みんなの幸せ天使・聡美ちゃん

第一話
ある小さな町の駅。腰が曲がり気味だが元気なお婆さんが、券売機の前でまごまごしていた。
「目がしょぼしょぼしてどこ押したらいいかわからないよ。聡美、切符買っておくれ。」
「駄目よお婆ちゃん、聡美は切符の買い方なんて知らないんだから。」
と言ったのは近くにいた中年女性。それを受けて、横にいた女の子が言う。
「お母さん、私はそもそもお金を使ったことがありません。」
周囲の知らない人達がギョッとしていた。
女の子はかなり綺麗な顔をしていたので人目を集めていたのだった。ただし髪型や服装が相当野暮ったく、いかにも残念な雰囲気をまとっていたが。
観光ポスターを熱心に見ていた中年男性に、中年女性がうんざりした様子で言った。
「この子大丈夫なの?来年は中学生になるのにこんな調子でさあ。」
「別にいいじゃないか、つまらないことは知らなくても勉強は誰よりも出来るんだから。切符は僕が買ってやろう。」
財布を取り出す中年男性に女の子が頼んだ。
「お父さん、私Suicaというものを使うところを見たいです。」
「Suicaの使い方は僕も知らないな。」
「ううああ………」
中年女性が頭に重いものを乗せられたようにうめいた。
「聡美、頼むからなるべく世間を学ぶ努力して!」
「わかりました、参考書を買って下さい。」
「そんなのないから!とにかくお父さんと逆のことして!それだけでいいから!」
切符を買った中年男性は自販機の前に移動した。
「聡美もジュース飲むかい?」
「お父さんが飲み物を飲むなら、私はトイレでおしっこしてきます。」
「そういう意味じゃねーよ!」
中年女性の叫びを背に、トイレへ向かう聡美。
用を済ませて手を洗っていると、サングラスとマスクで顔を隠した男が二人入ってきた。
「あ、ここは女子トイレですよ。」
勇気を出して大人の人に親切に教えてあげた聡美だが、いきなり腕をつかまれ口にハンカチを押し込まれた。
気づいたら車の中。謎の男たちがいる。
男たちはドスのきいた声で会話していた。
「この子、ものすごい目を見開いて固まったまま動き出さないんですが…………大丈夫ですかね?」
「今まで世界中で誘拐やってきたがここまでびっくりした顔ははじめて見たな。コーラでも飲ませてみろよ。」
とっくにハンカチは外されてるが開きっぱなしの口に、コーラが注がれた。
「ぶひょっ!!けぷっ、くぱあほ!」
むせこんで目を覚ました聡美。周りの男たちを見てビビってまた大きく目を開いている。
運転席の男が凄味をきかせて話しかけた。
「こんにちは聡美ちゃん。おじさんたちは子供にいかがわしい仕事をやらせてお金を儲けてるマフィアだ。聡美ちゃんは可愛いから俺達の組織が目をつけてたんだよ。」
聡美は目をぱちくりしている。
「話わかってないですよこの子。」
「小学生には難しいんじゃねーですか?」
「えっ、そうか……?でも六年生だろ?…………まあいい、聡美ちゃん、簡単に言うとお前は誘拐されたんだ。騒ぐなよ、逆らったら怪我するぜ。」
聡美の横に座る男がナイフを突きつけるとさすがに理解したらしく、彼女は目を極限まで開き、過呼吸をはじめ更に頭を前後にぐらぐら揺らし出した。
「おい、ナイフしまえ!発狂しそうになってる!」
「打たれ弱すぎて扱いづらい子だな!」
「音楽かけろ!アニソンか何か!あとお菓子でも食わせて落ち着かせろ!まだ仕事もしてないのに狂われちゃたまんねーよ!」
車内にほのぼの音楽が流れ、空気が変わったせいか聡美も自然体の顔になった。
少食らしくちょっとずつお菓子を食べる聡美。
「ありがとうございます。とても美味しいです。」
「そうか。マンガあるぞ。読むか?」
「マンガですか。あまり読んだことがないので………」
そこで改まった態度になって聡美は言った。
「あの!おうかがいしたいのですが……わたくしが誘拐されたということは、家族に身代金をご要求されることと存じますが。」
「え?!あ、いや………それはない……」
「どれ程の金額なのでしょう?それというのも、私の家庭はさほど裕福ではないのです。あまり高額の身代金はご用意出来ないと思われます。ですのでもし、一般家庭には難しい金額をお考えでしたら、どうかご再考していただきたいのです。誘拐にも大変な御苦労がおありかと思いますし、申し訳ないのですが……」
「あー………そうかー………じゃあ仕方ないなー……………身代金はあきらめよう。」
「えっ!!よろしいのですか!?でも、全くお支払いにならないというわけにも……」
「その代わり聡美ちゃんに働いて稼いでもらおう。身代金の代わりだからな、いっぱい働いてもらうぞ。」
「はい!わかりました!その方が家族の負担にもなりませんしやらせていただきます。」
「素直だな……………わかってんのか話…………」
男たちはヒソヒソ相談を始めた。
「伝わってるか不安でしょうがないんですが……」
「まあでも納得してるみたいだし手がかからないからほっといていいんじゃねえか?」
「あのー………」
おずおずと発言する聡美。
「私、見ての通り子供でして、勤労経験が無く、あまりお役に立てる自信がありません。研修など受けさせていただけるのでしょうか?」
「あ、うーんと…………多少はな。まあ心配すんな!聡美ちゃん可愛いから!顔が可愛けりゃ上手くいくよ!そういう仕事だ!アイドルと一緒!」
「いえ、しかし、わたくし取り立てて優れた容姿をしていませんし……」
「いやいや、可愛いよ。美少女だと思うぜ。そうじゃなかったら誘拐しねえし!」
「ありがとうございます。とてもお上手ですね。あなたも大変イケメンだと思います。」
「そうか!俺、有名人に例えるなら誰に似てる?」
「………………………」
聡美は男を真面目な顔で穴が開くほど見つめた。
三十秒後。
「…………………あ!ガリガリ君によく似てらっしゃいます!」
「めんどくせーからクロロホルムで眠らせとけ!!」
口にガーゼが押しつけられると、聡美は眠ってしまった。

第二話
聡美が気がついた時には、薄暗い部屋にいた。椅子に座らされており、目の前には車に居た男たちと、もう一人かなり強面の男がいる。
「ようこそ聡美ちゃん、俺はロバート武田。聡美ちゃんの世話係だ。聡美ちゃんはこれからどんな仕事をさせられるか聞いてるかな?」
「……………………」
聡美を連れてきた男たちが口々に言った。
「おい、知らない男が増えたからまたビビって硬直してるぞ!」
「汗もすげえな、せっかく目を覚ましたのに失神しそうだ!お菓子食わせてヌイグルミでもプレゼントしろ!」
何とか落ち着いた聡美。
「こんなにたくさんの品、いただけません。」
「いや、いいから。まあいらないならそこに置いとけ。さて、俺達は今、船に乗ってる。もうここは日本じゃない。逃げるチャンスは無いから覚悟を決めろよ。」
「逃げたりなんてしません。真剣に働こうと思ってますので信用して下さい。」
ロバート武田は怪訝そうに横の男に訊ねた。
「いやに協力的だな………何か事情があるのか?薬でおかしくしたんじゃないよな?」
「いえ、クロロホルムしか使ってませんよ。なんというか、こういう奴なんです。いや、生まれつきの淫乱とかじゃなく………」
「よくわからんが薬漬けでもないのにこんなやる気のある子供はじめて見たな……」
「まあ、まだ仕事内容ろくに教えてないんで。説明しようとはしたんですが……」
「そうか。ま、子供を扱うんだからな、一筋縄ではいかねえよ。」
ロバート武田は聡美に向き直り、一見優しげな、しかし悪意を含んだ笑みを浮かべて語りかけた。
「では聡美ちゃんにやってもらう仕事を説明しよう。なかなか大変なお仕事だけどな、俺達その稼ぎで暮らしてるから、聡美ちゃんには頑張ってもらわないといけない。」
「はい………」
「いい返事だ。それで仕事だが………わかりやすく言うと裏風俗だ。」
聡美はきょとーんとした。
「それじゃ通じませんぜ。」
ロバート武田が忠告されている間に、聡美は考えていた。
「町の、裏路地、裏通りといったところにおける人々の風俗習慣のことでしょうか……?」
「確かに全然わかってねえな!えーと、援交だよ!援交のハードな奴だと思え!」
「えんこお……………遠行…………遠交近攻…………」
「それも知らないか!子供だからなー。ええとな……売春!」
「あ、その言葉なら聞いたことがあります。春を売る、と書く売春ですね。ただ、意味は存じ上げないのです。父に質問したことがあるのですが、子供が知っちゃいけないと解答を拒否されてしまったので。他の表現はないのでしょうか?」
「そんなこと言ってもなー。娼婦だよ娼婦!」
「そ、それは男の人と裸で抱きあうということじゃありませんか!」
「何で通じるんだよ!!」

第三話
「聡美の奴、ようやく落ち着きましたよ。」
報告を受けたロバート武田、安堵の息をついた。
「やれやれ、今日は仕事させられないかと思ったぜ。あんなに目をかっ開いて奇声発して暴れ回られちゃな………まあ子供だし、パニック起こすのも珍しくはないが。しかしよく大人しくさせられたな。後遺症の残るやり方はしてないんだろ。」
「はい、新品ですしね。最悪、薬使うしかないとは思ってましたが…………」

半狂乱でわめく聡美。目を限界まで開いたその顔は、もう人格が残ってないかのように見える。
男たちは三人がかりで取り押さえて、なだめようとしているが、聡美は叫び続ける。
一人の男があさっての方にピストルを撃った。その銃声に動きを止めた聡美。
「聡美ちゃん、少し静かにしな。おっと、撃たねえから騒ぐなよ。なあ、聡美ちゃん。なんで娼婦が嫌なんだ?好きな男の子でもいるのかい?」
「い、いいえ、わたし、そういうことはわからないです。子供ですので。」
「へえ、恋愛には興味がないのか。違うか?」
「興味は持てないですね。まだそのような年頃ではないですから。」
「興味無いんなら、女の子に興味持ってる男の人達に裸見せたり触らせてもいいじゃねえか。それを嫌がるのはケチってもんだぜ。ケチくさい考え方で人をがっかりさせてたら立派な大人になれねえよ。」
「えっ………………で、でも、えー………ですけども……………」
「お父さんお母さんのためにいっぱいお金稼ぐって決めたんだろう?いつまでもつまんねえことにこだわってねえで頑張ってみろよ!お金儲けも勉強と同じで頑張らないと結果はついてこないぜ!」

「…………そんな上手い説得じゃねーな。」
「まあ自分でも思いましたけど……あんな詭弁で納得されたのがびっくりですよ。」
「ま、なんとなく聡美の教育の仕方がわかってきたな。予定通り今日のステージにあげる。移動の疲れもあるし、しばらく休ませて遅い時間帯だけにするか。」
「夕方から出していいでしょう、クロロホルムで寝てたから疲れはないはずですよ。」
「そうか?でもさっきのパニックでも体力消耗してるだろ。」
「大丈夫です、また寝てます。」
「意外と図太いな………」
それから数時間後。
起こされた聡美は、食事を与えられた。ロバート武田も一緒に食事する。
「賄い料金はかかるんでしょうか?」
「聡美ちゃんがしっかり稼げるようになるまでは食費も住居費も医療費その他雑費も周辺スタッフ人件費も取らないから安心して食え。」
「しっかり配慮されてるんですね。」
「まあな。食いながら聞け、今夜の仕事の説明をする。」
聡美がサッと緊張した。
「安心しろ!初日だから楽な仕事だ!裸にならなくていいし、男に体さわられることもない。それなら平気だろう?」
「は、はい………!で、ですがさしでがましいようですが、それでは娼婦としておかしいのではないでしょうか……?お客様は来るのですか?」
「料金安くしてあるからな、金の無い客が来る。それに新しい子供をチェックしたい客も来るから、繁盛するよ。安いから儲からないけどな。まあ、練習だと思って気楽にやれや。ただし。仕事だからな、きちんとやらないとペナルティーがあるぞ。俺ら犯罪者だからな、女だろうと子供だろうと痛い目見せるのは平気だからな、甘く考えるなよ。」
「は、はい!真面目にやらせていただきます!」
食事の後、仕事内容の説明があった。
仕事は日によって色々あり、今日の仕事はステージ上でショーをすることだという。
「別に特別なことをしなくていい。用意された可愛い衣装で客の前に出て、指示されたことをするだけだ。」
衣装は子供番組的にデフォルメされたお姫様風の服で、普通の生活の中ではまず着ないようなものだが、べつだんいかがわしくはなかった。
聡美が更衣室で着替え終わると、舞台袖に連れていかれた。
「ステージにコースが作ってあるだろう。聡美ちゃんがあれに挑戦するのが今日のショーだ。」
これも子供番組的というか、むしろお笑い的というか、チープな感じのアスレチックコースが舞台に設置されている。
聡美は、ショーというからには躍りでもさせられるのかと心配していたが、あれなら出来そうだと安心した。見たところ難易度が高そうでもない。
「可愛い聡美ちゃんが頑張るのを見て客は楽しむわけだ。普通にやればいい。ただ、女の子が不真面目にならないように、罰ゲームが決められている。制限時間内にゴール出来なかったり、途中で落っこちたら、服を脱がされる。十二回チャレンジするが、一回失敗するたびにちょっとずつ服をとられて、七回失敗で素っ裸になる。八回目以降は………聞かない方がいいな。」
目をカッと開いてカタカタ震える聡美。
「まあ簡単なコースだ。今日は妨害もしないことになってるし、服脱ぐとしても一枚か二枚だろ。裸どころか下着も見せないでいいはずだ。聡美ちゃんのはじめてのお仕事だ、しっかりやるんだぞ!」
「は、は、はい!そうですね、生まれてはじめての労働。人の役に立てるように……皆さんの役に立てるようにしっかりやります!」
すごい緊張してるものの、初々しい意気込みに満ちた顔つきで舞台に出ていった聡美。
閉じていた幕が上がる。客席は思っていたより少なく、満員だったが客数は二十人くらいしかない。
それだけに客との距離が近い。皆、一様に下卑た表情で聡美を見ている。
当然のように聡美は眼球飛び出んばかりになって硬直した。
海外のSMマニアみたいな仮装をした司会の男が近寄ってきて床を鞭で叩くと、聡美はわざとじゃないかと疑われるほど面白いアクションで跳んで転げた。
もはや勤労意欲など消しとんでいそうな聡美。しかし舞台袖からロバート武田が、
「しゃんとするんだ、お前がお金を稼がないと両親が困るんだろう!」
と声をかけるとハッとして立ち上がった。
司会からルートを指示され、スタートの階段を上がる。客席から極めて悪質で淫らなジョークがひっきりなしに飛んでくるが、聡美には意味がわからないからノーダメージ。客の側も子供でもわかるようなネタで苛めようとこころがけているが、聡美には通用しない。
颯爽と第一の関門、細い橋に踏み出す聡美。細いといっても学校の平均台くらいの幅はあるから、難しい箇所ではない。
一歩ずつ着実に進む聡美は、三歩目でいきなり足を踏み外して下のマットに落ちた。
唖然として言葉も無い司会者に上着を一枚脱がされ、
「さすがに簡単じゃありませんね。給与が発生するんですものね。」
とのコメントを残し、第二チャレンジに挑む聡美。
真剣に考えて進んでゆく。結果、また服を脱がされることになった。
しかし何かを見出したらしく、第三チャレンジはクリアできた。もともと難易度ゼロレベルに近いコース。コンディションがよほど悪くなければゴール出来るのだ。
聡美のショーは続き………全十二チャレンジを終えた時点で、聡美はきっちり全裸になった。
司会の男がロバート武田にくってかかる。
「今日は脱がせないって話だったじゃないですか!予定変わったんなら言ってくれないと!段取り困るんですよ!」
「いや、コースを滑りやすくしたり震動させたりとか、そういう仕掛けは一切してねーから!」
聡美は両手で胸をかくし、直立不動で目をぎゅっとつむって固まっている。年端もいかない美少女が全裸で羞恥の極みにあるというのに、ポーズのせいでいまいち色気が無かった。
ショーが終わってからの舞台裏。服を着た聡美に、ロバート武田がくどくど説教していた。
「ともかく普通にやれよ普通に!そうすりゃ裸になることもないんだ!あんな格安で裸晒されたら赤字だしな!」
「すみません、すみません………本当に、ご迷惑をおかけしました……」
うつむいてぐすぐす泣いている聡美。しかし急に顔を上げ、涙をぬぐって言った。
「わたしはこの仕事に向いていないと思いました。でも、子供のくせに生意気を言いますが、一度やると決めたからには仕事は選べません!仕事から逃げたりしません!次は、ご迷惑をおかけしないよう努力致します!」
「うん、まあ……普通なら努力しないでも出来ることやらせてんだけどな、ま……心掛けはいいな。次のショーは運動神経悪くても出来るチャレンジにするから、しっかりな。ほら、初っぱなからくたびれてんじゃねえぞ、今夜のショーはあと九回あるからな!」
「そんなに労働時間長いんですか!?それじゃブラックですよ!」
「犯罪組織だからな…………」
そして本日二回目のショー。それの終了間際、聡美は再び全裸になっていた。

第四話
仕事を終えた聡美は、与えられた部屋に行った。案内してくれた男が居なくなると、聡美はこれからの住まいをじっくり見てみた。
こじんまりとしてるが清潔で感じの良い部屋である。しかし、しーんとして静かで淋しい部屋だ。防音性が高いようで外部の音が一切聞こえない。
窓は開くことが出来ず、見えるのは早朝の海だけ。
ドアも外から鍵がかけられていて出られない。
とても親許から引き離された女の子が平気でいられる部屋ではないが、孤独に強い聡美は特に何も困らなかった。
疲れているがすぐには寝られなそうなので、色々調べてみる。モニターがあって、テレビかと思ったがそうてはなかった。棚に置いてあった部屋の使用の手引きの冊子によれば、レンタルDVD再生等に使うらしい。レンタル料金は後日収入から天引きされるので、手元にお金が無くても借りられる。
音楽のレンタルもある。本も借りられるという。
とても親切な説明つきなので聡美でも使えるリモコンを操作し、モニターに書籍レンタルの画面を表示させた。
本のリストをざっと見ていくと、マンガや児童文学、絵本の類いが充実している。聡美はそれらを飛ばしていった。
「『日本の対南米外交』………興味を惹かれますね、これにしましょう。しかしはじめての商取引、緊張してしまいます…………」
本の注文を終えると、届けるのに約十分かかると注意書きが出た。
待っている途中で、ドアの横の小さな扉からトレーに載った食事が入れられた。自動的に届くらしい。一応手引き書を見たらちゃんとそう書いてある。
食べている間に本も入れられ、食後にそれを少し読んでからお風呂に入ってベッドへ。
寝る前に仕事のことを考える。十回のショーで聡美は、七回も全裸になってしまった。幸い全裸になって以降の失敗は一度もなかったが…………とんでもない低成績なのはロバート武田らの態度からしても間違いなかった。
明日の、正確には今日の夕方だが、二回目の仕事は本気で頑張ろう。もう、裸にはならない。恥はかかない。
そう心に決めて聡美は寝ついた。
そして夕方。
「今日の仕事は最初から裸だぞ。」
悪者らしく横柄に、しかしどこか言いづらそうにロバート武田が言うと、聡美は目をキョトキョトさせ、微妙に顔を上げたり下げたりしだした。発汗が著しい。段々と目が大きく開かれていく。
「いや、でもな、娼婦としては楽な仕事だ!今夜も男に体をさわられることはない!だったらやれるだろ!」
聡美は返事をしようとしたようだが、何も言葉が出てこない。カタカタと震え続けている。
ロバート武田はため息をついてから、努めて優しく言った。
「聡美ちゃん、どうして裸を見せたくないんだい?俺は男だから理由がわからない。俺にわかるように説明してくれ。」
「……………ど、どうしてなんでしょうか。わたしにもわからないです。」
「それなら、聡美ちゃんは世間の常識に惑わされてるだけだ。聡美ちゃんは本当は裸を見せるのが嫌じゃないんだよ。新しいことを怖がってちゃいつまでも仕事は身につかないぞ。挑戦してみようよ。」
「はい………武田さんのおっしゃる通りですね……わたしが臆病なばかりに御面倒おかけしてすみません………」
「よし、やれるな!なあに、客とセックスしなくていいんだから簡単だよ!」
「セックス……アルファベットでエスイーエックスと書くセックスですか?学校の壁に不良少年がスプレーでいたずら書きしたのでその言葉を知りましたが、意味はわかりません。一緒に二重丸を縦線で貫いて周りに六本の線が書かれた絵もありましたが、何のヒントにもなりませんでした。どういう意味なんでしょう。」
「いいよ知らなくて。今日はやらないからな。」
それから仕事の説明に移った。
「今日もショーだが、昨日とは違う場所でやる。お客さんの席は聡美ちゃんの前だけじゃなく後ろにも横にもある。皆の真ん中でショーをするわけだ。」
まだ何も始まってないのに緊張の面持ちで前後左右を見回す聡美。
「今日はな、舞台に町の中の公園をイメージしたセットが作ってある。そこに雨みたいに水を降らせてる。そこに、聡美ちゃんが裸で出てくんだ。ただ水に濡れるのは可哀想だから傘を持ってっていいぞ。長靴も履かせてやろう。足が蒸れるのもよくないから靴下も履いていい。」
「他に何も着ていなくて、傘と靴下と長靴だけですか………?」
「何も考えるな!今日のショーは何かにチャレンジしたりしないし、罰ゲームも無い!可愛い聡美ちゃんをお客さんに見せるだけだ。雨の日の帰り道の女の子を見せるだけのショーだからな。ほんとは歌とダンスとかもしてほしいが、お前には無理だしな。俺が指示を出すから言われた通りすればいい。これを耳につけろ。」
ロバート武田は聡美にとても小さな通信器具を渡した。
「指示されたことに返事はしなくていいぞ。無言でやってりゃいい。ただ、言われたことはすぐやれよ。笑顔になれと言われたら笑顔!オナニーしろと言われたらその場で即オナニー!わかったか?」
「………………………………。
おなにい…………………………………?………………」
「ああ、考えなくていい。とにかく、どんな気分になっても指とか指示通りに動かすんだぞ。」
やがて今夜の一回目のショーがはじまる時間になった。
更衣室で着替える。といっても着てる物を全部脱いで靴下と長靴履いて傘を持つだけだ。ショーがはじまるまで身をくるんどく用にとても大きなバスタオルもあったが、それで体を隠しても気持ちは落ち着かない。
緊張で歯がカチカチ鳴る。
バスタオルが取られ、いよいよ舞台に出ていく聡美。人工の生け垣の狭いトンネルになっている通路を通り抜けると、そこにはヨーロッパの町っぽいセットが。舞台は円形で小広く、生け垣の通路の部分以外周り中に客が座っている。十人程だろうか。
セットにだけ、天井から小雨のように水が降り注いでいる。造花のアジサイが滴を垂らし、なかなか綺麗な光景になっている。
聡美の耳元でロバート武田の声。
「まずは真ん中まで歩け。そこでくるっと一回、まわるんだ。早くしろ!」
聡美はカクカクと舞台中央に向かい、つまずいてばったり倒れた。そのまま起き上がらない。
気絶していた。
水が、降り続けていた。
一時間ほど後。
「あれじゃ路上殺人死体だろ!そういうの好きな客もいるが、それはたくさん稼いでもらって頭イカレたり病気とかで使い物にならなくなってからだな……ゴホンゴホンいや何でもない。ともかく、あれじゃ金取れん!裸見せてもショーになってないからな!」
「も、もうしわけありません……」
涙ぐみながら謝る聡美。今はちゃんと服を着ている。
その場にいた他の男がロバート武田をなだめた。
「まだ来たばかりの子ですし……可愛いんだから金になりますよ。失神してる美少女を視姦するイベントとか………いや、あんまり高額料金は取れないかな…………」
「ショーがいきなり中止になって客は怒ってたか?」
ロバート武田に訊ねられた男はため息混じりに答えた。
「料金払い戻す時に、お詫びの品として他の子のおしっこ入りカクテルとか渡して納得してもらいました。」
「予約の客のチケット払い戻しの時にも渡しとけよ。」
「今夜のショーは全部中止ですか?」
「とてもやれないだろ。そんなに儲け期待してなかったが、ここまで大損するのは予想してなかったな……」
聡美は身を縮こまらせた。
男たちもずいぶん困った様子でいる。
「明日の聡美の仕事はどうしましょう?」
「もう客に体触らせる仕事にしよう。」
「それは無理じゃないですか!?」
「ショーの方が無理だろ。もちろん挿入は無しだ。
……聡美ちゃん。今夜はもう部屋で休んでいい。その代わり、明日はお客さんに体を触られるしごとだぞ。」
聡美が飛び上がらんばかりに痙攣する。
「ショーがちゃんと出来る子は、何日かやらせて客に見られることに慣らしてから先に進むんだが………聡美ちゃんには難しいからな。なに、ショー以外の仕事の方がやってみたら上手くいくかもしれないぞ。それに、最初はなるべく客との接触を少なくする。明日は、そうだな………客に料理とかお菓子を、口移しで食べさせる仕事にしよう。裸でな。くっつくのは口だけだ。大したことないだろ。」
周りの男たちが慌てだした。
「いやいや、出来るわけ無いでしょう!こいつ絶対キスなんかしたことないし!精神が極限超えて嘔吐なんかしちゃったらどうするんですか!すごくありえますよ!」
「客は喜ぶだけだろ。」
「確かに俺でも喜んで飲みますね………」
「ともかく、なんとかまともにやれるようにしないと、このままじゃ処女オークションでもいい値つかん!聡美ちゃん!明日は頼むぞ!やれるな?」
「出来ません…………私には能力が無いんです………」
うつむいている聡美。
「何を言ってるんだそんな場合じゃないぞ。ちゃんと稼げる女の子は生活費もショーのセットなんかの経費も自己負担だから利益しか出さないが、今の聡美ちゃんは居るだけで組織に予算を浪費させてる。新人とはいっても今のままじゃ困るんだ。」
ロバート武田の言葉を、聡美は非常に深刻に受け止めた。
「私、利益を出せるようになりたいです…………でも、どうしたら仕事が出来るようになるかわからないんです……」
「コツがあるぞ。今日の客席にはテーブルがあったな?お客さんの下半身はテーブルに隠れてただろ?そしてお客さんはみんな片腕をゆすってたよな。なんでだと思う?」
「見てませんが、そうなんですか?腕を動かして何をしてたんでしょう?」
「テーブルの下でオナホールを動かしてたんだ。目的は、射精することだ。射精というのはな………」
「男性器を精液が通過して放出されることですね?」
「…………………………。
意外と知ってるんだな…………」
「どうして配偶者を妊娠させるわけではないのに射精しようとしていたんでしょう?」
「それはだな、女にはわからないことだが、男は色んな時に射精するんだ。そしていつでも射精する時は幸せな気分になるんだ。例え苦しくても泣きたい時でも、射精の時は幸せだ。体の仕組みがそうなってるんだ。」
「そうなんですか………!男性にとって、射精ってとても大切なんですね!」
「そうだ。今日のお客さんたちも、可愛い聡美ちゃんの裸を見て、それだけでも幸せだけどもっと幸せになりたくて射精しようとしたんだ。でもショーが中止したから射精出来なかっただろうな…………………だけど!聡美ちゃんがしっかりショーをやってたらみんな射精しただろう。つまり、聡美ちゃんが立派な仕事を出来たらお客さんは射精するってことだ。射精はしっかり働いた証明だな。
わかったかな?娼婦ってのはお客さんにいっぱい射精させて幸せにしてあげる仕事だ。俺、全く間違ったこと言ってないな………
聡美ちゃんはくよくよしないで、お客さんに少しでも多く射精してもらうことだけ考えればいいんだ。そのためのやり方はちょっとずつ教えていくから。」
「射精………………!」
聡美の表情には、新たな希望が燃え上がっていた。

第五話
東南アジアの海岸の町で、人身売買撲滅を目指す国際的団体が地元警察を動かし、大々的な摘発を行った。
町は悪名高い少女売春マフィアの根拠地であり、これを壊滅させるための奇襲作戦であった。
しかし残念ながら情報が漏れており、逮捕出来たのはマフィアの中でも下っ端の者ばかりで有力メンバーには残らず逃げられ、捕らわれて売春を強要されている少女達も連れ去られた。
作戦はほぼ失敗と言えた。ただ、完全な失敗ではなく「ほぼ」失敗と評価されたのは、一つだけ素晴らしい成果を得ることが出来たからである。
たった一人だが、少女の救出に成功したのである。
少女は警察と児童売春撲滅活動家たちが売春窟に踏み込んだ際、大きなバッグを抱えて走り出てきたところを保護された。少女の名はサトミといい、バッグの中には札束や宝石類がつまっていた。
事情を訊ねる活動家に、彼女は次のように答えた。
「私、いつもお世話になっていて大切なことをたくさん教えて下さる方々がお困りのようでしたので、何かお手伝い出来ることはありませんでしょうかと申し出たところ、荷物を預けられたのですが………私がうっかりしていて指示されたのと反対の方向に走ってしまい……」
活動家たちは話し合った。
「どうも錯乱状態になっているらしい。無理も無いな、こんな子供が地獄のような目にあったんだ。」
「しかしこれでは身許を聞くことも出来ない。」
「データベースにあたってみましょう。名前はサトミ、日本語を話す。」
それを受けて活動家の一人がパソコンを操作した。
「判明しました!日本のシズオカで先月行方不明になり捜索されている子に間違いありません!」
「OK!良かったなお嬢ちゃん、おうちに帰れるよ!」

「大丈夫?体調悪いなら保健室に連れていくよ?」
「いえ、体調に問題は無いですよ。お心遣いありがとう。」
聡美が答えると、女子生徒たちは心配そうな顔をしながら教室を出ていった。
六年二組の教室は今日も賑やかである。もう帰りの時間だが、聡美は帰らずにクラスメートとお喋りしていた。
そんな聡美に担任の先生が声をかける。
「本当に何かあったら皆に言うんだぞ。先生にも。遠慮しないで助けを求めなよ。」
「はい。でも心配いりません、皆さんがいつも優しくしてくれて、申し訳無く思ってしまうのですが、おかげで学校がとても楽しいですし、とても元気でいられます。」
「僕もずいぶん心配したんだけどね、大怪我したんじゃないかとか、心の傷も…………………でも良かった、前よりも明るくなったみたいだしな。」
それから少し会話して先生は出ていった。
「お前、マジで何も苦しんでないのか?夜、寝られなかったりしないのか?」
クラスの男子のリーダー格である広田君が聡美に話しかける。顔つきからして真剣に聡美のことを気にしているようだ。
「悩んでるなら俺らに相談しろよ。」
他の男子も真面目な顔で聡美の周りに集まった。女子は聡美以外みんな帰ったが、男子は全員残っている。
「私は何も悩んだりしていないのに、皆、私のことを心配して気持ちを落ち込ませてしまっているんですね………大丈夫ですよ、私は明るく健やかですし、皆のことも幸せにしてあげられます。」
聡美は広田君のズボンに触れて、股の辺りを撫でた。さらに、口を近づけてズボン越しに股間の膨らみをしゃぶり、口でチャックを下ろす。
「おい、俺もう我慢できねえんだけど!」
見ていた他の男子たちが次々にズボンとパンツを脱いでいく。
聡美はニッコリ笑顔になった。
「皆が早く幸せになるようにしますから……あ、でもやっつけ仕事は失礼ですね。急いで丁寧にさせて頂きますね。広田君は今日も一回目はアナルに射精したいですよね?すぐ準備します。」
聡美はスカートをたくしあげてパンツを脱ぐと、指を口にふくんでたっぷり湿らしてから肛門に突っ込んでかき回した。
そんな聡美の顔にあちこちから精液が飛んできた。
「俺、十回は出せそうだ!夜までフェラチオしてくれよ!」
「え……この後、先生の射精のお手伝いにいかなくてはいけないんですが……あ、これは内緒にする約束でした!」

夜。聡美は部屋で手紙を書いていた。聡美は何かあると手紙を書く。しかしそれはポストに投函されることは無い。何故なら、手紙を出す相手はもう二度と連絡を取ることの出来ない人達だから。
それでも聡美は様々な思いを手紙に託してしまう。いつか気持ちが伝わればいいなと思いながらシャーペンを走らせる。
『マフィアの皆さんお元気ですか。私は元気に過ごしていますが、皆さんのことを思い出す度に淋しくなってしまいます。
けれど毎日頑張って、皆さんに教わった通り、男の人達に幸せになってもらえるようたくさん射精させて頂いてます。
でもびっくりしました。頑張っていることを、神様は見ていてくれるんですね。とても素敵なプレゼントを貰いました。
お腹に赤ちゃんが出来たんです。私みたいに勉強しか取り柄の無い者に子供が出来るなんて、全部マフィアの皆さんのおかげですね。
これからも努力を怠らず、毎日もっとずっと多くの男の人に射精して頂けるようになりたいと思います。』

(完)

みんなの幸せ天使・聡美ちゃん

みんなの幸せ天使・聡美ちゃん

  • 小説
  • 短編
  • 成人向け
更新日
登録日
2017-10-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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