端を合わせて火を移した。いい匂いがする。
「プハーッ、生き返るねぇ!ホント規制が厳しくて困るよ。」
もう今までのように味わえていないようだ。雲の流れをただ仰ぎ見ている。
「最近どうよ?なんかちょっと見ないうちに変わったね。」
私を見透かしている。そうやっていつも少しの変化でも気付かれてしまう。
「別に・・・。」
私も雲を見つめる。
「あっそう、しーらないっと。」
今日のアサミはくどい。私の変化を見て微笑んでいる気がした。
やはり世俗的なものに飢えているのだろう。
「あんたはどうなのよ。やっぱりモテてるの?」
私は彼女の汚れの知らない綺麗な白い肌、まっすぐな瞳、長いまつげ、高い鼻、控え目な唇、凛としたその容姿にすこしうっとりする。
「あのね、あんたは勘違いしてるかもしれないけど、あたしは女にモテても、男にモテたことなんて一度もないのよ。容姿がどんなでもモテないヤツはモテないんだよ・・・。」
彼女は10秒で大人になっていた。
「へぇー、初めて聞いた。あんたモテなかったんだね。どうしてだろう。」
これほど女性が求めるものを備えている人を私は見たことがない。
「だからね・・・大丈夫だよ。男も顔が良かろうが、モテねぇやつはモテねえ。」私達は顔を見合わせた。
「なんだよそれ。」
何だかおかしくなって、久しぶりにお互い大声で笑った。途中で煙が詰まってむせたけれど・・・。
しかし、やはり僕は、女性を異性として愛してはいけないのだ。
考えてでも見ろよ、仮に僕と一緒になったとしても、俺は自分をも幸せに出来やしない。ましてやもう一人の幸せはただただ祈るほかない。悲しいことだ。
僕は異性を異性として愛せいてはいけない・・・。それは事実だ。
※意味不明(イツオ、野宿にて)
《「もう何もかもが嫌になった。何もかもが軽薄で心許ない、しかし僕たちはそんな世界から脱却できない。この遣る瀬無いもどかしさにもう耐えられない。」
「この遣る瀬無いモヤモヤを誰かに告げようか、この限りない空しさの救いはあるだろうか、この燃えたぎる苦しさは明日も続くのか。」
爺さんは枝木を火にくべる。
「なにそれ?」
「フォークルだよ。昔流行ったなぁ。」
「いい詩だね。」
「わしがまだ若かった頃、学生闘争だったからな。」
「爺さん何やってたの?」
「学生だべ。」
「学校行ってたんだ。」
「東大生だったべ。」
「はいはい、東大行ってた人がこんな暮らしてるはずないでしょ。」
「ひょひょひょ、東大の清掃員やってたよ。でもな学生と一緒に授業を受けてよ、わしも東大生だったわけよ。」》
※後半部分に添付
《誰にも見られることのない、着飾った綺麗な人々が、夜のネオンに照らされ、まるで帰る場所のない捨て猫のように振舞って、眠ることなく、誰かに構われるためにその中身とは対照に汚れてゆくんだ。キミ達は“野良猫はその日その日で家族を作って、次の日には他人になるんだ”って言うけれども、野良猫でも家庭はあるんだ。キミ達はそうやって自分に言い訳してるだけなんだ。そこでずっとよろしくやっといて下さいよ。僕は先に行くから。僕もその前は君たちの中にいたから分かるんだ、互いの足を引っ張り合っているのを・・・。
捨て猫ごっこはもうやめなよ。仕舞いに本当になってしまうよ。》
《日曜日にヘラヘラしている奴らはダメさ。日曜日が本当に仕事をする日なんだ。だから夜はみんな疲れているから、お酒を飲みながらやっと自分の想いを吐きだしてぶつけるんだ。》
《俺は誰も信頼したことはない。人を信用することはあっても、信頼することはない。誰も俺のことは理解出来やしないし、その意味では神にはやむなく信頼せざるを得ないだろう。すべては御心のままにってか。》
《人の肌に触れたい、触れられたい。笑顔が欲しい、あげたい。愛に触れたい、触れられたい。》
《死にたい。もうどうしても、僕は愛とは縁遠いようだ。僕は誰からも必要とされていないし、これからもどう生きていけば良いのかわからない。》
《人と同じ視線で喋りたかった。単純でもいい恋がしたかった。普通に生きたかった。昔の俺は今の自分をどう思っているか。昔は将来の自分がその時の自分にとって憧れであったらいいなと思っていたけれど、どうなんだろう。あの頃よりも予想以上に良くなっているかもしれない。しかし、もう我慢の限界なのか、それとも社会の状況がこれ以上の改善を求めているのにやはり限界なのか。ああ、本当に普通に生きたかった。》
《大学デビューってみんな勘違いしてないか。自分の憧れの存在になるはずがチャラくなってるだけじゃないか。皆、沢山の人に関心を持たれているのに、その関心は自分が求めていることでもないし、結局、皆孤独なんだ。》
※何処かに添付
《「同情してんじゃないわよ!あんたに比べられたくないね!」
(同情するのは、他と比較してしまうから、特に自分の能力や環境で比較してしまったり、対象と他の大多数の自己の一般概念を比較してしまうから、逆もまた然り。)》
Don`t think twice, it` all right. (incomplete)