『サプライズ』
聖☆おにいさん12巻より。再びイケアにやってきたイエスに、ロキが悪戯をしかける話。
※独自設定あり。
トリックスターvs神の子と…?
青い建物に、黄色いロゴ。
イケアの家具フロアをイエスは一人、神妙な面持ちで見て回っている。
「お客様」
イエスが声のした方を振り向くと、金髪の女性店員が立っていた。
「何かお探しですか?」
「えっと…」イエスは、リビングコーナーからゆっくり視線を外すと、もじもじ
しながら答えた。
「何か、いーイスはないかな~って…〝イス〟だけに」
「椅子をお求めですか?」プッと噴き出すイエスを無視して、店員は続ける。
「そんなお客様に、とっておきのサービスがあるんですよ。今日限りセルフサ
ービス100%OFF」「ホントですか!」 「ええ、本当ですよ。本日入荷したばか
りの新製品で、どんな部屋にもピッタリのデザインかつ、用途に応じて自在に
カスタム可能な組み立て式の椅子で、今モニターを探していた所なんです」
(懲りない男…)
自分の後をついてくるイエスの、屈託ない姿を見ながら、店員は、心の中でほく
そ笑む。(この間、連れと来た時にからかってやったけど、どうやら、まだ足りな
いらしいね)
この女こそトリックスター、北欧の悪神ロキの化身である。
「いいんですか?ここ、入っちゃいけないんじゃ…」「ええ、でも今日は特別で
すから」ロキは、フロアの奥にある従業員用の扉を開けると、イエスを招いた。
「どうぞ、お客様専用の作業ルームです」
イエスが足を踏み入れると、そこはさっきのフロアほどではないものの、広め
の倉庫のような部屋だった。棚が立ち並び、作業台らしき木製の机がある。
「…ようこそ、僕の別荘へ」「えっ?今何て…」「それではお客様、あちらの棚
からお好きな椅子をお選びください」ロキがにっこり笑って奥の棚を手で指し示
すと、イエスは目を輝かせながら駆けていった。
(単純な奴!)
ロキは可笑しくて、笑いをこらえるのに必死だった。(これが神の子?こんな簡単
に、何度も騙されて!)
イエスは、そびえ立つ棚に挟まれて、椅子のパーツが入った箱をひとつひとつ眺
めては、首をかしげている。
目を凝らしてラベルに顔を近づけて、それから、おそるおそる箱の隙間に指を差
し入れて覗き込んだ。「それはキッチン用ですね」「わああ!」イエスは飛び上
がって、棚にベタッと背中を付けた。店員は、向かいの棚に寄りかかって腕と足
を組みながら、イエスに見おろす様な眼差しを向けていた。両腕に締め上げられ
た胸は、制服の少し開いた襟元からはみ出て、谷間があらわになっている。
「お客様は、どんな椅子をお求めですか?」「き…キッチンはその…狭いから」
「どこの?…誰が座る?」「ブッ…いや、友人」「あなたが座るのは誰かし
ら?」
イエスは一瞬きょとんとしたが、少し考えてから答えた。「私はブッダという家
事が好きな友達と、アパートでルームシェアをしています。それで、そのブッダ
がくつろげるイスを八畳間に置き…あっ!」イエスはハッとして、気まずそうな
顔をした。「…和室用のイスなんて、無いですよね?私ったら、うっかりしすぎ
だよぉ~」「ありますよ」店員は、イエスがいる側の棚を指差した。
「そこに」
イエスが、棚を向いてキョロキョロしていると、背中に柔らかく生暖かい感触を
覚えた。更に、耳にかかる吐息と、店員の髪から漂う薔薇の香りも。「こんなに
素直で純粋なあなたに相応しいのは、どんな椅子かしら?」店員は耳元で囁くと
イエスの肩越しに手を伸ばして、イエスの目の前にある箱の縁を指でなぞった。
「これは寝室用…」「寝室なんてありませんよ、1Kなので」「ふふっ」
店員は、イエスから体を離すと、姿が見えなくなった。イエスは、不思議そうに
あたりを見回す。すると店員はまた現れて、いつの間にか持っていた脚立を側に
置いた。そして「和室用は上の棚ですわ」と言った。
(どうだい、神の子!どんな男も〝色〟には勝てないんだよ。このロキ様の手にか
かればね!)
ロキは得意気になって、ポカンと自分を見上げるイエスを見てから、良作を愛で
るように自分の体を眺めた。(神の子はさぞ困っているだろうね!今度は全身を拝
ませてあげよう)ロキは脚立に足を掛けたまま、ウエストのくびれやヒップライン
をアピールするポーズをとった。それから再び、イエスに視線を落とす。
…?
イエスが、いない。
(おかしいな、さっきまで僕に見とれていたはずなのに)
ゴトン!ゴリゴリ…
遠くから鈍い衝撃音と、何かを引きずる音がした。間もなくヨロヨロと巨大な箱
を背負って歩く、イエスがやってきた。
「て、店員さん、これ…ロフトベッドー!」「確か間取りは1Kって言ってました
よね?しかも、椅子じゃありませんし」
…そうでした。と言って、再びよろめきながら戻っていくイエスを見送りながら
、ロキはため息をついた。
(ちょっと目を離したら何をするか、わかりやしない。まったく神の子とは言った
ものだよ、本当に子どものようじゃないか。………まさか!)
ドゴォォォーン…!うわあああああぁ……
「すっ…すいませ~ん!」慌ててかけ戻ったイエスが見たものは、倒れた脚立
と、尻をさすりながら、やっと体をおこした店員の姿だった。「大丈夫ですか!
?」「…っ、何ですか!?今の地響きは!」差し伸べられたイエスの手を振り払
って、ロキは立ち上がった。
(やれやれ、変身は解けなかったけれど…まさか、そんな)
「ベッドを棚に仕舞おうとして、ぶつけてしまったんです!本当にすみません!
あの手伝います」「いいえ結構ですよ、ほら、椅子が見つかったのであちらで
組み立てましょう」ロキは、まわりに散らばっていた、箱のひとつを拾い上げ
ると、謝り続けるイエスを残して、作業台へ向かった。
(神の子には、邪心がない)
今のロキには他の事、アクシデントや臀部の痛みなどは、どうでもよかった。
ただ、そのことだけが、信じられなかった。
「それは何ですか?もしかして、ロッキングチェア?」「和室用の椅子ですよ、
忘れたんですか?」
ロキは、解体した箱を台の下に置くと、椅子のパーツを並べはじめた。
「さあどうぞ、準備はできましたので、ここで組み立ててください」
「ここで、全部ですか?」「そうです。それから、使用後の感想も伺います。
そしてお客様が望むなら、そのままお持ち帰り頂けます。全ては、お客様の
反応を知るためです」
イエスは、作業台に向き合った。「あっ…」「どうしました?」
「あのっ、このイスは、釘を使いますか?」
ロキは、ニヤリとした。(神の子は、釘が苦手なんだよね)
「そうですねぇ…お子様でも安全にお使い頂くために…」店員は、考えるそぶり
をしながら、さりげなく金づちと釘を、イエスのそばに置いた。「ひっ!」
「たった三本の釘を打ち込めば、根元が隠れて二度と抜けない仕様になっており
ますので、ご安心ください」
「わわ私、釘が苦手なんです!」
(磔刑のトラウマがあるからだよね、このロキ様に、知らないことはないのさ!)
「大丈夫ですよ、とても簡単なんです。私が見本を見せますね」
店員は、イエスの背後から腕を回して、金づちと釘を手にとった。
「あわわわ…」「ここに、釘を順番に打ち込んでいくんです」
(よくも、僕に恥をかかせてくれたね!)ロキはイエスを逃がさないように、体を
抱え込んで、台にピッタリ押し付けた。(恐怖のどん底に突き落としてやる!)
そして椅子のパーツに釘をあてがい、金づちを思いきり振りおろした。
ブシュー!「ぎゃっ!」ロキは、目を押さえてのけ反った。
「ああっ!すみません聖こ…いやっ、ただの古傷が、なんか噴き出しちゃって」
「いいえ!お構い無く。さあ、こうやって真っ直ぐ打つんですよ」ロキはイエス
の手を取って、金づちを握らせた。「…違う」「えっ?」
「この金槌は、家具ではなく、もっと大きな、家屋の梁や柱に使うものです」
「お詳しいんですね」「これでも大工のはしくれですから」イエスは、ちょっと
得意顔になった。「…でも、釘は恐い?」「…はい」イエスは、俯いた。
「私は…いつも世話をしてくれるブッダに、手作りのイスを贈りたかった。
せめて組み立て式なら、何とかなると思ってたのに」
カーーーーーン!「ひょー!」
「店員さん!ちょ…」「あら、金づちなら替えましたよ」
部屋中に響く、乾いた音。身をよじって、目の前の悪夢から逃れようと、もがく
神の子。ロキは、満足だった。
カーン!「ギャーぅ!」「要するに、慣れればいいんですよ」
コーン!「うわーッ!離してぇ!…」「あなたの大切な、友達の為ですよ」
ロキは、これでもかとばかりに、何度も釘を打ち付ける。
「…くっ、これは、ブッダのため。…アガペー!&アーメーーーーーーン!」
ドン!ドン!ドン!「…父さん」
ガタッ!
突然、ロキはその場で崩れ落ちた。「僕としたことが…」
片方の手を押さえる指の間から、赤いものが滲み出している。
「店員さん!血が…」「触るな!」したたか打った指を庇いながら、ロキは顔を
背け、うずくまった。(これは、まずいことになったぞ)
左手の指先から、さっきの打ち身とは比べ物にならない痛みが、脈打ちながら
広がっていく…
ロキが、傷口を確かめようと、恐る恐るよけた右手に代わるように、添えられる
手があった。
「大丈夫」
その確信のこもった声を聞いた瞬間、ロキは、自分の中から何かが湧き上がり、
左手指の痛みが引いていくのを感じた。
「…イエス」
「えっ、どうして私の名前を知って…まさか、正体がバレちゃった!?」
「イエス、もういい」
ロキの胸には、湧き上がったものが消え去っても、残るものがあった。
「ただいま~!」 「おかえり、イエス」
ブッダは、台所で夕飯の支度をしていた。「ブッダ、あのね…」
イエスは、抱え持っていたイケアの青いバックを、ブッダに差し出した。
「ハッピー!花まつりーーー!」
「…何?これ」イエスのバックを見た、ブッダの顔色が変わった。
「プレゼントだよ。…ごめん、遅くなって。それに、ラッピングも無いけど」
「これ、イケアの袋だよね?私はてっきり〝ことりや〟に行ったのかと…」
「そうなの、はじめはゲームを買うつもりだったんだけど、やっぱり手作りの
ものを贈りたかったんだ。でも、それもできなくなっちゃったんだよね…」
イエスの後ろから顔を出したのは、金髪の女性店員だった。「こんばんは、
ブッダ様。今回は、お連れ様が当店をご利用頂き、ありがとうございます」
「あなたは…イケアの店員がなぜ、ここに…あっ!」
(イエス、君のせいだよ。僕がここにいるのは)
「今回は、特別サービスで、組み立てからセッティングまで、全て私におまかせ
下さい。それから、前回ご購入頂いた食器棚のメンテナンスなど…」
(君が僕に与えたものを、返しに来ただけさ!ただ…)
店員は、朗らかに話し続ける。
(僕はなぜか、この男がたまらなく憎くなってしまったんだ)
店員の目が、まったく笑っていないことに気付いて、ブッダは身震いした。
(絶対、ロキだよね!?何故わざわざウチに…)
仏の神通力をもってしても、そこまではわからない。
「イケアって、いいお店だねぇ。さっ、店員さん、狭いですがどうぞ上がって」
「えええ!イエス、まだ、いろいろ準備が」
(…さて、どうしてやろうか)
あまり好ましい誕生祝いをされないブッダにとって、イエスからのプレゼントは
、嬉しいサプライズだった。
しかし、同時に、とんでもない禍根がついてきた。
この何とも言えない状況に、素直に喜ぶべきか、苦行スイッチを入れるべきか…
迷いっぱなしの、ブッダなのだった。
つづくかも
『サプライズ』