世界は地軸を中心に回っている

「起立」

 三時限目は世界史だ。落ち着いた、それでも凛と響く声で、

「礼」

 葉山さんの号令で授業は始まった。

「それでは前回の続きの217ページから始める」

 世界史を担当する尾崎先生はそう言うと早速今日の日付、12日に因んで出席番号の僕を指名した。立ち上がった僕に、

「金城、俺が区切るところまで読んでくれ。おい、君たち、読み上げている間寝てるなよ」

 キャハハ、と短く笑いが起きる中、僕は声を出すタイミングを探している。217ページは『第19章 勝利と大統一』の大きな見出しから始まる。

 ──未曾有の大侵略に対し、人類は団結し見事に侵略者に勝利を治め、これを機会に世界は統一され世界政府を樹立するわけだが、この章ではその流れを侵略側の視点も考え・・・・──

 僕の声だけがシンとした教室に流れる中、僕は考えていた。世界政府ができる前、日本が今の行政区になる前の、国であった時代。日本史なる授業がかつてあったと。

 日本史と世界史があり、学んでいた時代があったのだ。けれど今は大統一で世界政府になってからは、科目は世界史に統一されて、日本史も世界史の一部で教えられるようになったのだ。世界はひとまとまりになったのだと。

「よーし、金城、座ってくれ」

 ようやく音読を止められ、開いた教科書を机に置いて、教科書が閉じないように手で折れ目に力を加えながら尾崎先生を見ると、

「さぁ、皆、これは大事だぞ。世界政府の誕生のときに作られたスローガンは?」

 教卓から身を乗り出し問いかけてくる。

 フッ、と失笑混じりのざわめきが起きる中、後ろからは、

「出た、尾崎先生の口癖」

 なんて小声が聞こえてきた。

「ほら、恥ずかしがらないで誰か言ってごらん」

 僕たちが幼い頃から教わる言葉、成長した今なら理念とでも言うのか?誰しもが知っている言葉。

「ほらほら、先生に聞かせてくれよ」

 尾崎先生が前の生徒からなぞるように順に顔を見てきたあと、

「よし!金城、ついでに君が答えなさい」

 僕を再度指名した。いや、ついでとは何ですか?先生。そう思いながらも立ち上がり口に出す。

「せ、世界は地軸を中心に回っている、です」

「よーし、よく言ってくれた」

 満足げに片手で座るように促しながら尾崎先生は言った。耳までが恥ずかしさで熱くなったのがわかり、ガタンと椅子の音を立てて座る。

「ちょっと話が脱線するが」

『えっー』

 と、またか、みたいな声が挙がるのもお構いなしに尾崎先生は続けた。

「いいか、侵略者が壊そうとした我々の住む世界、この地球。かけがえのないこの星を守ってみて、改めて人類は地球無しでは未来へ進めないと認識したのだ」

 案の定、大袈裟に両手を広げながら熱く語ったのだった。その時、前列窓際の嵯峨根が挙手して、

「そこで世界政府が樹立されて、世界に向けてスローガンを募集したんですよね」

 先手を打つかのように早口で言いきった。尾崎先生は口をへの字に結んでいる。

「先生!世界は地軸を中心に回っているなら、北極点に立ったら目が回りますね」

 悪ノリしてきた権藤までが口を挟んできた・・・。当然、先生は、

「南極点でも目が回る、かも」

 と嬉しそうに返した。今日一番の笑いが教室を包んだ。

「もう、先生!授業進めてください!」

 葉山さんが代表して脱線を戻そうと発してくれたが、葉山さんも口元に手を当てたままだった。



 尾崎鷹ノ助、本校の世界史の先生にして、世界政府の募集したスローガンに応募して見事採用された、

『世界は地軸を中心に回っている』

 の生みの親である。世界史の授業では必ずこの話題を熱く語る名物教師で全校生徒はもちろん、世界の有名人だ。

 それはそうと、

「先生、世界共通のそのスローガン、外国語で、例えば英語では何て言うんですか?」

 勢いよく右手を挙げながら、ふと思いついた疑問を聞いてみた。

「あ、ああ、私は世界史の担当なので、英語担当の先生に聞いてください。そうそう、英語の先生といえば、先月入籍した妻も隣町の高校で英語を教えていますよ」

 なんだ、ノロケかよ。

世界は地軸を中心に回っている

世界は地軸を中心に回っている

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-10-10

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