ジゴクノモンバン(3)
第三章 地獄の入場チケット
「さあ、ここが地獄の中でっか、初めて入りましたわ、青鬼どん」
「ほんまに、ここが地獄の中かいな。いろんな色の鬼と人間が、あちこちでようよしとるで」
「あれ、さっきわしらが門の中にいれた奴らが行列をつくって並んでまっせ。ちょっと見に行きまひょ」
「こりゃ、みんな、何並んでんねん」
「青鬼どん、言葉使い変えなあきまへん。わしらに人間に化けとんでっせ。鬼ちゅうことがばれてしまいますがな」
「すまん、すまん。えー、何をお並びになられているんや」
「それでは、狸の尻尾が出てるようなしゃべりでっせ」
「いちいち、うるさいなあ、それなら、赤鬼どん、お前がしゃべったらええがな」
「ほな、わたしに任せてもらいまひょ。おい、あんた、なんで行列作っとんですか」
「もうええわ、普通にしゃべろう。顔かたちは変えられても、言葉使いまでは変えられへんなあ」
行列の一番後ろの人間が、ふたりの鬼をじろじろ見つめながら答えた。
「地獄巡りの入場券を買っているのです。この入場券がないと地獄巡りができないそうです」
「地獄巡りやいうて、なんやどっかのテーマパークみたいやなあ。入場券買うのに金がいるんかいな」
「はい、お金がいるそうです。一万地獄円だそうです」
「一万地獄円とな。わしらの一日の日当分やないか」
「そんなん、お前らみんな、地獄円を持っとんかいな」
「いいえ、地獄円なんかは持っていないんですけど、こうして生きていたときのお金は持ってきています。このお金となら交換してくれるそうです」
男は白装束の懐から財布を取り出し、鬼たちに見せてくれた。
「なんや、死ぬときにちゃんと金持ってきとったんかいな」
「はい、地獄の沙汰も金次第という話ですから、身内が懐に、財布とお金をいれてくれていました。あの世にきたとき、胸の中が何かごそごするので触ってみたら、この財布でした。やはり、身内というものはありがたいものです。あなたたちもお持ちなんでしょう」
「そりゃあ、持ってることは、持ってるけど、ほら、こんな金か」
赤鬼は、財布を開けて、地獄円を取り出した。
「すごいじゃないですか、もうすでに地獄のお金を持っているなんて。死ぬ前から地獄に来ることが解っていたんですか?準備万端ですね」
「なんや、ほめられといんのか、けなされとんのかわからんけど一万地獄円は痛いおますな。青鬼どん」
「わしも、なんとか持ってるけど、給料日はもうすぐやから、今、一番金のないときやから。ほら、見てみい、こんなに財布がペラペラや」
「青鬼どんは、札束かもしれんけど、わたしなんか、小銭で膨れてるだけでっせ。それでも、まあ、しょうがおまへんわ、これで地獄巡りができるんやったら、安いもんでっせ。青鬼どん」
「安いか高いかは、中へはいってみなわからへんがな。けど、もう金はとられんやろな」
「そりゃわかりまへんけど。これ以上金とるんやったら、鬼でっせ」
「鬼が鬼に向かって鬼と叫ぶんかいな。なんや、変な感じやな」
行列がどんどん進んで、赤鬼たちの番になった。目の前にあるのは自動販売機。
「なんや、入場券買うのは、自動販売機でっせ」
「ほんま、やっぱり地獄も人手がおらんのか、いな。それとも人件費のカットかいな」
「なんや、ありがたみがおまへんな」
「何をつべこべ言うとるんや。さっさと買わんかいな、次の奴が後ろで待っとるで」
「あ、これは、これは紫鬼どんやないか」
つい声をかけたものの、しまったという顔で慌てて口を手でふさぐ青鬼。
「なんや、親しげに声かけてきて。わしはおまえみたいな貧乏くさい奴なんか知らんで。それに、地獄はいっぺんきりや。何べんも来れるはずがないやろ」
「す、すいません。このアホがつい声をかけてしまいまして。入場券の買い方がわからんかったものですから」
サラリーマン姿の赤鬼が急いでその場を取り繕う。
「ここに、お金を入れたらいいんですね」
「なんや、お前ら、自動販売機も知らんのかいな。生きとったとき、どんな生活しとったんや」
「こいつ、貧しかったさかい、あんまり、電気製品や、世間のこと知らんのですわ」
必死で、弁護する赤鬼。
「わしかて、自動販売機ぐらい知っとるわ」
口をとがらし、怒り出す青鬼。
「何仲間割れしとんのや。ごちゃごちゃ言うんやったら、次の奴と交替や。お前ら、一番後ろにさがっとれ」
「すんまへん、すぐに買いますよって」
赤鬼は、青鬼をなだめながら、自動販売機にお金をいれ、入場券を手にした。
「なんや、あの紫鬼どんは。ちょっとサービス悪いで。もうちょっと口の利き方気いつけんといかんのとちゃうか」
「しょうがおまへん、ここは地獄でっせ。ほかにもうひとつの地獄があってサービス競争でもさせたら変わるんとちゃいますか」
「それ、おもろいなあ。閻魔さまに「お前は地獄へ行け」と言われたときに、鬼が寄ってきて、こっちの地獄巡りの方がサービスええで、こっちの地獄巡りはあんまり痛い目会わんでもすむでいうて、人間の取り合いするんかいな」
「ほんまですね。そうなったら、わたしらもぼちぼちしとれませんで。近所の話し方教室にでも行って、地獄のマナー接客術でも学ばなあきまへんで」
「鬼も、鬼というだけではうかうかしとれんということやなあ」
「ほなけど、なんで、地獄に来た人間に、鬼がぺこぺこせなあきまへんのや。地獄に来た奴らは、この世で、悪いことしよったんとちゃいますか。そんな奴らにおせいじ言うたかて、つけあがるだけでっせ」
「そりゃそうやけど、誰も懲らしめる人間がおらん地獄も寂しいで。門を開けたり閉めたりするから、わしらの存在価値があるんや。めったに人間がこなんだら、わしらずっと立ちっぱなしで、そのまま鬼の金棒にでもなってしまうで。へたすりゃ、リストラされて門番の仕事なくなってしまうがな」
「そんなアホな。鬼に金棒やのうて、鬼が金棒かいな。金棒はおいといて、リストラは困りますな。嫁はんもおるし、子供もまだ小さいよって、今、仕事を首になったら、明日から食っていかれません。さっきのサラリーマンやないけど、家族みんなで首吊らなあきまへん。そんなにたくさんのベルト持っていませんわ」
そりゃ、わしも一緒じゃ。お互いにベルト貸しあいこせないかんなあ」
「どっちが先に使いましょうか」
ジゴクノモンバン(3)