想い

想い

絞り出した様なその一言に、胸が強く締め付けられた。

仕事終わりの貴方を迎えに行き、寒空の中静かに落ちる雨を避けるために傘を広げて姿を探す。すっかり冷たくなった自分の掌をニットの袖に仕舞い込み、息を吐きかける。気持ち程度にしか暖まらない自分の掌をさすり、周囲の音と電話口の声が段々と近づく。私達にとって癖の様なものがあって、電話に出ても直接会ってもお互いすぐに話を始めない。少し間を置いて、どちらかが痺れを切らして話し始める。照れなのか、嬉しさが勝っているのかわからないけど。

「お疲れ様です。」

そう伝えると同じ言葉が返ってきて、顔を見合わして笑う。ただの挨拶で、ただ会っただけで、こんなにも幸せな気持ちになるのも不思議だ。その日にあった色んな事を話しながら歩き出し、信号待ちで貴方にちょっかいを出す。冷たくなった掌で暖かい肌に触れ、滅多に聞けない様な声を出して驚く貴方の反応にまた顔を合わせて笑う。

私達はお酒が好きだ。お互いがここまで呑むこともなければ、今の様な関係性にはなって居ないのではと、少し思う。珍しく早いペースで減っていくお酒に、会えなかった間の焦燥感が募る。いつもは飲まないお酒を頼み、呑まれていく自分を心配して酔いが冷めていく貴方を横目に、段々と私は甘える様になり、苦しさを吐き出す。苦しさも辛さも寂しさも表立って出すことが出来ない強固なバリアを張った私に、一緒に居始めた頃に貴方は言った。

「踏み荒らしていくもん。」

その言葉通り、強がりも硬く貼られたバリアも、貴方には通じない。何も言わずに強く抱き締められると、辛いことが溢れて言わずに居られなくなる。それを静かに聞いている貴方の心音を聞いていると私の心が自然と落ち着いていく。

ただ、昨日のそれはいつもと違った。強く私を抱き締めながら、絞り出す様に小さな声で貴方は言った。

「もう離れるとか言わないで。約束して。」

本当に小さく放たれたその言葉に、軽はずみに放った自分の言葉に後悔をした。返信がないだけで会いたくないならいいと送ったその一文に、ここまでこの人は心を苦しめたのだ。私が段々と酔っていく中で、小さく会いたくないって返信に腹が立ったと、そんなわけないじゃんと言う貴方の言葉を酔ったまま笑って茶化し、ごめんと軽く謝っただけの自分を、無神経だと恥じた。

正面から私に向き合い、好きで、大好きで、愛してくれている。それが真っ直ぐに向けられることも、私は嫌だった。その想いの分だけ、私は相手に返すことなんてできなかったのだから。でも貴方より小さな私を強く抱き締め、こちらを見ることもなく肩に顔を伏せたまま放たれたその一言は、会うまでの時間本当に苦しんだ事を認識するには十分すぎるくらいだ。締め付けられる心を抱えたまま、私は返事をした。

「約束する。ごめんなさい。」

そう返事をすると、伏せた顔を上げてもう一度私を強く抱き締めた後深くキスをした。途切れて漏れ出す吐息を気にかける事もなく、どこか焦燥を感じるほどに深いキスを繰り返した後、また私を強く抱き締める。本当は寂しがりで言葉や態度に出さない貴方に、知らずに甘える自分がいる。

寂しさも会えない苦しさも、この人はきっと同じ様に苦しんでいるんではないかと認識できてから、自然と今まで持たなかった感情が自分の中に溢れる事に気付いた。想いの深さなんてものは私には理解できないもので、気付いてもどうせ返す事、同じ想いを持つことができない私は、それを延々と避けてきた。顔を見ただけでほころぶ自分の表情もそれを見て緩む貴方の表情も、見ているだけで不思議を心が落ち着く。


想いを受け止めることもしない私の怠慢を、丸ごと受け止めて虚勢を剥がしたのは目の前にいる紛れもないこの人なのだ。

想い

想い

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-10-16

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