メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第三話・下

K.A.クーン

メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第三話「僕の戦う意味」・下

イザベラたちと連絡を取った三日後、僕と桜はベトナムへと向かう空輸機の中にいた。僕たちの他には兵隊たちが乗っている。中華同盟の兵士たちで何かを話しているが、まるで分からない。
「魔法を使えば分かるよ」
 隣に座る桜が言った。そして、ため息をつく。
「オススメしないけどね。相手の言っていることが分かるのは良いこともあれば悪いこともあるよ」
「……彼らは護衛じゃないからね」
 僕は自分に言い聞かせるように言った。彼らは僕らの護衛ではない。監視役だ。セイレム機関から派遣された魔法少女とパストラル。戦後、国ごとに割り当てられた魔法少女ではないのだ。国への忠誠心もなければ、弱みを握られているわけでもない。それどころか、実はスパイである可能性だってある。
 眠って過ごそうにも空輸機はそれなりに揺れて、座り心地は悪い。
 中華同盟は名前の通り、中華人民共和国を中心に周辺国が相互安全保障を結び、同盟として一大軍事同盟として成立した。大戦により、国力が減退したとはいえ、同盟全体の人口は十億前後を維持し、資源もあり、工業力も相応に維持している。
 それに対して対戦する太平洋連盟は資源こそあるが、連盟の中心を担うオーストラリアは大戦のダメージが大きく単独での国力は戦前とは比べものにならないほど低い。インドネシア、フィリピン、マレーシアにしても政情不安が終戦を機にぶり返してきている。連盟が戦争を仕掛けているのは国内の政情不安を紛らわし、世論の視線を国外に向けるためだと先日見たニュース番組では語っていた。難しいことは分からないが、それは政治の一手法なのだという。
 戦争が政治の一手法。僕にはどうにも理解できなかったが、この話をセレナ博士にすると興味津々な様子で聞いた後で頷いたことを思い出す。
「その番組はなかなか面白いですね。私も戦争は政治の一手法という意見には賛成です。政治とは人類が社会を営む上で欠かせないもの、戦争とは政治の一つ。故に、戦争はなくならないということを証明できるわけですね」
 セレナ博士はそう言った後で笑顔を見せた。その笑顔を僕はなぜか恐ろしく感じた。
「どうしたの、君」
「いや、なんでもない」
 僕は言った後で首を振る。ふと兵隊たちを見ると、一人だけこちらを見ている。ベレー帽から覗く黒い鋭い瞳は兵隊たちとどこか質が違っていた。
 その瞳を持つ人物は可愛らしい笑顔を見せた。ようやく女の子であることに気づいた。
「初めてお目にかかります、天羽さんでしたっけ?」
 彼女から声をかけてきた。思わぬことになんと返答していいのか困る。
「私は周雪、あっ、発音的にはシュウシュェ。今回のウィッチ戦の中華同盟軍の筆頭魔法少女、鈴 春燕(れい ちゅんいぇん)のパストラルだよ」
「鈴って、ランキング六位の? どうして、同じ空輸機に?」
「かつて最強と謳われた魔法少女の相棒になった人ってどういう人か気になってね。特別に同行することにしてもらったんだ」
「メイチュンは来ていないの?」
 隣に座る桜がシュェに尋ねた。メイチュンとは鈴の愛称である。
「はい、一足先に現地にいますよ。彼女、小柄なくせに好戦的でね。ウィッチ戦が決まるとすぐに戦場に飛んでいったんだよ」
「〈紅狼娘(こうろうこ)〉らしいね。彼女はいつも戦場に駆けつけるとなれば早かった。四魔侯の先兵と名乗っていたほどだったね」
 四魔侯とは雨竜さん、イザベラ、メイチュン、そして僕は今のところ会ったことのないレアンドラ・エル・リエゴの四人のことを指す。高い実力を誇り、四人ともとある人物に仕えていると思われるほど心酔し、戦ったことからいつしか四魔侯などと呼ばれるようになったそうだ。
「相手も四魔侯がいますけどね。雨竜 朱鷺姫さんが太平洋連盟軍のウィッチ筆頭だそうです」
「えっ、日本は今のところ中立でしょう。どうして、連盟側に日本所属の魔法少女を派遣しているんですか」
 魔法少女について詳しいせいか、ついつい質問する。すると、シュェは小さく頷いた。
「戦力の均衡ですよ。六位のメイチュンが筆頭に名を出しているのですから、対応する魔法少女が連盟側にもいないといけない。でも、太平洋連盟所属の魔法少女は最高位でも十八位。これでは勝負になりません」
「それでセイレム機関が日本に派遣要請をしたってところね」
「そうです、桜さん。まあ二人とも大将ですから、対戦することはないでしょうけどね。そういえば、二人ともウィッチ戦のルールは知っていましたか?」
「ルールについては勉強してきたよ」
「それは勉強熱心でけっこうですね、天羽さん。今回は五対五の団体戦です。ただし、対戦は一人ずつ。先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順で戦い、先に三勝した軍の勝ち。魔法についての禁止事項はありません。銃撃、砲撃の支援は禁止。純粋な魔法少女同士の戦いとなる見通しです。ちなみにお二人は我が軍の先鋒です」
 さりげなく重大発表するシュェ。
「先鋒……どうして初陣でそんなポジションに」
 思わず文句を言うと、シュェは苦笑する。
「初陣だからだよ。それに君たちはランキング外じゃないか。誰か倒して実績をつけないと予備役送りだってありえる」
「僕はともかく、桜が予備役なんてありえないよ」
「なに言ってんの、君と組むまでは私予備役扱いだったんだよ」
「あれ予備役扱いだったんだ」
「今も似たようなものよ。ランキング外なんて予備役手前みたいなものだし」
 言われてみればその通りかも。
「まあ、とにかくランキング外の君たちは昇格するために招集されたんだから先鋒は確定みたいなものだよ」
 シュェはそう言うと、笑顔を見せた。
「なあに、死ぬか生き残るかの二択だよ、先鋒なんてね」
 シュェはただそう言った。空輸機の振動が心にも響くようだった。

 移動中、僕は過去のウィッチ戦の記録を見ていた。ウィッチ戦は一つの娯楽のように扱われており、動画サイトに投稿されている。しかも政府のチャンネルがそんなことをしているのだ。僕は政府関係者に該当するから無料だが、一般の人たちは有料である。パストラル出なかった頃はたまに見ていて、スポーツの試合を見る程度の気持ちだったが、今はなんだか複雑な心境である。
 ウィッチ戦のルールの一つに対戦では必ず一人以上の死者が出なければならないとある。勝敗が決しても戦死者が出ない場合は敗戦側の一人を処刑することになっている。動画ではそういったシーンはカットされているが、調べてみるとそれは淡々と行われているそうだ。これまでにウィッチ戦で戦死したウィッチは百名を超えるという。
 僕と桜はこれから関わるウィッチ戦で死者が出ないようにしなければならない。
 世界を救った彼女たちがどうして殺し合わなければならないのか。この制度は間違っている。今は制度を変えることが出来ない。でも、被害を防ぐことが出来るはずだ。
 現地に到着して、宿営地に入ってからも僕はそんなことばかり考えていた。
 決戦を前にしたウィッチとパストラルのためということで戦場とは思えないほど設備が整った部屋に通された。
 野営地の仮設テントの中心にあるプレハブ造りの三階建ての建物の最上階の一室。
 ベッドが二つあり、クローゼットや机もある。広さは十畳ほどはあるだろう。
「荷物を置いたら早速、空を飛びながら戦場を視察しようか」
「戦場を飛んで危なくないかな」
 僕は鞄を下ろしながら言った。
「もちろん、危ないと思うよ。でも防御魔法を張れば大丈夫だよ。それに戦場の地形もなにも知らないのに戦うなんて無謀だと思わない」
 歴戦の魔法少女らしい言葉だ。でも、下手をすると死ぬかも知れない場所を飛ぶなんて正直怖い。
 鞄を置いて、僕は左手の甲を見る。
「どうしたの、君」
 先ほどよりも近い距離から言われて、僕ははっとした。顔を上げると、桜が僕の前に立っていた。真っ直ぐな黒い瞳が僕を見ていた。
 少しずつだけど、桜は僕が知っている彼女に戻り始めていると思う。
「あっ、いや、ちょっと初めての戦いで……」
「初陣……そうか、君にとっては初めての戦いだったね。大丈夫だよ、私が君を守るよ」
 彼女が強いことは知っている。しかし。
「これまでは練習用の機械や候補生たちとの戦いだったけど、今度の戦いは違う。ウィッチランキングに入っている実力者たちとの戦いなんだ。こんな急造のパストラルが役に立てるのかな」
 思わず僕は自分の持っていた不安を桜に話した。桜はそれを黙って聞いた後に僕の両手を握った。いつの間にか僕の手は震えていた。
「……下手をすれば自分が死ぬかも知れないんだから、手が震えて当然だよ。君と私はこれから実力のある人たちを殺さずに救わなければならない。事情を知らない人が聞いたら無謀だって言うだろうね。今からでも諦める? いいよ、君が望むなら他の魔法少女と同じように戦ってもいい」
「……そんなことはさせないよ。それじゃあ、僕の戦う意味がない」
 戦う意味……と僕は不意に言った。
 僕はどういうつもりでそんなことを言ったのだろう。自分のため? 桜のため?
「戦う意味か。そうだね。君ならそう言ってくれると思った。それじゃあ、行こう」
 桜はそう言うと、白いウィッチドレスを身に纏った。手には愛杖の桜花が握られている。
 僕もパストラル用のコートに着替えて、戦場の空とやらを飛ぶことにした。
 勝手に飛行しては味方に撃ち落とされかねないので、許可を取ってから、戦闘機の小隊や対空砲部隊を護衛に付けてもらいながら僕と桜は空を飛んでいた。
 空なんてどこも同じと思っていたが、ベトナムの空は飛んでみるとまたちょっと違う感じがした。匂いというか、当たる風が日本とは違う気がした。空の色もなんだか陽の光で焦がされた青色というところか。
「下の光景を見なければ戦争中だなんて思えないね。時間さえあればゆっくり飛んでいたいね」
 飛んだことのない空を進むのは知らない道を歩くようでなんだか落ち着かない。ウィッチ戦の前にこうやって飛ぶことで慣れておくのは準備の一つだと思った。
「風の流れも計算に入れながら飛ばないと速さで競り合った時に不利になるよ」
「二、三時間で慣れるかな」
「うーん、今回は時間が足りないからね。相手のウィッチやパストラルと交戦したら、ファミリア形態で遅滞戦闘をするしかないかもね」
「後ろはとれないだろうからね。せいぜい、背後をとれないようにうまく立ち回らないと。少し、練習してみようか」
 桜はそう言うと、速度を上げて僕の前を飛んでいった。
 日本の練習場でもやった空戦練習の一つだ。ルールは簡単で一定距離を開けた後に折り返してくる桜に背後を取られないように一定時間飛べれば僕の勝ち。背後を取られれば桜の勝ちというわけだ。
 とりあえず、ファミリア形態である燕の姿になる。
 鳥の姿であれば相手に背後を取られにくくなる。日本にいた時、予備役の魔法少女と同じような訓練をして問題なく逃げ切れた。しかし、桜の機動力の前では至難だ。以前ほどの魔力がないことを補うほどの技術が彼女にはある。
 魔力のクラスが高ければ馬力のあるエンジンを搭載しているようなものだ。桜はナノマシンの影響で以前ほどの魔力のクラスを維持していない。最盛期の彼女であればすぐに追いつかれてしまっていたが、こうすれば。
 僕は砲撃魔法を放つ感覚で後ろに向かって魔力を放出した。通常の砲撃魔法には反動というものがほとんどない。というのは砲撃魔法の基本的な調整に反発するエネルギーを魔法によって打ち消している。今回僕が行っているのは反発するエネルギーを魔法で打ち消さず、推進力に使うという方式だ。調整のための計算式を考える必要もなく、僕は身体の向きを調整して、進めば良い。
 索敵しながら、桜との位置関係を確認する。まだ距離はあるが油断は出来ない。
 ずっと魔力放出をすれば逃げ切れるとは思わない。それではこちらの魔力が持たないからだ。推進力がなくなると、桜との距離は徐々に縮まる。
 距離を取りにくい状況で相手に背後を取られないようにするにはこちらも桜の背後をとるように動くしかない。
 空戦には五段階の状況がある。発見、接近、視界外戦闘、視界内戦闘、離脱だ。今は視界外戦闘の段階にある。間もなく、視界内戦闘に移行するが、その際は背後から魔法弾を撃たれないように機動技術を駆使しなければならない。
 ちなみに背後を取られるというのは視界内戦闘中に魔法弾を確実に当てられる背後を取られることである。背後でも距離が遠ければ魔法弾は確実に当てられない。それでは背後を取られたとは言わない。後ろにいるだけだ。ここから逆転して追っている相手の背後をとることは珍しくない。
 風の流れを魔法で分析する。そして、魔法による推進力を切って風に乗った。鳥の身体ならではの機動だ。索敵をしながら桜との位置を確認する。桜は動揺することなく、方向を変えているが、後ろにはつかれていない。
 上昇気流も手伝って、僕は桜を見下ろせる位置まで移動した。そこから一気に急降下して、桜の背後をとる。逡巡すればそれだけ不利になる、桜に教わったことだ。直感で行動した方が幸いになることもある。
 魔力放出も使って急降下した速度はいくら歴戦の魔法少女であろうと反応するより前に背後をとれるはず。
 桜の背後を見た次の瞬間、彼女の姿消えた。
「えっ、どうして」
「はい、終わりだよ」
 背中を何かで小突かれた。僕はファミリア形態を解除して、人の姿に戻る。服も含めて姿を変えることが出来るから便利な魔法だと思う。振り返って、笑顔を見せている桜を見る。
「なかなか良かったけど、まだまだだね。背後をちゃんと取って、魔法弾を当ててから一息つかないとやられちゃうよ」
「今のはどうやったの、桜。一瞬で背後を取られたけど」
「ただの宙返りだよ。空中戦の中でやるのは大変だけど。少しだけしか回らなくても簡単に後ろをとれちゃうんだ」
「へぇ、それも戦いの中で学んだの?」
 尋ねると、桜は視線を上に向けた。
「うーん、いつの間にか出来ていて、調べたら宙返りって技だったという経緯かな」
 いつの間にか出来ていた、というのが理解しがたい。
 ふと、桜の視線が鋭くなる。僕が不思議に思っていると、桜の周りに魔法弾が発生し、どこかへ飛んでいった。
「ちっ!」
 声がしたのは上からだった。見ると、斧と槍が合体したような武器(あとで調べたらハルバードというそうだ)を持った鎧姿の少女がいた。黒髪に碧眼、欧州系とアジア系のハーフのようだと思った。
「大胆不敵な奇襲ね。ウィッチ戦はまだのはずだけど」
 桜が鎧姿の少女に向かって言った。すると、少女は不敵な表情を浮かべて、ハルバードを構え直した。
「いいじゃない。あなたはかつての最強。こちらは八十位の中堅ウィッチなんだから。これくらいやってもいいでしょう」
「護衛の戦闘機は?」
 あっさり奇襲されるなんて護衛部隊はなにをしているんだ。
「そんなのさっき壊したわ」
「なっ……」
「驚くことじゃないでしょう。ウィッチを倒そうなんて通常兵器を束にでもしないと無理よ。一個軍団戦力でようやく倒せるかどうか、と昔どこかの戦術研究機関が言ったそうだよ」
 少女は得意そうに言う。いや、動揺していたから思い出せなかったが、目の前の相手のことは知っている。
「ランキング八十位。ミア・リー・グリーン。二つ名は『南洋の重騎兵』」
 僕が言うと、ミアは目をしばたかせた。
「へぇ、よ、よく分かったわね」
「それは八十位ですから。有名ですよ」
「えっ、あっ……あはは、そうかな。私、有名人?」
 褒められたことが意外だったようでミアは破顔しながら空いている左手で自分自身を指さしていた。
「嬉しそうだね」
「あなたには分からないでしょうよ!」
 桜の言葉が冷やかしに聞こえたのか、ミアは怒鳴るように言った。
「とにかく、ここで、私があんたを倒してみせる。そうでしょう、バチスタ!」
 バチスタ、というのはパストラルの名前だろう。索敵してみると魔力を持った鳥が遠くにいることが分かる。
「そんなことをしても意味があるとは思えないけど」
「登録は終わっている。あなたが出られなければその分はこちらの不戦勝になる。私が大怪我をしても一日も時間があればある程度は回復できる。つまり、この戦争の有利が約束されるという訳よ!」
 ミアは桜に斬りかかる。桜は冷静に距離を取って避ける。
「君、近づかないで。パストラルは魔法少女を攻撃できるけど、魔法少女はパストラルを攻撃することが出来ないからね。手を出さなければ大丈夫。それと、相手のパストラルを警戒していて、支援魔法を撃たれたら厄介だから」
 警戒……か。とりあえず、詠唱妨害でもするしかないか。
 僕は遠くにいるミアのパストラルへと向かう。

 久しぶりの実戦で私の気持ちは昂ぶっている。もう戦いたくない、と思っていた。心は拒否反応を示している。でも、長く戦ってきたこの身体は臨戦態勢を整えている。頭の半分は戦いのことを考え始めている。
「さっきから避けてばかりだけど、それでもかつての最強かしら」
 ハルバードの太刀筋は良い。空中戦でこんなに大きな得物を動かしてバランスを崩さないのは相当な技術が必要だ。しかし、さすがは現役のウィッチ。余裕を持った戦いが出来ている。
 いや、余裕がありすぎる気もする。
「ふふっ、やはり手も足も出ないみたいね」
 ミアは微笑を浮かべて言った。手も足も出ない? 攻撃を避けながら相手の様子を観察してみる。
「あなたの魔法戦術の基本は中遠距離の射撃・砲撃戦。二つ名の『光砲の御子』という名が示す通りね」
 ハルバードの一撃を避ける。薙ぎ払いだった。次は読み通り、切り返しで反対方向から斬りかかる。疲労の様子が見えないのは魔法でデバイスの重量も操作しているのだろう。
「ちょこまか逃げて、気にくわないけど、これならどう? ……『我、所望する決闘の結界。汝、逃れること許さず。デュエル・リング!』」
 なるほど、デバイスを振っているだけだから妙だとは思っていたけど、結界魔法の発動準備をしていたんだ。
『桜花、広さの確認を』
『奥行き、間口それぞれ六メートルであることを確認。高さは現在の高さを水平面とすると、上と下に三メートルというところです』
『ハルバードのリーチは一メートル以上あるから……そうねぇ』
『お考えの通りかと』
『久しぶりね。部屋で型の練習とかはしていたけど』
 桜花と話している撃ちにミアは距離を詰めて、ハルバードで突いてくる。避けると、一度戻した後に薙ぎ払いを繰り出してくる。
 私は桜花を腰のホルダーに付けた。両手をゆっくりと前に出す。前羽の構えという。そして、ミアの攻撃を左手で捌く。
 それはミアにとって意外だったようで、連続して攻撃せずハルバードを構え直した。そして、再びハルバードで突いてくる。ボクシングでいえばジャブといったところだろうか。
 槍の先端に斧が取り付けてあって物騒だけど、当たっただけで切り裂かれるわけじゃない。当たるのは一瞬だけにして、素早く捌けば問題ない。
 何度か捌くとミアは一度攻撃を止めた。難しい顔をしている。すると、デバイスを変形させて斧形態にする。
 変形タイプのデバイスは大戦の中期から流行ったものだ。戦況への対応力を強化するためというのが第一だが、戦術の幅も広がった。私の親友のサビーネは槍と剣の変形するデバイスを器用に扱い、異星人たちの軍勢を数多く打ち破った。
「ふん、あなたは未だに変形も出来ないデバイスを使っているそうね。杖形状は中遠距離の魔法弾を使った戦いには有効かもしれないけど、接近戦では無力そのものね」
 変形機構のないデバイス……か。それにしても、私が、無力なんて言われるなんてね。久しぶりに少し怒ったかも知れない。
 強がるミアの顔を見ながら、私は心の中でため息をついた。
「無力……私を倒してもいないのにそんなことを言うのはどうかな」
「は? あんた、この斧が見えな――」
 彼女が言っている間に私は一気に距離を詰めた。至近距離。私とミアの間の距離は五十センチほどだろうか。
「無力なんて軽々しく言わないでよ」
 ミアの鎧越しに腹部へ一撃。鎧形状のウィッチドレスのために防御力には自信があったのだろう。鎧越しに一撃を入れられるとは思っていなかったようだ。くの字に身体を曲げたミアはそれでも私を睨んでいた。
「なっ、なにをした……」
「ただのボディーブローだよ。ウィッチドレスは魔力を纏った鎧。魔法だけでなく実体弾やレーザーだって防げる万能の鎧。でも、それはつまり、魔力を中和させれば鎧として機能しないということでもある。
「中和させた? そんなバカな。どうやってパターンを解析したの」
「さっき、君のハルバードを捌いていた時にね。待機中の桜花に解析させたの。リソースのほとんどを解析に回せば短時間でもこの通り」
 ミアは私の言っていることを理解はしたようだが、受け入れることは出来ないようだった。見るからに動揺している。
 それでも彼女は魔法少女だ。
 すぐにハルバードを握る手に力が入り、反撃してきた。斧形状のデバイス捌きつつ、胸部に正拳突き。身体がふらつきながらミアは斧を切り返すが、さらに一撃をこめかみに入れる。すると、デバイスの緊急回避システムが働いたのか、ミアはよろけながら大きく後ろに跳んで、その場にうずくまった。
「くっ、なんで、魔法でもないのに」
「魔法だけで戦ってきたわけじゃないってことよ。相手が魔法弾対策で接近専用の個体と繰り出してきた時だってあったんだから」
「ふふっ、やはり、最強と呼ばれただけのことはあるわね。でも――」
「そこまでだ、ミア」
 突然、男性の声が聞こえた。彼女のパストラルの声だろうか。
「ここは退くぞ」
 尾羽が濃褐色の大きなワシがミアの傍に来ていた。
『フィリピンワシですね』
「そう、相手のパストラル、ということは」
 遼斗のことが心配になった。まだまだ実戦経験がないとはいえ、魔力のランクからしてそう簡単に負けるとは思えないが。
「ミア、退くぞ」
「……相手のパストラルは倒したの?」
「いや、経験がないものと思っていたが、なかなかにやる。お前も苦戦しているし、ここら辺りで撤退するぞ」
「そんな、命令違反してまで来たのに」
「嫌でも無理に従わせることは出来るが……」
 バチスタが脅すと、ミアはデバイスを下ろしてバチスタとともに去って行った
「桜、大丈夫か」
 遼斗の声が聞こえたので、私は視線を動かす。目の前にはパストラル用のローブを纏った遼斗がいた。私は笑顔を見せて遼斗を安心させる。
「誰に言っているの? それより君こそ無事だったんだね」
「なんとかね。桜と演習をしていたおかげでうまく立ち回れたよ」
 遼斗は淡々と言うが、よく見るとローブの所々が破れていた。でも、大きな傷はない。被弾こそしたが直撃はなかったと言うことか。
「とりあえず、早く戻ろうか。ここも安全ではないみたいだし、新手のウィッチが来たら面倒だ」
「そうだね。護衛の人たちには悪いことをしたね」
 悪いことをした、か。
 やはり、この男の子は変わっている、と思った。怪我こそしていないからと言って、他人のことを気の毒に思うような状況だろうか。自分の安全を先に考えるのが普通じゃないのだろうか。これまで助けた、普通の人たちはそういう考え方だった。でも、それは私も同じだ。似たもの同士、ということだろうか。
「なにかあったの?」
 遼斗が尋ねてきたが、私は首を振って駐屯地へと向かうことにした。
 誰かと一緒に飛ぶというのは気持ちが良いことだと改めて思った。

 目を覚ますと、周りが真っ暗になっていた。どうやら真夜中のようで外からもほとんど音が聞こえなかった。上体を起こすと身体中が痛かった。それでもベッドを出て、月明かりが差し込む窓の傍へと向かう。
 明日は戦いだというのに大丈夫だろうか。
 ふと同じ部屋にいるはずの桜のことが気になった。月明かりを利用して桜のベッドを見ると、桜はすやすやと眠っていた。こうして見ると普通の女の子にしか見えない。しかし、一度戦いとなれば今日のようにあっさりとランカーの魔法少女を撃退してみせる超人的な人物になる。
 しかし……彼女は僕の無事を確認すると安堵した表情を見せた。超人的な活躍からは想像できないほど、人間らしい表情だった。
 僕は彼女を尊敬していた。でも、心のどこかで人ではないような存在とも思っていた。でも、こうして一緒に過ごす時間が増えるほどに彼女の人らしいところが見えるようになってきた。僕は魔法少女ではない面の彼女をもっと見ていきたいとも思う。
 桜が寝返りを打つと僕はどきっとして、窓の外を見た。
 野営のテントやプレハブが建ち並び、所々に灯りが見える。灯りの間を歩哨たちが歩いていた。ポケットに入っていたスマートフォンで時間を確認するとギリギリ日付が変わっていなかった。
 明日、僕は桜とともにウィッチ戦に挑む。僕は誰も死なせないつもりで戦う。根回しはしてある。準備もしてある。
 僕はベッドの横にある鞄を見た。
「少年、眠らなくて大丈夫なのですか?」
 声が聞こえた。いつの間にか視線の中にフードを被った人物が立っていた。胸が膨らんでいるのを見て女性だと分かった。僕より背が高い。
「えっ、あなたは?」
「イザベラ・イリュリア。あなたへの協力を承知した魔法少女です」
 イザベラ、と聞いて僕は息を呑んだ。
「あなたが……どうして、いや、どうやってここに?」
「この程度のセキュリティ。私の魔法と技術の前にはドアを全開にしていることとなんら変わりません」
 戦闘技術、工作技術ともに一流と評価された魔法少女らしい言葉だと思った。
「それじゃあ、どうしてここへ?」
「なに、打ち合わせ、というより、状況が心配でしてね」
 今度は男の声が聞こえた。まばたきをするとイザベラの隣に背の高い男性が立っていた。
「俺はエドワード・ブラックバーン。この無愛想な女の子のパストラルだ。多少は魔法が使えるおかげでこの通り、余裕で侵入できた」
 魔法少女の他にパストラルまで。
「お前、初陣なんだろ。初陣でいきなり、相手を殺さず勝利する。しかもルール上は誰か死ななければならないというのに。これはとんでもないチャレンジだよ」
 言われてみればそうかもしれない。そもそも勝たなければならないというのだって、大変なのに。でも、今さら言われたからなんなのか。魔法少女が死んだら、しかも僕らのせいで死んだら桜はとても悲しむだろう。
「ふふっ、覚悟はしているようだな。しかし、女の子の顔を見て、覚悟するなんてまだまだ青いね」
 エドワードの声を聞いてはっとする。気づけば僕は桜の寝顔を見ていた。
「赤くなるなよ。気持ちは分かるし、健全だよ、うん」
「エディ、からかわないでください。まじめな話でしょう」
「激励だぞ。お前、あの大戦を戦い抜いた割には遊びがないな」
「大戦を戦い抜いたからこそ、この性格なのです」
 イザベラがエドワードを睨んでいるようだった。すると、エドワードが小さく咳払いする。
「まあ、ゆっくり休め。思わない前哨戦をしたんだ。しかも明日のウィッチ戦では先鋒なんだ。疲労は出来るだけ回復しておけ」
 エドワードはそう言うと、なにかを投げて渡した。反射的に受け取るとそれは見慣れない瓶だった。
「大戦でも採用されていた強壮剤だ。怪しいものじゃない。なかなか効果があるよ。眠くなるが、一眠りすれば疲れもとれる」
「強壮剤……」
 僕は瓶を見ながら言った。英語で書かれていてちょっと驚いた。
「明日、俺とイザベラは太平洋連盟の陣地に侵入する。ウィッチを助けるための下準備さ」
 エドワードが明日の予定を話すと僕ははっとして彼を見上げた。
「そ、それじゃあ、僕は何を」
「勝て。まずはそれからだ。勝ったら、君の固有魔法を利用した例の作戦を行う」
 日本で事前に撃ち合わせた作戦。僕が勝って、魔法少女が誰も戦死しなかった場合、犠牲になる少女を救うための作戦だ。
「分かりました、って、あれ?」
 僕が言って二人の姿をもう一度見ようとすると、すでに二人の姿は消えていた。再び十畳ほどの広さの部屋にいるのは僕と桜だけになった。
 明日、ともに戦う魔法少女。少し前は想像もしなかったことだ。
 ……僕は、僕に出来ることをするだけ。
 僕はそう思うと、エドワードが言ったとおり眠くなってきたのでベッドに戻った。

 目が覚めると陽が昇っていた。身体を起こして、周りを見ると桜がベッドの傍に立っていた。戦場に向かうとは想像できないチェックのスカート姿だった。
「おはよう。よく眠れた」
「よく眠れたよ。……あれ」
 そういえば、疲労感がほとんどない。エドワードがくれた強壮剤のおかげだろうか。
「うん、顔色も良いみたいだし、コンディションは良さそう」
 桜はそう言うと、笑顔を見せた。
「……ウィッチ戦まであと何時間?」
「あと三時間後。三時間後には目もすっかり覚めるよ。大丈夫、初陣はもう昨日しているんだから、訓練通りにやれば大丈夫だよ」
「……勝つだけでは駄目なんだ」
 僕は言った。初めてのウィッチ戦だというのになんて図々しいことを言うんだろう、と我ながら思った。
「君、どうして、君はそこまでウィッチのことを救おうとするの? 下手したら君は死ぬかも知れないのに」
 桜は真剣な顔で質問してきた。僕は彼女の顔を見ると途端に照れくさくなった。
 彼女を悲しませたくない、僕は僕の命を救った魔法少女たちを助けたい。いろいろ言いたかったけど、僕は桜に面と向かってすべてを話すことは出来なかった。
「僕は君のパストラルだからね。それより、準備をしないと」
 僕は桜の質問をごまかすようにして、ベッドを飛び出してシャワーを浴びるため部屋を出ようとした。
「君!」
 桜に呼び止められて振り返ると桜はウィッチドレス姿になっていた。
「君のことは絶対に守るから、安心して」
 桜の浮かべた表情は微笑のような不敵な様子だった。彼女もまた気合い十分であることが分かった。必ず成功させたい、僕は心から思った。

メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第三話・下

かなり遅れました。仕事でいろいろあってなかなか時間がとれなくて悔しいです。ペースを戻すだけでなく、質も良くしていきたいです。

メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第三話・下

戦場となるベトナムへと向かった遼斗と桜。二人は敵陣営のウィッチと思わぬ前哨戦を戦うことになる。その戦いを通して、遼斗は自分の戦う意味を再確認するのだった。

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