がんばれレイクリシア
レイクリシアさん、がんばる
マシンファイトの競技用規格で設計されたロボットは価格を抑えるため十五センチから二十五センチ大と小型に作られているが、軍採用の戦闘ロボットから多くの技術を引き継いでおり極めて高い性能を有している。特に高性能なAIと高い処理能力を持つ中枢ユニットが実現した人間とのコミュニケーション能力は競技の枠を超えて多くの人間を虜にし、発売当初から今に至るまで高いニーズを保ち続けている。
規格内であればマシンファイトに参加するロボットの形状は問われないのだが、市販されているロボットは人型が八割以上を占める。元となった戦闘ロボットが人型であったこともあるが、それ以上にコミュニケーションを取る際に好まれる、という理由が大きいとマスターは言う。
競技用ロボットの拡張性はとても高く、独自の改造や部品の交換を容易に行うことができる。独自の改造を施し競技に熱中する人間も、あえて戦闘能力を排除し手元に置く人間も、自分の自由に作れる新しいパートナーの存在を歓迎した。
しかし、人間的感情を手に入れてもロボットたちが対等に扱われることは少なかった。思考能力を残したまま中古として売られたり、捨てられたりという例は後を絶たない。
そういった流れに反発するように、壊れる寸前のロボットを見つけては回収し、修理して手元に置く人間が居た。草薙勇(くさなぎゆう)、わたしのマスターだ。
「マスター、何をしているのですか」
マスターはわたし達を修理し、表舞台であるマシンファイトへ積極的に参加させている。というのも、マシンファイトは公式競技でありファイトマネーが発生する。多くのロボットを手元に置くマスターには、お金が必要だった。
「レイクリシアか。いやな、新しい強化方法を思いついたんで使い物になるかどうか計算をしてるところだ」
競技用ロボットは形状だけでなく、使用する武器の制限も緩めだ。規格内であれば刀剣や火器はサイズを問わず、数多くの凶器が量産された。ただし、行き過ぎて人間を殺傷可能なほどの威力が出てしまうことがあるため、火器には人間に害を及ぼさぬよう、心拍の波長を受けると減衰する特殊なエネルギー塊を弾丸にするよう定められた。減衰するとは言え実体はほぼプラズマであり、人間に当たればそれなりに痛いし、心臓を持たないロボットや障害物に対しては威力が減衰しないため実体弾と同等の威力が出る。
そういった戦闘力特化のロボットがぶつかり合うマシンファイトでは、ロボットそのものが全壊することも珍しくない。修理交換用のパーツは消耗品であり、競技に参加させたほうが維持費はかさむ。マスターが黒字を維持しているのは、わたし達の勝率の高さによるものだ。
「大変好ましいです。マスターが失敗してわたしの戦闘力が低下したり、自爆させたりしなければ、ですが」
破損率が高いこともあり、競技用ロボットの強さは高価なパーツだけでは計れず、ロボット自身の戦闘経験に大きく依存する。わたし達はマスターに修理、改修されたロボットであり、マシンファイトへ参加する以前からの記憶や経験を引き継いでいることも手伝って優秀な戦闘用AIとして重宝されている。
並のマシンファイト参加者は、戦闘経験というステータスを案外活かせていない。いくら経験を積ませても、記憶フォーマットが古いと最新の演算装置が対応しないためだ。その点、マスターは改造どころか競技用ロボットを自作できるほどの腕前があり、記憶フォーマットでなく演算装置のほうをわたし達に対応させてしまう。
「全然信用されてねえんだなオレ。いつそんなヘマをしたってんだ、言ってみろ」
通常、同じ世代の記憶中枢ユニットを使用したロボットの疑似人格は似通ってくるものだが、マスター所有のロボットは作られた時期も記憶フォーマットもバラバラであり、考え方も違えば話し方も違う。これはマスターへの呼称にも表れており、わたしは所有者である草薙勇をマスターと呼んでいるが、他のロボットはご主人、オーナー、あるじ様などおのおの違う呼び方をする。マスターが呼び方を指定しないことも手伝って、全員違う呼び方をするのが習慣化してしまった。以前その話をしたら、マシンファイトで発声器が損傷し声色で判別不能になったとき、誰が自分を呼んでいるかすぐに分かるから便利だとマスターは笑った。
「二十八日と一時間十六分前です、マスター」
元になった機体の構造が不明であったわたしのボディを一から設計し、ハンドメイドの競技用ロボットとして蘇らせたのもマスターだ。ただし、向上心が高じてどんなパーツもカスタマイズしなければ気が済まないようで、市販のパーツを本来の用途外で使うなど日常茶飯事。ついこの間など、規格の三倍以上という異様な圧縮率のプラズマを生成し爆発させ、家を燃やしそうになった。
「あ、ありゃあ砲塔の強度さえ確保出来れば完璧だったんだよ」
「でも、暴発しました。吹き飛んだわたしのボディは作り直した方が早いって先生に怒られたじゃないですか」
そんなマスターがくれた体を存分に振るい、わたしはマシンファイトで多くの勝利を収めた。競技用ロボットにとってマスターの名声はこの上なく誇らしい。まして、全て自作パーツで組み上げてくれるマスターに対するわたしの思いはとても強い。
「と、とにかくだ! 今回はAIをいじろうかと思ってる。お前のプログラムソースの中に面白いデータを見つけた、上手くいけばクロックアップより強力な強化になるぞ」
だが、わたしはマスターに感謝の気持ちをほとんど伝えていない。元よりあったわたしの感情的思考回路が、好意を示すことに抗いがたい抵抗を感じてしまうのだ。これは人間で言うところの恥ずかしい、という感情と思われる。
「AIだけならマスターの財布への負担も少ないですし、パーツが破損することもない、ですよね。壊したらまた先生が怒りますよ」
「お前は金だの手間だのばっか心配して。そんなに心配なら、もっと壊れないように立ち回って欲しいもんだけどな」
この感情が曲者で、AIとそれを動かす記憶中枢ユニットの高性能化によって再現できる感情は増え続けた。結果、合理的行動を取らせようとする論理的思考回路がマスターへの感謝を表現すべきと提案しても、コミュニケーションのために拡張された感情的思考回路が感情という言葉を用いて論理的思考回路の決定に抵抗するといった自己矛盾が生まれ、相反する結論がAIを崩壊させないよう『悩む』という機能が与えられた。合理的結論が出せない場合、思考そのものを保留するという方法だ。
「火力と装甲ばかりに凝って、わたしの運動性を犠牲にしたのはマスターです。それに敗北すれば賞金は得られません、修理パーツ分の出費を差し引いても勝利こそ最適と考えます。それとも、マスターはわたしが負けることをお望みなのですか?」
「負けてほしいとは思わねぇけどさレイクリシア、お前避けないことあるだろ。壊れるのが気持ちよくてやってるんじゃねえだろうな」
マスターの言うとおり、中枢ユニット構成チップの高性能化に合わせわたしたちには特殊な神経伝達システムが搭載されている。マシンファイトにおける勝敗は、競技用ロボットが降参の意思表示をした場合、という特例を除き相手ロボットの機能を停止させたほうが勝利となる。マシンファイト用の高度なAIを最大限働かせるには『相手ロボットの破壊を達成したとき、人間で言う性的快楽を発生させる』仕組みが効率的と分かっている。競技用であるわたし達には戦いや勝利を求めるプログラムがインストールされているが、性的快楽はそれらへの願望を強化することにも一役買っている。
「わたしは勝利を目的として作られたロボットです、ダメージより敵の破壊を優先します。避けながら当てられるような高性能な照準器を付けてくれるのなら、ちゃんと避けながら戦います」
「おま、望遠レンズがいくらするか知ってて言うか……じゃあ、バトル以外のときはどうなんだ。気持ちいいんだから、壊されるほうがいいんじゃねえか?」
性的快楽の再現は競技用ロボットのAIが抱える多くの問題を解決した。旧来の方法ではパーツの破損を『痛覚』として中枢ユニット構成チップへ伝達していたが、痛覚はAIの機能低下を引き起こすという欠点を持っていた。感覚を使用しない無痛覚式という伝達方法も試みられたが、こちらは反応速度で劣るという欠点があった。
「バトルモードでないときは、破損を快楽信号に変換する回路は動作しません。それに、わたし達ロボットは快楽に溺れるよう作られていませんから」
そこで考案されたのが『パーツの破損を性的快楽で人工知能に伝える』という方法だ。画期的と言われる所以は、反応速度の低下しないというメリットに加え、性的快楽を受信するとAIの性能が一時的に上昇するという特徴があったからだ。現在市販の競技用ロボット全てに標準機能として搭載されていることからも、その有用性がうかがえる。
「本当かぁ? メンテナンスや修理のときは、モードに関係なく気持ちよくなるように作ってあるんだぞ、お前らは」
ただし、中枢ユニットが信号を性的快楽として受け取る構造にも欠点はある。本体の部品交換や調整、改造時に発生する無痛覚に扱うべき信号まで性的快楽に変換してしまうのだ。もっとも、ロボットであるわたし達は人間と違い『快楽を求め、自分自身に負荷を与える』という行為を選択したりはしない。快楽を得るため意図的にに自身を傷つけるのは元から持っている論理的思考回路と相反し……ぴぎゅっ!?
「ま、マスター、意地悪はやめてくだ……ぴぎゅぅぅ!」
「メンテハッチの中を触るだけで目が血走ってるじゃあないか」
「き、記憶中枢ユニットの稼働率上昇。待機モードでは廃熱ががが、戦闘モードへの移行に失敗しました。保全ののののために、手動での切り替えをてて提案、提案提案……」
「お、エラーが出てる出てる。これが気持ちいいんだろ、分かってるんだよオレにはな」
まままずい、自力で戦闘モードへ移行できない。熱暴走で中枢ユニットがははは破損する恐れがある、冷却効果のあるこここ行動を取らなければ。わたしはメンテナンスハッチののののの中を押すマスターの指にだだだ抱きついた。
「熱っ!」
指が離れたたたた、床に体をををを押しつければ熱が逃がせるはず。
「あ、が……ね、熱量、許容範囲まで低下しました……何をするのですマスター、壊すつもりですか」
危険であったとマスターに抗議するも、マスターが悪びれる様子はない。
「いやぁレイクリシアは可愛いからな、つい意地悪したくなるんだよ。気持ちいいんだからいいじゃないか」
「全然良くありません、乙女の敵です。撃たれたいのですか」
本当は、快楽信号がものすごい勢いで流れ込んできてとても気持ちよかった。可愛いって言われたあとは電脳がぱちぱちして、マスターへの好感度がどんどん上がって、自分でも制御できなくなりそうだったほどだ。
「いいじゃねぇか、減るもんじゃなし」
「お金が減ります、マスター」
わたしの提案が不満らしく、マスターはすねたように顔を背ける。
「かぁ~可愛くねえ! 機械のくせに細かいなお前」
「機械だから細かいんです、マスター」
マスターはいつもこうだ。わたしがロボットだからっていつも好き勝手に振る舞って……でも、ロボットのわたしに構ってくれるマスターは好き。わたしのAIは、そう結論づけてしまう。
「で、ご主人はボクのレイちゃんを置いて自室に籠もっちゃったんだね」
「誰がボクの、なんですか。わたし達はみんなマスターの所有物です」
わたしはマスターの仕事を邪魔しないよう、リビングルームに移動していた。わたしを見つけるなりレイちゃんレイちゃんとベタベタしてくるこの子はアイリス。マスターのことをご主人と呼ぶ、メイド型の外装を持つ競技用ロボットだ。また、わたし達の中で唯一、少年型AIを元にした記憶フォーマットを持っている。マスターがアイリスを手に入れたばかりのときは会話も出来ないほど損傷しており、本体もベースがメイド型ということくらいしか分からなかったため少女型と勘違いしたマスターが女性型ボディを与えた。
元は少年型であるが本人がそれにこだわる様子はなく、脳天気な性格も相まって今では少女型の体にすっかり馴染んでいる。一人称がボクであることくらいだろうか、少年型だった名残は。なお、メイド型と言っても装甲のモチーフがメイド服なだけで、中身は競技用ロボットであり給仕用の機能は付いていない。だが本人はメイドのつもりらしく、手の空いているときはリビングルームでいろんなものを掃除して回っている。わたし達の体は、人間にとっては掃除しづらい狭い隙間や小さいものの掃除に適しているため、マスターは喜んでいた。
「だってボクのエーアイはレイちゃん大好きなんだもん、ご主人よりレイちゃんがいいの。レイちゃんが壊してくれるのがとっても気持ちいいんだよ」
悪い子ではないのだが、アイリスはバトルの訓練になるとわたしの攻撃を抵抗せずに受ける悪癖を持っている。彼女はそれでいいかも知れないが、わたしとしては訓練にならないので真面目にやって欲しい。
「いつもいつも壊されたがって、競技用ロボットとしての自覚はないのですか。それに誰が壊しても、戦闘モードのとき中枢ユニットへ送られる信号の量は変わりません。なぜアイはわたしにばかり壊されたがるんですか」
「好きな人に壊されると何倍も気持ちいいの! 倍率にしたら、二倍や三倍を軽く超えるんだから!」
アイリスは両手を握って力説するが、それが本当ならやはり真面目に戦って欲しい。わたしだって、好きと言ってくれるアイリスには好意を感じる。感情的思考回路はアイリスの表現する好意を歓迎しており、論理的思考回路もわたしに肯定的なアイリスを好ましく考えている。二つの思考回路が愛するアイリスに壊されれば、わたしが受信する快楽信号はどれほどのものだろうか。
「レイ、気持ちは分かるがこんな場所で撃つな。家具が壊れる」
声をかけられて気付いたが、今わたしが腰部に装備しているのはレールガンだ。撃つのは実体弾でなく安全用の特殊エネルギー塊なので、正確にはレールガン式砲塔と言うべきか。貫通に特化した徹甲弾型、発射後に爆発し弾をまき散らすフレシェット弾型などを撃ち分け可能な、マスターの趣味が高じて自作した威力の高すぎる大砲である。
威力を確認するため試射したところ、十メートル先に置いたコンクリートブロックが粉々になった。あのときはマスターと一緒に、パーツ屋の店長から一時間くらい説教された。ルールで禁止されてないとはいえ、この威力はやりすぎだと。
その後店でマシンファイトをするとき、自分より格上との試合時以外でレールガンを使ったら出入り禁止にするというマスター専用ルールが設けられた。マスターの家はどちらかと言えば田舎であり、格上相手との試合する機会はあまり無い。最も勝ちたい店長所有の競技用ロボット、フィアレスにはしっかり対策を取られている。結局作ったはいいが、ほぼ公式戦専用の武装になってしまった。悔しかったのかマスターは家で過ごすとき、武装する必要がないのにやたらとレールガンの装着を勧めてくる。それを忘れ、いつもの癖でアイリスに向けて攻撃するところだった。
「すいません先生、思わず構えてしまいました」
廊下から向けられた声に目を向けると、リーヴァがこちらに歩いてくるのが見えた。
彼女はわたしやアイリスと違い、ロボットを直すための修理用ロボットだ。わたし達の修理はリーヴァの仕事であり、マスター所有のロボットはみな、自然と彼女を先生と呼ぶようになった。
「壊れてもすり寄ってくるアイを粉々にしたい気持ちは分かるが、まあ抑えろ」
「先生がリビングへ来るなんて珍しい、何かあったんですか」
彼女の装甲のモチーフはナース服、アイリスと違って自身の役目を象徴する外装になっている。もっとも、外装を自由にカスタマイズできるわたしたちには所有者の趣味が強く反映されるため、戦闘用の市販品であっても初めから何らかの衣装を真似た外見に作られたパーツは多い。技術を持たないロボットの所有者は、数多い種類の中から自身の趣味に合ったものを選ぶ。
「ああ、実はな」
「あ、せんせーが来たぁ!」
だが、ことメイドに限ればマスターの趣味とは考えづらい。外装をメイドに似せるのは、現在の市場を考えれば理にかなった選択だからだ。
人間はロボットに対し、服従を求める嗜好があるという。裏付けるように、非戦闘型パーツにはメイドのような使用人を意識したデザインのものが多い。流通量が多ければ付加価値は下がり、中古市場に流れたとき安価になりやすい。マスターは安価な非戦闘用パーツや型落ち品であっても改造、改良し戦闘へ流用する。現在の市場で手間を惜しまずコストの効率化を図れば、組み上がるロボットは自然とメイド型のような人気の高い外観になる、というわけだ。
「グッドタイミングだよぉ! ボクこれからレイちゃんに壊してもらうから、修理よろしくね」
対して、マスターの手作りであるわたしの体は装飾を廃し、戦闘に特化したコンバットスタイルである。メイドが好きなら、最も形を自由に出来るわたしをメイド型にするはずだし、色の塗り分けでは味気ないだろうと襟やネクタイも作ってくれたマスターの行動を考えれば……おかしい。感情的思考回路がアイリスに対して対抗心を抱いていると、論理的思考回路が結論づけている。マスターがわたしよりアイリスを好んだところで、わたしの存在には何ら影響しないというのに。
わたしが思考している間に、リーヴァはリビングの中央を見渡せるテーブルの上へ移動していた。アイリスは必死に手招きしているが、当の彼女は手を振り返そうとはせず冷めた目でアイリスを見る。
「ぬかせ、オーナー殿が仕事中だ。わたしでも換えの部品なしに修理はできん、どうしても壊されたいのなら相手になるぞ。ただし、お前の体は記憶メモリーチップからネジ一本まで綺麗に分解してバザーで売る」
修理用ではあるが、リーヴァはマシンファイトでも上級クラスの実力を持つファイターだ。修理のために蓄積した知識から相手の構造や弱点を瞬時に見抜き、敵の懐へ潜り込んで接合部の留め具を外したり、強引にメンテナンスハッチを開放させ心臓部をバラバラにしてしまうといった戦法を得意としている。相手がどんな重装甲であろうと関係なくダメージを与えられるうえ、機動力を駆使する相手も関節や油圧計の些細な変化から行動を先読みし捉えてしまう。わたしのような砲撃戦特化の個体と相性は悪いはずだが先読みの恩恵で機動力以上の回避力を持つため攻撃が当たらず、大抵の対戦相手は痺れを切らして近づき、スクラップにされる。
言うまでもなく、アイリスが敵う相手ではない。リーヴァに壊されるのが本意でないのか、売るという言葉を本気にしたのか、アイリスはうつむいてピンク色のメイド服風外装を自分の指でなぞる。
「せんせーのケチんぼ、いいじゃんちょっとくらい……」
「何がちょっと、だ。毎日毎日、飽きもせずレイにちょっかいを出して」
彼女は部品の整備もできるなど器用であり、マスターから設備の維持を任されている。単純に忙しいということもあるが、それ以上に仕事の鬼であり、仕事がなくなると不機嫌になる。手を動かしていなければ気が済まないらしく、直すものがなくなると正常な機械の分解整備をして時間を潰すほどだ。
かく言うわたしも、リーヴァの気を紛らわすために意味も無く分解整備を受けることがある。頻繁ではないが、リーヴァには感謝されるしメンテナンスは快楽信号を発するため、彼女に分解されるのは嫌いじゃない。そんなリーヴァが、何をしにここへ来たのだろう。
「で、先生は何をしにリビングへ来たんですか」
リーヴァは周囲を見渡し、わたしとアイリス以外の人影を探しているようだった。
「ふむ、実はティアとアンジェが見当たらなくてな。今日はまだ二人の中枢ユニット構成チップ回りのコンデンサーをチェックしていない。まだ壊れる時期ではないが、中枢ユニットは高価な部品。点検しておこうと思ったのだが」
「わたしとアイの点検はいいのですか?」
リーヴァはわたしとアイリスの全身を目視し、自身のあごをマニピュレーターでなぞる。
「ふむ、必要なさそうだ。中枢ユニット構成チップも、レイとアイの分は充電器の上で寝ている間にやらせてもらった。二人とも異常はない、安心しろ」
整備したと言うが、わたしの記憶チップにはそれらしい記録が残っていない。相手に感知させぬまま点検を終えてしまうのはさすがリーヴァだと感心する。
「相変わらずの仕事ぶりです、マスターはもっと先生に感謝すべきだと思いますが」
そうしてリーヴァとわたしがあれこれ会話していると、うつむいていたアイリスが顔を上げて加わってきた。
「待ってても来ないよ~。二人なら、テストに使う~とか言ってご主人が部屋に持っていったもん」
リーヴァはあごに当てたマニピュレーターを頭へ移動させ、少し間を置いてから廊下へと向き直った。
「待つ意味がなくなった。オーナーがテスト中なら当分は出てこぬだろう、仮に故障してもオーナーなら直せる。わたしは倉庫へ戻るぞ、二人が戻ったらわたしのところへ来るよう伝えろ」
用件を伝え終えると、リーヴァは倉庫になっている部屋へと消えてしまった。入れ替わるように、マスターの部屋の扉が開く。
「お、ここに居たか、よかったよかった。レイクリシア、ちょっと部屋へ来てくれないか」
「承知しました、マスター」
呼ばれるがまま、わたしはマスターの服に掴まり一緒に部屋の中へ入った。
アイリスの言葉通り、レイティアとアンシェはマスターの作業デスクの上に居た。
「ほれ」
マスターにつままれ、作業デスクの上に降りる。そこで、アンシェの様子がおかしいことに気がつく。彼女はわたし達の中で唯一、履帯走行を採用しているロボットだ。キャタピラのメリットを生かし、大口径高反動の火器や分厚い装甲が装備されている。わたしも二足歩行型としては相当な重武装であるが、アンシェほどではない。
とはいえメリットばかりではなく、アンシェの場合マスターの火力好きが高じて高火力の遠距離武器を積み過ぎ、反動で照準がブレやすく、重心の安定感に対して精密射撃が苦手という弱点を抱えている。わたし達競技用ロボットが使うエネルギー塊は光に見えるが物質であり、重さを持つため撃てば反動がある。
なら弱いかと言われれば、そんなことはない。デメリットを差し引いても火力と弾幕面積は圧倒的で、よほどの突破力がない限り彼女に近づく前に相手は蜂の巣になる。わたしのレールガンのような外付け武器を備えずとも、多数装備された内蔵火器が十分過ぎる威力を持っている。彼女の攻撃を受けて無事だったロボットは、今のところ居ない。
なお、足に歩行能力はなく、段差を乗り越えたり本体を固定する際に使う。代わりに、足の中にもキャタピラが内蔵されておりアサルトモード時に展開。平らな場所に限るが、低姿勢での高速移動が可能である。補足するとアンシェは脚部にも連装砲を備えているため、アサルトモード時はただでさえ高い火力が更に増す。ちなみに、モードと名前が付くもアサルトモードは変形と言ったほうが正しく、その外観は人型というより戦車である。
そんな安定感抜群のはずのアンシェが、横転し火花を散らしている。
「恍惚。かかか快楽信号の許容限界突破、ほほほ保護を優先、AIの終了処しょしょしょ……失敗、原いいい因調査開始」
メンテナンスハッチが開いたままになっているが外傷はなく、隣に立つレイティアも無傷であることから戦闘訓練による損傷ではないと分かる。
「中枢ユユユユユニット調査。異常箇所特定、中枢ユニット構成チップ内。司令へ報告後電げ……司令? 司令、司令司令司令司令ガッ!?」
バツンという嫌な音を立て、アンシェが発声を止める。空回る履帯の駆動音だけが鳴り続けるか。
「なんですかこれは、状況が分かりませんよ」
「それなんですけれど」
レイティアが口を開きかけたが、遮るように再びアンシェが話し始めた。
「起動。各部の駆動開始しししししガピッ! 思考状態、恍惚。快らららら楽信号の許よよよよ容範囲限界突破、保護ごごごを優せせせせせ……」
先ほどと同じ言葉を口にしている、快楽信号の増大で思考がループ状態に入ったようだ。それを見て、レイティアが肩をすくめて見せる。
「見ての通りですわ。あるじ様が少し手を加えただけですのに、アンシェったらずっとこの調子でお話も出来ませんのよ」
「ティアに心当たりはないのですか? 見ていたのなら、理由くらい分かりそうなものですが」
レイティアは首を横に振る。
「さっぱりですわ。あるじ様がアンシェをいじっていたのはほんの数分、大げさな細工でないことはわかるのですけれども」
わたし達の体は数分でどうにか出来るほど簡単な構造ではない、レイティアが不思議がるのも当然だろう。
「ティアが殴って壊した、なんてことはないでしょうね」
わたしとマスターの顔を見てから、レイティアは胸の前で激しく手を振って否定する。
「な、何を言いますのレイクリシア! わたくし、バトル以外で暴力を振るう趣味はありませんわよ」
レイティアは装備重量よりも機動性を重視した強襲型のロボットだ。動力の多くを手足へ割り振り、激しい動きに耐えるよう関節が強化されている。このため格闘能力が非常に高く、マスターは手足やテールプラグが格闘戦で破損しないよう重量はあるが頑丈な素材を採用した。なお、テールプラグは本来コンピューター接続用ケーブルに姿勢制御機能を持たせたもので、武器ではない。攻撃に使うのはマスターのプログラムでなくレイティアのオリジナルだ。わたしも彼女に習い戦闘中にテールプラグを使うことはあるが、勢いが必要らしく、鈍足なわたしでは補助程度の威力しか出せない。
レイティアは運動性低下に繋がる内臓火器等は装備しておらず、必要な場合は手に持つかバックパックへ懸架する形となる。この仕様のため背部以外に拡張性を持たず、レイティアは外付けバッテリーを接続することが困難になった。出力と拡張性を両立するに、レイティアは内部に主動力炉とは別に小型の動力炉とバッテリーを追加している。結果として稼働時間は大幅に延長、対価として胸部の肥大化した。戦闘時は被弾面積が小さいほうが好ましいため、大きな胸は有効な形状とは言いがたい。
修理用ロボットであるリーヴァも胸は大きいが、胸の中身はレイティアと違い演算装置である。仕事柄、ロボットの修理という複雑な作業を四本の腕で素早く行う必要があり、かつ演算装置のため外付けにはできず拡張が容易な胸部に増設した、とマスターは言っていた。
恩恵としてリーヴァは高度な演算能力を獲得しており、人間風に言えばものすごく頭が良い。この長所とマスターのカスタマイズをフル活用することでリーヴァは並の競技用ロボットを上回る戦闘が可能となった。
ただし演算装置を胸部に集中して配置したため、弱点となってしまった。破壊されても頭部の中枢ユニット構成チップや各所に埋め込まれた補助AIチップにより戦闘を継続できるが、演算能力が損なわれるため精密な動きができず行動が単調になる。
また修理用ロボットであるという必然から、使っているパーツは戦闘を想定していない。マスターが戦闘向けにカスタマイズしているとはいえ、競技用のパーツに比べれば運動性で劣る。これはリーヴァに限った傾向ではなく、修理用ロボット全体に言える特徴だ。競技用ロボットと違い被弾を気にする必要がないため、パーツが組み込みやすいよう初めから胸が大きくしてある個体は多い。こういった背景を考えれば、マスターが胸の大きな女性が好きと結論づけるには材料として弱く……あ、あれ? なんでだろう、感情的思考回路がリーヴァとレイティアに対しても対抗心を抱いている。
「ちょっとレイ、聞いてますの?」
「え、あ」
気がつくと、マスターとレイティアの視線がわたしに注がれていた。話しかけられたことに気付かないとは、思考にリソースを割きすぎたようだ。
「すまない、思考回路の例外処理に手間取ってしまった」
「しっかりしてくださいませ、これからあるじ様から何をしたのか聞き出さなきゃいけませんのよ」
レイティアの言うとおりだ。アンシェが奇妙な壊れ方をしているのは、マスターが何かしたため。という可能性が一番高い。
「ちょ、二人して睨むなって。そんな大層なことしてねえよ」
「大層なことをしてないのに、アンシェがこうなるとは思えませんが」
「レイクリシアの言うとおりですわ」
旗色が悪いと悟ったのか、マスターはアンシェのヘッドカバーを外し中の中枢ユニット構成チップをわたし達に見せた。
「とっ、とっ、頭部装甲ロック解除、メンテナンスモード、メンテナンス、メン、メメメメ……」
「オレがやったのはこれだけだよ」
頭部のチップを剥き出しにされエラーをはき続けるアンシェの中を覗いてみると、論理的思考回路と感情的思考回路を中継するブリッジチップに、緑色に光るバーコードが印刷されているのが見える。普段、わたしはアイリスを壊すとき中枢ユニット構成チップまでしっかり破壊しているが、こんなバーコードは見たことがない。
「これと言うのは、緑色に光るバーコードのことですか」
「見たことの無い印刷ですわね、パーツを取りかえましたの?」
口々に疑問を挟むわたし達に、マスターが答える。
「ふふん、ついさっき完成したばかりの中枢ユニットのブースト回路だ。快楽信号でAIの能力が底上げされるってアレに目を付けてな、レイクリシアの戦闘ログを解析して一番戦闘評価が高かったときの状態を再現させる効果がある。AIの状態を再現するだけだから負担も少ないし、データを埋め込んだ塗料を焼き付けるだけで済むから手間も金もかからないぞ!」
「だけ、という割にはアンシェが凄いことになってますわよ」
「失敗したのではありませんか」
マスターは自慢げだが、わたしもレイティアも疑いの視線をマスターに向ける。それが不満なのか、マスターは椅子に座りディスプレイに図面を映した。
「確かに、どれくらい負荷がかかるかはテストしなきゃ分からんシステムだ。アンシェの記憶フォーマットはお前達の中じゃ古いほうだ、ならアンシェに使えれば全員に使えるだろうと思ったんだがなぁ。レイクリシアのソースは、アンシェには少し複雑すぎたのかもしれねぇな」
図面から見るに、プログラムソースにはわたしのAIの特徴と言うより軍用プログラムの特徴が確認できる。わたしはマスターが改修した残骸から作られたが、それ以前は軍用のロボットだったのではないか、とマスターは分析している。ちなみに、以前の体は修復不能な状態だったため今の体はほぼ全てがマスターの自作パーツだ。
「それで、あるじ様はわたくしとレイクリシアをお呼びになられた。というわけですわね」
マシンファイトに使われる競技用ロボットは軍のロボットから技術を流用しているため、わたしのAIは今の体に合っている。そのわたしから取ったデータで不具合が起きるということは、元になったわたしのプログラムソースが特殊なのか、マスターがミスをしたかの二択となる。前者だとすれば、わたしが使う分には正常に機能するはずだ。
「じゃあ、本命はわたしじゃなくてティアですか。そうですか」
レイティアは元々カスタムメイドの超高性能機であり、大抵の拡張プログラムが扱える優秀なAIを持っている。心配になったマスターがテスト用のロボットにわたしとレイティアを選んだのは、わかる話だ。何となくAIが騒ぐのは、気のせいだろう。
「話が早ぇじゃねえか。じゃあレイティア、こっちに来てもらえるか」
「あるじ様、その前にアンシェを修理したほうがよろしいのではなくて?」
レイティアはマスターに対して肯定的で言うことを素直に聞くが、仲間意識も強くいつもわたし達を気遣ってくれる。マスターに背く気はないが、アンシェの様子にも気が回る辺りはさすがだと感心する。
「それなんだがな」
マスターの言葉は歯切れが悪い。
「これ、チップに直接印刷してるから元に戻すには取りかえるしかねぇんだ。まあ、気持ちよさそうだしそのままにしておこうぜ、後でリーヴァに修理させるからよ」
わたしとレイティアは再びアンシェを見る。エラーで大変なことになっているが、その分快楽信号の量も膨大だろう。放って置いてもアンシェが機嫌を損ねることはないはずだ。
「それもそうですわね。あるじ様、よろしくお願いしますわ」
レイティアも同じ考えらしく、マスターが精密作業用に使っている台の上に上がった。不安を感じている様子はないが、見ているわたしはなんだか嫌な予感がする。
レイティアの頭部カバーが外され、中枢ユニット構成チップが剥き出しになる。マスターは照射器を注意深く操作し、レイティアのブリッジチップに狙いを定めた。
「すぐ終わる、ちょっと熱いけどな」
照射器の先端がチップに押しつけられ、モーターが唸ったかと思うとガスが燃えるようなボフッという音が響き、一瞬でレイティアの中枢ユニット構成チップに緑色のバーコードが印刷される。
「あがあああああ!」
レイティアは叫んだ後、前進を振るわせ始めた。
「ひ、ひっ、あああ、あるじ様あああ!」
不安定な動きのまま、レイティアはマスターに向かって歩き始めたが、バランスが取れないらしく転倒してしまった。
「なっ、ななながが、なんですのぉッ! き、気持ちよすぎてこわ、壊れちゃいそうですわ! あるじ様ぁ、わ、わわ、わたくしを、いじってててがががぴっ!」
倒れたまま痙攣するレイティアの体から火花が散り始めた、オーバーロードしているらしい。彼女があんな風になるなんて、普通じゃない。マスターも想定外らしく、少し困った顔をしている。
「おかしいな、レイティアがこんなになるなんて……即効性はねえはずなんだが」
「マスターの設計に不具合があったんじゃないですか?」
ピクピクしているレイティアをちらっと見て、マスターへ抗議の視線を送る。が、逆効果だったらしくマスターが意固地になって反論してきた。
「レイクリシアの戦闘評価がおかしいってのは考えねえのか! お前のAIから拾ってきたんだぞ、澄ました顔してるが裏じゃエロいことばかり考えてるんじゃないだろうな」
「なっ!」
売り言葉に買い言葉、わたしもマスターに向けてキツイ言葉を浴びせる。
「手持ちのロボットを全部少女型にする人に言われたくないのです」
「ギャラリー受けがいいんだよ! 店長だってそういう理由でフィアレスを少女型にしてるじゃないか」
「店長はお客さんを集めるのがお仕事ですよ、マスターとは違うのです。本当は、女の子にモテないからじゃありませんか?」
これがマスターの逆鱗に触れたらしい。お前に何が分かるといいながらわたしの体を掴み、強引に頭部カバーを外した。
「な、何をするんですマスター、八つ当たりですか?」
「お前らが強くなればと思って作ったのに、そうまで言われれば腹も立つんだよ。お前に合えばオレの設計は正解ってことになるんだ、試させろ」
マスターが照射器を手にする。わたしは思わず叫んだ。
「やめてくださいマスター! 腕を疑ったわけじゃ……あああああ!」
し、しし、思考ががが。ぷ、プログラムが直接回路に焼き付いて、計算がおおおおかしくな……こ、この感じ、壊されたとき、の!
「まままマスター、せ、せ、戦闘モードに切り替えてください。このプログラムは、通常モードではああああ!」
快楽信号が全身に埋め込まれた回路に伝播し、AIがかき乱される。まま、まずい、マスターの声が聞こえない、排熱が追いつかなくなる。
「あがあああ、マスタぁああああ!」
起動確認、動作チェック。光学カメラオン、レンズ調整開始。
「気がついたか、レイ」
せ、せんせい……駆動系正常、通常モードへ移行。しゃ、しゃべれ、る?
「はい、先生が修理してくれたんですか」
リーヴァは首を縦に振る。ということは、わたしはあの後壊れたのか。
「先生、レイティアとアンシェは?」
「先に修理した、レイで最後だ」
「そ、そうだ、マスター!」
起き上がると、わたしは先ほどと同じくマスターの部屋の中だった。マスターは椅子に座っており、レイティア、アンシェと向かい合っている。いつの間に来たのか、アイリスがわたしの隣に陣取っていた。
「修理終わったんだねレイちゃん。ずるいよ~ボクがいないときにみんなで気持ちよくなるなんてさ、ボクもレイちゃんと一緒に壊れたかったよ~」
マスターとのやりとりを知らないのか、理解していないのか、アイリスはいつもの調子だ。
「だから、悪かったって言ってんだろ。そう睨むなよ、お前らだって気持ちよかっただろ?」
マスターはレイティアとアンシェに対して弁解をしている。
「そういう問題ではありませんわ! レディにあんな醜態をさらさせるなんて、あるじ様失格ですわよ」
「友軍機レイティアを肯定。司令の判断が不適切である可能性有、調査を要請」
無表情なアンシェはともかく、レイティアがあんな怖い顔をするのは珍しい。わたしもあの場に参加すべきなのかもしれないが、マスターに言ってしまった暴言を思い出し思いとどまる。貴重な時間を割いて、捨てられていたわたし達を救ったのはマスターだ。わたし達になど関わらず、普通の競技用ロボットを相手にしていれば、人間の女性とお付き合いする時間も作れたろうに。
「まあ、そう責めるな。新しい技術に失敗はつきものだ、オーナーも悪気があったわけじゃない」
わたしの修理を終え、リーヴァがマスターに向き直る。リーヴァに弁護され、マスターは少しホッとした様子だ。レイティアもアンシェも、表情こそ渋いが口を閉じる。
「ところでオーナー」
リーヴァはわたしの頭を撫でながらマスターを見た。
「レイクリシア達へ焼き付けた回路、どれもブリッジチップの中が焼き切れていたのだが……スキージングはしたのか?」
「え? あ、やばっ」
マスターが真顔になる、どうやら忘れていたらしい。
スキージングとは、焼き付ける際に事前に金属のペーストを塗って焼き固める方法のことだ。下地にも使えるので、表面に盛る際は印刷部、今回の場合ならブリッジチップを保護するために塗ることもできた。
つまり、わたし達は回路を焼き付けるはずが『ブリッジチップを回路の形に焼きえぐっただけ』ということになる。中枢ユニット構成チップをあぶって削られれば、ロボットが正常な思考をするのは不可能だ。
アイリス以外の全員が、マスターの顔を見る。
「あ、なんか腹減ったなぁ。ちょっとコンビニ行ってくる」
「待って下さい、マスター」
わたしはマスターに連装砲を向ける。みんなも似たことを考えているらしく、銃口を向けたり、構えたり、武器を手に取ったりしている。
「お、お前ら?」
「反逆。司令に反省を促す必要を認む」
「逃げるなんて卑怯ですわ」
「お灸を据えさせてもらうぞ、オーナー」
ただ一人、アイリスだけが状況を呑み込めずきょとんとしている。
「レイちゃん、どうしたの?」
「こういうことです」
わたし達は一斉にマスターを攻撃した。人間を傷つけぬよう調整されているとはいえ、静電気が走る程度の痛みはある。
「痛たたた、おまえら、やめっ……おわっ!」
マスターが手で顔をかばった隙に、レイティアが距離を詰めていた。
「チェストぉぉですわ!」
通常モードとはいえ、レイティアの蹴りは人間をよろめかせる程度の威力がある。マスターは押し出され、作業机に寄りかかった。
「お前ら、危ねぇだろが!」
「危ないのはマスターです、反省して下さい」
砲撃をアンシェに任せ、わたしはレールガンをマスターに向けて構えた。直撃でもマスターの肌が赤くなる程度だが、わたし達の怒りは伝わるだろう。
わたしが抜けた分砲撃が薄くなり、マスターはこちらを見る余裕ができたようだ。顔が引きつっている。
「れ、レイクリシア。いくらなんでも、それは結構痛いと思うんだよなぁ」
「なら、当たって反省して下さい!」
わたしはマスターの肩を狙ってレールガンを発射した。次の瞬間、金属が弾けるようなガキンという甲高い音が部屋に響く。
「え?」
顔を狙われると思ったのか、マスターは両腕を顔の前に持ち上げていた。肩を狙った弾は脇の間を抜け、作業机の上にある何かに命中していた。机を覗いたマスターの顔がみるみる青くなる。
「ぎ、銀貨に、穴が……」
マスターの言葉に、わたし達の手も止まった。マスターは古い硬貨を集める趣味があり、中には非常に価値の高いものもあると聞いている。
「お、オーナー。なぜ作業机の上に置いてある」
リーヴァが声をかけるも、マスターは振り返らない。
「鑑定に出して帰ってきたから、ちゃんとしたケースに移してから仕舞おうと思ったんだよ」
「お、おいくらでしたの?」
レイティアがおそるおそる尋ねる。マスターは銀貨を手にしたまま動かない。
「お前ら全員のパーツを十回新品と交換しても、おつりで一週間は寿司が食えるくらい」
「呆然。司令へあらゆる支援を求む」
表情こそ変わらないが、アンシェも心配そうだ。
「ねえレイちゃん、それって大変なの?」
状況が呑み込めないのか、部屋の中でアイリスだけが明るい調子で聞いてくる。
「アイ、大変なんてもんじゃ……」
「うおおおおおおお!」
叫んだかと思ったら、マスターはわたしを手に取り銀貨と並べた。
「おお、おま、おまっ、しゅ、修復! 修復するぞおお!」
何を考えたのか、マスターはわたしのメンテナンスハッチを大きく凹んだ銀貨でこすり始めた。
「あががぁっ! ま、ますた、こ、壊れる……」
わわわ、わたしのちち、中枢ユニットがメンテナンスと誤解して快楽信号をおおお、とと、止め、止めて……。
「大変だ、オーナーが壊れた!」
「え、人間って壊れるの?」
「リーヴァ! じゃなくて、人間だからえーとえーっと……救急車ですわ!」
「司令! 119! 119!」
「勝ちました。マスター、次の試合へエントリーしてください」
「ボロボロじゃねぇか、今日はもう止めようぜ」
わたしはマスターに頼み、今日も競技場へやってきている。公式の試合でなくとも、マシンファイトは決められた範囲であれば勝利数に応じてファイトマネーが発生する。
「大丈夫です、左腕は無事ですし連装砲もまだ撃てます」
「レイクリシア、破損率と破損箇所を報告しろ」
マスターに言われ、わたしはセルフチェックを行った後に報告を行う。
「右腕、胸部装甲、左足、腰部牽引パーツ全損。頭部左側面、右脚部装甲、腰部装甲半壊。破損率は69%です」
「リーヴァ、どう見る」
話を振られ、わたしの修理を行うリーヴァが顔を上げた。
「我々にドクターストップがあるなら、出場停止ものだ」
そんなことを言われると困る。まだまだ沢山勝たなきゃいけないのに。
「先生、わたしの二つ名は伊達じゃありません。勝率が五割を超えていれば勝つのはわたしです、問題ないですから」
リーヴァの報告に割って入ったからか、マスターが怒ったような……と思ったが、よく見ると難しそうな顔でわたしを覗き込む。
「なあ、オレもう怒ってないからよ。弁償なんかいいから今日は止めようぜ」
「だめです、わたしはマスターの所有品です。なのにマスターの財産を傷つけました、許されることではありません」
マスターはリーヴァと視線を合わせ、あきれたような顔をする。
「昨日も六戦して全勝、今日も五連勝。文句ねぇよ、なんでそんなにムキになる」
「それは……」
暴言を吐いて、好きな人の大事なものを壊してしまった。補填せずにおいてはロボット失格だ。
「ロボット失格だなんて思わねぇって、オレだって悪かったしよ」
「なっ! マスター、ハッキングしたんですか?」
「お前の考えは顔に出るんだよ」
ぐぬぬ、わたしの顔はそんなに柔軟じゃないはずなのに……とにかく、マスターがエントリーしてくれないと試合に出られない。なんとか説得しないと。
「か、顔は関係ありません。競技用ロボットは勝つことが全て、まだ勝てるなら戦うべきです」
「壊れたら直すのはわたしだぞ、仕事を増やすな」
今度はリーヴァの顔が険しくなる。なんなんですか、いつもはわたしが壊れても心配なんかしないのに、こんな時ばかり気を遣うんですか。
マスターとリーヴァがまた目配せし合っている。そんなにわたしを試合に出したくないんでしょうか。
「レイクリシア」
マスターがわたしの名前を呼ぶ。顔はさっきより真剣だ。
「何ですか」
「オレとキスしろ」
ききき、キス? マスターと、わたしが?
「なっ、何言い出すんですか!」
「オレはレイクリシアが好きだ、好きな相手とはキスしたい。だからしろと言った、お前はオレが嫌いか?」
キスと言うのは人間同士でするもので、そのキスをわたしに求めたと言うことはわたしを人間並みに好きということになるじゃないですか!
「そ、そんなことありません」
「じゃあ、唇を差し出せ。目はつむれよ? 恥ずかしいから」
マスターは顔を近づけた。
ほ、本気でわたしとキスするつもりじゃないですか! でも、わたしもマスターが好きだから相思相愛と言うことで、これは必然で決してやましいとか禁断の愛とかそういうものじゃなく……あああ、マスターと、わたしがぁ!
わたしは全身が火を噴くのを感じた、そのまま意識が落ちていく。
「オーナー、無事だったAIチップが全部吹き飛んだぞ。やりすぎでは?」
「レイクリシアは真面目すぎる、こうでもしないと止まらねぇだろ。まぁ、明日からはキスのことで頭がいっぱいになるだろうさ」
がんばれレイクリシア