らびっとぱんち

らびっとぱんち

ashame and no manner

何時だろう・・・・。

時計台を虚ろに眺める。

際限なく通り過ぎてゆく1コマ、何かを始めようと震えていた。
高知では桜が開花したというのに、雪が散るプラットホームでもうだいぶ待っている。
電車はまだ来ない。ダッフルコートのポケットに両手をつっこみ、泥に混じった雪を深く見つめた。

いつまでこんな生活を続けるのだろう、激しい焦燥感に襲われ唇を噛みしめる。


“まもなく列車が通過します。白線の内側までおさがりください・・・” 


あの頃からだ・・・・。そうだあの時、夢を見なければ少しは楽な人生を歩めていただろう。まだ大学にいたころキックボクシングをやっていた。生まれつき病弱だった僕は単純な肉体の強さに憧れていた。

身体を心配する両親から離れ、地方の大学に進学し内緒でジムに通いはじめた。何もかもが充実していて、大学生活ではたまに友人と飲みに、ジムでは少しづつ確実に強くなっていった。

才能はある方だったと思う。大学2年の夏、会長の勧めでプロデビューすることになり側頭部へのハイキックで鮮烈なデビューを飾った。

 僕は自信と共にメキメキと頭角を現していった。会長にも信頼を得て、毎回3ヵ月のスパンで試合を続けた。5戦して5勝、大学3年の冬、テレビ放映されることにもなった。

就職活動もせず勉強と練習できりきり舞で、そろそろ潮時かと考えたこともあったが、連戦連勝で有頂天になっていた僕は周りの諫めも顧みずプロで食べていくことに決めた。大学はきっぱりと辞め、キックに専念した。


 試合の下馬評は圧勝のハズで、自身でもただの噛ませ犬だと傲慢になっていた。

3ラウンドまでに1回のダウンを決め、ノックダウンで終わらせようとしていた。

大振りの右フックだった。

ダッキングでかわしたと思った瞬間、相手の胸から発せられる美しく心地良い光に身体が吸い寄せられ、思わず相手を見上げた。

大きく腫れたその眼はギラギラと輝いていた。

眩いばかりの光が差し込み心は地に落ちた。

サンサンと太陽が輝く爽やかな朝に全てを知ったのだ。一瞬の気の緩みでパンチドランカーに陥ってしまった。

当然引退し半年間のリハビリ生活の後、昔のように空虚な1日がまた始まった。


“まもなく列車がまいります。白線の内側までおさがりください・・・” 


雪は雨に変わり地面をさらに汚している。



 僕の手は震えていた。

らびっとぱんち

らびっとぱんち

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-29

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